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六条の付添いで保健室に運ばれ手当てを受けた俺は、彼らが一体どんな目に遭わされたのかは知らない。俺を保健室に置いて六条もすぐに舞い戻ってしまった。六条は俺に対して微笑んではいたが、その瞳はいつもと違って笑っていなかったような気がする。
数十分後に改めて対面した倉橋笹屋両名は、とてもいい歳をした男子とは思えないほどに大泣きしていた。がくがくと震えながら。何をされたかは知らないがちょっといい気味だ。ざまあみろ。
そして彼らに対しては、本当は学校からきちんとした処分を下す筈だったが、それは直接的な被害者である俺が固辞した為に無くなった。こんなの本来ならば退学ものだ。だけど今日は久遠寺が、生徒会の皆がずっと頑張ってきた学園祭なのだ。騒ぎを大きくして台無しにしたくはない。
結局、二人にはもう二度とこんな事はしないという誓約書を書かせ、もしもそれを破った際には、橋本が録画した動画データを流出させるという事で収まった。
学園祭の本祭はその後、特に大きな問題も無く無事終了した。まるで俺が受けた仕打ちが、それ以降の悪い事を全て吸い取ってしまったかのようだった。
しばらく保健室で休んでいろと言われたが、どうにもそんな気分になれず、夜のダンスパーティーの最終チェックには俺も参加した。背中にぺたぺたとシップを貼っていたので、多少臭かったかも知れないな。
そして空が夕闇の群青色に染まる頃、ダンスホールに着飾った生徒たちが集い始めた。
二階まで吹き抜けになっている広いホールは、豪奢なシャンデリアで彩られている。学校の設備とは到底思えないこの場所だが、話によるとこの他にもクリスマスパーティーや卒業パーティーで使ったり、その他に社交ダンス部なども利用しているらしい。
レンタルしたダークスーツは少し窮屈だった。制服時は緩めているタイをきっちりと締めているからなのかも知れない。
パーティーの始まりに生徒会長の挨拶があり、それ以降は自由時間という感じだ。恐らく既に出来上がっているであろうカップルがいちゃいちゃしながら踊ったり、男子生徒が緊張しながら女子生徒にダンスを申し込んだりしている。
そんな生徒たちを尻目に、俺は皿に料理を盛ってそれをがっついていた。立食パーティー形式なので好きなだけ料理を盛る事が出来る。他人の目線なんか気にしないさ。
しかし、パーティー会場に料理が用意されていて本当に良かった。生徒会での仕事があったから、他の生徒のように家に帰ったり飯を食う余裕が無かったのだ。折角だからがっつり食べておかなければ。
「ん、……ぐ。ごほっ」
と、勢いをつけてがっついていたら、チキンが変な所に引っ掛かってしまった。ゲホゲホとむせる俺の前にすっと水の入ったコップが差し出される。
「どうぞ、砺波さん。あんまり慌てて食べては駄目ですよ」
六条だった。薄い藍色のカシュクールデザインドレスは、六条の上品な雰囲気を見事に演出している。髪に生花のコサージュをつけているというのも彼女らしい。俺はそんな彼女からコップを受け取り、水を一気に飲み干した。
「っはー。サンキュ、六条。助かった」
見れば六条の隣に朝霞と吉国の姿もあった。これでは朝霞が両手に花状態ではないか。少しだけ腹立たしい。
「何や砺波、踊らんで食ってばっかか」
「折角タダ飯なんだから、食わなきゃ損だろ」
「……砺波くん、正論」
俺の言葉に頷いた吉国も、素早く皿を取って料理を盛り始める。おお、流石他のメンバーと比べて庶民的なだけある。俺の気持ちを良く理解してくれているようだ。それとも単に腹が減っているだけなのか。
しかし男の俺はともかくとして、吉国は折角可愛らしい格好をしているのだから、踊ってきた方がいいような気もするけどな。シャンパンカラーのお洒落なミニ丈ドレスが泣いてるぞ。あと料理盛り過ぎだと思うぞ。
「あれ。そういえば久遠寺は?」
この三人が一緒に居て、久遠寺の姿だけ見えないというのは何だか妙な気がした。
「え? さぁ……。そういやさっきから見とらんなぁ」
「疲れていたみたいですし、何処かで休んでるのかも知れませんね」
「ふぅん……?」




