うすのろ
あるところに、社歴こそ長いが仕事をするのが遅く、あまり優秀ではないとされる一人の初老の男がいた。
男は馬鹿にされても温和そうな顔にニコニコと締まりのない笑顔を浮かべるだけで怒ったりはせず、周りからは頭の働きが鈍いのだろうと言われていた。
ある年の暮れ、社内で盛大な飲み会が行われた。社長は乾杯の音頭を取るとすぐに、自分たちがいては部下たちも羽を伸ばし辛かろう、ということで社歴の長い社員や課長以上の地位にいる者たちを引き連れ、金だけ残して店を出てしまった。
しかし礼のうすのろと呼ばれている老社員だけは忘れらていたのか、社長にはついて行かずに残されていた。
さて、社長が消えて少し経つと、残った社員たちはみな普段は口にできない上司や社長、客先に対する不満を大いに語り始める。酒の勢いもあってか、社外では口に出すのを憚れるような情報を話す者も何人かいた。
そしてしばらくのときが経ち、その日の飲み会はお開きとなった。みな大いに酒を飲み、晴れやかな表情で帰路についた。
そのすぐあとのことである。
会社の社長室に、うすのろと呼ばれる老社員と社長が向かい合って座っていた。
老社員は普段浮かべている締まりのない表情からは想像もできないほどに真面目な表情をしていた。
そして、その日の飲み会のことを報告し始める。
「今年も社員の不満はほどほどと言ったところですね、社長。酒を飲んで騒げば忘れられる程度のものです。しかし、同時に酒を飲んで気が大きくなると、場も考えずに社外秘とされる事柄について話してしまう者が一定数います。リストアップしておきましたので、この者たちは上の地位につけない方が良いでしょう」
社長は老社員がよどみなく報告するのを聞いて、満足そうに頷いていた。
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