5/25まとめ
【お題 シアワセな食卓】
ことんと器を置く。ほこほこと湯気を立てているのは君の好きな肉じゃがだ。我ながら改心の出来映えだと思っている。煮物は寝かせると美味くなる。今日のは朝から作ったからじゃがいもはほっくりしつつも出汁がしみしみの最高の塩梅になっているんじゃなかろうか。
「熱いから少し待ってね」
そう言わないと君はいつも我先にって食べようとする。誰も盗ったりしないのに。それに猫舌のクセしてそんなことするからいっつも舌を火傷するんだ。自分が作ったものをそんな風に食べてくれるなんて嬉しいけれどもね?
「よいしょっと。お待たせ」
自分の分のご飯を持って、お決まりの席に座れば君が微笑む。
写真の中の君が。
「じゃあいただきます」
誰がなんと言おうと、自分にとってこれは『幸せな食卓』なのだ。
【「特定の誰かに入れ込むことを恐れ避けていた人」が出てくる話】
お前のせいだ。そうやって何回、口に出してやろうか悩んだ。
お前のせいでモノクロで居心地のよかった家の中がカラフルになった。
お前のせいで辛口だったカレーは甘口になった。
お前のせいで……俺は一人になるのが怖くなった。
「だから責任を取ってくれ」
これからはお前のおかげでって言えるようになるから。
まずはその一歩として。
「結婚しよう」
【君の見ている世界】
君はいつも世界が綺麗だって言っていた。
燦々と降り注ぐ太陽だって、真っ白な雲の浮かぶ澄んだ青空だって、雨粒の踊る澱んだ水溜まりだって。
大小様々雑多な人々が並ぶだけのバス停だって、みんな統一された服を着て歩く朝の登校風景だって。
君は、そんな風景を綺麗だって言って笑っていた。
人だけじゃなくって全ての物にはそれぞれの物語があって、今現在眼の前にある景色っていうのはその一ページを切り取っているんだって。
それを綺麗と言わずして何と言うの?そうやって聞かれて、思わず答えに詰まったけれども。
俺には君の見ている世界が見えない。太陽は義務的に光を落とすだけだし、それに照らされたものたちは虚ろに影を伸ばしているだけだ。
バス停だって校舎前だってただ、人間がたむろしているだけで、俺にとってはアリが砂糖に集ってるのと何も違いが見えなくって吐き気を催すくらいだ。
だから君のその考え方が好きだった。どうしたらそうやって綺麗な世界を見ることができるんだろう?
俺は思いついたんだ。君の世界を見る方法。
ねえ。
俺にも、その景色、見せて?
【特等席】
君がピアノを弾く。軽やかな音色から重くて厚みのある低音まで君はなんでもないような顔で弾いていく。
その調べはまるでチョコレートのよう。サクリとしたパフの入った軽い食感のものから、もったりとした生チョコのような舌にいつまでも残っててほしい甘さまで、君に作れないものはないんじゃないだろうかって僕は思う。
「なんで君はいつもそんな遠くで聞いてるの」
もっと近くにおいでと君は言う。その方がもっとこの味を楽しめるのだと誘ってくる。でも僕は首を振る。君はそう、と少し残念そうな顔をするけれど、すぐにいつもの真剣な顔に戻って再び魅惑の味を醸し出していくのだ。これが君と僕のいつも通り。
だってここにいるだけでチョコレートのような誰しもが夢中になるようなお菓子のような音色に酔ってしまうのだ。きっともっと近寄ったりしたら僕の頭の中がチョコレートのようになってしまうに違いない。どろりと溶けて、君のことしか考えられなくなってしまうに違いない。
それが怖くて、でも少しだけ興味もあって。
いつか、僕はこの椅子から離れて一歩を踏み出すことになるのだろう。
でもそれは今じゃない。今はこのチョコレートのような甘味に身を浸らせ、耳を預けているだけでも構わないじゃないか。
だから今このときだけは。
ここが、僕にとっての唯一無二の特等席なのだ。
【あなたの背中】
貴方の背中に痕を残した。
貴方はいつでも誰かの物で、私の物にはなってくれない。だからせめてと痕を残しました。
痕を残された貴方は誰かにその痕を見られて説明に困るのでしょうか。それとも全く気付かずにいつも通りの日常を過ごすのでしょうか。
前者になっていたとしたら、また今度という言葉は嘘になってしまうのでしょう。でも私はそれでも構いません。
だって、貴方が嘘を吐くのはいつものこと。
他の誰かにも嘘を吐くのか、私だけに嘘を吐くのか。それを知る術は私にはありませんが、もし私だけに嘘を吐くのだとしたら……それはそれで、嬉しいことなのかもしれませんね。まるで嘘だけが貴方と私を繋いでいるかのようで。
でもきっとそんなことはないのでしょう。貴方はいつもの優雅な笑みでまことしやかに偽りの愛を紡ぐのです。
それが私相手でなくとも……少なくとも今は。
貴方の背中の痕に思いを馳せれば、ほら。
【世界観:サイバー(近未来系)、ハピエン】
「マスター、ご指示を」
俺の相棒は新型のアンドロイドだ。男性型で家事も出来る高性能。もちろん女性型も存在するが如何せん高い。女性型の方が何かしら好まれる世界なのだ、需要が高い方が金額が高い。世知辛い世の中だ。
こいつは顔もよく、機能も良いが表情筋(アンドロイドだから筋肉では無いかもしれないが生憎俺はアンドロイドの構造に詳しくはない)が全くと言って動かないのが特徴だ。友人の持っている同じ型番のアンドロイドはめちゃくちゃ人当たりのいい笑顔を撒き散らしているっていうのにな。……まあ、仕事ができて家事もできるんだからこれ以上文句を言うとバチが当たるってモンか。
「……マスター」
「はいはい、分かってるって。今日もよろしくな」
「かしこまりました」
俺はサイバー犯罪特別科所属の刑事だ。専門はネットウイルス関連。だから相棒はアンドロイドの方が都合がいいのだ。今までのウイルスを全て記録しているからな。前はPCをカタカタやっていたらしいがそんな面倒な事をするよりもこうやって言葉で聞ける方が好都合というものだ。
「見つけました、マスター。本日のターゲットです」
「よし……やるか」
そして翌日。俺は眠い目を擦りながらアンドロイドのいるリビングに向かった。すると。
「おはようございます、マスター!今日はマスターの好きなベーコンエッグトーストですよ!腕によりをかけたので楽しみにしててくださいね!」
…………誰だ、お前は。
いや、分かっている。俺のアンドロイドだ。そんなことは分かっている。だがいつもだったら『マスター、おはようございます。朝食が出来上がっています』くらいしか言わないっていうのに。そしてなんだその表情は。光り輝くような笑顔。イケメンに作られているんだから笑ったらいいだろうにと思っていたが、こいつ笑うとこんなに高火力だったのか。
「いや、お前どうした。今日は様子がおかしくないか?」
「……?そうでしょうか?今朝の自己メンテナンスでは異常は見られませんでしたよ?」
いやいやいや、どう見たって異常だろうが。そういうウイルスかなんかに感染してるだろうが。……アンドロイドの自己メンテナンスで弾かれないようになっているということは結構ヤバいウイルスかもしれない。これは早く科に連絡を……。
「マスター……?仕事熱心なのは良いことですが、始業時間前ですよ。まずはいつものようにコーヒーを飲んで……」
ぎゅむ。俺より高身長で顔の良い男が俺の腕に抱きついてスマホを没収する。待て、なんでそんなにパーソナルスペースも狭くなっているんだ。
「ほら、マスター。朝ご飯ですよ♡」
俺はこいつを買ってから一番深く後悔したかもしれない。
何故女性型にしなかったのかと。
【素直になりたい青春】
「お前ってホント、素直じゃねーよな」
何回と繰り返し言われてきた言葉。いつもそれを軽く小突く程度でいなしていたというのに、今日という今日はそう言われてグサリときた。おかしいな、いつも聞いている言葉なのに。なんでだろう。
ああそうだ。確かこの目の前の幼馴染がどっかの誰かさんに告白されたとか言ったからだ。それで思ってしまったワケだ。自分だってずっとこの人のことが好きなのにって。
でも幼馴染の言う通り、自分は素直じゃないから、興味無いみたいなことを言ったんだと思う。そんなことすらよく覚えてない。だって自分だけが好きだと思っていた相手にまさか競合相手が存在するだなんて。思ってもみなかった。
「お前が素直になってくれりゃ……」
「素直になったら、なにさ」
「いや、なんでもない」
「変なの」
今日は自分じゃなくって君の方が素直じゃないみたい。いつもと真逆でちょっと面白い。
「君も素直じゃないね~」
そうからかってやった。そう、実は君だって素直じゃないのだ。ちょっと口の悪い風を装いながら、他の誰よりも優しいことを自分だけは知っている、と思ってた。
「お互い様ってやつだな」
「そうだね」
そう言いながら内心溜息を吐いた。
素直になれたらどれだけ楽か!