8/5まとめ
【髪のカーテン】
「あー!またサボってる!」
屋上で横になって寝ていると、耳障りな声が聞こえてきた。その声から逃げるように背を向ける。
「お前だってサボってるだろ」
「僕はいいんだよ僕は」
じゃあなんで俺はダメなんだよと言おうとして思い留まった。これじゃあ向こうの思うツボというやつだ。あいつは何かにつけて俺に絡んでくる。ここで何か返そうものなら意気揚々として話し続けることだろう。
俺は普通に寝て過ごしたいだけだというのに。なんでこいつはいちいち絡んでくるんだか。
「ねえ。ねーえー」
「うるせえ。寝かせろ」
「ヤダよ、話そうよ~」
「なんでそんなに俺と話したがるワケ?」
思わず声の方を向くと気味が悪いくらいに整った顔が目の前に突き出されていた。寝ている俺の顔を覗き込む形になってるから、向こうの髪がまるでカーテンのように俺とこいつを外界から切り取ってるような状態になってしまって。
「そんなの一つしかないでしょ」
その声は柔らかい感触と共にやたら近くから聞こえた。
【猫】
俺のクラスには猫みたいなヤツがいる。いつもツンツンしていて、誰にでもそんな態度。そんなだから友達もいない。昼休みはいつも一人でどこかに行っている。一人で昼寝でもしているんじゃないだろうか。そんなやつだあいつは。
でもどうしてだか今日はその行き先がいやに気になって。
屋上だろうか。猫だし。そんな全く根拠も無い考えで屋上に足を向けた。
すると声が聞こえてきた。
「ねえ。ねーえー」
「うるせえ。寝かせろ」
「ヤダよ、話そうよ~」
「なんでそんなに俺と話したがるワケ?」
なんとあの猫と話している子がいる。いつものようにツンツンしている猫に諦めずに話しかけている。なんとなく二人に気付かれないようにして屋上に滑り込む。
その瞬間に見たのは例えるなら髪のカーテン。揺れる髪がその二人を世界から隔てていて。
その時胸にまるでナイフが突き刺さったような痛みに襲われた。胸をぎゅうっと押さえて俺は屋上から逃げ去った。
なんだ、なんなんだ、この痛みは。
【目の下のクマ】
クラスで孤立している俺にいちいち絡んでくるやつがいる。屋上で急にキスをしてきたあいつではなく、また別のやつ。そいつが何故か目の下にでかいクマをこさえてきた。昨日会った時はそんなクマなかったはずなんだけど。
「……どうかしたの」
「いや、なんでもない」
どう見てもなんかあった顔。なんで俺の目を見ないで話すワケ?なんか胸の辺りがモヤモヤする。いつもだったら顔を覗き込むくらいするクセに。
「絶対なんかあっただろ」
「いや、何にも無い」
絶対ある。絶対なんかあった。思いつくのなんて昨日のあいつとのキスくらいなもの、で…………。
「…………まさか」
見たのか、こいつ。いやいや、まさか。あの時はあいつしか見えてなくって仮に誰かが屋上に入ってきたとしてもわかりやしなかったかもしれないけれど。それでも。それでも。
「っ……!」
「なっ、おい!」
どこにいくんだ!という声を置き去りに俺は逃げるように教室を出た。
なんでだ、なんとも思っていないはずなのに。
キスを見られたかもしれないって事実で押し潰されそうなのはなんでだ?
【ハイヒール】
「ずっと夢だったんだ、ハイヒール履くの」
「そうなんだ?」
「うん」
そう頷いて君はハイヒールを愛おしげに撫でた。
「今まで履いたことなかったの?」
「履くわけないでしょ」
そういうもんかと勝手に納得してると、君は立ち上がろうとしていたけど案の定ぷるぷると生まれたての子鹿のようになっていて。僕は急いで君に手を貸した。
「あ、ありがと」
「で、なんで履く気になったの」
「それ聞く?」
君はちょっと赤くなるとボソッと呟いた。
「お洒落、したいじゃん。君の隣に立つんだから」
【純白】
何度君の事を汚したいと思ったか。穢したいと思ったか。誰も立ち入っていない場所の新雪を踏みしめるように、整然と並んだ商品から一つ手に取ってしまいたくなるような。
だけどそれを思い留まっている。真っ白なキャンバスに一筆入れるのを躊躇するように、既に完成された芸術作品に落書きを入れてしまうように、君という存在が台無しになってしまうかもしれないと思って。
たったそれだけのことで、と他人は思うかもしれない。でも純真な君がそれだけのことで失われてしまうのは僕には耐えきれない。それが僕の行動次第で決まるというのだから余計にだ。
滅茶苦茶にして自分色に染めてしまえと僕の中の悪魔は言う。
欲求を抑え、純白なままの君を愛すればいいと僕の中の天使は言う。
どちらに天秤が傾くか。今はまだどちらともいえず。今日も僕はただただ君のことを見て曖昧に笑うのだ。
いつか壊してしまうかもしれない無垢な笑顔を受け止めながら。
【臆病】
僕は臆病だ。自分でもそう表現してしまうくらいには自分に自信が無い。
でもそんな僕にも譲れないものができてしまった。
「うん?どうしたの?」
「…………」
「え、何も言わないって怖いんだけど」
急に近づいて唇を奪った。
臆病な僕にはこれくらいしかできないけど。
「これで意識してくれる?」
欲しいのは、君の隣。
【芸能人×一般人】
「あっ、お前!この前の熱愛報道なんだよ!」
「はぁ?あ~~~~これか。違うって事務所が否定したけど?」
「お前から聞きたいんだよ!」
俺の言葉なんて聞きたくも無いみたいなうんざりした表情で俺が突きつけた雑誌をぺしっとはたき落とした。まあ実際何回も聞かれてるんだろう。こいつの家にもマスコミがすごい来てたし。でも俺にくらいは自分で言ってくれてもいいじゃん。……恋人、なんだし。
「はいはい、なんでもないよ。ただの友達」
「……そんなんで安心できるとでも?」
分かりやすく拗ねたフリをする。俺も大概、子供っぽい。
「だいじょーぶ。きみだけだよ」
「ほんとに?」
「ほんと」
そうやってぎゅっとされてしまえばすぐに俺の心は上向きになって。ああ、我ながら単純ですぐほだされるんだ。でも好きってそういうことでしょ?とちょっと諦めてる。
「好きだよ」
「……俺も」
だから、しょうがない、よね?
【扇】
「あー、あちぃ~~」
神社の境内で涼みながら下敷きをパタパタと扇いでいると、俺の後ろからひょこりと狐の耳を生やした霊がふよふよと浮いてきた。
「そんな風流やないもんでうちの風持っていかんでもろて」
「じゃあ何で扇げばいいんだよ、あっついんだよ」
「ふむ、じゃあこれはどうさね」
その狐の霊がパッと手に出したのは……扇子?
「扇と言い。ほれ、この方が風流やろ」
「うわっと、っと……」
ぽいと放られたそれを落とさないようにキャッチして開いてみると、黒色の布地に白色の狐が踊っていた。あとこれは……なんだっけ?
「鬼の灯と書いてホオズキやね。魔除けのお呪いや」
「へえ、サンキュ!」
俺は思わぬ収穫物でパタパタと風を送った。うん、この方が涼しい気がするしなんだかおしゃれだ。
「ほんとにありがとな!」
「そんな何回も言わんでええて」
【獣化】
「うわあああ!」
俺の前にはなんだか分からない黒い物体。それが俺に襲いかかってきたのだ。でも何故かバシンッと俺の目の前で弾かれて、べちゃっと地面に叩きつけられた。
『魔除けか何かを持っているのか……面倒な……』
「魔除け……?」
パッと思いついたのはあの狐の霊からもらった扇子。それを取り出して見るとほのかに光を放っていた。だけど手が震えていて扇子を取り落としてしまう。
『逃がさんぞ……!』
「えっ」
どすん、と何かがぶつかったような感覚がして、口からなにかが零れ落ちた。霞む視界に映ったのは地面と真っ赤な血。え、なに。何が起きて。
「嫌やなぁ、そんな横恋慕なんて聞いとりませんで」
「お、まえ……!」
逃げろと言いたい。でも声が出ない。掠れた声がヒュウヒュウと出るだけ。だけど、狐の霊が手をかざすとその黒い物体はあっという間に消え去った。
「あんな低俗なモンに掠め取られそうになるなんて。嫌やわ、ほんま」
「っ、……っ?」
狐の手が俺に触れる。そうすると痛いんだかなんだかわからなかったところがなくなっていく。息もしやすくなったし、声も出せそうだ。
「あ、ありがと」
「いや、礼を言われる筋合いはないて。むしろもっと早う気付かんかった自分が憎いわ」
「…………?」
「まあええわ。これからもよろしゅうな」
ーー自分に生えた狐耳と尻尾に驚いて腰を抜かすまで、俺は何のことだろうと首を捻るのであった。