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―6―

 放課後になり、俺は昨日と同じように生徒会室へ向かおうと、鞄を掴み席を立った。

 廊下に出るとすぐ前に吉国が居た。昨日は俺がモタモタしていたせいで彼女が見つからなかったが、どうやら今日は間に合ったらしい。


「吉国っ」

「……何?」


 後ろから声を投げかけると、吉国は歩みを止めてこちらを振り向いた。彼女は相変わらず感情の読めない顔で、何処か冷めたような瞳をしている。


「あー、いやその。生徒会室、一緒に行かないか……と思ってさ」


 俺と吉国はクラスメートで、これから同じ場所へ行くのだ。一緒に行っても別におかしくはないだろう。

 その言葉に吉国は少しだけ首を斜めに傾け、ぽつりと言った。


「いいけど」




 俺たちは隣に並んで歩き出す。渡り廊下を通りながら外に目をやると、昇降口から帰っていく生徒の姿もチラホラと見受けられた。

 グラウンドには野球部やサッカー部の生徒が見え始めている。平日はこうしてグラウンドで練習しているが、榊学園には専用の野球場やサッカー場があり、土曜などはそこへ行って練習する事もあるのだと聞いた。とんだ金持ち学校だ。


「そういや、吉国は部活とかはやってないのか?」

「やってない」

「やっぱ生徒会があるから?」

「……ん」


 こくり。吉国は小さく頷く。


「生徒会の奴らって皆そうなのか?」

「そう。皆、中等部の頃は部活やってたみたいだけど」


 成る程、ここの生徒会の人間は全員部活動はやっておらず、生徒会にだけ専念しているらしい。そりゃまあ、あんなに忙しかったら、呑気に部活動なんてやっている暇も無いだろうしな。


「そう言う吉国は、中学の時は何部だったんだ?」

「美術部」

「へえ。吉国、絵描くの好きなのか」

「……別に」


 あっさり否定されてしまった。絵を描くのが好きじゃないのに美術部とはこれ如何に。


「違うのか? でも美術部だったんだろ?」

「文化部で良さそうなのが、そこぐらいしか無かったから。……部活で時間、取られたくなかったし」

「他に何かやる事でもあったのか?」


 時間を取られたくないと言うからには、何か他にあったのだろう。俺の問い掛けに吉国は一瞬だけ、こちらへ目線を寄越してきた。


「……ピアノ」


 少し意外なような、そうでもないような回答が返ってきた。

 吉国の物静かなイメージと、ピアノを弾くというイメージはまあまあ合致する。しかしピアノぐらい、部活で時間を取られたくないと言う程の事だろうか?

 そう思った時、俺の耳に更なる彼女の声が届いた。


「最低でも、一日二時間は練習したいから」

「にじ……」


 思わず絶句する。

 一日二時間。それも最低でもという事は、もっと練習する時もあるという事だ。楽器というものはそんなにも練習に時間を割かなければならないものなのか。


「俺、楽器とかやらないから分からないけどさ。最低でも二時間だなんて大変だな」

「私、ピアノ好きだから。大変かも知れないけど、平気」


 ふるふると微かに首を振ってから、吉国はそう言った。好きだからこそ続けられるというのはあるのだろう。


「……それに、ピアノやってて良かったと思ってる」

「へえ。どうして?」


 俺の問い掛けに、吉国は一呼吸置いてから応えた。




「ピアノのおかげで、咲良と仲良くなれたの」




 吉国の表情は変わらない。声も揺らぐ事は無い。

 だけど、その一言だけは何故だかとても大切な言葉のような響きが感じられた。


 特別教室棟に渡り、真っ直ぐ突き当たりへ向かって歩いていく。吉国をやや先導するようにして生徒会室の扉を開けると、既に中に居た六条が柔和な笑顔で迎え入れてくれた。


「こんにちは。未結さん、砺波さん」

「よお」

「……お疲れ様、晶子」


 昨日と違い、久遠寺と朝霞の姿はまだ無かった。俺と吉国が教室を出た時、隣のA組はホームルームがまだ終わっていないようだった。二人ともA組だから、きっとこれから来るのだろう。




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