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午後になり、俺と吉国は揃って視聴覚室に来ていた。
生徒会の仕事はまだある筈なのだが、久遠寺が「自分のクラスの展示を全く見ていないのは良くない」と言って、うちのクラスの映画上映がやっている内に見てこいという事で、生徒会室を追い出されたのだ。
映画といっても、所詮は素人の作った学園祭用の短編映画だ。二十分程度で上映は終了した。正直な所、クラスの出し物には本当に全くノータッチだった為、まるで他のクラスの出し物のように感じてしまった。
内容は謎の転入生が現れてからそのクラスの生徒が一人ずつ行方不明になっていく、というありがちなホラーだった。俺が転入するより前からそのストーリーは決まっていたという話だが、このタイミングでそんな内容だと少し穿った見方をしてしまうな。
「あんな脚本だったんだな、うちのクラスの映画」
「知らなかったの?」
俺の呟きに、隣に座る吉国は顔をこちらに向けた。無表情ではあるが「何を言っているの」という顔である事が何となく分かる。俺も大分慣れてきたかも知れない。
しかし、知らなかったのかと言われても。そりゃあ知らないさ。台本さえ貰っていない訳だし。言っておくがイジメじゃないぞ。ない筈だ。
「じゃあ吉国は知ってたのか?」
「……ううん。知らない」
「ぷはっ。何だよ、俺と同じじゃねぇか」
当然の事のように首を振りながら言う吉国に、思わず吹き出してしまう。こういう事を至極真面目な表情で淡々と言うから面白い。
席を立ち、そろそろ生徒会室に戻るか、と思った所で、俺たちは後ろから声をかけられた。
「やあ、砺波くんに吉国さん。どうだった?」
「……橋本くん」
俺が振り向くより先に、吉国が相手の名を呼んだ。後ろを振り返ると橋本がデジカメを構えて立っていた。いつも首からぶらさげているカメラだが、今日は特に大活躍らしい。学園祭の記録係として、新聞部の本領を発揮しているのだろう。
「橋本か。どうだったって、ホラーだったな」
「そこじゃないよ。僕のカメラマンっぷり」
「ああ、そっか。お前が撮影してたんだっけか」
「そう。ついでに編集もちょこちょこっと口を出させて貰ったんだけどね」
映像の事は俺には良く分からないが、まあなかなかいい構図で撮影していたのではなかろうか。素人の高校生だという事を考えれば充分な気もする。
「……そういえば、クラスの出し物、あまり参加出来なくてごめんなさい」
吉国が橋本を見上げながら、呟くように言った。
普段あまり気にしてなさそうに見えるが、やはり生徒会の方に出ずっぱりでクラスの出し物にノータッチだった事は吉国も気がかりだったらしい。まあ橋本のように部活とクラスの出し物を両立している奴も居るし、そう思うのも無理は無いかも知れないな。
そんな吉国の言葉に対して、橋本は快活に笑いながら、
「生徒会は特に忙しいんだ、仕方のない事さ。それはクラスの皆も分かってるし、あんまり気にしない方がいいよ」
と返した。出来るだけ俺たちが気負わないように、という気遣いからそう言ってくれているのが分かる。ありがたい事だ。
そして実際に、クラスの皆もそういう気持ちでいてくれているようだった。緩い雰囲気のクラスで良かったとしみじみ思う。
「じゃあ、俺たちはそろそろ行こうか。あんまり長い事自由時間貰っても、他の皆に申し訳ないしな」
「……ん」
二人分の人手が足りなくなった分は、他の三人で補っている筈だ。なるべく早めに戻って皆と合流した方がいいだろう。
俺と吉国はクラスの皆に適当に声をかけつつ、並んで視聴覚室を後にした。
「あ、俺ちょっと飲み物買ってくから、吉国は先に帰っててくれよ。すぐ行くから」
「分かった」
吉国と別れた俺は、一階まで下りて自動販売機のある場所へ向かった。
朝霞が淹れてくれたアイスティーもいいのだが、今は何だか無性に炭酸をぐいっと飲みたい気分だ。コーラでも買って行こう。乾いた喉に弾ける炭酸を流し込みたい。夜に向けてまだまだ仕事があるのだから、ここらで一発気合いを入れなければ。
幾つか並ぶ自販機の一番手前の物の前で立ち止まると、財布から小銭を取り出して投入口に入れた。コーラのボタンを押すと、瞬きをする程度の時間でガコンと中身が落ちた音がする。
屈み込んでコーラを取ろうとした時、後ろから声がかけられた。
「あのー」
取り出し口に手を伸ばしながら、屈んだ状態のまま不自然な体勢で振り向くと、そこにはウサギの着ぐるみが立っていた。
正直少し、いやかなり不気味だ。こういう着ぐるみは喋らないからこその愛らしさがあるのではなかろうか。中から聞こえるのが声変わりした男のものだと、少し微妙な気分になってしまう。
「生徒会の人だよね」
「あ、はい」
正確には生徒会役員ではないのだが、生徒会の雑用係として仕事をしているのだから、まあ生徒会の人と呼ばれても差し支えは無いだろう。
コーラを掴み取った俺は体勢を戻した。ウサギの『中の人』は俺よりも少し高めの背丈のようだ。
「ちょっと確認してほしい事があるんだけど、いいかな」
「はい、大丈夫っすよ」
そこから先はと言うと。
もう完全に俺の落ち度だった。




