プロローグ - ザークの贖罪 エピソード2 - 洞窟探検
数年が過ぎ、アルバスと私は14歳になった。
その頃の私たちは、村の外へと興味を広げ、「洞窟地図」を作ることに夢中になっていた。
メシカ村の周りには、数え切れないほどの洞窟がある。
私たちにとって、それぞれの洞窟は未知の世界への入り口だった。
古代の遺跡のような神秘的な洞窟もあれば、単なる岩穴のようなものもある。
ある洞窟では、壁一面に描かれた古代の壁画を見つけた。
それは、かつてこの地に栄えた文明の物語を描いているようで、私たちは何時間もかけてその意味を解読しようと試みた。
別の洞窟では、不思議な結晶の群生を発見した。
それは、周囲の温度や湿度に反応して色を変える性質を持っていた。
その神秘的な美しさに息を呑み、アルバスはしばし見とれたあとに、その感動をスケッチに納めた。
洞窟の奥で岩のような皮膚と巨大な牙を生やした動物に出くわしたこともあった。
幸い眠りについていたその獣の横を、鋭い牙に串刺しにされる恐怖を感じながら通り抜けなければならなかった。
無事に脱出できたときは、一気に押し寄せた安堵感に二人とも腰を抜かし、お互いの情けなさに笑いあったこともあった。
このような冒険を重ねるうちに、洞窟探検は私たちの日常の一部となっていった。
危険や驚きに満ちた体験は、私たちの好奇心をさらに掻き立て、毎日の探検へと駆り立てていく。
学院が終わると、まるで呼吸をするかのように、私たちは村はずれへと足を向ける。
新しい洞窟を見つけると、その特徴から二人で名前を決め、羊皮紙に描いた地図に場所と名前を書き込む。
名前を巡って冗談半分の口論になることもあったが、しかし最後には、必ず二人で納得のいく名前にたどり着く。
そうして名付けられた洞窟は、私たちだけの秘密の場所となり、地図に刻まれていく。
この地図作りと洞窟探検は、私たちにとって新しい世界を作り上げていく過程だった。
それは、どんな楽しみにも勝るものだった。
洞窟探検を始めた頃のことを思い出す。
初めて洞窟に足を踏み入れようとしたとき、アルバスが突然石を拾い上げ、洞窟の中に投げ入れた。
「何してるんだ?」
と不思議に思って聞くと、アルバスは少し考え込むような表情を見せてから答えた。
「ヒカリコウモリの対策さ。いきなり飛び出してきたら怖いだろ」
ヒカリコウモリというのは、メシカ村周辺にしか生息していない珍しい生き物で、暗闇で光る翼を持つことで知られている。正直、最初は半信半疑だった。そんな生き物、本当にいるのだろうか?アルバスの慎重すぎる性格を冗談めかして笑ったこともあった。
しかし、ある日本当に大量のヒカリコウモリが洞窟から飛び出してくるのを目撃した。
その光景は美しくも恐ろしく、それ以来、私もアルバスの用心深さを理解し、その行動を尊重するようになった。
今では、洞窟に入る前の石投げは、私たちの洞窟探検に欠かせない大切な儀式となった。
「なあ、ザーク」
ある日の探検の帰り道、アルバスが突然口を開いた。
「今度の週末、北の大きな山にある洞窟群に行かないか?」
私は少し驚いた。アルバスが特定の場所を指定するのは珍しかったからだ。
「そんな遠くまで?何かあるのか?」
「ああ、片道で半日くらいかかるけど、たまには遠出するのもいいだろう」
アルバスの表情には、期待と不安が入り混じっているように見えた。
「面白そうだな。行こう」
週末、私たちは早朝から出発した。
北に向かって歩き始めると、アルバスはいつもより緊張している様子だった。
「ここだ」
アルバスが突然立ち止まり、一つの洞窟を指さした。
アルバスはいつもの儀式を始めた。
小さな石を拾い上げ、洞窟から20メートルほど離れた場所から入り口めがけて投げ入れる。
石が洞窟の壁に当たる音を注意深く聞いている。
次に、もう少し大きな石を投げ入れ、その反響音を確認する。
洞窟の入り口付近でその様子を見ていた私は、アルバスの儀式が終わったのを確認し、懐中電灯で洞窟の内部を照らした。
「大丈夫そうだ」
そう言って一歩を踏み出そうとした瞬間、洞窟から大量のヒカリコウモリが飛び出してきた。
前にも同じ状況に出くわしたことがある。
私は落ち着いてその場に身を伏せた。
このまま数十秒待っていれば、特に襲われることもない。
だが、様子がおかしい。
ヒカリコウモリたちが、まるで酔っぱらったかのように蛇行している。
その光景は、以前見たものとは明らかに違っていた。
「ザーク、気をつけろ!」
アルバスが叫んだ。
私はヒカリコウモリの飛行から目が離せなくなった。
突然、多幸感に包まれ、笑いがこみ上げてきた。
理由もなく、ただ笑いたくなった。
「はは...はははは!」
私は抑えきれずに笑い出した。
「はは!なんだこれ、おかしいぞ!」
アルバスは素早く私の腕を掴み、洞窟を背にして走り出した。
「ザーク、しっかりしろ!離れるぞ!」
私はまだ笑いを抑えきれないまま、アルバスに引っ張られ洞窟から離れた。
しばらく走って、洞窟からだいぶ離れたところで徐々に正気を取り戻してきた。
「何だったんだ?」
私は首を振った。
アルバスは乱れた呼吸を整えるように、大きく体で息をしていた。
「あの洞窟、何なんだ?」
もう一度尋ねるも、アルバスにわかるはずもない。
アルバスは下を向いたままだった。
「あの洞窟は…近づかないほうが良い」
私はまだ頭がぼんやりしていたが、アルバスの言葉に頷いた。
確かに、あの洞窟には今まで経験したことのない何かがあった。
目に見えない恐怖、自分の心が制御できなくなる何か、そういったものがあそこにはある。
私たちは、帰路についた。
足取りは重く、口を開く体力も持ち合わせていなかった。
しかし、あの不思議な洞窟のことは頭から離れなかった。
なぜあんな奇妙な感覚になったのか。
アルバスが助けてくれなければどうなっていたのか。
アルバスがあの場所に興味を示したのはなぜなのか。
疑問は尽きなかった。
突然、とてつもなく大きな寂寥感が私の全身を襲った。
この日を最後に、アルバスとの楽しかった冒険が終わってしまう予感。
孤独という闇がまた二人を覆い尽くす未来を想像し、その考えを何度も振り払おうとした。
ふとアルバスを見ると、真っ赤な夕日を背にしたアルバスがこちらを振り返った。
逆光でほぼ影になっていたその顔が、悲しそうに微笑んだ気がした。