救われた世界と世界愛の具現 第三章 向き合う事実を刻む世界1
「ところで、絆」
「うん? なんだ?」
「承諾したのはいいけど、どうやってあの世界に渡る気だい?」
「ああ、これだ」
絆はそう言って、一枚の羽を取り出してみせた。
その羽は黒かった。
一見すると、なんでもないモノのように見えるが、友子にとっては違った。
「もしかして、世界渡りの翼の羽かい?」
「正確には違うな。
向こうの世界にあった羽を、こっちに持ってきたら黒くなっていたんだ。だが、俺が自分で使うなら、一度だけあの世界に渡れるみたいだ」
「なんで、そんなことがわかるんだい?」
「前に世界渡りの覇王が、この世界を出発した時とかに反応していたからな。それに、絆の殺し屋に聞いてみたら同意見だった」
絆はそう言いながら、自分の手の甲に刻まれた刻印を見る。
その刻印は銃を模していた。
ちなみに友子の刻印は剣だ。
普通、刻印は武器の形ではない。
だが、殺し屋の意識の世界を救うためにこちらの世界に来た――正確には戻ってきた二人には、その誓いの象徴として武器の形の刻印が与えられたらしい。
まるで、その刻印は、お前達には世界を救う使命があるから、いつか戦いに戻る運命にあると言っているようだった。
すると、どう思ったのか、友子が口を開く。
「刻印があるのや、まだ殺し屋なのは仕方ないさ。
私だって、昔は人間だったけど、今は殺し屋の意識と一つになったんだ。
殺し屋がいなくなるなら、私もいなくなってしまうだろう? それに戦う力を持っている事自体は、いざとなったら自分を守れるんだから、悪いことではないだろう」
「ん、いや、絆の殺し屋とは別れることも覚悟していたんだが、思いもかけず、こうしていられてよかったなと思ったんだ」
「殺し屋と別れる覚悟をしていた!? じゃあ、私ともかい!?」
「いや、お前とだけは何をしても一緒にいるつもりだった。それは当たり前なんだから、疑うなよ。そのために世界を巻き込んだんだぞ? 俺は?」
「でも、絆の殺し屋とは別れる覚悟があったんだろう?」
「いや、だから、殺し屋としての力の全てを差し出す覚悟だったみたいな意味だよ」
「なんだ、そういうことかい? 絆は絆の殺し屋のことを、あまり気にしていない様子だと思ったけれど、そうでもなかったみたいだね」
「ああ、仮にもずっと一緒にいた仲だ。気にもするさ」
「そうかい? なら、絆が殺し屋の世界に来たのも、私と会えた以外に意味があったみたいで嬉しいよ」
友子は、絆の『殺し屋の意識の世界への認識』に、少し希望が見えたくらいに感じていた。
だが、絆はそれ以上の答えを返す。
「ハハハ、それだけではないさ。俺は意外とあの世界が気に入っている」
「そうなのかい? 殺し屋のいない世界を作ろうとしていたくらいだから嫌いなのかと思っていたよ」
友子は、動揺を隠しながらも言う。
友子は、少し負い目を感じていたのだ。
自分がこちらの世界で絆と出会い、こちらの世界で過ごしていたら、この世界を振り回すこともなく、普通に恋愛をして、普通に暮らして、殺し屋なんて関係のない――それこそ絆が望んだ安全な世界で二人一緒に暮らすことができたのではないか?
だが、それはありえない。
友子の一部は殺し屋だ。
絆は殺し屋と共にある友子を好きになった。
なら、殺し屋でなかったら、そもそも絆と恋愛をすることもなかったのかもしれない。
友子は決して殺し屋として生きる世界が嫌いではないけれど――絆を好きでいることも苦しくはないけれど――もし、絆がそれを苦に感じていたら、苦しみを感じることのない代わりに友子を好きにならない未来を望んでしまうこともあるのだろうか?
よくあるこんなに苦しいなら好きになんてなりたくなかったというヤツだ。
友子は絆にそう思っていて欲しくなかった。
友子はその考え方が嫌いなのだ。
人を好きになるのが苦しかったとしても、その感情を持つということはその人と恋人になることを望んでいるということ――少なくとも恋人になれたら幸せになれるということ――その可能性を否定するなんてありえない。
いや、それ以上にその人を想うときの胸の高鳴りを――その幸福な気持ちを否定するなんてありえない。その気持ちを――苦しみを抱えてまで欲しいと思える未来を否定するなんてありえない。
聞いてみようか?
絆がそう思っていたら正すために、絆がそう思っていないなら――
「実はさ、俺は殺し屋の意識の世界で過ごした日々が夢のように楽しかったんだ。
楽しかったから、俺はそれが平和な世界で――危険のない世界で感じられることを目指した。
最初から殺し屋の意識がいない世界なんて望んでいなかった。
殺し屋が人間として生きる――あの世界の住人まで含めた楽しい世界を望んでいた。
それで、殺し屋の世界の問題も解決できるかもとも少し思っていた。
まあ、そんな願望を欲張りだと感じて、友子だけでもと思ってしまったわけだけど……」
絆は友子の危惧した考えを抱いていなかった。
絆はむしろ胸の高鳴りを――その気持ちを大切にしてくれている。
泣きそうになるくらい嬉しい気持ちを抱えて友子は言う。
「そうかい? じゃあ、行こうか? 今度こそ、あの世界の住人まで含めた未来を手に入れるために」
「ああ、行こう」
そう口にしたとき、世界渡りの翼の羽が風に優しく飛ばされたかのように浮き上がった。
そして、羽を中心に風が吹き、友子と絆の背中から黒い翼が生える。
「……世界渡りの翼……か」
「そういえば世界渡りの翼を使うには強い想いの力が必要だったね?」
「まさか、そのために俺を試すようなことを言ったのか? あの世界を嫌っている人間があの世界へ渡るために強い想いを見せられるわけがないから……」
「ハハ、どうだろうね?
少なくとも意識して試した覚えはないけど、もしかしたら、世界の理が――運命が試したのかもしれないね。あの世界を救えるモノを示せるか」
そんなことを話していると、羽が浮き上がった二人の頭上にブラックホールのような穴ができる。
「まあ、いいさ。運命でもなんでもこの想いだけは、本物――俺のモノだ。
たとえ、この想いを持つことが決まっていても、それは運命だから決まっていたんじゃない。
俺だから、運命がそうなったんだ」
絆は翼を広げて、飛び立つ準備をして言う。
「行くぞ、友子。世界渡りの覇王の与えた救いを満点にするために俺達が導きに……」
「ハハハ、世界渡りの覇王が救いを与えたのが本当かを見てきてほしいと言われただけじゃないか。
本当なのが前提で、導きに行くなんて絆らしくないね」
「らしくなくても、これが今の俺だ。不満か?」
「不満なんてないさ。君から行きなよ。導くんだろう? 私はついていくよ」
「ああ、じゃあ、今度こそ」
そう言って、二人は穴に入る。
二人はまた、あの世界に舞い戻る。




