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「おーい」


 不意に扉が開く音と同時に、間延びした声が聞こえた。朝霞だ。その後ろに六条と吉国の姿もある。


「何だ、お前たち。戻ってきたのか」


 久遠寺が驚いたように声を出す。俺も目を円くして三人を見た。


「校門を出た所から見ても、まだ生徒会室の電気が消えていなかったので……。咲良の事だから、もしかしたらまた一人で片付けようとしているのではないか、と思って戻ってきちゃいました」

「そしたら案の定や。何やその書類」

「あー、それがさ。さっきお前らが帰った後に、未処理の書類が見つかったんだよ」


 俺は立ち上がり、空になったダンボールを床に下ろしながら答えた。三人もこちらへやってきて、テーブルに置いた書類の前に、わらわらと五人で群がる状態になる。


「私たちもまだ出て行ってからそんなに時間が経っていなかったから、携帯で呼んで下されば良かったのに。そうしたらすぐに戻ってきましたよ?」

「いや、そんなに大した量でもないから、私一人で片付けてしまおうと思ってな」


 六条の言葉に久遠寺はそう返すが、大した量でもない、という量でない事は誰の目にも明らかだ。


「……咲良」


 それまでずっと黙っていた吉国が、静かに久遠寺の名前を呼んだ。

 相変わらず感情の読めない顔をしているが、もしかすると怒っているか悲しんでいるのかも知れない。何となくだがそんな気がした。


「ずっと言おうと思ってたんだけど」


 そう前置きしてから、吉国は続ける。


「私たちも生徒会なんだから仕事は皆でやるのが当然。咲良は私たちに気を遣って一人で片付けてるのかも知れないけど、それって私たちが使えないって言われてるみたい」


 歯に衣着せぬその言葉は、あまりにもストレート過ぎるものだった。さっき俺も考えはしたが敢えて呑み込んだ言葉を、吉国はすらすらと口にする。


「未結、そんな事は……!」

「別に、咲良がそんなつもりじゃないって事は分かってる。でも、正直な所、ちょっと心外。咲良が私たちの為に一人で頑張ってくれるように、私たちだって咲良を支える為に頑張りたい。だから、咲良が一人で仕事してるのを後で知るのは凄く寂しくて悲しい。……分かる?」

「ん……」


 吉国はとても饒舌だった。それは普段の彼女からはとても想像のつかない姿だ。現に、あの久遠寺が気圧されている。

 六条も朝霞も吉国の饒舌さに少々驚いているようだったが、彼女の言葉を決して否定はしなかった。それは、二人とも今の吉国と同じように考えているという証拠だ。


 久遠寺は少しの間戸惑ったように言葉を探している様子だったが、やがて一つ頷くと薄く苦笑した。


「そうだな。未結の言う通りだ。……すまん」


 多分、仮に同じ事を俺が言ったとしても、久遠寺はこうして聞き入れはしなかったのだろうと思う。

 それは俺が生徒会の正式な役員ではないから、という事だけではない。普段あまり感情を見せない吉国が、あまり口数の多くない吉国が、こんなにも饒舌に分かり易く感情を露わにして訴えたから。だからこそ、久遠寺もこうしてすんなりその言葉を受け取ったのではないだろうか。


「じゃあ皆、すまないが手伝ってくれるか」


 久遠寺の声は指示のような頼み事のような、どっちつかずの響きを持っていた。


「……ん」

「当然ですよ」

「せやな。皆でちゃっちゃと終わらせよ」


 三人とも頷いてあっさりと了承する。

 何だか綺麗に纏まったようだ、と少しほっこりした気分になった所で、朝霞がへらりと笑った。


「とは言え、もしもさっちゃんと砺波が二人で仲良うしとって俺らがお邪魔やったとしたら、悪い事してもうたけどなぁ? あっははは……いてっ」


 ぺしっと乾いた音が響く。久遠寺の平手が朝霞の頭にヒットしたらしい。


「無駄口を叩くな、馬鹿俊介」

「何やさっちゃん、殴る事無いやろ」

「……朝霞くん、いつも一言多い」


 そうだそうだ。吉国の言う通りだ。朝霞め、妙な事を言うんじゃない。





「青春してるわねー。先生も混ぜてくれるかしら」


 そこへ聞こえた声に振り向くと、扉の所に今度は高村が立っていた。


「いつも遅くまで御苦労様。差し入れよ」


 高村は手にしていたコンビニのビニール袋からシュークリームを取り出し、一つずつ皆に手渡していく。


「おおー、めっちゃありがたいやん。頂きますー」

「まあ、美味しそうですね。ありがとうございます」

「……どうも」


 こんな時間だ。幾ら途中で休憩を挟んでクッキーをつまんでいたとは言え、やはり腹が減っていたのだろう。朝霞と六条、吉国の三人はそれぞれ礼を告げて席に着くと袋を開けた。


 俺もありがたくご相伴にあずかる事にする。生クリームとカスタードクリームの二種が入った合わせ技シュークリームだ。かじりつくと生地はさっくり、中のクリームはぽってりしていた。最近のコンビニ生菓子は決して侮れない。疲れた身体に甘いクリームから糖分が行き渡っていくのを感じる。


「わざわざすみません、ありがとうございます」


 久遠寺が申し訳無さそうに言うと、高村は「いいのいいの」と笑って告げた。


「本当は夜遅いと危ないからもう少し早めに帰って欲しいんだけどね。どうせ久遠寺さんの事だから、今日は切り上げなさいって言っても『やる』って言うんでしょ?」

「はい。すみません」


 決して高村の言葉を否定しない辺り、久遠寺は正直者だと思う。


「ま、今日の帰りは先生が車で送ってあげるから、ちゃっちゃと終わらせましょ。あたしも確認するわ」


 そう言うと、高村も書類を手に取り始めた。そうだ、さっさと終わらせてしまおう。明日も明後日もやるべき事はまだまだあるのだから。




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