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大怪獣キモラス

作者: なろうスパーク

※この作品は執筆にAIのべりすとを使用しています※

挿絵(By みてみん)


この物語は、東京都内にある大学から始まる。


「はあ………」


研究室の片隅、スマートフォンを片手に虚ろな目を浮かべているこの男の名は「岡田滝」。

彼は大学で超常現象を研究するサークルをやっていた。


とはいっても、メンバーは自分と先輩である斎藤の二人きりであり、現実は昔の特撮番組と違い、彼等のようなサークルが活躍するような状況はなく、彼等はリア充が絶対正義とされる大学内において「キモいオタクくんの集まり」としか認識されていなかった。


「元気出せよ滝、過ぎた事を気にしたって仕方ないだろ?」


目に見えて落ち込んでいる岡田を励ます斎藤こと、このサークルの先輩である「斎藤和明」。

さて、岡田が落ち込んでいる理由を簡単に説明すると、「彼女にひどい形でフラレたから」である。

彼のトラウマをえぐるようで申し訳ないが、ここで時間を少し前まで戻してみよう。



***



何の奇跡か乱数バグか、この目に見えて解るキモオタである岡田に、彼女ができた時期があった。

知り合ったのは、人数合わせで無理矢理連れてこられた飲み会にて。


岡田は、彼女が望む事なら何でもやった。

彼女が欲しいといったブランドバッグの為に、大事にしていたコレクションを泣く泣く売り払った。

見るのも嫌だったドラマの内容も必死に覚えたし、彼女の呼び付けには深夜だろうが早朝だろうが答えた。


端から見れば召使いか奴隷のレベルであるが、その身全てを犠牲にする勢いで尽くした結果………。


「ごめん、他に好きな人ができたの、あなたとはお別れ、じゃあね」


その一言と共に、唐突に、そして一方的に別れを切り出された。

この彼女であるが、岡田とは別にとあるベンチャー企業の社長であるイケメンと付き合い始めており、岡田は捨てられたのだ。


まさに、現代の金色夜叉とでも言うべき女であった。

怒りと失望、そして悲しみのまま彼女とイケメン社長の結婚式に押しかけた岡田は、涙ながらに訴えた。


「俺は君の何だったんだ!?」


彼女は悪びれる様子もなく、岡田を見下してただ一言吐き捨てた。


「保険」


こうして岡田の恋は、最悪の形で終わりを迎えた。



***



そんな、三次元の女の汚さと狡猾さを身に染みて理解した岡田が、二次元の美少女にハマるのは当然の流れであった。


「俺には君だけだよ………シロネちゃん」


と、スマホの画面に映る美少女を見て涙を流す岡田を、斎藤は不憫に思う一方でこうも思っていた。

先人達が言ってきた「三次は惨事」。

それをちゃんと知っていれば、こんな事にはならずに住んだのだぞと。


「それはそうとだな、岡田」

「何です?先輩」

「久々のフィールドワークだ」


そんな折、岡田と斎藤の元に、ある調査依頼が舞い込んできていた。

それは、とある村の外れにある湖に調査に行くという仕事の話だ。

大学の研究室に所属する学生として、二人はこの依頼を引き受ける事に決めたのだが、ここで一つ問題が起きた。


「あの村、携帯の電波通じます?」

「いいや、全然駄目だな」

「そんなぁ………」


そう、二人が行く予定の村というのは山に囲まれております、携帯電話などの通信機器は全て圏外となるらしい。

岡田にとってはネットに繋げないのも苦痛であるが、連絡手段が限定されるというのはフィールドワークにおいてはかなり危険だ。

ましてや、山奥の村に向かうとなれば、なおさらである。


「まあ、そういう訳だから、十分準備をして出発しような」

「はぁい………」


かくして、岡田と斎藤の二人は、その山奥へと向かう事になった。

そこに、驚くべき発見が待っているという事も知らずに。



***



翌日。

岡田と斎藤は、斎藤の私物であるミニバンにあらかた荷物を詰めると、早速出発した。

休憩込みで3時間ほど車を走らせ続け、山道に入った途端、斎藤はラジオ代わりに音楽データを再生させていたスマホの電波が「圏外」となるのを見た。


「ついに来たな………」

「ですね先輩」


岡田は斎藤の隣に座り、窓の外を眺める。

窓から見える景色と言えば木々ばかりであり、人の気配は全く感じられない。

まるで、世界から自分達だけが取り残された気分になる。

しかし、それも無理はない話である。

何故なら、今から向かっているこの山奥の村は、大昔に時の大名や武士による迫害から逃れてきた者達によって作られた場所なのだから。


「確か、この辺りだったよな?」

「ええ、この道を真っ直ぐ行った先のはずですよ」

「ふむ……」


カーナビも使えないとなり、斎藤は助手席に置いてあった地図を片手に、運転を続ける。

走り続けていると、やがて木々に覆われていた視界が開けた。

見れば、自分達が走っている山路から見下ろした先に、民家が集まった小さな村が見えた。


「あれか?」

「みたいですね」

「さてと、それじゃあ降りてみるか」


息を飲み、二人は目的の村へと向かうため、車のアクセルを踏んだ………。



***



村は、名前を「ヒガシ村」と言った。

過疎化が進んでおり、人口は200人ほど。

彼等の多くは、戦国時代に権力者から迫害されたとある一族の末裔であり、流石に今も隠れて生活はしていないが、外部へのアクセスには億劫になりがちだ。


二人が向かったのは、そんな状況でありながらも、二人に助けを求めてきた人物………なんと、この村の村長の元へである。


「遠路はるばる、ようこそおいでくださいました」


彼等が案内されたのは、大きな屋敷の客間だった。

そこには既に二人の男女が待っていた。


「初めまして、私はこの村の長をしております、白田といいます」

「妻の美沙子です」

「お会いできて光栄です」


そう言って、斎藤は差し出された手を握る。


「それで、今回我々に依頼をしたいとの事ですが……」

「はい、実は……」


村長の話によると、どうやら最近になって村の近くにある湖に、巨大な影が姿を現すようになったのだという。

見間違いや幻覚とも思ったが、湖の辺りに食い殺されたとされる魚の死骸が打ち上がったり、木々が何者かに踏み倒されるという怪奇現象が続き、ついには湖に釣りに出た村民が引きずり込まれかけるという事件が発生。


あの湖に何かがいるというのはもう確定的となった。

しかし警察に言っても誰も信じようとせず、彼等は藁にもすがる思いで斎藤達を頼ったのだ。


「成る程……つまり、我々はその怪物が本当に存在するのか調査し、もし実在すれば討伐して来いと、そういう事ですか」

「はい……」


どうやら、謎の怪物にはかなり困らされているらしく、白田夫婦は疲れ切った表情を浮かべている。


「やはり………キモラス様の仕業かもしれない………」

「きもらす?」


ふと、白田が聞き慣れぬ単語を溢したその時、彼等の会話に割り込む者がいた。


「またお父さんそんな事言ってるの?あり得ないんだけど!」

「美香!」


白田に偉そうな態度を取っていた少女は、田舎者特有の芋のような顔を病的な程に白く美白した、岡田達とは住む世界が違うと一目で解る女子高生。

会話から察するに、白田夫妻の娘なのだろう。


「明日はダニーズのライブがあるんだから、変な事して邪魔しないでよね!」

「美香!お客様の前でなんだその態度は!」

「ふんっ!じゃあね」


彼女は斎藤に目もくれず、そのまま家から出ていった。


「すみません……娘が失礼しました」

「いえ、気になさらないで下さい」


斎藤も、似たような年頃の妹が両親に辛く当たっていた過去を思い出し、少しだけ胸を痛める。


「あの………そのきもらす?って言うのは………」


悲しそうな白田を前になんとか話題を逸したかったのもあるが、斎藤が一番気になったのは先程の「キモラス」という謎の言葉である。


「ああ、それはですね……」

「ヒガシ村に伝わる伝説の生き物の事です」

「え!?」


いつの間にか、美沙子が部屋に何かを持って戻ってきていた。

しかも、彼女が手にしている物を見て、斎藤達は驚く。


「それは、巻物ですか………」

「大正時代に写本として書かれた物で、内容は平安時代の物です」


そこには、あの湖にまつわる伝説が記されていた………



***



その昔、湖の辺りにある青年が暮らしていたという。

青年は村娘と将来を誓いあっていたが、村娘は金持ちの男にあっさり鞍替えし、青年を捨ててしまう。

心の底から慕っていた相手に裏切られた青年は、絶望から湖に身を投げた。


しかし村娘への怒りと怨念から、やがて怒りの化身である恐るべき荒神「キモラス」へと変貌してしまう。

キモラスとなった青年は、村娘の結婚式に乱入すると村娘を相手の金持ちごと食い殺し、それでも怒りは収まらずそのまま村を破壊して回った。


村人達も必死に戦ったが、彼等の力はキモラスに遠く及ばず、キモラスは暴れまわった後に再び湖へと潜っていった。

それ以来、村人達はキモラスの怒りを鎮める為に、十年に一度村の若い処女を生贄に捧げるようになった。



***



「これが、この村の言い伝えです」

「私達も流石に伝承のキモラスが実在するとは思いませんが、若い頃、不貞に対する戒めとしてキモラスの話をされたのを覚えております………」


そんな伝説を聞いた岡田は、内心他人事とは思えなかった。

この、キモラスとなった青年の置かれた状況は、今の自分とよく似ている。

愛する女性に裏切られた彼は、怒り狂い、ついには怪物となってしまった。

岡田は怪物にこそなっていないが、彼の気持ちは痛い程解る。


「では………その伝承から取り、その怪物はキモラスと呼ぶ事にしましょう」


そんな岡田を気遣ってか、斎藤が代わりに話を進める。


「では、調査は明日から………というワケにもいきませんか」


斎藤は出切れば、早いうちに怪物………「キモラス」の調査を始めたかったが、そうはいかない理由があった。

それは………



***



その晩、岡田達は白田夫妻の善意でこの家に泊まる事になった。

件の彼等の一人娘………「美香」というらしい………は、年頃故にオタク二人組が自宅にいるという事に酷く難色を示していたが、白田夫妻は気にしていない様子だった。

夕食を食べ終えると、早速彼等は割り当てられた二階へと上がり、キモラスがいるという湖を見つめる。

本来、田舎の夜は深淵の闇と虫の音が付きものだが、代わりに聞こえたのはドガガガという工事の音。


「ほんとうにやるのかよ………」


呆れたように斎藤が見つめる先には、湖の上に巨大なフロートのような特設ステージを設置しようとしている、クレーンの姿があった。


「日程が重なったのは運がないとはいえ、こんな所でライブなんかしても人は来るのかね………」

「来ますよ、「ダニオタ」はそういう人種です」


明日、この湖を舞台として、今をときめくイケメンアイドルグループ「ダニーズ」のライブイベントが行われる予定だ。

ダニーズは最近売り出し中の若手アイドルで、若者を中心に絶大な人気を誇っている。

当然ながら、そんな状況下で調査などできるハズがない。


もし、ダニーズのライブに少しでも斎藤達の調査用ラジコンが映りでもすれば、斎藤達は凶暴な事で有名なダニーズのファン達に嬲り殺しにされるだろう。


「しかし……ダニーズの皆さんは大丈夫なんでしょうかね」

「どうした?」

「いえ……」


もう一つ岡田が心配していたのは、ダニーズが襲われる可能性についてだ。

当然だ、彼等がライブをやる湖にはキモラスがは潜んでいる可能性があり、何より彼等はキモラスの事を知らないのだ。

下手に刺激して、湖からキモラスを呼び出してしまえば大惨事になる。


「まぁ……俺達キモいオタクが何を言ったって無駄さ、大人しく待つしかない」

「でも………」

「さあ、もう寝よう、明日は早い」


斎藤の言葉に、岡田も同意するしかなかった。



***



翌朝。

白田夫妻が畑仕事の為に早く起きる事から起こしてもらった斎藤達は、朝食を済ませると、湖に向かった。

本格的な調査は出来ずとも、せめて何か痕跡を見つけようと意気込む二人だったが、湖に向かうと案の定。


「げぇ、もういるよ………」


ライブ会場から離れた湖畔から湖を見ていたが、そこからでも会場の熱気ははっきりと伝わってくる。

お世辞にも美人とはいえない女達が、冒涜的な応援文句を書いた団扇を手に、お目当てのイケメンアイドルが出てくる時をギャアギャアと甲高い声で騒ぎながら待っている。

彼女達が、その「ダニオタ」、つまる所のダニーズのファン達である。


「……呑気な奴等だよ、湖にバケモンがいんのも知らずに」

「それに今日って平日ですよね、よく学校をサボれましたよね」

「きっと仕事もサボってる、アイドル以前に社会人としての責任を果たせよ…………」


オタクからして、イケメンアイドルもそれに群がる女達も醜い物にしか見えない。

斎藤達は、そんな彼女等を見て呆れると共に、湖に沈めたソナーを観察している。

これはライブステージまでを覆っている柵に設置されたもので、これを通して水中の様子を探っていた。

もしキモラスが湖面に上がってくるような事があれば、影となって映るハズだ。


「あ、始まったみたいですよ」


やがて、ステージの方からは音楽が流れ始め、それに合わせてライトが照らされ始める。


だが、その光は一瞬にして遮られた。

ザバンッ!! 水面が大きく揺れたかと思うと、そこから大きな影が立ち上がった。


「なんだ!?」

「あれは………!」


ソナーには、巨大な黒い物体が映し出されていた。

やがて水飛沫とともに、ソレは姿を現した。


ブモォオオオオッ!


牛が豚のような咆哮と共に現れたそれは……ヌメヌメした緑色の皮膚をしており、膨れた鼻はゾウアザラシを思わせる。

顔つきはどこか人間的であり、腫れぼったい半開きの目をして、身体の各部にイボのようなブツブツのある、這うような体制の怪物だった。

否、その姿は岡田も親しんだ特撮番組に出てくる「怪獣」を思わせる。


「キモラス……!!」


岡田は震えながらもそう呟いた。

そして突然の巨大怪獣の襲来に、会場の客はパニックに陥っていた。


「きゃあああっ!逃げてえっ!!」

「助けてくれぇーっ!!!」


悲鳴をあげながら逃げるファン達。

対するキモラスは、戸惑うように辺りをキョロキョロと見回している。

そしてその巨大な身体は、未だダニーズのイケメン達を乗せた水上ステージに、知らずの内にぶつかってしまった!


「うわあっ!」


キモラスからしたら少しぶつかっただけであるが、ステージを破壊するには十分な衝撃であった。

ドカンという轟音と共に、乗っていたメンバーは全員湖に落ちてしまった。


「キャアアッ!!」

「うおおおっ!?」


ステージの上に居たのは、ダニーズのイケメン達だけではない。彼等のマネージャーやスタッフもいたのだ。

彼等は悲鳴を上げながら、次々と湖へと落ちていく。

幸い、ダニーズのメンバーが落ちた場所は水深が深くなく、溺れるような事はないだろう

しかし、それでも彼等は恐怖で動けずにいる。

そして会場のファン達からも悲鳴が挙がった。


「きゃあああ!!ダニーズが食べられちゃうぅっ!!」

「こっち来るなぁああっ!!」

「うぎゃあぁあぁぁあぁあぁぁあぁぁあぁぁあぁぁあ!!!!」


推しが食べられると半狂乱になって叫び散らすダニオタ達を前に、斎藤と岡田は普段の彼女達の素行の悪さを思い出し、少しだけ「ざまあみろ」という気持ちになっていた。


「あ~あ……アイドル様もこうなるとただの肉塊だぜ……」

「なんか……可哀想ですね」

「ま、自業自得さ」


しかしそんな彼等キモオタの黒い予想に反し、キモラスはおろおろと見回すだけでダニーズに襲いかかりすらしない。


「あいつ………人間は食べないのか?」


魚の残骸が打ち上げられていた事から、キモラスは肉食が可能な生物と推察されていた。

だが目の前の怪物は、ダニーズを襲おうとせず、オロオロとしている。


ブモオォ………


やがて何かを察したように、キモラスは再び湖の底へと消えていった……。


「消えた……」

「逃げたんでしょうか……」


キモラスが完全に見えなくなると、斎藤達は湖の方を覗き込む。


「……とりあえず俺達がここに居るのはまずいな、戻ろう」

「はい……」


斎藤達はその場を離れる事にした。

幸い岡田は、湖に現れたキモラスをちゃんとスマホのカメラにおさめる事ができていた。

その証拠もあるし、今回は多くの人間がキモラスの姿を見ている。

警察は勿論、自衛隊も動くだろう。

それまでに、岡田達は持てる知識を総動員して、あのキモラスについて調べる事にした。



***



それからしばらくして。

案の定ヒガシ村に怪獣出現の報を受けた自衛隊が次々と到着。

最初に鮮明な記録を残した発見者であり、それなりに知識のあった斎藤と岡田も、自衛隊の対キモラス会議に加わる事になった。


「斉藤君だったかな、君はあの怪獣………キモラスが何か知っているのかね?」


臨時の司令室となった白田家にて、自衛隊の司令官である小柴は、視線の先に座る斎藤に声をかけた。

斎藤は密かに古生物学の博士号を持っており、専門家として抜擢されたのだ。


「えぇ、キモラスは恐らく………古代の巨大水棲哺乳類、つまりはバカでかいアザラシです」

「アザラシて………」


騒然となる一同。

無理もない、あんな巨大なアザラシなど見たことがないのだから。


「馬鹿を言うな!アザラシならもっと小さい筈だ!」

「いや、しかし……あれはどう見てもクジラ………いやそれ以上のサイズだったぞ!?」

「そもそも、なんでそんな奴が日本にいるんだ……」


そんな一同を前に、斎藤はプロジェクターに一枚の画像を映した。


「アザラシというのは語弊がありましたね、厳密にはこれです」


それは、絶滅したとされる古代生物を記録した映像であった。

巨大な鼻を持つ、巨大な海獣の姿。


「こいつは……確かにキモラスに似ているな……」

「えぇ、これは「ミティサウルス」といって、ゼオクロノドンとバシロサウルスの中間………ようはクジラの原始的な仲間です」

「クジラぁ?やけに不細工だな………」


一人の発言にその場に笑いが起きるが、斎藤は気に求めず解説を続ける。


「恐らく、冬眠状態で海底で眠っていたのでしょう。そこが長い時間をかけて陸地となり、この湖となり、そこに何らかの理由で浮上してきたという事です」

「じゃあ………なんで今になって目覚めたんだ?」

「これです」


次に斎藤が見せてきたのは、去年に起きた火山の噴火を記した新聞記事。

そして火山があるのは、なんとこの村の目と鼻の先にある山岳地帯であった……。


「火山の活性化により地熱が上昇、それにより長らく地の底で冬眠していたキモラスが目を覚ました」

「なるほどな………」


キモラスが巨大海棲哺乳類ミティサウルスの生き残りである事は解った。

なら次は、キモラスをどうするか、である。

これに対する意見だが、斎藤は最初から決めていた。


「私としては、キモラスを保護し、研究するべきだと思います。あれは古代哺乳類の貴重な生き残りです」

「ウム………」


自衛隊としても、キモラスが貴重な生き物である事は理解した。

それにキモラス自体も上陸して暴れるような事もしていない為、今のところは危険性は低いと判断された。


「ではキモラスは捕獲の上保護という形で、話を進めていこう」

「………ありがとうございます」


キモラス保護を聞き入れてくれた司令官・小柴に、斎藤は深く感謝し、頭を下げた。

彼等が、防衛チームの上層部として出てくるタカ派の軍人のような愚者でなくてよかったと思いながら。



***



自衛隊との話を終えた斎藤が外に出ると、そこでは岡田が待っていた。


「先輩、どうでした?」

「上手く行ったよ、自衛隊はキモラスを保護って形で受け入れてくれるそうだ」

「良かったですね!」

「ああ……ところであれからキモラスに動きは?」

「あの通りです」


岡田が指差す先では、キモラスが湖の浅瀬で背中を出し、眠たそうにしている。

おそらく、体温調節の為の日向ぼっこでもしているのだろう。

キモラスを一目見ようと村の人々や野次馬がやってきていたが、キモラスは特に気にする様子は見せない。


「かなり大人しいようだな………逆に呆れるよ」


キモラスの様子を見に来た斎藤達は、キモラスの寝姿を見ながらため息を吐く。


「あの、それで気になったんですけど」

「どうした?岡田」


岡田は、あの時自衛隊に見せたプロジェクターにも使った古代生物図鑑のキモラス、つまりはミティサウルスのページを見せる。


「鼻小さくないですか?」


図鑑には、ミティサウルスはゾウアザラシのような鼻を持つ事が記されていた。

これは、ゾウアザラシの鼻と同じく、オスの個体がメスの個体に求愛行動を行う際に用いられる器官だ。


「言われてみれば……」


確かにそのとおりだ。

眼前のキモラスの鼻は、図鑑の復元図と対比しても小さい。


「キモラスはメスなんじゃないですか?」

「いや、骨格のスキャンを見る限りは間違いなくオスだ」


斎藤は、自衛隊から資料として渡された、キモラスの全身をスキャンした結果を記した紙を見せた。


「じゃあ、やっぱり突然変異とか……」

「………岡田」


何故だ何故だと頭を抱える岡田の肩を、斎藤はガシッと掴む。

その目には、悲哀が感じられた。


「………察しろ………!」


それが、斎藤の言える全てである。

そうだ、あのキモラスは突然変異でもなんでもない。

キモラスは、単純に鼻が小さいだけの普通のオスなのだ。

そして、周りに他の個体所か同族の化石すらなく、あの場にぽつんと一頭いる理由。

それはつまり………。


「……可哀想な奴だ」


斎藤は、そっと呟いた。

ある意味自分達の同族とも言えるキモラスの事を、憐れみながら……。


「おぉい!お前ら、早く来てくれぇ!!」


そんな斎藤達の下に、村人の一人が慌ただしく駆けてきた。


「どうしたんですか?」

「ダニオタの人達が、キモラスを駆除するとか言い出しました!」

「何ィッ!?!?」


いくら民度の低いダニオタ達であるが、まさか?!

と、思い斎藤達が駆けつけた時には、彼女達はどこから持ち込んだのか、ミニガンやロケットランチャーを持って、キモラスのいる湖畔に陣取っていた。

その中には、白田村長の娘である美香の姿もあった。


「待て!君達何をするんだ!?」


慌てて斎藤が止めようとするが、既に時は遅く、彼女達はキモラスに向けて銃を構えていた。


「うるさいわね!!こいつがいるせいで、ダニーズのライブが台無しになったのよ!!!」

「そうよ!!あのキモい怪獣のせいでダニーズの皆が湖に落とされたのよ!?」


彼女達からすれば、キモラスは貴重な古代生物の生き残りでもなんでもない。

故意でなかったとしても、自分達の推しを傷つけたキモいモンスターなど、ただの害獣以外の何ものでもないのだ。


「だからって殺す事はないでしょう!?」

「うるさいわねぇ!!邪魔しないで頂戴!!」


斎藤の制止も聞かず、美香は引き金を引いてしまった。

ドォン!!!という轟音と共にロケットランチャーが放たれ、キモラスの後頭部に命中した。


ブモオオォォオ!?


突如後頭部で起きた爆発に、キモラスが驚きの声を上げる。

それを皮切りに、ダニオタ達はキモラスに向けて次々と発砲していく。


「やめろぉ!!君達自分達が何をしているのか解っているのか!?」


斎藤の叫び声は届かず、キモラスへの一斉射撃は続く。


「うふっ……ざまあみろキモ怪獣」


キモラスに弾を撃ち尽くしたダニオタの女は、満足げな笑みを浮かべる。


「あぁ~スッキリした」

「いい気味よ」

「これで終わったかな?」


キモラスを散々撃ったダニオタの女達は、爆煙の向こうに浮かぶキモラスの死体を想像する。

だが、そこで彼女等は信じられないものを見た。


ブモオオオオオ!!


爆煙を突き破り、まったく無傷のキモラスが姿を現したのである。


「え?」

「嘘……」

「な、なんで?!」


驚愕の表情を浮かべ、彼女達は呆然と立ち尽くす。


「馬鹿な!?無傷だと………!!」


斎藤達も驚き、目を見開いた。

無理もない話だ。

確かに、キモラスの全身をロケット弾が直撃したのである。

通常なら、間違いなく即死している筈だ。

しかし、現実は違う。

キモラスは、特撮映画の怪獣がごとく、砲撃を受けつつもピンピンしていた。


ブモオオッ!!


突然の攻撃を受けてパニックに陥ったキモラスが、雄たけびを上げながらこちらに向かってきた。


「ひぃい!?」

「逃げてぇ!!」

「殺されるぅ!?」


我先にと、彼女達はその場から逃げ出そうとしたが、遅かった。

キモラスは飛沫をあげながら地上に這い出て、その3000tの巨体で、逃げ遅れたダニオタ達を押し潰す。


「ぎゃあああっ!?」


凄まじい衝撃が走り、地面が大きく陥没する。

押しつぶされたダニオタ達の身体はグシャッと潰れ、真っ赤な血肉が飛び散った。


「うわ………うーわ………」


因果応報と言うべきだろうが、眼前に残された凄惨かつグロテスクな光景は、岡田にはとても喜べる物ではない。

そして、キモラスの保護を訴えていた斎藤も。


「………こりゃ捕獲は無理だな」


あっという間に逃げ去ってしまったキモラスが、通過と同時に破壊した民家を前に、斎藤は深くため息をついた。

キモラスに落ち度はなくとも、人々に危害を及ぼしたのは事実である。

更にロケットランチャーですら殺せないとなれば、キモラスが脅威として認識されるのは、もう確定であった。



***



ついに上陸したキモラスは、その海棲哺乳類特有の肥えた身体をぶよぶよと揺らしながら、赤ちゃんがハイハイするような四足歩行で木々を薙ぎ倒しながら進撃する。

本来は水中でワニのように立つ事ができるが、地上では自重の為に四足歩行でなければ動けないのだ。


ブモォ……ブモ……


弱々しく、まるで怯えるように鳴きながらも、キモラスは一歩ずつ確実に前進していく。

その歩みに、迷いはない。

止まれば、直に死んでしまうのだ。


「キモラスは海に向かっている」

「何故そんな事が解るんです?」


キモラスを追い、車を走らせる斎藤。

その助手席には岡田の姿もある。


「海にいる哺乳類ってのは、地上では肌が渇いて死ぬんだよ、打ち上げられたイルカみたいにな。だから奴は、水を求めて移動してんだ」

「なるほど………」


そんなうんちくを披露していると、遠くにキモラスの姿が見えた。

山岳部を抜け、平地にある田畑を踏みつぶしながら、キモラスはその巨大な腹を揺らしつつ進む。


「おぉ、いましたよ」

「本当だ……なんか、思ってたよりデカいな」


遠目に見ても解るほどに、キモラスの体長は大きかった。

四つん這いであるが、前足先から頭までの体高は30m近くある。

立ち上がれば、60mはあるだろうか。

この先には街があり、もしキモラスがそこに向かえば大惨事となる事は間違いなかった。


「先輩!アレを!」


その時、岡田が空を指さした。

そこには、モスグリーンカラーの複数の戦闘ヘリが空を飛んでいた。


「自衛隊か?」

「そうでしょうね」


どうやら、キモラスを退治しに来たらしい。

ヘリはキモラスを取り囲むように、上空でホバリングすると、一斉にロケット弾を発射した。

ブモオオッ!?

突如現れた無数の火球に驚いたキモラスが、悲痛な鳴き声を上げる。


「おっ、効いているぞ」

「ですね」


確かに、今の攻撃でキモラスは驚き、身をすくめているように見える。

確かにキモラスはロケットランチャーにも耐える体表を持つが、空を飛ぶ相手に反撃するような手段は持っていない………

………かに、思われた。


ブモォ……!


次々と起きる爆発に耐えながら、キモラスはゆっくりと顔をあげる。


「何をするつもりなんだ………?」


キモラスの鼻の周りに大気の揺らぎのよいな物が現れたかと思うと、次第に火の玉のような光の塊になってゆく。

そしてドンッ!という爆音と共に、それが大砲のように撃ち出され、戦闘ヘリを撃ち落とした!


「うわっ!?」


驚く斎藤達の前で、戦闘ヘリが爆発炎上し、地上に落下してゆく。

まさに、特撮怪獣映画そのもののような光景に、岡田は目を見開いている。


「先輩!あれは………」

「おそらく、あれは超音波だ」

「超音波?!」


知っての通りクジラやイルカといった海洋生物は、そのエコーロケーション能力により、周囲の地形を正確に把握する事が可能と言われている。

それを応用した物が、超音波だ。

人間の可聴域外の音波を発し、それによって周囲を探索したり、獲物の位置を確認したりする。


だがマッコウクジラのような一部の海洋生物の放つ超音波は凄まじく、放つ先にいる生物を衝撃で死に至らしめる為、これを狩りに応用しているとされている。

キモラスが放ったのは、それすら上回る超強力な物だった。


名付けるなら「超音波キャノン」と言った所か。


「なんてこった……」


斎藤は絶句する。


「あの怪獣、あんな飛び道具まで使えるのか」

「とんでもない奴ですよ、アイツは」


キモラスは、超音波キャノンで残る戦闘ヘリを破壊し、田畑を踏み潰しながら進んでいく。

その進路には、街があった。


「まずい!このままだと、この街に突っ込むぞ!」

「えぇ!?じゃあ、どうするんですか?」


このままでは街が破壊されてしまう。

しかし、彼等にはどうする事もできない。


「……とりあえず、教授の所に向かおう、あの人なら何か知っているかも知れない」


溺れる者は藁をも掴むとはよく言う物で、二人は車を走らせて郊外へと向かった。

そう、彼等サークルに滅多に顔を見せない、「教授」の元へ………



***



車内にて、携帯の電波が戻ってきた為岡田がSNSを覗いてみると、案の定話題はキモラス一色であった。

既にキモラスは街に到達し、街の中を進んでいるらしい。


(もうここまで来たか……)


斎藤は車を運転しつつ、チラリと後部座席を見る。

そこには、無言で拳を握りしめている岡田の姿がある。

それは、街を破壊するキモラスへの怒りではなく、何の罪もないハズのキモラスが人間のせいでこうなってしまった事への悔しみである。


「見えてきたぞ」


車の外に、木々の中に隠れるように建つプレハブ小屋が見えてきた。

建設現場の詰め所に使われるような、あの感じの建物だ。


「教授ー!いますかぁ!?」

「おぉ斎藤君か!それに岡田くんも!」


斎藤達が駆け寄ると、中から白衣を着た老人が姿を現した。

この人は秋葉大学生物学部の名誉教授にして、彼等超常現象研究サークルの創設者である「田丸博士」だ。


「田丸先生、お久しぶりです」

「ふむ………どうやら話題は、あの怪獣についてらしいな」

「はい、元は我々が調査していた相手、どうにかしたいんです」

「いいだろう、まあ上がりたまえ」

「ありがとうございます!」


三人は、田丸に連れられて建物に入る。

田丸はそれなりの資産を持ってはいたが、自分の興味のある事柄以外の無駄を嫌う田丸らしく、こんなプレハブ小屋を自宅にしている。

案内された部屋の中には、彼の研究している生物学に関する資料が山積みになっており、壁際には巨大な水槽が置いてある。


「うわっ!また増えてる……」

「これ全部先生の研究ですか?」

「ああ、そうだよ」


部屋の中央にあるテーブルの上には、様々な動物や植物、菌類などが並べられており、それらは全て田丸のコレクションだった。


「すごいですね……」

「はっはっは、褒めても何も出ないぞ」

「……それで、今日は何の用かね?」

「実は、田丸先生なら何かご存知じゃないかと思って」

「ほう、例えば何を?」

「怪獣を……キモラスを止める方法です!」


岡田は身を乗り出して田丸に聞いた。

陰キャだのチー牛だのと理不尽な迫害を受け続けた岡田には、同じく理不尽な理由で追い詰めらたあのキモラスをなんとしても救いたいという想いがあったのだ。


「うぅむ……」

「やはり難しいでしょうか?」

「いや、方法自体は簡単だ」


田丸は、自信ありげに言った。


「えっ!本当ですか!?」

「簡単な事では無いがね……要するにあのキモラスを誘導して、街の外に、もっと言えば本来の棲家である海に出せば良いのだよ」

「そ、そんな簡単に……」

「だが、問題はどうやってあの怪獣を誘導するかだ」

「やっぱりそうですよねぇ……」


斎藤は腕を組んで考え込む。


「……所で君ら、あのキモラスの鳴き声だとかそういうのを記録したりはしていないのか?」

「……あっ!」


田丸の提案を聞き、岡田はハッとした表情になる。


「あります!湖で調査した時に、キモラスの放つエコロケーションを録音したんです!」

「よし、それを見せてみたまえ」

「わかりました!」


岡田は自分の荷物から、ボイスレコーダーを取り出した。

そして再生ボタンを押すと、スピーカーからザザーッという音が聞こえてくる。


「これは、かなり遠くからの物だな」

「はい、キモラスの出す音波を計測する為に湖の畔に設置したアンテナから録音しました」

「なるほど……」


田丸は、しばらく無言でその音を聞いていたが、やがて顔を上げて二人に向き直った。


「斎藤君、君はキモラスの事をどれくらい知っているんだい?」

「えっと……なんというか、俺達と同じモテない男みたいな……」

「よし……!」


田丸はそれを聞いて、考えていた作戦がより聡明にブラッシュアップされるのを感じた。

目指す方向が定まったのだ。


「今からキモラスのエコロケーションのデータを加工して、奴の同族、つまりはメスのミティサウルスのエコロケーションを再現する」

「なんですって!?」

「キモラスと同種の生物の、ですか!?」

「そうだとも!奴はクジラの仲間だ、既存のクジラ類からシミュレーションはできる。それを使えば、奴を沖合におびき寄せる事ができるはずだ!」


田丸は渡された音声データを元に、早速エコロケーションの再現に取り掛かった。

果たして、それは上手くいくだろうか?



***



一方、市街地に侵入したキモラスは、ビルを避けながら海を探して進んでいた。

映画ではないのだ、普通生き物は障害物を避けて進む。

しかし、故に迷路を進むような状態になってしまっており、いくら進んでも海に辿り着けない状態にあった。


ブモ……ブモォー………


時刻は既に夜。

弱々しいキモラスの声が響き渡る。

上陸から時間が経ちすぎた事で、保湿用の粘液は無くなり、体表が乾燥し始めている。

この状態では、直に命が危ないだろう。

キモラスの体は、既に半分以上が乾き始めていた。


「おい、あれ見ろよ」

「うわぁ……気持ち悪ぃ……」


人々は、キモラスの姿を遠巻きに眺めていた。

彼等にとって、キモイ・キモくないという判断基準は「生理的に受け付けるか」どうかだけだ。

故に、イボガエルとゾウアザラシを混ぜ合わせたようで、なおかつニュースが騒ぎ立てる程凶暴でないように見えたキモラスは、人々の目にはまるでイジメの対象になるような人間のように。


「自衛隊は早くあいつぶっ殺してくれよ」

「やめとけよ、こっちに飛んできたらどうすんだよ」

「うわっ!キモいな、早く死ねよ」

「キモすぎワロタ」


心無い声が、次々とキモラスに投げかけられる。

エコロケーションで会話するキモラスには人間の話す言葉は解らなかったが、その音声の中に含まれた悪意を感じ取ったのか、悲しそうに弱々しくブモォと鳴いた。

その時だった。


ブモ………ブモォ?


ふと、キモラスが何かに気付いた。

最初、キモラス自身は気の所為だと思ったが、耳をすませば風に乗って聞こえてくるのだ。

深い眠りにつく前、遥か古代の海で聞いた、自分には投げかけられなかったあの懐かしい音……!


ブモォ………!!


疲れ果てた心に、希望が生まれた瞬間だった。

それは間違いなく、同族の……しかもメスの放つエコロケーションだ。

まだ仲間はいた。

自分を受け入れてくれる相手がいた。

キモラスは喜び、迷わずその方角に向かってゆっくりと歩を進める。


「よし!成功だ!」


自衛隊に用意してもらった車に乗った岡田と斎藤は、田丸博士が作った合成音声を発するスピーカーを操作しながら、キモラスを誘導する。


「……おっ!来ました!」


誘導する二人と、それに続くキモラスの視線の先には、海が広がっていた。


「もう少しだ!頑張れキモラス!」

「頑張ってくれ!」


幸いキモラスは二人の誘導にまんまと乗り、車の走る先………つまりは海へと、ゆっくり、ゆっくりと進んでゆく。


ブモッ………!


二人の応援を受けたからか、キモラスは力強く地面を踏みしめ、やはりビルを避けながら進む。

やがて、海原の向こうから朝日が登るのが見えた。


「よし!急げ!」

「ボートの準備は?」

「できています!」

「よし!」


先に、車が到着した。

田丸博士が発案した作戦通り、そこに待機していた自衛隊の別の部隊の手で、スピーカーは予め用意していたゴムボートに載せられる。

これを沖に流す事で、キモラスを沖合におびき寄せようという作戦である。


「キモラス接近!」


見れば、キモラスも海岸に到着していた。

海洋哺乳類であるキモラスの肌は、乾燥によって火傷のように焼けただれている。

体温調節も上手く行っていないのか、ゼエゼエと苦しそうな呼吸音が聞こえる。


「来るぞ!」

「よし!やってくれ!」

「はい!」


スピーカーだけを載せたゴムボートが、モーターを始動させて沖合へと向かう。

岡田達も、キモラスの移動に巻き込まれない為にその場を離れた。


「行け!」

「行ってください!キモラス!」

ブモォー!


キモラスは力を振り絞って進む。

その先の海、エコロケーションの響く先に、自分に「おいで」と言ってくれている同族がいると信じて。

………だが。


ズドォォン!!


轟音と共に、キモラスの背中で爆発が発生。

乾燥した皮膚が飛び散り、鮮血が浜辺を濡らした。


ブキィィィ!?


泣き叫ぶキモラス。

岡田も斎藤も、その場にいた自衛隊員も、その突然の事に唖然となったが、頭上に響くゴウンゴウンというエンジン音と巨大な鉄の翼を見て、全てを察した。


「あれは……アメリカ軍!?」


自衛隊員の一人が叫んだ。

あれは、ノースロップ・グラマンB-2戦略爆撃機。

通称、「スピリット」「空飛ぶ国家予算」と呼ばれる、アメリカ最強の爆撃機である。

何故、それがこんな所にあるのか?

決まっている。

アメリカのいつものヒーロー気取りが始まったのだ。


「ハッ!薄汚いモンスターめ!我が最強のアメリカの力を思い知れ!」

「ウオオオっ!USA!USA!」

「HAHAHAHA!!」


B-2より、再び爆雷が開始される。

放たれたのは、先程と同じ地中貫通型爆弾こと通称バンカーバスター。

これは、地上の建物を破壊する為に作られた兵器であり、それは容赦なくキモラスの体表をえぐり、破壊する。


ブキイイイィィ!?


二発目の直撃を受け、キモラスは大きくよろけた。

肉片と血が飛び散り、海を赤く染める。

そして今度こそ地面に突っ伏し、動きを止めてしまった。


ブモ……ブモ………


息絶える直前、キモラスは確かに見た。

海の向こうで、自分を笑顔で迎えてくれたメスの同族の姿を。


ブモ……………


ほろり。

キモラスの瞳から一雫の涙が溢れる。

それを最後に、今度こそキモラスは事切れた。



キモラスは死んだ。


ようやく海に帰れる直前で、理不尽な介入によりその命を散らしたのだ。


「なんだよ………なんだよ、それ………!」


愕然とし、その場に崩れた岡田は、怒りの叫びをあげる。


「お前らなんなんだよ!!折角ハッピーエンドだったって時に台無しにしやがって!!こんな雑なあとしまつがあるかよぉお!!!」


その嘆きも、悲しみも、B-2の爆音は容赦なくかき消していった。

まるで、岡田のような人種への迫害と差別を無いものとして扱う、社会のように。



***



こうして、キモラスは「駆除」された。

しかし、このアメリカ軍の武力介入は、アメリカ政府の想定以上の大騒ぎとなり、全世界へと報道される。

「人類の敵は人類によって滅ぼされるべきである!」

アメリカはそう主張。

一部の学者は、貴重な古代生物であるキモラスを勝手な判断で殺したアメリカに対し抗議を行ったが、アメリカ側は聞く耳を持たなかった。

そして日本も、いつもの生活へと戻っていった。

まるで、キモラスなど最初から居なかったかのように。


「先輩、俺思うんです」

「何をだ?」


大学で、いつもの生活に戻った岡田は、斎藤と二人で昼食をとっていた。

キモラス騒動後、二人は大学に復帰した。

教授陣からは色々と言われたが、それでも二人共、なんとか進級する事ができた。


「キモラスは、俺らだったんじゃないかって」

「ほう……その心は?」


岡田の勝手な関連付けであるが、確かにキモラスは岡田のような所謂陰キャと似た所がある。


誰にも気づかれない所で平和に暮らしていたが、ある時運悪く社会に見つかってしまう。

そしてキモいという理由で追い立てられ、安住の地を追われた挙げ句、社会からの攻撃に晒される。

擬似的に再現された架空の美少女(キモラスの場合は疑似エコロケーションが該当)によって一時は心を救われるも、結局は自分に無理解な人間の手で殺される。


……それが、偶然にも身勝手な正義を振りかざして日本のオタク文化に外圧をかけている白人だというのも、何かの因縁に思えて仕方ない。


「俺みたいな陰キャへの迫害は、リアル所かネットですら行われています………キモラスと同じように、もうどこにも居場所はないんですよ」


岡田のスマホには、Twitterが映っている。

そこで「チー牛」と検索すれば出てくる目を覆いたくなるような暴言と、それをちくちく言葉などと茶化して矮小化している地獄は、まさにキモラスに行われたそれの再現にも見えた。


「もしもこんな状況がこれからも続けば……」

「いつ第2第3のキモラスが生まれてきてもおかしくない、と」


流れる、重苦しい空気。


「俺は……どうしたらいいですかね」

「さぁな」


だが、そんな岡田の悩みを、斎藤はバッサリ切り捨てた。


「でもな、岡田」

「はい」

「少なくとも、今のお前は、自分の居場所がないとは思ってないだろう?キモラスの時と違って、今は自分を理解してくれる人が居るんだ。それを忘れちゃいけないぞ」

「……はい」

「それに、例え世界中が敵に回ったとしても、俺だけは味方でいてやるよ」

「先輩……」

「同じ陰キャよしみでな!はははっ!」


大学の窓から見える空は、青く広がっている。

入道雲とセミの鳴き声の中に、岡田はキモラスの悲しげな咆哮を思い出していた。




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