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―19―


 生徒会室に戻ると、部屋の中には久遠寺と六条の姿があった。


「おーい。これ何処に置けばいい?」

「その辺りに適当に置いといてくれ」

「はいよ、っと」


 扉の開閉の邪魔にならぬよう注意しながら、入口付近に荷物を下ろす。また何処かに持ち運ぶ予定があるのなら、この辺りの方が後々便利だろう。


「砺波。お前、もう昼は食べたのか」

「食べていられる余裕なんか無いって事ぐらい、お前が一番よく知ってるだろうが」

「だろうな。今の内に食べておけ。……ほら」


 久遠寺に手渡された物を受け取る。サンドイッチのようだ。


「何だこれ」

「3―Eのサンドイッチだ」

「3―Eってあれだっけ。ホテルクラウンのパンを使ったとかいうやつか」


 高級ホテルのパンを使った高級そうなサンドイッチだ。成る程、見た目もなかなかいいな。中の具もぎっしり入っていそうだ。


「これ久遠寺が食いたかったやつだろ? お前はもう食ったのか?」

「いや、私はまだだ」


 まあそうだろうな。呑気に飯を食ってる暇も無かっただろう。


「そっか。で、これ幾らだった?」

「いい」

「え?」

「それは奢りだ」


 あまりにもあっさりと言われ、少し申し訳ないような気分になってくる。ラッキーという気持ちも勿論あるのだが。


「いや、でも女子に奢って貰うってのも何か気後れするって言うかなぁ……」

「なら、そのサンドイッチ分もしっかり働いてくれ。それでいい」

「そうか?」

「そうだ。ただしきっちり働けよ。馬車馬のようにな」


 にやりと口角を上げて久遠寺は笑う。正直かなり怖い。


「……多分、俺、結構頑張って働いてると思うぞ」


 じゃあ休憩に入らせて貰います、と告げてから、朝霞から伝言があった事を思い出す。


「ああ、それと朝霞が余りのマイク何処かに無いかって」

「マイク? ダンスホールにある筈だが……。ふむ、取りに行ってくるか」

「あるようなら自分が取りに行くから携帯かけてくれ、って言ってたぞ」

「鍵をいちいち借りに行くのも手間だからな。私なら鍵を持っているから早い」


 そう言った久遠寺は、ジャケットの懐からジャラリと鍵束を取り出した。マスターキーの束だ。

 この一週間、久遠寺は学園内の各部屋のマスターキーを纏めて持ち歩いていた。


 生徒に鍵を預けるというのもどうかと思うのだが、あちこち行くのにいちいち鍵を借りに行っていては埒があかない、という流れから学園祭が終わるまでは久遠寺が管理しても構わないという事になったそうだ。その辺りは高村が生徒会の顧問として、上手い事話をつけてくれたらしい。


「ホール、鍵かけてんのか? 今晩ダンパがあるのに?」

「今はまだな。高等部関係者以外に入られては困るだろう」

「成る程、それもそうか」

「ああ。それじゃあ私はちょっと行ってくる」


 久遠寺が颯爽と歩き出す。六条はその背に緩やかに手を振った。俺もソファに腰を下ろしながら、扉の方に向かって軽く手を挙げる。


「行ってらっしゃい、咲良」


 ――パタン。


 静かに扉が閉められたのを確認し、六条はこちらに向き直った。


「砺波さん。アイスティーは如何ですか? シュンくんがさっき、淹れておいてくれたんですけど……」

「あ、貰う貰う。レモンあるか?」

「はい、ありますよ」


 六条は冷蔵庫からアイスティーを取り出し、氷を入れたグラスに注いでいく。朝霞の淹れた紅茶は透き通った綺麗な色をしていた。グラスに注ぐ六条の白い手を見ながら、やっぱり男が淹れるよりも女子が淹れる方が見た感じ風情があっていいなあと思った。


 最後にグラスにレモンの輪切りを一枚浮かべてアイスレモンティーの完成だ。それをストローと一緒にこちらに差し出してくれた六条に礼を告げ、サンドイッチの袋を破った。


「これ、水出し紅茶なんですって」

「水出し? 何だそれ」

「お湯じゃなくてお水でじっくり時間をかけてお茶を抽出するんです。お湯で淹れた紅茶はしばらく冷蔵庫に入れておくと濁ってしまうから、水出しの方がいいとかって。シュンくんなりのこだわりなんだそうですよ」

「へぇ。あいつ、大雑把そうに見えて結構細かいのな」

「ふふ、シュンくんは典型的なA型気質ですよ。とても几帳面ですから」

「ふーん……」


 あいつが几帳面なようには見えないが、六条は朝霞と十年来の付き合いなのだし嘘を言っているようにも思えない。まあ人は見た目によらないという事なのだろう。


 俺の正面に腰をおろした六条はこの間のハンバーガーの時と同じように、サンドイッチを一口大にちぎって食べようとしていた。が、ローストビーフを上手にちぎるのが難しかったらしく、仕方なく直接かぶりつく事にしたようだ。しかしやはり開けた口は小さく、上品な食べ方をしているように見えた。


 肝心のサンドイッチだが、これがまた美味かった。分厚いローストビーフとレタスのシャキシャキした感覚が実にいい。スモークサーモンの方もクリームチーズのまったりした味が良く調和しており、そこにケッパーのちょっとした酸味が加わって食べ易い。玉ねぎも辛くなくいい味だ。

 そして何よりパンが美味い。流石、高いホテルの高いパンを使っているだけあるな。滅多に食べられないだろうから、大切に味わって食べよう。


「……あの、砺波さん」


 黙々とサンドイッチを食べていた六条が、ふとサンドイッチを持つ手を下ろした。


「ありがとうございます。咲良の事」

「え?」


 唐突に礼を言われ、しかも久遠寺の事でと言われ、俺はポカンと口を開けた。

 一体何の話だ?


「咲良って昔から、自分一人でどうにかしようっていう癖が強くて……。何でも一人で抱え込んでしまって、無茶をしてしまう事があったんです。高等部に入ってからも、生徒会長を頑張ろうっていう気持ちが強くて、結構辛そうな時もあって……」

「ああ……そうだろうな」


 久遠寺はそういう奴だ。それは俺もこうして生徒会で久遠寺と接していく内に、良く分かっていた事だ。


「この一ヶ月はとても忙しかったんですが、それでも咲良は精神的に少し楽そうでした。砺波さんのおかげだと思うんです」

「いや、俺は何もしてないよ」


 寧ろ、この一ヶ月はただでさえ忙しい所に、更に訳の分からない妨害工作まで入っていたのだ。久遠寺の精神は追い詰められこそすれ、楽そうだったという事はまず無いだろうと思う。

 けれど六条は俺の言葉に対して緩く首を振った。


「そんな事無いですよ。だっておかしな噂の他に、嫌がらせもあったのでしょう?」

「え……」


 嫌がらせの話は俺は誰にもしていない。そして久遠寺も、要らぬ心配はかけたくないから言わないと言っていた筈だ。


「六条、知ってたのか?」

「この間、掲示板に妙な貼り紙があったそうですね。私はその貼り紙は見ていないんですがお友達に話を聞いて……それから咲良にその事を訊いてみたら話してくれたんです。その貼り紙の事も、それ以前にあった事も」

「そう、か……」


 あの貼り紙は朝の登校時に、昇降口の掲示板なんていう一番目立つ所に貼ってあった物だ。時間的にも場所的にも、極力多くの生徒の目に着くように、という意図があった事は明白だ。

 俺が見た時も周囲にかなりの数の生徒が居たのだし、あの場に居なかった六条の耳に話が入っていても何ら不自然ではない。


「その時に咲良が言っていたんです。砺波さんが自分の話を聞いてくれたから少し楽になった、って」

「久遠寺がそんな事を?」


 かなり意外だった。


 俺は何もしていないつもりなのだが、あの久遠寺がそんな風に感じるとは。そして、それを他人に話すとは。そういった弱味はあまり見せないタイプだと思っていたが、六条の場合は幼等部からずっと一緒という事もあり別なのだろうか。

 俺にああいう弱った顔を見せたのは、状況が状況だったからだろう。例えば俺があの掲示板の貼り紙を見た後、久遠寺の事を追いかけていなかったら、きっと彼女は俺の前で「疲れた」なんていう言葉を零したりはしなかっただろう。


「あ、これ、咲良には内緒でお願いしますね。あの子、恥ずかしがり屋なんです。砺波さんに言ったって知ったら、怒ってしまうかも知れませんし」


 六条は柔らかく微笑みながら口元に人差し指を当て、しーっ、と内緒のジェスチャーをした。


「ん、ああ……」


 心なしか、聞いている俺の方も恥ずかしいような気持ちになってしまう。だが、まあどんな形でもそうやって誰かの力や支えになれたのなら、それは嬉しい事だとも思う。ただの雑用係でも出来る事はあるものだな。




 俺と六条がサンドイッチを食べ終えた頃、久遠寺は戻ってきた。そんな会長に労りのアイスティーを淹れて、入れ違いのように六条が退室する。


「お疲れ。久遠寺も今の内に飯食っといたら?」

「ああ、そうだな」


 久遠寺はソファに腰を下ろすと、ふぅと一つ大きく息をついた。夜のダンスパーティーも含め、まだ学園祭は折り返し地点に入った程度だが、結構疲れてきているらしい。動いている時は興奮状態が持続している為に気付きにくいが、こういうのは一度気を抜くとどっと疲れがやってくるものだ。

 アイスティーに口をつけながら、久遠寺はテーブル上のサンドイッチと俺の顔を交互に見て訊ねてきた。


「どうだった?」

「ん? 何がだ?」

「そのサンドイッチ。味は」

「ああ、美味かったぞ。やっぱ高いトコの高いパン使ってるだけあるな。俺みたいな庶民は滅多に食えないからバッチリ味わって食べたよ」


 俺の返答に久遠寺は小さくククッと笑った。別に何もおかしな事は言っていない筈なのだが。

 そんな彼女がサンドイッチに手を伸ばしかけた所で、扉がノックされた。次いで開けられたドアから顔を出したのは、青いリボン――二年生の女子だった。


「失礼します。あの、すみません。体育館のスタンプラリーなんですけど、スタンプを落として取っ手部分が割れちゃって……」

「取っ手部分が?」


 サンドイッチに伸ばした手を引っ込め立ち上がりかけた久遠寺の身体を軽く制して、代わりのように俺が立ち上がる。


「俺が行くよ」

「砺波……」

「お前は昼飯食っとけ。会長サマに倒れられても困るだろ。それに、サンドイッチ分もしっかり働かなきゃな」

「そうか。じゃあ、すまないが頼む」

「おう。芸術的に修復してきてやるよ」


 棚から接着剤を取り出しつつ、扉の手前に立つ女子に声をかける。


「えーと、割れたのは取っ手部分だけですか?」

「はい。スタンプ部分は大丈夫です。取っ手だけ外れちゃって」

「分かりました。……じゃ、久遠寺。ちょっと行ってくる」

「ああ。宜しく」


 視界の端で久遠寺が軽く片手を挙げたのが見えた。

 そのまま、例の二年女子を伴って体育館へ向かう。取っ手だけ壊れたのなら、接着剤で適当にくっつければ何とかなるだろう。


 しかし、今も久遠寺は最初に自分が出て行こうとした。別に会長でなくても誰でも対応出来るような仕事なのに。人使いが荒い癖に、こういう時には自分が動こうとする。そういう仕事こそ雑用係である俺に任せるべきなのにな。




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