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―8―

 学園祭に向けて校内がざわつき始めている。


 1―Bでは短編映画を撮影して、視聴覚室で上映するという事になっているらしい。

 らしい、というのは俺は生徒会に出ずっぱりで、クラスの出し物に対して殆ど協力出来ていないからだ。転入早々、こんな状態で非常に申し訳ないと思っているのだが、クラスの皆は気にするなと言ってくれている。そんな事より吉国と共に生徒会の仕事を頑張ってくれ、と。生徒会の支持は随分厚いようだ。


 ――そう、俺は。


 書類をぶちまけたあの日からもう一週間以上が経過し、遅れもすっかり取り戻して元通りになっている筈の生徒会で、何故か未だに雑用係をやっていた。

 まあ最初に無期限って言われたからな。朝霞も学園祭前で忙しいと言っていたし、学園祭が終わるまでは俺の雑用係への任命も解けないのかも知れない。




 放課後になり、半ば習慣化してしまったように吉国と共に生徒会室に入ると、既に他の三人は室内で各々準備をしていた。今日は俺たち1―B勢が一番遅かったらしい。

 そんな中、六条が花瓶を手に流し台で何やら作業をしていた。俺が初めてこの部屋を訪れた日から、花瓶の中身はこれで二度目の変化だ。


「もしかしてその花、六条がいつも取り換えてるのか?」

「ええ」

「花、好きなのか」

「そうですね。お花は好きです。心が安らぎますから」


 言いながら六条は、まるで彼女自身が花のように柔らかく笑う。きっと本当に言葉通り花が好きなのだろう。確かに彼女の雰囲気を考えると、花を好む可憐なイメージはとても自然なものだ。


「晶子の家は華道の名門なんだ。お父様が家元でな」


 俺たちの会話を聞いていたらしい久遠寺が、そう声を投げかけてくる。


「え、そうなのか」

「はい。なので、小さい頃から花には慣れ親しんできたんです」


 成る程、華道家の娘か。

 六条の上品な振る舞いや、大和撫子という言葉が似合う雰囲気は、そこから来ているのかも知れない。着物や和風の日本家屋が彼女から容易に連想出来る。


「お花って、人の心を癒してくれるでしょう? 榊の生徒会は色々と大変だから、少しでも安らぐ気持ちを持てるようにと、僭越ながらお花を用意させて頂いてるんです」


 確かに花があるとそれだけで心が安らぐ気はする。俺は花を特に好きという訳ではないが、あって嫌だとも思わない。勿論広い世の中には花なんか嫌いだという人間も居るだろうが、恐らく稀有な存在だろう。ここの生徒会のように忙しく普通ならピリピリしがちな環境においては、花が飾ってあるというただそれだけの事でも精神的にかなりプラスになるのかも知れない。


 六条は花瓶に挿している花を取り出し、新聞紙を広げた上で手慣れた様子で茎の処理を行っている。恐らく萎れないようにと朝の内にとりあえず花瓶に挿しておき、細かい処理は放課後にするつもりだったのだろう。

 新しい赤と白の花は同じ形をしているように見える。あれだ。『ごん狐』に出てくるやつ。


「それ、どっちも彼岸花か?」

「ええ、白い彼岸花は珍しいでしょう?」

「白なんてあるんだな。初めて見た」


 この時期になると土手に鮮やかな赤い絨毯が広がる。だが、それの白い物など見た事が無い。希少な物なのだろう。赤と白のコントラストが綺麗だ。


「でも珍しいな。彼岸花を飾るなんて」

「彼岸花は縁起が悪いと言って好まない方も多いんですけど……とっても綺麗な花でしょう。曼珠沙華、と言うと華やかなイメージにもなりますし」


 ただし球根に毒があるから注意しなければなりませんが――と六条は続けた後で、ハッとした様子になる。


「あ、もしかして砺波さん、お嫌でしたか?」

「ん? いや、別に構わないぞ」

「そうですか。良かったです。さっきも言ったんですけど、彼岸花は縁起が悪いと仰る方も多いので……」


 どうやら生徒会の面々はあまり気にしないらしい。そして俺もあまり気にしなかった。


「出来ました。こんな感じですね」


 六条は花瓶を元あった場所に戻し、挿した花のバランスを整えてから満足げに微笑む。そして久遠寺の方を振り返った。


「どうですか、咲良」

「うん、綺麗だ。今日もありがとう、晶子」


 久遠寺は一つ頷くと、ふっと薄く笑って続けた。


「世の中には縁起が悪いと言って、土手に咲く彼岸花を折っていく人間も居るというがな。私に言わせれば、そちらの方が余程罰あたりだ。別に誰の邪魔をする訳でもない、懸命に咲く花に何の罪も無いだろう」


 その言葉は少し意外だった。久遠寺の発言にしては、何処かロマンチックな印象があったからだ。


「まあ、感性は人それぞれですものね。そういう考えを持つ方がいらっしゃるのも仕方のない事だと思います。でも私は、だからこそ、そう言ってくれる咲良が好きですよ」


 六条が穏やかに返すと、久遠寺は少しだけ照れた様子で仕事を開始した。今のような言われ方をするのは恥ずかしいらしい。会長が業務につくと、それを合図にしたように皆も各々の仕事に取りかかった。




 さて、書類整理を終えた俺にやる事があるかと言うと。

 目を通した書類を職員室や校長室へ持っていったりとか。機材の持ち運びをしたりとか。購買に買い出しに行ったりとか。

 これが意外に仕事があるものだった。それでも充分忙しい状態らしいこの生徒会を、この間まで四人で回転させていたのだというから恐ろしい。もっとも、今は学園祭に向けてどんどん忙しくなる時期だから仕方のない事。今のこの状態が特別忙しいだけで、普段はもっとゆっくり出来るとは朝霞の談だ。


「買ってきたぞ」

「おー、お疲れさん。レシートはこっちなー」


 買い出しを命じられて購買から帰ってきた俺は、まず朝霞にレシートを渡した。生徒会での雑費はきっちり会計が管理しているらしい。普通の学校ならば職員室辺りから借りてくるような物も、ここの生徒会は全て買いこむと言う。金持ちの学校らしい発想だ。


「ほい。これで良かったよな。……っと」


 買ってきたホチキスの芯を久遠寺のデスクに持っていく。と同時に、彼女のデスクから一枚の書類が舞い落ちた。それを拾い上げ、何となく目を通してみる。


「ああ、すまん」

「ん……ダンスパーティー?」


 そこには、後夜祭のダンスパーティーについて、という見出しが記されていた。


「何だこれ。フォークダンスの間違いじゃないのか」


 学校の学園祭だぞ。海外じゃあるまいし、ダンスパーティーなんて洒落た呼び方をする必要など無いじゃないか。

 そう思った俺に、矢継ぎ早に声がかけられる。


「ダンスパーティーで合っているぞ。何を今更」

「せやな、フォークダンスはまず踊らんからなぁ。マイムマイムやオクラホマミキサーを皆で踊るんも、面白そうっちゃ面白そうやけど」

「後夜祭ではホールを使って、きちんとした正装でダンスを踊るんですよ。榊学園高等部の伝統なんです」

「砺波くん、フォーマルなスーツやタキシードや燕尾服、持ってる?」

「……俺が持ってる訳無いだろ、んな物」


 何だこのフルボッコ状態。俺の発想は一高校生として間違っていない筈なのに、物凄いアウェーな空気を感じるぞ。

 そもそもタキシードや燕尾服なんて、極普通の高校生が持っている筈が無いだろう。いや、高校生どころか普通の大学生や普通のサラリーマンでも持っていないと思うぞ。そんな物大抵の一般市民は、人生で一度せいぜい己の結婚式で身に纏うか否か、という感覚だろう。


「って言うか、何だよダンスパーティーって。マジで意味分かんないぞ、この学校」

「俺は砺波が何で榊に入ってきたんか分からんわ」


 そんな事を言われても困る。俺だって、榊に転入した事をちょっと、いやかなり後悔し始めているのだから。

 久遠寺は、ふぅ、と小さく息を吐く。その息が少し呆れたような溜息に聞こえたのは、俺の気のせいではない気がする。おい、一般庶民を馬鹿にするなよ。


「まあ、レンタルの業者も入るからそこで借りるといいだろう」

「レンタル?」

「お前のようにタキシードやドレスを持たない生徒への対策だ。言っておくが、ダンスパーティーは全員参加だからな。くれぐれもサボろうなどと思うなよ」


 一応そういう生徒も居るには居るのか。そういった場合に備えて、きちんと救済措置が取られている事に安堵する。と同時に、そんな面倒臭い事はそもそもサボってしまえばいいのではないか、と思った俺の考えも一緒に砕かれてちょっと落胆する。ダンスなんてそれこそマイムマイムかオクラホマミキサーしか踊れない。


 そこへ突然、ガチャリと扉が開いた。ノックも無しに扉が開くという時点で、入ってくるのが生徒会関係者だという事が分かる。


「皆、お疲れー」


 そう言って入ってきたのは、うちのクラスの担任教師――高村だった。彼女は生徒会の顧問でもあったらしい。だからあの日、生徒会用の書類を抱えていたのだろう。


「お疲れ様です」


 誰かがそう言うと皆が口々に挨拶をする。高村は何枚かの書類を久遠寺のデスクに置いて、何やら軽く指示を出していた。久遠寺は指示を聞きながらメモ用紙を破り、そこにさらさらとペンを滑らせていく。

 それを終えると、高村は俺の方に向き直った。


「にしても、砺波くんとここで会う事になるとはね。職員室でも話題なのよ、転入生が生徒会に引っ張られてるって。どう、しっかりやってる?」

「自分じゃ頑張ってるとしか言いようが無いんで、その辺は他の人に訊いて下さい」


 カラカラと笑う高村に溜息を返す。職員室でも話題と言われると物凄く恥ずかしい。そういえばこの一週間、授業の終わった後に教師に「頑張れよ」なんて声をかけられる事もあったなあ、と思う。


 あの日、書類を抱えた高村を見つけなければ、或いは書類を俺が運ぶなどと言い出さなければこんな事にはなっていなかったのだろう。そう思うと目の前の眼鏡の女教師が少し恨めしくなる。だが、そんなのはただの逆恨みだ。結局、書類をぶちまけてしまった俺の自業自得なのだから。


「って言うか先生、一応生徒会の顧問なんですよね? あんまりここで姿見ない気がするんですけど」

「だってあたしなんてただのお飾りだもの。居ても居なくてもあんまり変わんないでしょ」

「お飾りって……」


 仮にそうだとしても、そんなにサラリと言う事だろうか。俺の反応に高村は軽く笑った。


「まあ結局の所、皆がしっかりやってくれてるから、あたしも安心して任せられるのよ。しっかり者の生徒会役員で先生嬉しいわ」

「恐縮です」


 さっぱりとした調子でそんな事を言う高村に、穏やかな表情で久遠寺が返した。これは猫被りモードなのだろうか。


 ――しっかり者、か。


 確かにこの一週間ずっと間近で見てきた感じだと、この生徒会のメンバーはおよそ一高校生とは思えない仕事の処理能力を持っていた。書類整理やスケジュール管理、諸々の申請の処理に打ち合わせなど、とても高校の生徒会でやるとは思えない量の業務をさくさくこなしていくのだ。

 久遠寺が決して私情ではなく、それぞれの能力を見極めた上で生徒会役員を選出している事が良く分かった。


 だが、それは俺がこうして近くで見る事が出来たからこその感想だ。

 生徒会に対して友好的な生徒は多いようだが、そう思わない生徒もこの学園には確かに存在していた。




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