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―5―

「指名制?」

「そう。ウチの高等部生徒会長は前会長の指名、そして生徒会役員は会長の指名によって決まるのさ」


 もっともらしく人差し指を立てながら言う橋本に対し、俺は眉を寄せた。


「何だそれ。おかしくないか?」

「まあ、少々変わってはいるね」

「少々ってレベルじゃねーぞ……」


 生徒会雑用係に任命された翌朝。

 教室で事の顛末を橋本に話した俺は、そこから榊学園高等部生徒会レクチャーを受ける事になった。


 知らないよりは知っていた方が、今後何かの役に立つかも知れないという判断の元だ。そして生徒会役員に直接話を聞くよりも、少し距離のある人間に聞いた方がいいだろうという事から、橋本に白羽の矢が立った。今の生徒会の状態を見るに、長々と呑気な話を聞くだけの時間も無さそうだしな。


 そうして今の会話へ辿り着く。


 曰く、榊学園高等部生徒会長は、選挙制ではなく前会長の指名によって選ばれる。

 何だそれは。意味が分からない。


「ほんっと、変だよなこの学校。大体、昨日も妙だと思ってたんだ」


 はあっと溜息をつきながらぼやく俺に、橋本は首を傾げる。


「妙? 何がだい?」

「昨日生徒会室で見た書類はどれもこれも、普通の学校なら教師に許可を取るような物ばかりだった」

「ふむ」

「そもそも、普通の学校の生徒会なんて大した権限は無いじゃないか。生徒会の役員が指名制とか、どんだけ生徒会が権力持ってんだよ? 有り得ないだろ」


 生徒会ってのは生徒総会の時に出てきたり、学校に自販機を置いてくれというような生徒の要望を取り入れて学校側に掛け合ったり、まあ大体そんな感じの仕事をする所なのだろう。

 少なくとも学園祭の出し物について、教室使用の許可や機材の貸し出しその他諸々全てを生徒会が管理しているなど、今までに一度も聞いた事が無い。一般的にそれは生徒会の仕事じゃなく教師、或いは学校側の仕事の筈だ。なのに、この学園ではそれが全て生徒会の管理下に置かれている。


 俺の言葉に橋本は、そう来ると思った、とでも言いたげな顔をする。


「だけどね砺波くん。裏を返せば、榊は普通の学校じゃないから生徒会に強い権限があるって話になるんだな、これが」

「……あるのか。権限」

「あるね。少なくとも高等部では、行事の遂行についての実質的な権限を持つのは、教師でも学園でもなく生徒会だ」


 それがおかしいのだと言いたい訳だが。


「砺波くんも知っての通り、榊は裕福な家庭の生徒が多いよね」

「ああ。大なり小なり差はあれど、社長令嬢や令息とかウヨウヨしてる印象だ」


 昨日だって、朝霞が有名なお茶の会社の子息だと知ったばかりだ。


「そうだね。榊の生徒はそういった社長令嬢や令息が多い。つまり将来人の上に立つ可能性が高い人間ばかり、という事でもあるんだ。それも、他の私立の学校とは比べ物にならない数でね」


 そこがさっき橋本が言った「普通の学校じゃない」の所以らしい。恐らく、その分この学園への寄付金も相当な額があるのだろう。それ故に教師も生徒にはあまり口出しが出来ない、という可能性もある。


「特に生徒会の人間なんてのは、ほぼ全員がそうだと言っても差し支えないだろう。過去の高等部生徒会役員で、親の会社を継いだり自ら起業したり、或いは政界に飛び込んだり……そういった人物はとても多いんだ。榊学園高等部で生徒会役員をやってました、って言えばそれだけで相当なネームバリューになるんだよ。更に大学部で学生会の役員でも務めていれば完璧さ」

「ネームバリュー、ねぇ」


 俺には縁遠い話過ぎて、何だかよく分からない。橋本は続ける。


「だから榊の高等部生徒会は、そんな生徒たちの将来の仕事の前段階という所かな。教師もそれを分かっているから、高等部では極力生徒会の指導の元に物事が運ぶようにしている。とは言え、まあ生徒会が取り仕切るのは主に行事関係や生徒からの要望についてであって、それ以外は普通の学校とあんまり変わらないと思うけど」

「つまりそういう生徒の職業訓練のような意味合いも込めてる、って事なのか?」

「職業訓練とはまた違うだろうけど……。上に立つ人間には、指導力やカリスマ性も必要だからね。そういった才能を開花させるという意味では、合っているかも知れないよ。それに、そもそもだね」

「そもそも?」

「砺波くん。生徒手帳を見てごらん。二ページか三ページ目ぐらいだったかな」

「生徒手帳?」


 ――またか。


 昨日も生徒手帳を出せと言われたな、なんて事を思いながら、俺は胸ポケットから生徒手帳を取り出した。


 表紙を捲る。表紙裏に当たる部分には、顔写真と俺の名前やクラス、住所などが記入されている。昨日久遠寺が見ていた箇所だ。その隣にはこの生徒手帳は身分証明書として云々、という注意書き。更に一ページ捲ると、そこには校章と校訓、教育目標などが記されていた。


 自立、創造、健康。

 生徒手帳によれば、それがこの榊学園の校訓となっているらしい。


「そこに書いてあるだろう。榊学園の校訓の一つである『自立』は生徒の自主性を重んじているんだ」

「……そう言われると随分と単純明快だな」


 さっき長々と受けた説明よりも、今の言葉の方がずっと呑み込み易かった。

 つまり生徒の自主性を促すのが方針の一つである学園だから、行事などについては、生徒の代表である生徒会を中心として動いている、と。そういう訳だ。


「でもさ、指名制って事は一般生徒からの不満があったらどうするんだ? よくある選挙制ならまだ自分たちで選んだから仕方ないと思えるけど、そうじゃない訳だろ?」


 自分たちで代表者を選んだ場合でさえも、その人物に対して不満が出てしまう、というのが世の常だ。それが指名制なんていったらどうだ。言ってしまえば、前会長の独断と偏見のみで決められた生徒会長だというのに、果たして皆が皆すんなりと納得出来るものだろうか?

 だが、俺の指摘に橋本は人差し指を立て、チッチッとそれを目の前で振った。いちいちそういうリアクションは要らない。


「そういう場合は特例さ。リコール運動が起きる」

「リコール運動?」

「会長への反対者の署名を集めてね。それが一定数に達すると不信任案が可決されるんだ」


 署名とはまた普通だな。


「よく分かんないけど、要はあれか。内閣みたいなモンか?」

「そうだね。そしてその場合のみ、高等部でも選挙が行われる。ただし生徒会役員全員ではなく、生徒会長のみの選挙だ。投票によって選ばれた会長は、原則通り自分の意思で役員を選出する、という流れさ」


 生徒会長だけ選挙を行い、その後はさっき話した通りに役員が決まる、と。


「はぁ~……」

「大袈裟な溜息だね」


 橋本は手持ちぶさたにカメラをいじりながら、くくっと笑う。レンズをこっちに向けるのはやめろ。俺を撮っても何も面白くないぞ。


「よく分かんねぇな、この学校……」


 それが今の俺の、素直で正直な感想だった。

 転入した一週間前から何となく感じてはいたが、変な学校だ。そしてよく分からない。


「でも珍しいね。砺波くんは」


 やはり愉快そうに笑いながら、橋本がのんびりとした口調で言った。


「何がだよ」

「何も知らずに榊に転入してくるなんてさ」

「…………」


 ――物知らずで悪かったな。

 多分、今のこいつの言葉には他意は無いのだろうが、ついそう返したくなってしまう。


「裕福な家の子ならよく知らずに入学してくる事もあるけどさ。僕みたいに一般家庭の生徒だとしたら、榊に入りたいから入るってタイプが殆どだよ。転校生なんていったら余計にだ」

「よく知らないけど親が『折角近所にあるし、通わせるだけのお金もとりあえずはあるから』って決めたんだよ。そんで、実際見てみたら施設が良かったから俺もまあいいかなって、そう思って……」


 完全冷暖房完備だと言うし。

 食堂のメニューも充実していたし。と言いつつ、昼は弁当が殆どだけど。

 夏の暑い日に下敷きを団扇代わりにしてパタパタ煽がなくてもいい、というのは、それまでクーラーの無い公立校に通っていた俺にとって、非常に魅力的だったのだ。


「成る程。確かに榊の施設は魅力的ではあるからね」


 ふむ、と納得した様子で橋本は頷く。

 普段あまり深い事を考えていない、というのがモロバレしてしまった気分だ。悔しいやら恥ずかしいやら微妙に複雑な心境でもある。


「まあ何にせよ、砺波くんは折角そういう生徒会に入った訳だからさ」

「入ってない。ただの雑用だ」

「雑用だとしても、入ったようなものじゃないか。君、そのまま本当に役員になるかも知れないよ?」

「ならねぇよ」

「そうしたら今後色々と有利だよ」

「聞けよ!」

「榊の大学部にエスカレーターで進むのか他の大学に行くつもりかは知らないけど、後者なら榊での生徒会経験はかなり効くよ」

「だから、そんな面倒そうな生徒会になんか入らないし、入りたくもねぇよ……」


 ぐわっと頭を抱えて項垂れる俺に、橋本はやはり笑う。


 ――こいつ、他人事だと思って。いや、実際に橋本にとっては他人事だから仕方ないのかも知れないが。


 とは言え、現状の俺はあくまでも散らかした書類の責任をとるという形で、雑用として扱われる事になっただけなのだ。昨日朝霞が言っていたように、仮にその雑用期間が少々長くなったとしても、まあ学園祭が片付けばそこで俺もお役御免となるだろう。


 大体、指名制だと今聞いたばかりじゃないか。

 恐らく俺の事をそそっかしいと印象付けているあの久遠寺が、俺を正式に生徒会に入れようとするとは考え難い。と言うか、俺が久遠寺の立場なら、まずやらないだろう。


 やってしまった事の責任はとる。だが、それもほんの少しの辛抱だ。

 ぐだぐだと余計な事を考えるより、どうすれば俺のせいで遅れてしまった業務を一日でも早く取り戻せるか、そちらに気を配るべきなのだろう。多分。きっと。恐らく。




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