第5章 : OVERRIDE: GENESIS
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✦ 前セクション – データ余震
空気は冷たく、重く張りつめていた。
データがノイズに侵されたあと、Hae-Rin はまだ動揺していた。
彼女は静かに座り、Kael が隠し部屋から持ち出した金属製のデータドライブを見つめていた。
HAE-RIN(データドライブを手に取り、首を小さく振りながら):
「これ…何? どうしてシステムが変な信号を発したの?」
KAEL(周囲の信号を探知しながら、緊張した声で):
「あれが逆位相の波を発した…
記憶分離実験のステーションで使われていたタイプだ。
もうずっと前に禁止されたはずの。」
HAE-RIN(声を低くして):
「つまり、私が覚えてもいない頃…
誰かが私の脳に手を加えた、ってこと?」
KAEL(うなずき、表情を厳しくする):
「“誰か”じゃない…
闇の中で全てを操っていた組織だ。」
Kael はドライブを強く握りしめる。
KAEL:
「ここにはもう長くいられない。
この技術を理解できるとすれば――たった一人だけだ。
でも今すぐ離れないといけない。
この信号が“ハンター”を呼び寄せる前に。」
Hae-Rin は顔を上げた。疑念が渦巻いているが――
その奥底で、何かが目を覚ましたような気配があった。
それは “自分自身への恐怖” に近いものだった。
✦ 深夜のソウルを走る加圧ステルス車両
ステルス加圧車がソウルの細い路地を疾走する。
内部は薄暗く、制御盤には生き物のように踊るデータの光が揺れていた。
HAE-RIN(Kael を見て、小さく):
「私たちはどこへ向かっているの?」
KAEL(前方から目を離さず):
「ある人物に会いに行く。
俺が借りを作った相手で…
何もかも失ったとき、俺を救ってくれた人だ。」
HAE-RIN(小さな声で、闇に視線を落としながら):
「……私も、一度だけ救われたことがある。」
(短い沈黙。雨が車体にやさしく当たる。信号の光が彼女の横顔をかすめる。)
HAE-RIN(首を振り、外の闇を見つめたまま):
「でも今は…
その人がまだ存在しているかどうかさえ、わからない。」
(Kael は何も聞かない。車内には言葉にできない重さだけが満ちていく。)
HAE-RIN(自分に問いかけるように):
「時々、私は…ただ影を追いかけているだけなんじゃないかって思うの。
昔の記憶のかけら…
希望か、幻か、そのどちらか。」
稲妻が走り、青白い光が彼女の瞳に反射する。
HAE-RIN(低く):
「でも、それを手放したら…
私はもう、私が誰なのかさえ分からなくなる。」
彼女は窓越しに闇を見つめた。
稲光がビル群に突き刺さるように散り、
街はまるで巨大な生物のように、暗闇の中でうごめいていた。
車内では街灯の光が窓を流れ、途切れたデータの断片のようにちらつく。
HAE-RIN(唇を引き結び、前方を見つめながら):
(「もしこれを見ているなら……全てが始まったということだ。」)
その声が頭の中で繰り返される。
ノイズのように歪んだ、しかし聞き覚えのある男の声――
遠く、しかし“決して知らないはずがない”声。
(彼女は目を伏せ、コートの裾を無意識に握る。)
“気が狂うほど馴染み深い”
なのに名前が思い出せない。
KAEL(バックミラー越しに見ながら):
「……さっき、どうした?
何か…良くない反応があった。」
HAE-RIN(わずかに肩を跳ねさせ、すぐ落ち着き):
「何でもない。ただ…頭が痛いだけ。」
KAEL(道路を見つめたまま、声が少し硬くなる):
「ちょうどあのコードが画面に出た瞬間だった。」
Hae-Rin は答えない。肯定も否定もしない。
ただ冷たい窓に頭を預け、余震のような残響を振り払おうとしていた。
KAEL(低く、独り言のように):
「……あれに、身体が反応していた。
まるで…呼ばれているみたいに。」
HAE-RIN(かすかに笑うが、温度はない):
「もし本当に呼ばれているとして……
私は何て返せばいいの?」
✦ ソウル郊外 – 放棄された研究ステーション
車両は古いトンネルを抜け、錆びた研究施設の前に出た。
草が伸び、時間の層が積もっているが、地下の電源だけは微かに生きていた。
Kael が装置でロックを解除すると、
金属の扉が冷たい空気を吐き出しながら開いた。
KAEL:
「ここはかつて“量子脳波試験ステーション”だった。
“Delta Rung”事件後に閉鎖された…
少なくとも、公式記録では。」
HAE-RIN(半信半疑で):
「それをまだ信じてるの?」
KAEL(冷たく):
「俺は、“爆発しても生き残ったもの”だけを信じる。」
✦ コア室 – 研究ステーション地下
暗闇の中、ただ一筋の弱い光。
背を向けた銀髪の男が立っている。
片目には光学感応デバイスが装着されていた。
ORREN(振り向かずに、低い声で):
「Kael……とうとう“いちばん危険なもの”を連れてきたか。」
HAE-RIN(緊張して身構え):
「あなた……私を知ってるの?」
KAEL:
「Orren Vale。
Z-コアの初期開発者。
そして Genesis-0 の生き残りだ。」
Orren は静かに振り返り、鋭くも沈んだ目で彼女を見つめた。
ORREN:
「私が知っているんじゃない。
“あなたがかつて私を知っていた”。
とても深く。
今の名前は知らんが…
その顔は覚えている。
最後に会ったとき、あなたは“別の名前”を持っていた。」
Hae-Rin はわずかに後ずさる。
✦ 分析室 – 脳マップシステム
Orren が半機械式の操作盤を動かす。
青い光が彼の疲れた顔に反射する。
Hae-Rin はホログラムに映る脳波マップを見つめた。
それは“人の脳”としては異常なほど安定し過ぎていた。
警告表示が点灯し、Orren は別の端末に手を伸ばす。
ORREN(静かに):
「あなたの脳信号を確認したい。
最新のスキャンが更新されたばかりだ。」
Hae-Rin は一瞬ためらい、やがてうなずく。
装置が後頭部に装着され、青いデータ光が流れ出す。
✦ 制御室 – 脳マップ表示
脳構造のホログラムが浮かび上がる。
それは“凍結されたかのように安定しすぎた”活動パターンだった。
HAE-RIN(後ずさり、かすれ声で):
「……これは、何?」
胸の奥が詰まるような感覚。
恐怖でも不安でもない。
“名前のない悪夢”が蘇る気配。
ORREN(低く):
「活動脳波のマップだ。
だが普通の人間のものではない。」
彼女のこめかみに痛みが走る。
ORREN(画面を見つめながら):
「……あり得ない……」
KAEL:
「何があった?」
Orren は旋回構造のコードを拡大し、深く息を吐く。
ORREN:
「昔、二重暗号化されたデータ片で見た構造だ。
我々はそれを “Genesis-0” と呼んでいた。」
HAE-RIN:
「…Genesis?」
KAEL:
「Genesis はずっと前に破棄された人工神経網じゃなかったのか?」
ORREN(静かに頷きながら):
「ただの制御コアではない。
“再構築された人の脳”だ。
完全に管理された環境で作られた。
だが、原型は消えたとされていた。
唯一残った生体コードが…
この“螺旋構造”だった。」
HAE-RIN(低く):
「じゃあ……私が“原型”?」
ORREN(彼女を見る):
「複製ではない。模倣でもない。
これは“オリジナル”だ。
生きている、唯一の。」
HAE-RIN(息を乱しながら):
「どうして……私なの?」
ORREN(沈んだ声で):
「もし本当なら――
あなたは最初の一人だ。
Genesis が存在した理由であり…
消された理由でもある。」
胸の奥で冷たい空白が広がる。
KAEL(Orren に低く):
「本気で言ってるのか。」
ORREN:
「確信はない。
だが、この脳を“二度作ることは不可能だ”。
Genesis は消された。
残ったコードは――
“彼女の頭の中”にあった。」
KAEL(低声):
「でも、もし残っているなら…
なぜ彼女は覚えていない?
……それとも、忘れたがっている?」
Hae-Rin の肩がわずかに震えた。
HAE-RIN(かすれた声で):
「私自身も…理解したいの。」
沈黙。装置の光だけが脈打つ。
Orren の声が重く響く。
ORREN:
「深層抑制の波が植え込まれている。
おそらく――あなたがまだ“支配権”を持っていた頃に。
そして限界を超えた瞬間――」
映像がちらつく。
ORREN:
「あなた自身が“自己ロック”を起動した。
全てから――自分自身から逃れるために。」
KAEL:
「つまり…自分で“封印した”?」
ORREN:
「忘れたんじゃない。
“埋めた”んだ。
――思い出せば、自分を壊すものだったから。」
HAE-RIN(目を閉じ、囁く):
「私は……何なんだろう?」
アラートが鳴り、Kael が立ち上がる。
KAEL:
「外の信号が変動してる。見てくる。
二人はここに。」
彼は一瞬だけ Hae-Rin を見て、扉を出ていった。
HAE-RIN(かすれ声で):
「あなたは…どこまで知っているの?」
Orren はすぐには答えなかった。
重い沈黙のあと、ゆっくり口を開いた。
ORREN:
「データは欠けている。
多くは削除され、暗号化されている。
わずかな断片から…仮説を立てているにすぎない。
真実を知る者は――もう残っていない。」
彼はためらった。
そして、とても小さく呟く。
ORREN:
「…少なくとも、この場所には。
今この時には。」
Hae-Rin の手がかすかに震えた。
HAE-RIN(自分に言い聞かせるように):
「もしそれが本当なら……
私は、この物語の中で何者なの?」
ORREN:
「誰かが“核となる記憶領域”を封印した。
消したのではなく――“閉じた”のだ。」
ORREN(彼女をまっすぐ見て):
「あなたは部外者ではない。
残りは……あなた自身が思い出すしかない。」
Orren は壁の隠しロックを開いた。
磁気ケースに収められた、小さな銀色のチップが現れる。
HAE-RIN(息を呑む):
「それは……何?」
ORREN:
「記憶コアの断片。
旧コントロールコアから切り離された唯一の“解読可能な部分”だ。」
Hae-Rin は警戒しながら近づく。
HAE-RIN:
「どうしてあなたが持っているの?
誰から?」
Orren は一拍置いて答えた。
ORREN:
「私が見つけたんじゃない。
これを渡した人物は……
もういない。」
そして静かに言った。
ORREN:
「去る前にこう言った。
『もし Genesis が再び動き始めたなら――
彼女は“自分が誰か”を思い出すために、
この記憶が必要になる。』」
HAE-RIN(揺れる声で):
「その人は……誰?」
ORREN(声を低くして):
「確証はない。
だが――
Genesis 初期段階に関わった者で、
“唯一システムを裏切った人間”だ。」
Hae-Rin は銀色のチップを見つめる。
それは微かに脈動しているようにさえ感じられた。
HAE-RIN:
「残りの記憶は?」
ORREN(重く):
「すべては開かない。
だが――
忘れているものを目覚めさせる。
あるいは……
あなた自身が“思い出すことを拒んでいる部分”を。」
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今後も『CIPHER-N0X:NEMIRAX』の世界を一緒に歩んでいきましょう。
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