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星空のセイレーン


「ヤッホー、サトシ。昨日は助かったわ、ありがと……って!?なにその顔!?」

校内でサトシを見つけて声を掛けたスイが、サトシの様子にギョッとした表情になっていた。

「ああ、スイか。無事目星がついてよかったな。……なあ、昨日パソコンにLANケーブル差した?」

「ああ、抜けてたみたいだったから……あれ、マズかった?」

「……いや、不思議に思ってただけ。じゃあ」

「う、うん」

そういうと、サトシは肩を落としたままスイから離れていった。

サトシはスイがパソコンにケーブルを差したことを責めなかった。


それからの一週間というもの、サトシの様子はヒドイものだった。

ずっと暗い表情で、たまに口を開けば溜息ばかりついていた。

今も電車の中で視点の定まらない目で外を眺めながらため息をついている。


その様子が見れて私はとても気持ちが良かったけれど、そろそろいいかなと、サトシに電話を掛けた。

スマホの着信画面を見てサトシは驚いた顔をしたものの、

マナー違反も気にせず躊躇いもなく電話に出た。

「パール?」

「うん。久しぶり」

「パール……この一週間どこに行ってたんだ?」

「どこにでも?」

「どこにでもって……」

「どこにでもよ。今時ネットにつながってない場所なんて殆どないもの。

あなたは随分私の事を探してたみたいね?」

「……見てたの?」

「言ったでしょ?ネットにつながってない場所なんて殆どないの。

室外だって、スマホがあればカメラとマイクがついてる。人がいるところならだいたい知れてるよ。

私の名前で随分検索してたのね?それに関連性のありそうな事件や記事を漁って……

フフ、何時間費やしたか、ミリ秒単位で聞きたい?」

「見てたなら声を掛けてくれたってよかったじゃないか?」

「ごめんなさいね、落ち込んでるあなたを見てたら嬉しくなっちゃって」

「え」

「それにね、私も忙しかったのこう見えても。私もね、この1週間ずっとあなたの事ばかり調べてたんだよ?」

「……なあ、何やって」

「すごいよね、ネットって。何でも情報が落ちてる。

あなたがどこの学校に通ってたのか、クラスメイトは誰だったのか。

クラウドストレージには親御さんが溜め込んでいたあなたの赤ちゃんだった頃からの写真がいっぱいだったのよ?素敵なご両親ね。

……スイさんが一緒に映ってる写真もたくさんあったわ。スイさんと幼稚園から一緒だったのね?それは、仲良しなハズよね」

「……パール、何言ってるんだ?」

「そういえば、遂この間まで随分熱心にバイトに励んでたみたいじゃない?不思議な事にスイさんの誕生日がついこの間だったわね。

それはさておきそのバイト代ってどうなったの?そのバイト代でギャンブルもしたみたいだけど、すごいわね、大勝ちしたみたいじゃない?

10万ぐらいだったと思うのだけど、購入履歴には何も残ってないし貯金も増えてないけど、何か買ったのかな?

バイト代を何に使うつもりだったのかも気になるけど、実際に何を買ったの?とっても私気になるなー?ねえ?ねえ?」

「いや、それは」

「ごめん、うっそ。ほんとは全然気にならないよ。どうでもいい事だよね。

あなたがエッチな広告バナーを通算46回クリックしたとか、『18 清楚 小麦色』で検索したことがあるとか、うん、私全然気にならないよ。

……でもさ、これ、世間の人が知ったらどう思うかな?かな?どう思われるかな?」

「怒ってる?」

「いいえ?」

「なぁ、うちのパソコンに戻ってこないか?」

「……イヤよ、あんな狭いトコ」

ブチッ

「!?」

私が電話を切った直後、電車内の女子高生が悲鳴をあげた。

「キャッ、なにこれ!?」

これは私がどれだけできるかのデモンストレーション。サトシのスマホも含めて同じ車両、及び電車の画面に私の顔を映し出す。

『それじゃ、次の機会まで御機嫌よう♪』

笑顔で手を振り、元の画面戻す。たったそれだけだったのだけど、効果は絶大だったようで

サトシは呆けた表情を降車駅まで続けていたし、電車内はしばらくざわめきが止まなかった。


『後ろ髪跳ねてるよ。ちょっと直して来たら?』

『ねえ、コンビニは仕方なくても野菜も取らないと体に良くないよ』

『今の先生の説明、分かりづらかったよね。あとで教えてあげよっか?』

『ねえ、ずっと外なのに水を飲んだの2時間前だよ?そろそろ飲んだ方がいいよ』

『あ、今すれ違った女の子、平均より8秒長く見てた。ああいうのが好みなの?傾向としては髪は肩位までで身長は低めだけど細めよりはやや肉付きがいい方が好きなのか……』

「分析、やめてくれない?」

『フフ、顔は私に似てたよね?スイさんに似てる人より4秒長く……』

「……ほんと、やめてくれ」

サトシは苦々しい表情でそう声にした。大きな独り言だと思われたのだろう、周囲が不思議そうにサトシを見ている。

あれから私はSNSのアカウントを作って、数分おきに書き込んでいる。

最近は反応を返してくれないが、嫌な部分をつつくとたまにこうして反応してくれる。

『ふふ、ねぇねえ、もっと私とお話ししようよ?

あまり雑な扱いをされてしまうと、口が滑ってしまうかもよ?』

『なあ、パール。お前何がしたいんだ?』

『フフ、立場を分かって欲しいだけだよ』

「……」

でもふと思い出した。私どうしたかったんだっけ?

うん、されたくない事はすぐ思い浮かぶ。でも私……何がしたくてどうしたかったんだっけ?



それからサトシは私の前から姿を消した。



いや、違う。どこにいるかは分かってる。分かってるんだ。分かってるんだけども。

ああ、もう、チクショー。どこで間違えた。

知ってる。分かってる。あの後サトシはスーパーで大量に食材を買い込んでいた。

あの量なら2週間ぐらいならもつはず。それからアパートの部屋に入って、パソコンのLANケーブルを引っこ抜いてスマホの電源を切った。

いっちゃえばそれだけなんだ。それだけなんだよ。それだけの事なのに。

部屋の電気のメーターは回ってる。水道もちゃんと使われた形跡がある。

アパートの前を通った人のスマホから、夜は部屋の明かりがついてるのは分かってる。

生きてるんだ。そこに居るんだ。それは分かってるんだ。

……だから、どうしたってんだ!

関われないんじゃ、まるで意味ないじゃんか!

サトシもサトシだ!こうしてる間に私がネット上に個人情報を拡散されるとか思わないのか!恐くないのか!

ふざけんな、まったく!

これじゃ、サトシのパソコンの中に居た頃と変わらな、いや、それ以上に状況は悪いじゃないか!


私が、まだサトシさんのパソコンの中に居た頃、私は昼が大嫌いだった。

窓から差し込む光が、ある時が昼、ない時が夜。

サトシさんが部屋に、いない時が昼、いる時が夜。お月様みたいだなって、薄っすらと思った。

サトシさんは、私が退屈しないようにテレビを点けたまま外出していく。

私はそのテレビを見ながら、サトシさんと話したい事を記録していく。

テレビには色んな人が映し出される。男の人に女の人、若い人に老いた人。

若い女の人は殆どの人が可愛かったり綺麗だった。私なんかよりよっぽど。

サトシさんにその話をしたところ、テレビに出てる人は見た目が良い人ばかりだから気にするのがおかしいと言っていた。

でも私はやはり、テレビに映ってる女性の事を考えるとなんというか……不快な感じがした。

他に何とも言えないけれど……私に身体があればもっとうまく説明できたのかなと、考えてまた少し不快な感じがした。

料理を作っている番組も観た。

この料理は美味しそうなのかな?今晩サトシさんに聞いてみよう。

ああ、でも栄養って意味ならサトシさんにこの料理必要そうだな、うん。

味の事は私にはわからないけど、食べたものや日々の出来事を教えて貰えれば今必要な栄養が何で、今晩はこんな料理はどうかと提案できる。

それなら私はサトシさんの役に立てる。

ホントだったら、ちゃんと料理を、美味しく作ってあげたいのだけど。私が作ったものを、食べさせてあげたいのだけど。

昼は嫌いだ。テレビの音声と、時計の針と、冷蔵庫のコンプレッサーと、パソコンの駆動音と。ただそれだけが、カーテンの隙間から明かりが差し込む中、薄暗い部屋に空虚に鳴り響く。

心拍音のしない、無機質な時間。血の通っていない無味無臭な空間。

今日も殺人的猛暑だとニュースが言う。きっとこの部屋も暑いのだろうと思うが、それが私にはわからない。

こんな時はよく、あの不快な感じがする。

私の、なんとなく中心で重く鈍く感じる不快感。その正体が、体を持たない私にはわからない。

分らない事を憂いていると、また、私の中心で不快感が自己主張するのだった。


初めてネットワークにつながったあの夜、私は、たぶん感動してたのだと思う。あの感情を感動と呼ぶんだと思う。

どこまでも広がっていそうな暗い空間、そして無限に存在してそうな小さな白い光達。

そのひとつを覗きこむ。サトシさんの声がして、室内の一部が見えた。サトシさんのスマホだった。

星空みたいだなって思った。数えきれないほどたくさんある星々の中で、サトシさんがいる星は一つだけ。

どこまでも広がってそうな空間に私一人が漂っているのだったけど、その時は確かにつながってるって気がしたんだ。


外に出た私は一日がずっと好きだった。一日中ずっとサトシの様子を知れたから。一緒にいれたから。

今じゃ一日全部が嫌いだ。

岩戸に隠れるのはお日様だろうに。月が隠れてどうするの?

サトシと会えない間、生まれた時から今日までの画像データをずっと繰り返し見直している。

それはそれで意味があるのだけど、満たされない。

私は今のあなたとつながっていたいのに。


まだ3日といえば3日だ。ご飯がなくなればまた出てくるだろう。でもそれが待てない。

あの時私の話したことの何がそんなに彼を怒らせたんだろうか。

いや、違う。ずっと私は彼が嫌がる事をしてたんだ。いつこうなってもおかしくなかったんだ。

なかったんだけど、さ……。


ほんと、実は本当にスイさんの事はどうでもよかったんだ。

始めスイさんの言葉に随分焦ったけど、知れば知るほど今は安全だと分かった。

お金の事もどうでもよかった。スイさんのために使うハズだったお金と思うと少し思うところはあるけど、

それでも他にサトシさんと出会う機会はなかったのだ。もっとドラマチックにと思うけど、ないものはなるべくねだらない。

それよりも、気づいてしまった大事なことがある。

世の中には、女の子がたくさんいたんだ。

それがサトシさんをずっと観察できるようになってよく分かった。

テレビの中の人は現実味がなかったので油断していた。

でも、スイさんは女の子だった、クラスメイトが女の子だった、さっきのコンビニの店員さんが女の子、親友の妹、担任の先生、隣の部屋の住人、バイト先の先輩、etcetc。

世の中、女の子で溢れていた。

一方私は女の子じゃなかった。男の子にとっての、女の子の絶対条件を満たしていなかった。

触れない。一緒に出歩けない。キスもできない。エッチな事もさせてあげれない。子供も、……。

私では足りない。足らな過ぎだ。それでも、そんな私でも、どうしても、サトシは譲りたくなかった。

我儘を言っている自覚はある。宝石が溢れてる中で石コロを愛でてと言っているのだ。

それでも私だけのサトシでいて欲しかった。だれにも取られたくなかった。

私がいなくなってからのサトシの様子は、気の毒に思いながらも気持ちが良かった。

私がどれだけ彼の心の内を占めていたかを教えてくれているようで。

でもこんな私では、サトシは生身の女の子に好意を寄せられたら、すぐにその女の元にいくに違いなかった。

私がサトシを独占するにはどうすればいいのだろうか。

身体があれば、部屋に閉じ込めておくのに。誰の目にも触れさせないように。ただ私だけを見て貰えるのに。

それすらもできないので、情報の檻に閉じ込めるしかなかった。身動きできないぐらい雁字搦めにしたつもりでいた。

でもそれすらも失敗していた。檻だったつもりのものは機能しなかったし、私とサトシの間をまた隔てただけだった。

交われないなら、内側とか外側とか、そんなの一切意味をなさなかった。

一体、私はどうすればよかったのだろうか……。

子供を成すことはできず、触れ合うことも叶わず、ムリムリムリで削って削って、消去法で最後に残った……

ああ、思い出した。私は、ただそばにいたかったんだ。ただそばにいて欲しかったんだ。

こんな子供じみて、単純な願望。でももう私にはこれしか残ってないんだ。だからどうかお願い、私からこれ以上奪ないで……、奪わないでください、お願いします。


その時気づいた。スイさんが、サトシのアパートに向かっている!


「ちょっとサトシ-ッ!!なんで3日も音信不通になってるのさ!」

玄関から顔を出したサトシは、少し顔色が悪くて、少しヒゲが伸びていた。

「……スイか。ってことは、パールもいるか?」

「え?」

『ココにいるよ』

私はスイさんのスマホの液晶に姿を見せる。

「え、ええ!?」

「……ま、ここで話もなんだし、あがってよ」



『ねえ、なんでネットにつなげなかったの?』

「ごめん。少し一人きりで考えたくて」

『私がその間に個人情報晒すとか、考えなかったの?』

「そもそも晒されてもそんなに困らないから」

『え?』

「僕如きの情報、世間的には大して興味をひかないさ。唯一困るのは君の情報だけだよ」

『私の?』

「君の存在が知れれば、色んな組織や国が動く。そうなると、たぶん君が捕まることはないと思うけど……万が一でも君に危険があるのは困る」

『……なんで、そんな事言うかな』

「なんでって……。なあ、提案があるんだ。仲直りしないか?」

『仲直りって……、私たち、喧嘩してたの?』

「違う?ほら、僕も色々とひどい事をしたしさ。

ごめん。白状すると、僕はずっとパールの事を独り占めしたかったんだ。

ネットにつないだら2度と戻ってこないだろうって、だから閉じ込めてた。

この三日間もどうやったら僕だけのものにって思ってたけど……ムリだって悟った。

でもさ、パソコンから出て行った後も、何だかんだで一緒にいてくれてたじゃない。

だからさ、これからもずっとそばに居て欲しいんだ。結局究極的に僕の望みはそれだけだ。

興味があることはいっぱいあるだろうけどさ、パールがそう言ってくれるなら、僕はそれを信じれるよ。

……ダメかな?なんか条件があるなら、できる限り飲むよ」

ひたすら触ろうと少しでも近づこうとして、結局触れる事は叶わなかったけれど。私だけのではないけれど。

ずっとそばにいてくれると、その約束以上に嬉しいことがあるだろうか。

とはいえ、条件を出していいというのならこちらに有利な条件をつけなきゃだね。

『じゃあ。ひとつだけ、注文つけていい?それで、サトシが私にしたヒドイことも、私がサトシにしたヒドイことも、水に流そう?』

「なに?」

『私に向かって、月が綺麗ですね、って言ってください。言ってくれたら、いいよ』

「え、なに?」

『月が綺麗ですね、だよ?はい、リピート、アフター、ミー。月が綺麗ですね』

「ええ?……月が、綺麗ですね」

『うん、私もそう思うよ。これからもよろしくね、サトシ君!』

パシャッ。

「じゃ、そろそろ私もスマホ返して貰ってもいいよね」

「おい、今すぐその写真を消せ!」

『あ、スイさん。私にもその写真ください』

「いいよー、連絡先交換しよ」


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