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―1― 失うモノ


―――そよ風で髪が揺れる感覚で目覚める。


 「……………ん?……………なんだ、ここは?……………」


 目覚めが良いか悪いかならば、良いだろう。

 気が付くと草原の丘のてっぺんに寝転がっていた。あぁ……………とても心地いい。

 日光が時々、分厚い雲に遮られてここが日陰になる。俺の居た世界ではこんなことあり得なか……………


 「……………はぁ……………何やってんだ、俺は……………ここは間違いなく【死後】の世界だ」


 何故かわからないが、嫌なことも、どうやって死んだのかも思い出せないが、それでもここが死後の世界だと確信できる。


 「まずは状況の整理からだ。俺は間違いなく一回死んだ」


 自分でも信じがたいが、死んだ感覚だけがある。生前のことで覚えているのが、

 ・名前は『アラストル』

   ただし、本名ではなかった……………ように感じる。


 ・職業は〈殺し屋〉

   目的までは思い出せないが、きっと大事な理由があったはずだ。


 ・容姿は黒髪で短髪、服装は黒のローブが全身を覆っている


 「あと覚えているのが……………世界の地形くらいか……………」

 ― ― ― ―


 彼は一部、記憶喪失になったようだ。間違いなくあの部屋も影響している。

 彼は絶望して身を投げ出すことはない。大事な人も、大事な目的さえ忘れてしまっても……………彼は昔から自身を信じて周りを動かすタイプの人間だ。植物と同じく、根さえ残っていれば元に戻る可能性がある。もしかしたら似ているだけの虚像になるかもしれないが、彼なら大丈夫だろう。

 ― ― ― ―


 「まずは、人間を探すか」


 そもそもこの世界に人間が居るのか、という話だが、無駄に時間を使うのは〈悪〉だ。だから、少しでも可能性が高い方を選んだ。理由なんてそれだけだ。


 とはいっても、人間の気配なんて感じない。日の方向には見渡す限り草原と地平線のみ、その右手も同じく草原、左手も同じくだ。唯一、反対方向にだけ森林らしきものが見える。目測三里(約12km)と言ったところだ。


 他に何も見えない以上、森林に向って歩くしかない。

 ………………………… …………………………


 「退屈だ……………」


 ただ歩き続けるだけ、なんの発展もない、そもそもあの森林に何かがあるのかもわからなくなってきた。

 もっと自信を持て!なんて暗示をかけ続けるのも辛くなってきた。大体、もう少しで半分といったところか。

 あいつが事前になんでも用意してくれたから移動も楽で……………あいつって誰?

 ………………………… …………………………


 記憶を思い出そうと考えながら歩いていると、ふと、違和感を感じた。


 「日もあって、一面の草原まであるのに、人間はともかく虫一匹もい居ない」


 少しずつ感じていた違和感の正体にようやく気が付いた。そもそも、俺が居た世界では虫どころか生き物がかなり生きづらい世界だった気がする。もしかしたらずっと気付くことすらなかった、と考えると恐ろしい。


 「ともかく、考えられる可能性が出てきた」


 この世界は人間以外の生物が存在していないのか、俺以外に何も存在していないのか、ここ一帯が生物が住めない環境なのか、なんにせよもっと先までいかないと何もわからないようだ。


 希望と目的が僅かでも出てきたのならば、それでいい。何故だか、子供がはしゃぐようにワクワクする……………何なんだ……………この感覚は。

 ………………………… …………………………


 どれくらいの時間が経ったのか分からない。が、ようやく森林の手前まで辿り着いた。

 あれから相変わらず虫一匹見つける事がなかった。


 近づいて初めて気付いたが、森林というには余りにも殺風景だった。

 目を凝らして奥の方を見ると、大きな湖と、その向こう岸に一軒家か小屋らしき影が見える。この世界に来て初めての人工物だ。


 もちろん、嬉しかった。同時に、絶望した。


 向こう岸に行くための手段が限られている。湖には橋も架かっていない、ボートも小船も見当たらない。いつの間にか雑木林の中に入っており、気が付けば湖を見渡していた。


 「ぼーと、しすぎたな。どうやって向こう岸まで……………」


 俺は泳げない。そもそも海水浴なんてもっての外、水質が世界全体で改善することが無かったんだ。プールもなかったんだ。だから……………


 「俺には助けることが出来ない」


 自分を正当化して、湖の中央辺りで溺れ掛けて藻掻いている少女を見捨てようと考えが過った。


 本当は助けたい、困っている人間を見捨てたくない、だけど……………


 「水が怖い……………」


 ならば、別の誰かに助けてもらう状況にすればいい。


 「、、ふぅ!……………誰か!あの子を!助けてください!!……………はぁ、はぁ、」


 長いトンネルの入り口から出口まで届くような大声で叫んだ。疲れはないがもう一回出すことが出来ないと悟った。

 これだけ大声で言ったんだ。仮にあの子に嫌われても仕方がないと思う。すぐ誰かが来てくれる……………はずだ……………



 「……………あの子はどうしてあんなところ居るんだ?」


 ここが死後の世界で尚且なおかつ、俺達の世界の元住人ならば矛盾が生じる。水質汚染が問題になり始めたのが約200年前と教わった。つまりは、俺と同じように水に対しての極度の抵抗感があってもおかしくない。しかしあの子は、中央辺りに居る。周りに橋やボートらしきものは見つからない。


 可能性は二つ。一つはあの子は水質汚染が問題になる前の時代の人間。もう一つはそもそも世界が違う可能性。死後の世界は年を取らないという可能性もあるから、一つ目の可能性の方が高いように思う。


 それはそうと、大きな水飛沫音があり急ぎ中央を見ると、少女の姿が無く激しく広がる水紋だけが残った。

 これは今までとはタイプの人殺しだ。虚無感にさいなまれ、恐らく初めての〈見殺し〉をしてしまった。こんなにも後悔が残るなんて思わなかった。初めての感覚、久々の悪徳行為、


 「俺は……………なんてことを……………」


 俺は勘違いをしていた。他に人間が居る前提で、あの子の為に大声を出した。それは間違いだった。否、間違いの器に乗せてはいけないような〈悪〉だ。俺は、見殺しをした……………


 「あぁ……………ぁぁぁ……………そん……………な……………」


 見捨てた……………俺が……………見捨てた……………あの子を……………俺が……………


 絶望感で押しつぶされそうになる……………訂正する、押しつぶされた後に、追い打ちを掛けるように重りが増していく。救えなかった……………助けてほしいと身体で伝えていたのに……………


 違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、


 ― ― ― ―


 彼は正にゲシュタルト崩壊を起こしていた。頭を抱えしゃがみ込み、独り言を永遠に続けていた。しばらくすると、彼は異常な行動に出た。なんと、地面に落ちていた細長く丈夫そうな木の枝を持ち、躊躇なく腹部に刺した。その後三回深すぎない呼吸をした後、一度引き抜き、勢いよくもう一回同じような位置に突き刺した。枝の先も、折角新品のようにきれいなローブも血色で染まていく。


 しばらくすると、彼は地面に倒れこんだ。「あぁ……………やらかした……………」とか思いながら意識が堕ちるその瞬間に見てしまった。


 湖の中から、白衣を着た大人がさっきのあの子の腕を肩に乗せて抱っこされたような感じで出てきたのだ。


 彼が最期にその子と視線が合い、睨まれたように見えていた。

 ………………………… …………………………


―――「……………ぅ、……………なんだこれ、気持ち悪ぃ……………」


 彼は強烈な吐き気にさいなまれ目が覚めた。

 気が付けば、そこは部屋の中心だった。ベットのような形のモノ、山積みの本のような形のモノ、地球儀のような形のモノ……………

 そこで気付いてしまった、ある意味、気付かなかった方が良かったかもしれない。


 「ま…………………………まさ……………か……………」


 またあの部屋だ。彼は前回と同じく、傷もなく妙に落ち着いている。

 しかし、今回は前回と決定的な違いがある。彼はこの部屋に着た瞬間に思い出した。本名も目的も大事な人の事も、全てを思い出した。そう全て。この後、無数の目が来ることも思い出してしまった。


 今回は前回と違い、一面窓の外には既にあった。彼自身は見てはいないが嫌でも感じてしまった。


 当然、扉を出れさえすればまた戻れるかもと考えた。そして、扉のドアノブに触れた……………


 【鍵ガ掛カッテイタ】


 絶望をまた感じ取っただろう。


 鍵を急いで探し始めるのも必然だ。

 

 幸い、自身のポッケに入っていたことにすぐに気付き、鍵を差し込んだ。


 扉は無事に開き、彼は悪夢のような部屋から脱出できた。


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