閑話 クロフツ叙事詩Ⅱ中篇 『聖剣と聖乙女』
湖畔の畔に鎧を着込んだ騎士が居並び、集まった魔物たちを睨む。
魔物たちは邪竜の号令の元、集結した者たちで、全員が殺気立ち、目を血走らせている。
今日はフィーナを捧げる約束の日である。
当然、円卓の騎士団が魔物たちを迎え撃つ。
両者の間には殺気混じりの不穏な空気が流れた。
一触即発の空気に大将同士が前に出て、無表情で睨み合った。
黒に紫の混じった外套を着た筋骨隆々とした大きな男は、銀色の軽装を着けたクロフツを見下ろしながら、冷たい目で臨戦態勢の騎士たちを睨む。
「……はて? 私はあのエルフの娘を連れてこいと命じたはずだが? 貢ぎ物もないようだ。どういうつもりだ? 死にたいのか? 人間ども」
はっきりした人語で、男は冷たい声音で殺意の篭もった言葉を発す。
欲しがっていたフィーナが居ない事に苛立っているようだ。
男は邪竜の変化した姿であり、明らかにクロフツたちを見下していた。
クロフツは余裕の笑みを浮かべながら、邪竜の脅しをせせら笑う。
「紳士ぶって話してんじゃねえよ、クソ野郎。お前らごときにくれてやるものは何一つねえ。俺たちはお前らをぶっ殺しに来てやったぜ!」
邪竜は苛立ちを歓喜に変え、己より遥かに小さな騎士を見下しながら、凶悪な笑みを浮かべた。
「……なるほど あの村は刺客を雇ったというわけか。思ったより気骨があることだ。クククク……! しかし、愚かな決断だ。人間風情が魔獣の王たる私に歯向かうか。お前たちを殺してから、村を蹂躙してやろう」
クロフツは微塵も臆する事なく、正面から邪竜を見据える。
「はっ! やれるものならやってみやがれ!」
邪竜はその態度を虚勢と見たのか、背後の部下と円卓の騎士たちを見比べて高笑いした。
「フハハハハハハハ!!! 勇猛なようだが、ちいと少なすぎではないか? そのような人数で我々の相手をしようとは笑止千万! さあ! 血祭りにあげてやれ! 我が配下どもよ! その後はあの村を略奪してもよいぞ! ただしエルフの娘は私のものだ! 手を出すなよ!」
邪竜の配下400に対し、クロフツ以下円卓騎士団13名。
しかもオークを主力とした魔物と人の体格差である。
通常であれば、到底勝ち目などない戦いであった。
魔物たちは邪竜の言葉に歓喜し、一斉に怒号をあげる。
「ブッギャアアアアアアアア!!!!」
「みなごろしだぁぁぁぁぁぁ!!!」
「ヒトクウ!!! ヒトクウ!!!」
「オレハラヘッタ! ヒトクウ!」
魔物全員が本能を剥き出しに、殺気を放った。
この場にいる魔物たちは人間を食糧としか捉えていない。
円卓騎士団は全員が武器を構え、身構えた。
クロフツはこのような状況でも、まるで蒼天のように笑う。
抜刀した剣の切先を魔物たちに向け、遂に号令を下した。
「ははっ! 皆殺しはお前らだ! さあ、かかれ! 我が親愛なる配下どもよ!!!」
円卓騎士団は、クロフツの号令に火がついたように戦闘態勢に入る。
中でも最古参である、リーグスノー、ガーランド、ギリアムは真っ先に魔物の群れに駆けていく。
「冷静にさばこう。恐るるに足らず」
「いいぜぇ……! イキってるヤツをぶっ飛ばす事ほど面白えことはねえんだよなあ!」
「やるぜえぇぇぇ!!! 魔物どもを蹴散らせ! 一匹も逃すんじゃねえぞ!」
まずはこの3名の攻撃が、魔物たちの先陣を次々と捌いていく。
ゴブリンの頭が瞬きの間にパックリと割れ、リザードマンの首から上があっという間に消し飛んだ。
「……グハッ!?」
「グベェ!?」
「うぁぁぁぁぁぁぁ!?」
血飛沫と共に、魔物たちの悲鳴が辺りに響き渡る。
まるで料理されるように、肉片になっていく先陣の魔物たちをみて、他の魔物も慌てる。
「くっ! なかなかやるぞ! この人間ども! 気をつけろ!」
他の円卓騎士たちも彼らに続き、魔物たちを切り裂いていく。
バロミデス、ガルース、ライラック、ユーウェインetc……
一騎当千。
円卓騎士団はクロフツに魅せられ、集った精鋭中の精鋭集団であった。
臆する事なく、魔物たちを次々と倒していった。
ガーランドは巨大な槍を振り回して、いきり立つ魔物の気勢など意に介さず、潰す。
「無駄だぜぇ! お前ら雑魚なんかじゃあ相手になんねえよ!」
リーグスノーは冷静に魔物たちを捌きながら、ガーランドに忠告する。
「突出し過ぎるな、ガーランド。陣形が乱れる」
フンと鼻を鳴らし、ガーランドは魔物を振り返らずに槍で潰した。
「かてえこと言うな、リーグスノー。こんな奴らに不覚をとるかよ」
ガーランドの弟であるギリアムは槍を振り回して、周りの魔物を倒しながら大声をあげる。
「兄者! スノーの言う通りだ!」
ため息を吐きながら、ガーランドは突進を自重した。
「ふん、やれやれ」
1人も不覚を取ることなく、騎士たちは魔物の群れを刻んでいった。
魔物たちの悲鳴と血飛沫が、美しい湖畔に木霊した。
まさかの劣勢に歯噛みしたのは邪竜である。
地面を踏み鳴らして配下の魔物たちの不甲斐なさに声を荒げる。
「……くっ! 何をしておるか! 人間如きにだらしがないぞ!」
「そう言うお前は随分と良い御身分だな?」
「……ぬおっ!?」
凛と鳴るような声に、はっと邪竜は振り返り、迫ってきていた流星のような斬撃を剣で受け止める。
死角からの斬撃を弾かれたクロフツは、空中で身体を回転させると間合いの外へと着地する。
「ちっ、かわしやがったか。さすがに龍だな」
邪竜は眼光を強めながら、大きな剣を構え、クロフツを睨みつける。
「おのれ、私をイラつかせるな、小僧!」
クロフツは笑いながらまるで踊るような足捌きで、フラフラと邪竜の周りを歩き始める。
「はっ! 今日死ねば、もうイラつかなくて済むぜ? 弱い者にしかイキれないダッセェクソカス龍がよお!」
ますます苛立った邪竜は、口から牙をのぞかせながら、眼光を真っ赤に光らせた。
「このガキィィィィ!!!」
地を蹴ると一足飛びにクロフツに対し、斬撃を繰り出す。
それは重く、鋭く、並の騎士ならば、受け止める事など出来ない斬撃である。
しかし、クロフツは邪竜の斬撃を余裕で受け流し、高笑いする。
まるでこの戦いを楽しんでいるようだった。
「はっは! しょうもないプライドだけは無駄に高えなあ!」
「……おのれ!」
怒りによって邪竜の選択肢はますます狭まり、攻撃が単調になっていく。
クロフツのスピードのギアがますます上がり、邪竜の叩きつけるような斬撃をかわすと、地面に大剣が激突し、砂埃が舞い上がった。
クロフツを一瞬見失った邪竜は、四方を一遍に攻撃するように剣を振り回す。
「くそっ! どこだあっ!? ちょこまかと狡い動きを! 殺してやるぞ! クソ人間!」
邪竜の集中力が荒だった瞬間だった。
粉塵の端から、微かな銀閂が奔ると、邪竜の片目と喉元から赤い血が迸る。
「ぐあっ……!?」
喉元を抑えて地に伏せる邪竜に、クロフツは剣を担ぎながらため息を吐く。
「あーあ。もう終わっちまったか? 竜種だと聞いて期待したのによお」
砂埃が晴れ、魔物たちは王たる竜種が人間に手傷を負わされ、伏せている様を見て、驚愕する。
と、同時に円卓騎士団は、彼らからすれば当たり前の結果に安堵していた。
古参などは、魔物と戦いながら、気安くクロフツに声をかけるものまでいる。
「流石だ、もう決めちまったか?」
「クロフツ様! 竜までやっちまうとは!」
「……おーい! 大将! 詰めを誤るなよ!」
一方、魔物たちは邪竜の伏せる姿を見て、戸惑い始める。
「ぼ、ボスぅぅぅぅ?!」
「やべぇ! ボスがやられてんぞ!」
「に、に、にげるかぁ!???」
及び腰になる者までおり、ますます魔物たちの軍は劣勢に陥っていった。
よろめきながら立ち上がる邪竜を見つめながら、クロフツは全くの余裕の笑みを見せる。
「おっ? まだやるか? クソヘビ野郎!」
邪竜は息を荒げながら、怒りで真っ赤になった眼光でクロフツを睨んだ。
「……クククク! 見事だ! 極限にまで鍛え上げられたその肉体と技術、もはや人間を超えておる! だがな! 所詮、貴様は人よ! 舐めた態度で止めを刺さなかったことを後悔させてやる!!!」
そう言うと、邪竜は天にも届きそうな咆哮を上げ、不気味な発色をし始めた。
邪竜の姿はバリバリと音を立てながら、人間の姿から竜のものへと変わっていく。
クロフツは邪竜の変化していく姿を楽しそうに見つめる。
「おお!」
邪竜は数秒もたたずに見上げるような大きさの黒い巨龍へと変化する。
邪竜は真っ赤な目でクロフツを見下ろしていた。
目元と首筋への傷は薄くアザになっており、巨龍となった際に回復したようだ。
邪竜は吠えるようにクロフツを威嚇する。
「これが私の本当の姿だ! エルフの娘を人の姿で愛でてから、喰ってやろうと思ったのだがな。……クククク! 恐ろしいか? もう手加減してやらんぞ! 小僧!」
クロフツは肩をわなわなと震わせながら、剣を構える。
「……俺さあ、ガキの頃から龍ってやつと戦ってみたかったんだ」
……そう、この震えは恐れからではない
クロフツは嬉しそうに笑いながら、邪竜へと突進していった。
「一つだけ礼を言っとくぜ! 夢を叶えてくれてありがとう!」
約15メートルほどもある邪竜からすれば、豆粒ほどの大きさの人間の攻撃など当然児戯に等しい。
クロフツの言葉も戯言としか感じられない。
「フン! やはり貴様は馬鹿なガキだ!」
敢えてクロフツの斬撃を皮膚で受け止め、嘲笑った。
「……なんだと?」
クロフツの剣は邪竜の前足に当たったと同時にばきりと音を立てて真っ二つに折れた。
「貴様の力や技量が如何に優れていようが、龍の肉体は貫けん! どんな魔術だろうが、同じことだ!」
通常の鋼ではどんなに良種のものでも、龍の皮膚を傷つけることは出来ない。
邪竜は高笑いしながら、折れた剣を掴むクロフツを嘲笑うと口から炎を吐く。
クロフツのいた辺りの草原が一瞬で黒焦げになったが、同時に邪竜の頭に軽い衝撃が奔る。
よく見るといつの間にか詰めていたクロフツが、邪竜の頭によじ登り拳による突きを繰り出していた。
邪竜はクロフツを見て、嘲笑う。
「……無駄だ! 無駄だ! 馬鹿か?! 貴様は!」
嘲笑いながら、邪竜は頭の上のクロフツを振り払おうと腕を伸ばす。
クロフツは慌てることなく、折れた剣を全力で振りかぶり邪竜の頭へと振り下ろした。
「そっかあ。じゃあ試してみるぜ。龍の皮膚ってやつをよお!」
真っ直ぐと繰り出した折れた剣は、邪竜の頭にガシュガシュ、と嫌な音を立てながら潰れていった。
「……グアアアッ??!!!」
鋼が圧縮されるように、潰れていくが、邪竜の頭から真っ赤な血飛沫が飛び交う。
龍の皮膚に通らないが、クロフツの馬鹿力で鋼が押し込まれ、邪竜の皮膚に傷を入れた。
クロフツは完全に潰れて刃が無くなった剣を放り出すと、舌打ちをして悶える邪竜の傷口に蹴りを入れる。
「チッ! 業物の剣だったのによお! 無くなっちまったじゃねえか! おい! これ俺のお気にだったんだぞ!? 弁償してくれんだろうなあ!?」
「こ、こいつ!!! この私の! 龍の皮膚を貫きおった!!! バカなァァァァ!!??」
悶えながら、邪竜は辺りを転がるようにクロフツを振り落とそうとする。
「うっせえよ、おっさん。これからもっと酷い目にあわせてやるぜ」
クロフツは邪竜のツノをがっしりと掴むと、なんと空中を舞うように振り回し始めた。
「……う、うぉぉぉぉぉぉぉ?!?!」
邪竜はクロフツに振り回されると、やがて投げ出され、激しい衝撃音と共に地面に叩きつけられた。
「!? がふっ!?」
クロフツは、地に伏せ痛みに悶える邪竜を冷たく睨む。
「おいおい、人間形態の時とそう変わらねえじゃねえか。ガッカリさせやがって。散々威張っといてこの程度か? 俺なら恥ずかしくて自死するね!」
信じられない光景であった。
人間が巨竜を相手に翻弄し、今にも圧倒しそうなのである。
円卓騎士たちも、魔物たちも手を止め、クロフツと邪竜の戦いに見入っていた。
邪竜は怒りと屈辱に震えながら、クロフツを赤い眼光で睨む。
「……く、クククク! どこまでも! 不遜な小僧よ! 人間の小僧にここまでコケにされたとあっては! もはや! もはや、竜種としての誇りなどどうでもいい! 貴様は必ず! 必ず殺してくれる!」
クロフツは耳をほじりながら、その虚勢にも聞こえる言葉をもはや真面目に聞いていない。
「はぁ? お前が? 俺を? どうやって? さあ、目をつぶして、てめえの首を引っこ抜いてやるぜ!」
「ふ、ふははははは!!! 血管がブチギレそうだ! 私をあまり舐めるなよ! クソガキ!」
「無理すんな、おっさん。大人しく投降すれば、速やかに首を刎ねてやる」
邪竜はニヤリと笑いながら、呪文を呟き始める。
「……クククク! 貴様ら人間はか弱き人質を取られると途端に無力になるらしいな!」
魔法陣が邪竜の前の虚空に現れ、光と共に現れたその人物を見た時、クロフツの余裕の笑みが凍りつき、怒りに燃え始める。
「……は? てめえ!!!」
そこには戸惑う様子のフィーナが現れたのだった。
「え!? クロフツ様?」
邪竜はフィーナを掴むと、クロフツを睨む。
「動くな! この娘には以前会った時より、魔術を施していたのだ! 逃げられぬようにな! だが…… フハハハハハ!!! 貴様を殺す手札となるとはな!」
フィーナは村で円卓騎士たちの勝利を祈っていたところ、唐突に魔術によってこの場へと召喚された。
邪竜はフィーナにいつでも手元に呼び出せる術式を密かに施していたのだった。
「この野郎……!」
クロフツは怒りに歯噛みするが、飛びかかろうとした瞬間に邪竜は強くフィーナを掴む。
「動くな! 一歩もだ! まずは娘の腕を食らうぞ!」
クロフツは憤怒の表情で邪竜を睨むが、もはや一歩も動くことはままならなかった。
状況を察したのか、フィーナは痛みと恐怖に震えながらも、気丈に声を上げる。
「……クロフツさま! 構いません! 邪竜を倒して村をお救いください!」
クロフツはフィーナの苦しげな様子を見つめながら、ため息を吐く。
「そう出来たら簡単なんだがよお……」
邪竜はしてやったりとばかりに、フィーナを掴みながら、腕を振り上げる。
「哀れだな! 人間! 貴様らは個によって生きられぬ! 余計な情というものが貴様らの最大の弱点だ!」
邪竜の巨大な腕が動けないクロフツを殴りつけ、吹き飛ばす。
「ぐっ……!」
数十メートル吹き飛び、クロフツは樹木にめり込む。
フィーナは邪竜の腕の中で、悲鳴を上げた。
「クロフツさまーーっ!!!!」
円卓騎士たちは、クロフツの吹き飛ばされた様子を見て、邪竜の方へと駆け始めた。
「ちっ! 何してやがる!? あのバカ大将が!」
「クロフツ様!」
「持ち堪えてください! クロフツさま!」
朦朧とした意識の中で、クロフツは血を吐いた。
内臓を損傷したらしい。
邪竜は思い切り高笑いしながら、止めを刺そうと一気に距離を詰める。
「……クククククククク!!!! ざまあない! 無様だな! クソガキ! 貴様はこの私を散々コケにした大罪人だ! 本当ならじっくり刻んでやりたいところだが、貴様の部下共が厄介そうだ! 残念だが、もう死ね!」
邪竜はクロフツに噛み付くと、その牙でクロフツの胸の辺りを鎧ごと噛み砕いた。
フィーナの悲鳴が辺りへと響き渡る。
「いやぁぁぁぁぁぁ!!! クロフツさまぁぁぁぁぁ!!!」
円卓騎士たちも、クロフツの胸の辺りから血が噴き出すのを見て、流石に慌て始める。
「クソッ! 大将!!!」
「ちくしょう! クロフツが……!」
邪竜は、顔を顰めながら、口元のクロフツを一瞥する。
「フン! 食ってやろうと思ったが、肉が硬すぎるわ! 最後まで喰えぬガキよ!」
そう言うと、首を一振りし、クロフツを湖へと投げ込む。
ドボンと音を立てて、湖に放り込まれると、クロフツはピクリとも動く事なく、湖底へと沈んでいった。




