閑話 クロフツ叙事詩Ⅱ前篇 『聖剣と聖乙女』
── 5000年前 沈みし理想郷の湖畔『アヴァロン』近郊
クラムベリー村は辺りを湖畔や山麓に囲まれ、古代には女神も降り立ったこともある地として有名だが、農業以外は何もない、草深い田舎村である。
争いもなく、豊かな村であったが、ここ数ヶ月、突然現れた恐ろしい魔物の脅威に晒されている。
クラムベリーの村長は薄曇りの空を見つめ、村外へと通じる細い道を睨むとため息を吐いた。
「まだか…… 騎士団はまだなのか……?」
この3日ほどはこんな調子である。
そんな焦れた様子の村長を見て村人の1人が肩を叩いた。
「落ち着きなされ、村長。この村は辺境にあって、ただでさえ行き交いし辛い。ましてや、邪竜やその配下が辺りを彷徨いているのだ。なんなら…… 闊歩している魔物を見て退散、或いはやられとるかもしれん」
その言葉を聞いて、何も反論できず村長は顔を顰める。
この地域に現れた強力な魔物である邪竜は辺りの魔物を率いると、悉く周囲の村を蹂躙し、クラムベリーにも貢物と生贄の提供を迫ってきた。
もちろん、断れば皆殺しは避けられない。
困った村民たちは、なけなしの財産を注ぎ込み、都のギルドに強力な傭兵の派遣を要請したのだが、数ヶ月待っても音沙汰なく、村民は絶望に沈んだ。
邪竜退治の相場など田舎の村が提示出来るはずがなかったからだ。
村民たちが絶望に沈んでいたところ、数日前にとある騎士団から依頼了承の手紙が届き、村長は騎士たちの到着を今か今かと待ち構えていた。
村長の悲しげな顔を見ながら、村民の1人は眉を顰め、腕を組む。
「そんな顔をなさるな、村長。そもそもこのような依頼、受ける方がおかしいのだ。邪竜を倒そうが、我々のような小さな村では大した報酬も用意出来ん。約束をすっぽかされたとしても文句は言えん」
村民の投げやりな言葉に村長は顔を赤らめながら、反論する。
「噂が本当なら、そのようなお人ではないはずだ。円卓の騎士団なら、邪竜を倒してくれると私は信じておる!」
円卓の騎士団は近年、結成したと同時に、強力なカリスマ性を持つリーダーの元に急激に力をつけてきた。
数々の砦を落とし、大将首を挙げ、強力な魔物が暴れていると聞けば、リーダー自ら討伐するという筋金入りの武闘派集団とも言われている。
戦場で彼らに遭った者は、誰であろうとその旗を見ただけで恐怖すると言われるほど彼らの勇名は轟いていた。
しかし、邪竜退治となると話は別である。
成長しきった龍は一匹でも一国の軍隊に匹敵する程の力を持つという。
そんな恐ろしい龍に狙われ、村長が彼らに微かな希望を見出すのも無理はないが、果たして……
村民たちは怒った村長を宥めようとする。
「縋りたくなる気持ちはわかるがのう」
「噂には尾ひれが付き物だよ、村長さん。期待しすぎない方が良いよ」
「隣の村は…… あれだけ助けを求めても、誰も来てくれなかったじゃないか」
ひと月前に滅ぼされた隣の村のことを思い出し、村人たちは顔を青ざめさせる。
ネガティブな情報を出し合い、顔を曇らせる村民たちに村長が眉を顰めた時だった。
突然、辺りに大きな怒号と共に悲鳴が響き渡る。
「な、何事だ!?」
間もなく、血相を変えた村民数名が、村長の元へ駆け込んでくる。
「村長! 村にオークが数匹入り込みました!」
「牛や羊を殺し、食ってます!」
「女、子どもは避難させましたが、このままでは……!」
息を切らせながら、伝えられた驚愕の情報に村長は肩を震わせる。
「なあにぃぃぃぃ!!?? 約束が違うではないか!」
村長たちの苦渋の決断として、数日後に生贄と貢物を捧げる約定を結び、クラムベリー村は邪竜たちに侵攻されずにいたのだが、たった今オークが村に侵入し、暴れているという。
村長は急いで駆け出す。
「村長!!!」
怒号のした辺りにたどり着くと、オーク六匹が殺した牛や羊を生で喰らい、村の作物も貪っていた。
「グハハハハハハハ!!! 家畜の生肉は柔らかくてうめえぜえ!!!」
「野生では味わえないうまさだよなあ!!!」
オークたちは、唖然とする村長たちに気づいたのか、下卑た笑みを深め、更に脅しをかけてきた。
「おーーい! 貴様ら! 酒もってこい! 女もだ!」
「言うこと聞かないと、何人かぶっ殺しちまうぞお!!!」
その畑の主である村民たちはある者は悲鳴をあげ、ある者は殺された牛を嘆く。
「ヒィイィィ!? や、やめてくれぇぇぇ!」
「ああ…… うちの牛が…….」
村長は恐怖を堪えながら、牛を貪るオークたちの前に立った。
「おい! お前ら、やめろ! 期限まではこの村に手を出さないと約束したじゃないか!」
オークは振り返りながら面倒そうに答える。
「ああ? 知るかよ! バカが!」
「約束? そういえばボスがそんな事いってた、なあ?」
「俺たちゃあ、食いたい時に食い、暴れたい時に暴れる! 文句あるかぁ?!」
全く悪びれずに馬鹿にしたように笑い続けるオークたちに、村長は歯噛みしながら毒吐く。
「くっ……?! やはり、オークなどに話は通じんか!」
オークたちはギロリと村長を睨むと、一斉に立ち上がる。
その巨体は人を遥かに見下ろし、筋骨隆々とした肉体は一瞬で人の首をねじ切るという。
「おいおい、聞こえたぜぇ? オッサン! 舐めた口を聞いてくれたな!」
「俺たちオークをバカにしたな? 女を連れてこい! 若い奴だ!」
せせら笑いながら、無茶な要求をするオークたちに村長は彼我の差を顧みず、激昂する。
「! なんだと! 貴様ら! 私の娘だけでは飽き足らず、まだ女を攫おうというのか!」
数日前、邪竜は村の若者を数名殺した後、村長の娘の顔を見つめると贄として寄越せと脅しをかけてきた。
村の安全と引き換えに娘を差し出せと言うのだ。
若者たちの無残な死体を見つめ、村長は嘆きながら、了承するしかなかった。
オークたちは村長の抗議を鼻で笑う。
「フン! 数日後の贄はボスだけしか味わえねえんだよ! そんなのつまんねえ! いま俺たちにも贄をよこしな!」
「そうだ!そうだ! なんで俺たちが我慢しなきゃなんないんだ!」
拳を震わせ、村長はオークを怒鳴りつけた。
「断る! 下劣なオークなどに与えてやるものなど何もない!」
「そうか。言ったな? 後悔するなよ?」
ニィと笑うとオークは村民の1人を捕まえ、地面へと叩きつけた。
「ぐああっ!?」
地面に押さえつけられ、頭から血を流す村民を見て、村長は大きな声を上げる。
「やめろっ! 何をするっ! 私はどうなってもいい! 村人たちに手を出すな!」
しかし、そんな村長たちの戸惑う様子もオークたちにとっては愉悦でしかない。
「ハハハ! 本当におもしれーや! 人間っえのは!」
「自分より仲間を痛めつけられると騒ぎ始めるお前みたいな奴が1番おもしれーぜ!」
「くっ! 食糧なら渡す! それでなんとかしてもらえないだろうか?」
村民の頭を踏みつけながら、オークは笑う。
「ハハハハハハ! ダメだ! ダメだ!」
「おれたちゃあ! もうお前らを痛めつけるのが楽しいパートに入ってんだよお! ボスに怒られねえくらいには遊ばせてもらうぜ!」
踏みつけられた村民の家族が悲鳴をあげた。
「やめろォォォォ!!! ……だれか! 誰か助けてくれぇぇぇぇ!!!」
しかし、オークたちはますます楽しむように、踏んでいる足に力を込め始める。
「助けてくれぇ! だってよお! ギャハハハハハ!!!」
「よええ人間をいたぶるのはサイコーだぜぇ! ……ふげぇぇぇ!!?」
不意にオークの一匹が悲鳴を上げ、弾けるように数十メートル吹き飛び、木へと衝突した。
頭が潰れた仲間の死骸と、いつのまにか迫っていた影のような何者かを見つめ、オークたちは警戒の色を始めて見せる。
「な、なんだぁ!?」
そこには白銀の甲冑を纏った騎士がただ彼らを見つめていた。
兜の下の眼光が鋭く光り、オークたちを威圧する。
驚くオークたちに甲冑の下から澄んだような声音が響いた。
「豚がピィピィ吠えてやがるなあ」
白銀の騎士の澄むような美しい声音とは裏腹な乱暴な言葉遣いがオークたちをさらに苛立たせる。
「……こいつ! なんだあ!? 人間のくせに!」
オーク二匹が斧と棍棒を掴んで騎士へと襲いかかる。
野生のヒグマ以上の膂力のオークたちに通常であれば、武装した騎士でも対応はできないが……
騎士は難なくオークたちの振り下ろした斧と棍棒をかわし、その間を白い影のように駆け抜けた。
「お前らの肉って煮ても焼いても食えねえんだっけ? 害獣以下だなお前ら」
騎士の言葉を聴き終わらないうちに、二匹のオークたちの首が地へ落ちた。
残りのオークたちは、驚きとともに白銀の騎士を見つめるが、無手のまま騎士は兜の下の瞳を光らせる。
騎士がいつ剣を抜いたのか、納めたのかすら分からなかった。
仲間のオークたちは、驚きの後、激昂する。
「……!?」
「クソッ! なんだこいつ!」
「仲間がやられたんだ! 囲んでボコってやれ!」
残りのオーク三匹が武器を構え、その騎士を取り囲む。
村長は震えながらも、白き流星の如き騎士を見つめ、目を見開いた。
「……あ、あの方は」
オークは騎士を取り囲みながら、薄ら笑いを浮かべる。
騎士は思ったより背丈も小さく、オークたちとは倍ほどの差があった。
油断しなければ、やられる相手ではないとオークは判断する。
「カッコつけて助けにきやがってよお! 少しはやるようだが、人間1人が俺たち複数に囲まれてイキってられるかなああ?!」
「おい! 騎士野郎! 這いつくばって謝れ! 死刑は確定だがよお!」
「ハハハハハハ! そうすりゃあちょっとは手加減して殺してやるぜえ!!!」
しかし、白銀の騎士には動揺の欠片すら見えず、抜刀する気配すらない。
頭を振りながら、騎士はため息をついたようだった。
「ほんと頭痛がするほど頭が悪いな、お前ら」
「……な、なんだとお!?」
「この状況でまだイキりやがるか! この野郎!」
「もういい! 一斉にかかれ!」
激昂したオーク三匹が一斉に騎士へと武器を振り下ろす。
間もなく、ヒュンという低い音と共に、白い流星が奔ると、赤き飛沫が虚空へと舞った。
「!?」
「……ぐああっ!?」
「グバァァァァ!??!」
オークの一匹の首が跳ねるように地を転がり、もう一匹の頭は真っ二つに割れ、そのまま音なく地へと頽れ、またもう一匹は両腕を失くし、悲鳴を上げた。
騎士は腕を失ったオークを蹴飛ばすと地へと転がす。
そして頭を踏みつけた。
「おい、豚ども。この程度でよくイキってたなあ? おい?」
「ば、バカな……? 人間ごときに俺たちが……!」
悶えるオークの耳に刃が迫る音が聞こえる。
冷たく重い鋼に踏みつけられたまま、死を予感したオークは無様な悲鳴を上げた。
「ま、待ってくれ! 降参する! 命は助けてくれ!」
騎士は呆れたように、ただ無機質な回答のみを寄越した。
「オイオイ、冗談だろ?」
死の予感が確信に変わり、オークは股間を濡らす。
「……ヒィィィィィィ!?」
オークは断末魔をあげ、まもなく首が地へと転がった。
騎士は布で返り血を拭うと剣を鞘へと納め、ゴミを見る目でオークたちの死骸を見つめた。
「お前らが一度でも命乞いに耳を貸したことはあるのか?」
村長と村民たちは、呆気に取られながら、騎士の立ち回りを見ていた。
あれだけ村に脅威をもたらしたオークたちは、ことごとく無様な死骸を晒す。
確かにこの目で確認した光景であるが、未だに信じられない。
「お、オークの群れを一瞬で……!」
村長は騎士に駆け寄り、裏返った声で尋ねる。
「まさか、貴方があの…… 円卓騎士団ですか!?」
白銀の騎士は兜を脱ぎ、屈託なく応える。
「いかにも、俺が円卓騎士団団長クロフツだ。なあ、腹減ったぜ、メシくれよ」
村長はまた呆気に取られる。
見事なまでに美しい金髪と美貌を湛えたその騎士は、美女と見紛う程の美形であった。
こう言ってはなんだが、あのオーク六匹をあっという間に斬り伏せた戦士だとは信じられないほどだった。
その時、可憐な声と共に駆けてきた女の子が村長の胸元へ飛び込んでくる。
「お父さん!!!」
村長は慌ててその娘を抱きとめ、驚きと共に叱責する。
「フィーナ! お前は家に居なくちゃダメじゃないか!」
フィーナと呼ばれたその娘は、白い粒子が飛び交うかのような白銀の美しい髪を靡かせる。
少女のエメラルドのような碧眼、淡雪のように白い肌もまるで作り物のように美しかった。
何よりの特徴は尖った耳である。
しかし、その天女のような美しい娘は村長の前に立つとクロフツを睨みつける。
「あなた、誰?! 乱暴するなら、この村から出ていきなさい!」
その態度をみて、村長も村民も慌て出す。
とんでもない勘違いであり、騎士の機嫌を損ねて帰られてはこの村の終わりである。
「フィーナ! や、やめなさい!」
しかし、クロフツはフィーナを見つめると一笑に付す。
「……ははは! おもしれえ女だな! まあ、落ち着けよ」
「フィーナ! その方は円卓騎士団の団長どのだ! この村をオークたちから救ってくださったのだ!」
フィーナはオークの死体を見て、たじろいだようだが、状況を漸く把握出来たのか、しゅんとなってクロフツに謝った。
「……そうだったの? ごめんなさい……」
クロフツは笑いながら、フィーナに白い歯を見せる。
「いいさ。こんなに返り血塗れじゃあ、怖くても仕方ねえだろ」
村長たちも続いてクロフツに娘の無礼を詫びた。
「本当に申し訳ない! どうか許してくだされ!」
「せっかく我が村を助けに来てくださったのに…… どうか見捨てないでください!」
「怒ってないから。いいってよ」
その時、金属音のガシャガシャと鳴る音と共に馬の嘶きが聞こえてきた。
「な、なんだ?!」
「何事だ!?」
慌て始める村人たちにクロフツは片手を挙げて微笑み、落ち着くように促す。
「大丈夫だ。ありゃあ俺の仲間たちだ」
その美しい容姿と声で、笑みを浮かべられるとどのような者でも安心感を覚える。
間もなく、甲冑を纏った騎士たちが村へと到着し、クロフツを認めると一斉に駆け寄ってくる。
「いた! 村に先についてたぞ! クロフツ様ーー!」
「騎士団長! お一人で先行されては困ります!」
円卓騎士団幹部12名、全てクロフツのカリスマ性に惹かれて、覇道と己の正義を歩む者たちである。
クロフツは両手を広げて、微笑みで仲間たちを迎える。
「おう、お前ら。随分遅かったな。先に数匹倒しちまったぜ」
最古参の一人であるリーグスノーがクロフツのもとに跪き、挨拶を述べると団長自らの先行への不平を述べる。
「円卓騎士団12名ただいま、到着いたしました。クロフツ様、さすがですが、やはり先行は困ります」
「分かった、分かった」
クロフツは配下12名全てを見回し、大きく力強い、かつ澄んだ声で労う。
「それにしても円卓全員来たな。よく号令に従ってくれた」
円卓の騎士たちは各々の見解を述べるが、表情を見ても分かる通り、全員が本心からクロフツに不満があるわけではなく、慕っている。
「当然です」
「それにしても勝手に先行しないでください! クロフツ様!」
「あなたは言い出したら本当に聞かない」
「ま、どこまでもついてくけどよお」
クロフツは全員の言い分を聞くと、それぞれの手を取り、高らかに笑った。
不思議な事に先程まで曇っていた空に青天が広がっていた。
「ハハハハハハ!!! 結構! なあ、村長! 済まないが、コイツらに宿とメシ用意してやってくれねえか? 見たとこ食うものには困ってねえんだろ?」
唖然としながら、騎士たちを見つめていた村長たちは慌てて頷く。
「ええ! ええ! もちろんですとも! よくお越しくださいました! 最強の傭兵集団! 円卓の騎士団の皆様! 我らは心より歓迎いたします!」
村民たちも、両手を合わせながら騎士たちに祈るように懇願する。
「どうか…… この村をお救いください!」
食卓に並べられた料理に手を伸ばしながら、クロフツ始め、円卓の騎士たちは村長の話を聞いていた。
「邪竜は1年前より、この地方に現れ、数々の町や村を襲い、食糧や人でさえも食い尽くしてきました。隣村が半年前に滅ぼされた時、我々は移住すら考えましたが、時すでに遅し、周囲は魔物の軍団に取り囲まれ、我らは脱出することすら許されませんでした」
青ざめるように村長は一旦、言葉を区切り、水を口に入れる。
邪竜たちが如何なる恐怖だったか、彼の態度から伝わってくるようだった。
村長は隣に座ったフィーナを見つめ、話を続ける。
「多くの魔物を従え、我々の目の前に現れた邪竜はそこにいるフィーナを一目見て言いました。この子を生贄によこせ、と……」
フィーナは目を伏せ、敢えて表情を見せないのか、落ち着いた様子である。
村長は苦悩の表情で騎士たちを見つめ訴えるように語り続ける。
「敢えて暴力を使わず、脅迫しながら家族を奪われる苦しみを楽しんでおるのです、邪竜は……!」
クロフツは赤いワインを一飲みすると、フィーナと村長を交互に見つめながら、無表情でじっとその話を聞いていた。
「3日後、深夜にこの子を差し出せ、と邪竜は言いました。お願いです! クロフツ様! 円卓の騎士の皆様! 近年、数多の戦場で大将首を上げ、また、凶悪な魔物や魔獣を討伐しておられると名高い貴方がたならば、邪竜にも対抗できるやもしれません!」
縋るように村長はじめ、村民たちも円卓騎士団をじっと見つめる。
「人は貴方たちを最強の騎士団と呼びます。貴方がた円卓騎士団を……」
クロフツは笑うと配下たちを指さした。
「そんな大層なもんじゃねえよ。俺が戦いたいから戦ってたら、たまたまコイツらがついて来ただけさ」
古参の1人、とりわけ身体の大きい男、ガーランドは不満そうにクロフツを睨んだ。
「……そりゃあないですよ」
クロフツは笑いながら、ガーランドに手を振る。
「悪い、悪い。言い方が悪かったな。許せ。お前たちとの旅は楽しいぜ」
村長たちは一層真剣な表情をして、円卓騎士たちに向き合った。
「よろしいですか? 円卓の騎士団の皆様。我々の考えをお聴きください」
「貴方がたを我が村に呼んだのは邪竜退治をしてもらう以外にも案があるのです……」
通常、どれだけ鍛えても人は竜種には勝てない。
とりわけ、この村を襲っている邪竜は多くの生命を喰らい、育ちきっている為、一国の軍隊でもなければ討伐出来ないと見られていた。
それでも、村長は微かな希望に賭けたかった。
椅子から立ち上がり、クロフツたちに深々と頭を下げる。
「クロフツさま…… どうか、我々を! 助けてください! いえ、邪竜は強い! 来てくださっただけでも充分です! 奴に勝てないと判断したら、このフィーナを連れて安全な所までお逃げください!」
フィーナは今まで聞かされていなかったその話に、みるみるうちに頬を紅潮させ怒り出す。
「……!? 何を言うの! お父さん! そんなの嫌よ! この村が滅びるなら私は邪竜の贄となるわ!」
怒って肩を掴んでくるフィーナに、村長は困ったように眉根を寄せる。
「フィーナ…… 聞き分けてくれ」
実の娘であるから、だけではない。
もちろん親愛の情もあるが、村長にはフィーナを死なせたくない理由があった。
「お前はハイエルフの子孫であり、その形質を隔世遺伝で受け継いだ娘だ。死なせるわけにはいかん!」
クランベリーを囲むように豊かな自然と水を湛える湖畔は『アヴァロン』と呼ばれ、太古に女神が降り立ったと云われる伝説のある地でもあり、エルフの祖であるハイエルフが確かにこの辺りに棲んでいたという。
その形質を宿すフィーナを、村長たちは死なせたくなかった。
フィーナは父たちのそんな思いなどつゆ知らず、涙さえ浮かべて激昂し続ける。
「ひどいわ! そんな事を考えていたなんて! 私を残してお父さんもみんなも死ぬつもりがあるの?!」
「フィーナ……」
クロフツは頭を振りながら、喧嘩を始める親子の話に割って入る。
「おいおい、落ち着けよ、お前ら。俺が邪竜を殺せば済む話だろ? 残りの魔物もコイツらが倒す。それでこの話は仕舞いだ」
村長も無理やり娘の頭を下げさせ、この場を収めようとした。
「……わかりました どうか、どうか邪竜を倒してください……! 円卓の騎士様!」
「もちろん、そのつもりだぜ。邪竜は俺がしばいてやる。報酬はもらうがな。それと、あと一つ」
邪竜の脅威に対しては、余りにも安く破格の報酬提示であり、他に何を請求されるのかと、村長は一瞬けしきばむ。
しかし、クロフツは羊肉の切れ端を口に運びながら屈託なく言う。
「アヴァロンに眠ってるっていう聖剣。俺にくれよ。どんな剣でも俺の振りに耐えられなくてよお。聖剣ってんなら耐えられんだろ」
村長は村民たちと顔を見合わせながら、呆気に取られる。
確かに聖なる湖であるアヴァロンには、女神の創生したと云われる聖剣が眠ると伝わっている。
しかし、そのような御伽噺を本当に信じているものは子ども以外いない。
申し訳なく思いながら、村長はクロフツに確認する。
「……ええ それはもちろん構いませんが、あくまでも伝説でしかありません。実際に存在してはない、と私たちはみておりますが」
クロフツはその言葉に満足したように笑みを浮かべる。
「構わんさ。よっしゃ、決まり! 聖剣を見つけたら俺のもんな」
その夜、クロフツは湖畔を見つめながら、村はずれの草原を人知れず歩いていた。
とても美しい少し欠けた月が湖畔にも映り、涼やかな風が樹々を揺らせる。
「騎士団長さま……」
不意に鈴の鳴るような声に呼び止められ、クロフツは振り返る。
そこには昼間知り合ったばかりの美しい少女が綺麗な衣服に身を包み、彼をじっと見つめていた。
月の光がフィーナの白銀の髪と碧眼を照らし、美しさをより引き立てる。
「何だ? フィーナ、だったな。こんな夜中に1人で歩いてんじゃねえよ。ましてやお前は邪竜に狙われてんだろうが」
フィーナは頭を下げ、クロフツの元へと歩みを進めてくる。
「ご心配をいただきありがとうございます。……でも良いのです。クロフツさま、邪竜のことで話があってこちらに参りました」
「何だ?」
フィーナの碧い美しい瞳には固い意志が見て取れた。
「邪竜は恐ろしく、強く、残虐です…… しかも、配下に多くの魔物を従えている。もし戦えば貴方たちといえど、沢山の被害はきっと免れません。お父さんやみんなの気持ちは嬉しいですが、私は貴方たちに死んで欲しくないのです……」
「何が言いたい?」
フィーナは一呼吸置いて、背筋を伸ばすようにクロフツの目を見つめる。
「明日の夜、私を連れて邪竜と交渉してください。私が大人しく生贄となる代わりに、この地域から出て行くことを邪竜たちに約束させて欲しいのです。貴方たちならそうできると信じています」
クロフツは努めて無表情にフィーナの顔を見つめ返す。
「そうすりゃお前は死んじまうぜ? いいのか」
「それで誰も傷つかないのなら、仕方ないです。覚悟は出来てます」
美しい鉱石のような瞳は、やはり月のような気高い意志が映っていた。




