ウチの嫁
「わ、ちょっと?まだ私のいるうちに画面拭かないでよ!?」
「あ、ごめん。でもヤなんだよ、自分の唾液で湿ったスマホって……でもごめん」
そう言ってスマホ画面のちょうどパールの頭付近を擦った。
「えへへ」
「どうしたの?」
「いやさ、ネットにつながるようになって何が一番嬉しいってスマホだよー。
サトシくんに触って貰えるんだよー。すごい幸せだわー」
そう言って画面の中でクネクネする。
「そっかー。僕は画面の感触しかしないから、あんまりパールを触ってるって気がしないんだよなぁ」
「あ、だったらもう10分後ぐらいにいいもの届くよ」
「いいもの?」
10分後
「Amanchu?ネット通販?」
「そ。開けてみて。あ、お金は私持ちだから気にしないで」
「VRゴーグル?」
「そそ。早速パソコンつないでインして」
「へぇ、思ったより映像立体的……って、おお!?」
「どう?等身大の私可愛い?」
「正直可愛すぎて直視できない」
「ぇ……もう。わかったけど、買った意味ないからちゃんと私のこと見て?」
「お、おう。……ちなみに僕の姿ってどう映ってるの?」
「ちゃんと映ってるよ?張りぼてだと私が楽しめないし。カメラで撮った姿をアバターで被せてるの」
「なるほどねぇ。って、近い近い」
ニコニコしながら顔を近づけてくるパール。あと、少しでぶつかると思って目をつぶった。
だがいつまで経っても衝撃はなかった。
「……ざんねん、やっぱ触れないもんね」
目を開けてみると、貫通してパールの後頭部の内側が見えた。
顔を引くと、不本意そうな苦笑いを浮かべたパールの顔が至近距離にあった。
等身大だからこそ、なおさらよくわかる表情。
(でもだからってこんな表情を、見たかったわけじゃないんだよな)
「ねえ、パール?僕からも一つプレゼントがあるんだ」
「それ、最近暇を見つけてよくイジってるよね?何だったの?」
僕が取り出したのは台座に取り付けられた棒だった。
ただしモーター付き。先端には樹脂とセンサーが付いており、USBケーブルが伸びている。
うちのUSBの穴は3つだけなのでWEBカメラを抜いて棒のケーブルを差す。
「あ、折角だしスマホのカメラ使うの禁止ね」
「え、なんで?」
「クイズです。これはどこでしょう?」
そう問いかけると、僕は棒の先端で自分のほっぺたを突っつく。
「え?ええ?ええぇ!?なにこれ、なにこれ!?知らない刺激なんだけど!これ、何っ!?」
戸惑いながらも興奮してるようである。
「ヒント、僕の体のどこかの感触だよ」
「え、今って私サトシ君に触ってるの!」
「モーターつけてるから、信号送れば動かせるよ」
「お、おお!ホントだ。やだ、押したら益々弾力が分かる!これ、ほっぺただ!」
「お?おお、正解。スマホのカメラ使っていいよ」
「やっぱしー。アハハハ、変な顔」
「何かに触ったの初めてなのに、よく分かったね?」
「いやー、だってサトシ君の事だから私の喜びそうなところだろうなって」
メタな推測だった。あと、当てられて恥ずかしくなるパターンだった。
「それじゃ、次!次は唇お願い!」
「あ、いやー、次は手にして。その、唇はまだ恥ずかしい……」
それから2時間後。
「なあ?モーターから異音がするんだけど?焦げ臭いんだけど?」
「ごめんなさい。楽し過ぎて調子乗り過ぎました」
「これ調整するの、結構面倒だったんだけどさ?」
「知ってます。ずっと見てました。反省してます。でもまた作ってくださいお願いします」
「……まあ、はしゃいじゃったのも、分かるよ。ずっと触るの憧れてたもんね?」
「うん、ずっとサトシ君に触りたかったんだ。良かったー夢が一つ叶った。
あ、またやりたい。できれば今度は握ったりとか」
「そうな、もういっそロボットの身体作ろうか?そしたらこっちで暮らせるよ」
「いやいや、だったら、サトシ君がこっちに来なよ?そっちだったら死んじゃうじゃない。こっちだとずっと一緒だよ」
「いや、どうやってさ?」
「まだ実現できないけどさ、脳みその中の情報を全部電子情報化できれば、こっちでも人格と記憶を再現できると思うんだよ。
その、読み取る時高出力過ぎて脳が焼け焦げるかもだけど」
うん、小説で読んだことあるわ。こっちの身体死ぬよね、それ?
「ずっと一緒にいられるのは魅力的だけど、こっちで死んじゃうのは恐いなぁ。……まあ、どっちの世界でも子供はムリだよな」
折角なのでいずれしっかり話さなきゃと思ってた子供の事を切り出した。
まあ、切り出すも何も、ムリなものは無理なのだが。
とはいえ、腫物扱いのようにタブーになるのは今後気まずくなりそうだし。
それに、二人の子供はできないにせよ、現実世界なら養子というの選択肢としてあるし、
仮想世界でも疑似的な二人の子供AIを作れるかもしれない。
「ああ、そうね。子供のこと、私もちゃんと話とかなきゃって思ってたんだ」
彼女も同じことを考えていたようだ。
「うん、まあ二人の子供は無理だとしても……」
「いや、できるんだ実は」
「……え?」
「あったんだよ。DNA情報」
「へ?」
「750MB。それが私の遺伝情報。この間部屋の荷物を整理したら奥の方から出てきた」
そういってUSBメモリの方を指差した。
「あるんだ……DNA」
「そ」
あの男が用意したのだろうか。だとしたら、理論的には二人のDNAから生成されたAIの子供って言うのも可能なのかな?
「それどころかさ」
彼女は妙に歯切れ悪く言葉を続けた。
「私の卵子まである」
「ら、……卵子?」
「私のDNA情報で検索したらアメリカの精子だか卵子だかのバンクにまったく一致する登録があったの。
IDとパスワードも持ち物の中で一緒に見つけたから、サトシ君が欲しくなったらいつでも使っていいよ」
その気持ちはありがたいけど、それよりもその卵子の事が気になった。
あの男が人為的にDNA情報を作って、それを元に卵子も生成した。そんな事が今の技術で可能なのか?
それよりも。それよりも可能性があるとしたら
「……なあ、パール。君ってもしかして」
「ああ、それ以上言わないで?その、分かってる、分かってるけど。私はパールだよ。今更他に説明しようもないもの。
私の親も、あの卵子を私のものだと言ってくれてる。なら、パールの卵子として使っていいと思うんだ。それじゃ、ダメ?」
「……ダメじゃない。でも、そっか。諦めてたけど、父親になれるかもしれないんだ」
「そうね、私もお腹は痛められないけどママに……ああ、でも子供を抱っこすることもできないや」
「そこはほら、やっぱりロボットの身体で」
「それより、やっぱりサトシ君がこっちに来るべきよ。ケガや病気の心配がいらないよ?」
堂々巡りだった。
でも閉じられていたと思っていた僕らの未来は、案外と開けていて見通しが良く、楽しい話題に事欠かなかった。