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金魚鉢の人魚姫

サトシはパソコンの電源を入れた。

少し時間が経った後、ディスプレイにOSのロゴが映る。

画素が荒いがそれも無理もない。奥行きのある年代物のディスプレイだ。

古い仕様のため、ケーブルの変換が大変面倒になっているのだが本人は気づいていないし、気づいても気にしないだろう。

そうして初期起動の動作が落ち着いた頃、サトシはパソコンのLANケーブルを引き抜いた。

「ネットにつないだ状態では動かすなって言ってたもんな……でも何でだろ?

ウィルスだったら、むしろつながってないとダメだよな」

そう言ってポケットからUSBメモリを取り出すとパソコンに差した。

「さてどんなもんか……って、1TB!?USBで?

これだけで元取れるんじゃないか?意味が分からないな」

そうブツブツ呟きながらUSBの実行ファイルをダブルクリックした。

途端に唸りだすサトシのパソコン。


やがて僕のパソコンの画面に映像が浮かび上がった。

徐々に解像度が上がっていく中、ドットが女の子を象っていく。

その閉じられた目が少し痙攣した後、ゆっくりと開かれた。

そして少女は寝ぼけたような表情で周囲を見渡し始めて声を発した。

「……え、あれ?ココ……もしもし?誰かいますか?」

心細そうに、恐る恐る。周りを伺ってる様子が画面に映る。

何か反応を返してあげたいが、選択肢や入力できるようなウィンドウは現れなかった。

仕方なく、マウスでクリックすれば何かしら反応があるかと思いマウスを動かしてみたら

「あ」

少女は動いたカーソルに目を向けた。更に八の字に回したら、やはり目で追った。

「あなたが私を起こしたのですか?」

そこで彼女をクリックしても良かったのだけど、どんな反応を返すか分からない。もしかしたら叩くような結果になりかねないんじゃないか?そんな推測もたったので、その前に一つ、思いついたことを試してみる事にした。メモ帳を開くと文字を打ち込んでみた。

すると今度はメモ帳の文字に彼女は注目していた。

『初めまして』

「あ、はじめまして。やっぱり誰かいるのですね」

メモ帳でコミュニケーションが取れるのか。驚きだ。

『サトシと言います。よろしく』

「わたしは……わたしは何という名前でしょう?名前がわかりません」

『思い出せない?』

「はい。……あの、サトシさん?サトシさんは私の名前知りませんか?」

『ごめん、僕も知らないです』

「そうですか…。なら、私に名前をくれませんか?自分では勝手が分からなくて」

『気に入らなかったらちゃんと言ってくださいね?』

「よっぽどじゃない限り大丈夫ですよ」

『……パールなんてどうでしょう?』

「パールですか?いい響きですね?どういう意味ですか?」

『昔カワイイ見た目で人気のあったウーパールーパーという水生生物にあやかりました』

「なるほど。そんな生き物がいるのですね。見てみたいです」

『知らない?』

「はい。それに……ここは、色々あるみたいですけど、まだ何があるかよく分かっていません」

『どう見えているんですか?』

「色々ものが置かれている部屋みたいですが、暗くて遠くが見通せません。あなたの顔も見えないです」

そこでふと思いついたことがあった。

『少し待っててください』

「?はい」

僕はガラクタが入った箱から随分使っていなかったWEBカメラとマイクを取り出してパソコンに接続した。

USBの穴は3つしかなかったのでキーボードとマウスが使えなくなってしまうが、今はそれでいい。

「これでどう?」

「はい!聞こえます!それに見えてます!あなたがサトシさんなんですね!」

「そうだよ」

僕はカメラに向けて手を振った。ディスプレイに映ったパールも嬉しそうに手を振った。

「これからよろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

二人はディスプレイ越しにおじぎしたのだった。


この日が僕がパールと出会った記念すべき日となった。



その日サトシは初めて女の子を買った。

「いい女の子がいるよ?買ってかないかい?」

路地裏でそう声を掛けてきた年配の男がいた。見るからに怪しい男だった。

「買わない」

「そう言わずに」

「一時の関係に興味はない」

「一時じゃないさ。君が買い取るんだ」

「……なんだって?」

「君のものになるって言ったのさ。10万。出せるかい?」

「……出そう」

普段からそんな大金持ち歩いてるわけじゃなかった。

ただ、手元の金をパーッと使い切ろうと思ってギャンプルに全額つぎ込んだら逆に勝ってしまった。

それだけの事だった。

好きな幼馴染の誕生日にプレゼントしようと思って貯めたバイトの金が、こんなことで倍になるのかと思うと嫌気が差した。

その好きな幼馴染は誕生日を待たずに他の奴と無事両想いとなり付き合いだした。まあ、それだけの事だったがサトシはやさぐれていた。

だから、ポーンと、特に思い入れのない10万を手渡した。

「あいよ。じゃあ、どうぞ」

男から手渡されたのはUSBメモリーだった。

「何これ?」

「女の子だ」

「つまり恋愛シミュレーションみたいなものか?さすがにぼったくりだろ、金返せ」

「違うな、この中にいるのは女の子だ。嫌な事をされれば傷つくし、失礼な態度をとれば怒るし、大切にされれば喜ぶ、どこにでもいる普通の女の子だ。丁重に扱え」

「10万払って丁重に扱えだって?」

「そうだ。責任が伴うんだよ。当然だろ?身請け金とか結納金って最近の若いやつは知らないのかね?ああ、それと一つ忠告だ。インターネットには繋げるな。これは絶対だ。きっと後悔する」

「なんでさ?インターネットに繋いでるとどうなるんだ?」

「さてね?知りたければ繋ぐといいさ」

それではお幸せに、とそう言い残して男は去っていった。




その日僕らは夜遅くまで語り合った……という程彼女は世の中の事を知らなかったため、一方的に僕が彼女に色々教えて過ごした。

「外ってそんな風になってるんですね。私もいつか見てみたいです」

「……そうだね、いつか。

あ、でもこれなら大丈夫か?」

僕はテレビを点けて、カメラ向ける。

「これは何ですか?」

「テレビ。んーとね、映像と音声を流す装置。テレビ局ってところが数分から数時間って枠の中でまとめたコンテンツを見せるんだ。

現実の世界の映像の事もあるし、まったくの創作の事もあるけど、まあ、創作の場合には冒頭にこの話はフィクションですってあるはずだから区別がつくはずだよ」

「なるほど。興味深いです。あ、でもサトシさん、もうちょっと右にズレてください。いえ、逆です」

「こう?」

「あ、そこでいいです。カメラの中に収まりました」

「あ、いや、僕が映らないように移動したんだけど」

「ダメです。見える所にいてください。あ、今の何ですか?」

「……なら、いっか。今のはね、……」


「……部屋に明かりが差し込んでますね。このチュンチュンという音は何ですか?」

「……もう、朝なのか。この鳴き声は部屋の外にいる生き物の鳴き声だよ。

……ああ、もう今日は学校サボろう」

「学校?サトシさんは学生さんだったのですか?」

「そうだよ。高校生」

「ではあのドラマみたいな日常を」

「送ってないから。あれはフィクション。あー、ちょっと離れるね」

「早く戻ってきてくださいね」

僕は食パンをトースターにセットして焼けるまでの間にインスタントコーヒーを入れる。

皿に焼けたパンを乗せてパソコンの前に戻ってくる。

「ただいま」

「おかえりなさい。何をなさってるんですか?」

「朝ご飯を食べてる」

「ああ、なるほど、それが。それが美味しいんですか?」

「いや、普通?」

「普通ってどういう事ですか?味がしないんですか?テレビでは美味しいって食べてましたが」

「いや、味は……」

言われてパンをゆっくり咀嚼する。コーヒーをゆっくり流し込む。

ああ、こんな味だったなぁ。そうだったよなぁ、元々気に入ってたからこのメーカーのパンばかりになったんだっけ。

「味はするよ。美味しいよ」

「そうですか。それは良かったです」

「よかった?」

「はい。美味しいと嬉しいみたいですから。その、私にはわからないですけど」


と、そのまま更に一日パールと過ごしたんだけど、流石に2日サボりはやり過ぎだったので

今日は学校に行くことにした。

「なるべく早く帰ってくるから。テレビはつけてくね」

「はい、ありがとうございます」

「じゃ、行ってくるね」

「はい、行ってらっしゃい」


「ただいまー」

「あ、お帰りなさい」

玄関で告げると、室内から喜色交じりの声がスピーカーから返ってきた。

「どう?一人でお留守番、問題なかった?」

「ええ、特には……あ、茶色っぽい5cmぐらいの、たぶん虫が床を移動していたのですが、アレって何ですか?」

「……おう、それは聞きたくなかったなぁ。ああ、それについては説明することが多いから、後で説明するよ」

「わかりました。サトシさんはどうでした?学校楽しかったですか?」

「いやー、学校は別に楽しいトコロじゃないから」

「そうなんですか?でもテレビだと、休み時間とか学生さん楽しそうにしてますよ?」

「ああ、まあ、友達と話してる時は楽しい時もある」

「いいなー、私も行ってみたいなぁ。ねえ、サトシさん、今日はどんな事を話されたんです?」

「んーと、友達にスイって奴がいるんだけど、こいつの彼氏さんとさ……」


「あ、今日は髪型変えたんだ。それも可愛いね」

「あ、はい。ありがとうございます」

彼女は少し頬を染めた。

「そういえば、服とかも毎日違うけど、好きに変えられるの?」

「いえ、今は試しに一通り着るつもりですけど、10着ぐらいですね。

私の荷物の中にあった服を着てるだけですよ」

「見た目って他に身長や体型とかを変えたりってできないの?」

「そういうのはムリみたいです。……私の容姿って好みじゃありませんか?」

「え、そんなことないよ。すごい好きだよ。

ごめん、デリカシーのない事を聞いた。ただ、できる事と出来ない事を確認しただけだよ」

「あ、そうでしたか。よかった」

まあ、そうだよな。頼れるのは僕だけの状態で、僕に気に入られてないとか恐怖だよな。もう少し考えて言えばよかった。

「……すごい、好き?」

「え、うん」

今度は耳まで赤くして俯いて口を聞いてくれなくなった。

もう少し考えて言えばよかった。


彼女と暮らす日々を続けていく中で、最近よく思う事がある。

女の子、とははてなんぞや?

好き、とはてさてなんぞや?

生物学的にいえば、子孫を残すための対をなす存在なんだろうし、

好き嫌いは、より優秀な遺伝子を残すための仕組み、みたいなんだけど。

だとしたら、今の僕はヒョコヒョコ動かす木の棒に抱き着くトノサマバッタみたいなものと言えるのだけど。だから非生産的だからやめよーねー、とは割り切れないのがね。

女の子、とははてなんぞや?

好き、とはてさてなんぞや?

この感情が、嘘ではないと、僕は少なくとも知ってるのがね。

好きな対象が女の子である必要があるのか。

大っぴらにはできないよなぁ。でもやましい気持ちはないんだけどなぁ。

祝福も、承認も、縁遠いなぁ。

なんで、なんで僕は僕が好きな人の考える時罪悪感を感じるのか、感じてることに申し訳なくなっていたたまれなくなってしまう。僕の好きな人はけして悪い事をしてる訳ではないし、僕も、きっと悪い事をしてるわけではないというのに。


「パール」

「お帰りなさい。今日はどうしたんですか?ただいまも言わないで」

「ごめん。急に客がきたんだ。だからしばらくの間ディスプレイとスピーカーを切るね?」

「……私がいると困りますか?」

「そうじゃない。そうじゃないんだ。だからカメラとマイクは点けっぱなしにしとくよ。

でも、君の事を紹介すると説明にすごい時間がかかるし。それに余計な詮索はされたくない。だから……」

「……大丈夫ですよ。分かってますサトシさん」

そう言って彼女は悲し気に微笑んだ。

もっとちゃんと説明して彼女の不安を取り除きたかったが、ドアの外に待たせてるので長くは時間を取れなかった。

「……また後で」

僕は不本意ながらパソコンのディスプレイとスピーカーの電源を切った。


「こんちわー。やあ、暑い暑い。早くクーラー……って、涼しくね?入れっぱなしで出てきちゃってたの?」

「あ、ああ」

「気を点けなきゃだめだよ?電気代で泣きを見るよ?あ」

「あ、おい、ちょっと」

「あーあー、久しぶりに来たケド、やっぱまだ使ってるんだ、このディスプレイ。こんなのココでしか見たことないよ」

中で金魚とか泳げそうだよね、そう言ってディスプレイをペチペチと叩く。

「ちょっと止めろよ。いいじゃんか、別に」

「や、でも、もう少し持ち物とか服装とか気を配った方がいいよ。最近男っぷりをあげたって噂になってるから見た目よくしたらきっとモテるよ?」

「……なんだそれ?」

「女子の間で話題にあがってたよ?最近子供っぽさが抜けて、落ち着きが出てきたって。私も前よりいい感じになったなぁー、って内心思ってたんだ」

「……言ってろ。冷たい麦茶しか出ないぞ?大人しく座って待ってろよ?アレコレいじるなよ?いいな?」

「へーい」


冷蔵庫から戻ってくると、まだスイはパソコンの前にいた。

「なあ、スイ。だからさ、大人しく座って……」

「ねえ、サトシ。このカメラとマイクって、前はなかったよね。最近誰かと話してるの?」

「ああ、まあ」

「そっか。最近サトシが穏やかなのってその人のおかげ?」

「そうだよ」

「そっか。よかった」

「ほら、僕の話はいいから。スイの彼氏様の誕生日プレゼントを考えるんだろ?」

「サトシのマブダチ様でしょ?まだサトシの方が好みとか好きなものとか詳しいからなぁ」

「……来年の今頃は、僕より詳しくなってるよ」

「……来年の今頃か。えへへ、そうなってるといいな」


「ごめん。パール、もういいよ。パール……パール?」

その後、彼は気づく。ディスプレイの電源を入れてもそこには見慣れたホーム画面しか映っていないことに。

2TBあったUSBメモリの中がゼロになっていることに。

そうしてパールはサトシの前から姿を消した。




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