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02 誤配達の原因は


「今日も良い天気! ん~!」


 『アレクシア=ギールグッド』は、青空の下で伸びをし、テーブルに用意された朝食のパンに手を伸ばした。


「いやー、追放されてよかったわ。本当」


 アレクシア=ギールグッドは、もともとは隣国エストリアの公爵令嬢という、かなり高い身分のレディだった。


 ダークローズの髪に、少しツリ目でぱっちりとして瞳は、アイスブルー。

 社交界で『氷の薔薇アイス・ローズ令嬢』と呼ばれる、少し冷たい印象の超美人だった。


 そんな彼女は追放されて故郷『エストリア』の隣国『ヴァルデリア』に住んでいる。

 

 彼女は、元婚約者であるロミオット王太子に、覚えのない罪を着せられ追放されたのだった。


 覚えのない罪、とは――ロミオット王太子の浮気相手である男爵家の令嬢を『いじめた』ことだった。

 

 アレクシアは、その男爵令嬢――ジュリエティに会ったことすらなかった。

 なのに、その男爵令嬢ジュリエティはアレクシアにノートを破られただの、階段から突き落とされただの、ありもしない事実を並べてロミオット王太子に告げ口したのだ。


 ロミオットはこの事に激怒した。


 アレクシアが、そんな事実はないと伝えても聞く耳を持たず……いや、ロミオットは婚約者の座からアレクシアを排除し、その男爵令嬢にすり替えるため、これを利用した。


 彼の父親であるエストリア国王が海外訪問しているタイミングを狙って、アレクシアを断罪し、追放してしまったのだ。


 もともとロミオットはアレクシアのことを、気に入っていなかった。

 アレクシアが、美人であっても、彼の好みからは外れていたのだ。

 そして自分よりも優秀で、周囲から好かれ注目を集めるアレクシアに嫉妬して嫌っていた。


 だが、ロミオットと結婚したくないのはアレクシアも同じだった。

 アレクシアは公爵令嬢として、王太子に嫁ぐ覚悟を決めて婚約したのだが、あまりにもロミオットは酷かった。

 尊敬どころか愛せるところの1つも見つけられなかった。


 だから、結果的には、都合が良かった。


「家門には迷惑をかけてしまったけれど、私にとっては、大幸運だったわ」


 アレクシアは、ロミオットに尽くしてはいたが、彼の冷たい態度にこの人間と一生添い遂げなくてはならないのかと憂鬱だった。

 社交界も億劫だった。


 政敵の令嬢たちから攻撃をかわさなくてはならないわ。

 周囲の令嬢には完璧な令嬢として周囲の目に映るよう努力し続けなくてはならないわ。


 それが、追放という不名誉を受けて隣国へ来たものの――。


「なにこの自由」


 アレクシアは、生まれて初めて息を吸って吐いた感覚に歓喜した。


「もし呼び戻されても――絶対に帰らないわ!!」


 ギールグッド公爵である父も、ロミオットのやり方は不当だと認めており、アレクシアを労り小さな屋敷と数人の使用人をつけてくれた。

 生活も社交界に行かない暮らしとなれば、さほど金もかからない為、生活費も用立ててくれる。


 学院や社交界の友人からも手紙は来る。

 『まとも』な思考の知り合いはみんな、アレクシアが悪事を働いたなど欠片も思ってはいない。

 

「これがスローライフってやつかしらねえ~」


 エストリア国王からは、慰謝料やお詫びの品々を添えた謝罪とともに何度か帰還の『依頼』が来たが、もちろん帰るワケがない。

 そのうち、その依頼は来なくなり、噂によるとロミオットはライバル派閥である別の公爵令嬢と婚約させられたようである。


 アレクシアはその公爵令嬢のことも良く知っていて、思わず歯を見せて笑ってしまった。

 

「あははっ。……ご愁傷さま」


 その公爵令嬢マーキュリアはアレクシアと違ってかなり豪快に事を運ぶタイプだ。


 きっと、あの男爵令嬢ジュリエティは家ごと潰されただろうし、ロミオットは籠の鳥にされてしまっていることだろう。

 そして今までサボっていた勉強を詰め込まれたり、アレクシアに押し付けていた公務をやらされているだろう。

 

「いい気味だわ。想像すると紅茶が何倍も美味しいわね」


 アレクシアがその美味しい紅茶を口に含んだところで、メイドがやってきた。


「アレクシアお嬢様、お客様がいらっしゃいました」


「え、お客さま? 私に?」


「なんでも、お嬢様宛のお手紙がお客様に間違って届いたそうで……封を開けて読んでしまったのでお詫びもしたいと、おっしゃってます」


「まあ。誰からの手紙かしら」


 いまさら、社交界や家門にかかわる重要な手紙は彼女のもとにはこないだろうが――万が一、重要な内容だった場合、口止め料など支払って処理しなくてはならない。


 アレクシアが客間へ足を運ぶと、ソファにはダークブロンドの髪を整えた男性が座っていた。

 

 ――素朴な装いでありながら、それを補って余りある端正な顔立ち。

 形の良い額と眉、ゆるく七三に分けられた髪は、片目に少しだけかかっている。

 目が合うと、鳶色の瞳が優しげな光を浮かべた。


「(わ……素敵な人。平民を装っていらっしゃるけれど、身分のある方ね。綺麗な姿勢や身だしなみでわかるわ)」


 アレクシアは、思わず心を惹きつけられた。

 

 何故だろう。

 このレベルの男性は、社交界に行けば、そこそこいるし、見慣れていたはずだ。


 しかし、アレクシアはそのちょっとした疑問を、すぐに心の中に引っ込め挨拶した。


「ようこそ、いらっしゃいました。私はアレクシア=ギールグッド。隣国の公爵家の縁があるものです」


 アレクシアは久しぶりにカーテシーをした。

 男性も立ち上がり、一礼する。


「……なるほど。これは、ご丁寧に。僕はアレックス=ギールグッド。この領地ベルクホルトの領主の息子です。お届け先はてっきり平民だと思っていたので、びっくりさせないように、このような装いで来てしまいました。」


 そしてアレックスは、訪ねた相手が公爵令嬢だったこともあり、辺境伯の息子であることも明かした。


「まあ」


 しかし何より、アレクシアは、アレックスの名前を聞いて、思わず顔をキョトン、とさせてしまった。

 アレックスはそのアレクシアの様子に、優しく微笑んだ。

 

「ふふ、おわかりになったようですね? なぜ間違って手紙が僕に届いたか」


 お互いクスッと笑って着席すると、アレックスは件の手紙をアレクシアに手渡した。



 ――そして話は冒頭へと戻り、アレクシアの悲鳴とともに、届けた手紙は灰と化すのであった。


 


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