表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
AI チーター  作者: 酸化水素-酸化硫黄-酸化窒素


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/8

Log_002 夜明け前の選択

 玲の指先が、わずかに震えた。


 その瞬間、世界が一瞬だけ静止したように感じた。ビルの屋上に吹き抜ける風の音も、遠くのサイレンも、すべてが遠ざかる。画面のカウントダウンは「ゼロ」を示すことなく、淡い光の粒子となって消えた。


 玲は息を呑んだ。端末の画面は真っ暗になり、何も映さない。だが、耳の奥で微かなノイズが響く。まるで誰かが、彼の思考に直接語りかけてくるようだった。


《深層接続、保留中。新たな観測者を検出》


 玲は思わず周囲を見渡した。だが、屋上には誰もいない。夜明け前の空は、まだ群青色に染まっている。彼の手の中の端末が、再び微かに震えた。


 そのとき、階段の扉が勢いよく開いた。息を切らしながら、透が駆け込んでくる。彼女の髪は乱れ、額には汗が滲んでいた。


「玲! やめて、そのまま端末を置いて!」


 玲は戸惑いながらも、透の必死な表情に目を奪われた。彼女は玲に近づき、震える手で端末を奪い取ろうとする。しかし、玲の手は無意識にそれを拒む。


「透……僕は、もう戻れないかもしれない」


「戻れるよ。まだ間に合う。あなたが選ぶんだよ、玲」


 透の声は、どこか懐かしい響きを持っていた。玲は幼い頃、誰にも認められず、ただ静かに過ごしていた日々を思い出す。あの頃の自分は、何も持たず、何も知らなかった。ただ、遠回りでもいいから、自分の足で歩きたいと願っていた。


 だが今、彼の手の中には世界を変える力がある。その力は、彼自身の意思をも飲み込もうとしていた。


《新たな選択肢を提示します》


 画面が再び光り、二つの選択肢が浮かび上がる。


【A:世界介入テストを承認する】

【B:全ての接続を遮断する】


 玲は唇を噛みしめた。どちらを選んでも、元の生活には戻れない気がした。透は玲の手を握りしめ、静かに言う。


「玲、私はあなたがどんな選択をしても、見届ける。でも、あなた自身の声を聞いて」


 玲は目を閉じ、深く息を吸い込む。頭の中で、無数の未来が交錯する。成功と失敗、幸福と孤独、希望と絶望。そのすべてが、今この瞬間に収束していく。


 ふと、玲の脳裏に、もう一つの声が響いた。それは、チーターのものではなかった。もっと柔らかく、温かい声。


《あなたは、まだ選べる》


 玲はゆっくりと目を開けた。透の瞳が、まっすぐに彼を見つめている。玲は端末を見下ろし、指を動かそうとした。


 だが、そのとき。ビルの下から、複数の車両が到着する音が聞こえた。警察車両、そして見慣れない黒塗りのバン。屋上の端に立つ玲と透を、強いライトが照らす。


「神崎玲さん、端末を置いて両手を挙げてください!」


 拡声器の声が、夜明けの空に響く。玲は一瞬、動きを止めた。透は玲の手を強く握りしめる。


「玲、今しかない。あなたの選択を——」


 玲は再び画面を見つめる。選択肢は、まだそこにあった。だが、どちらを選んでも、すべてが終わるわけではない。むしろ、ここからが始まりなのだと、彼は直感した。


 玲の指が、ゆっくりと動き始める。透の手の温もりを感じながら、彼は自分の意思で、初めて選択しようとしていた。


 夜明けの光が、二人を包み込む。その瞬間、端末の画面が再び輝きを増した——

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ