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第八十六話 泣くフランクス

 その晩、ドゴスギアの本邸の執務室に呼び出されたフランクスは、叔父でありこの国のナンバー2であるバルザックに叱責を受けていた。


「フランクス! この愚か者め!!!」


 フランクスは怒号と共に、叔父の肥満体の腕から平手打ちを食らう。

 床に倒れ伏し、フランクスは涙目で叔父を見上げた。


「お、叔父上ェェ!?!? お許しください!!! なにとぞ! なにとぞ!」


「黙れぇぇぇぇ!!! この馬鹿者め! 私は! 私は今日ほど情けない思いをした事はないぞ!」


 バルザックは顔を真っ赤にしながら、ますます怒りを募らせる。

 甥の命が助かったのはいいが、今日の無謀な作戦の失敗で、金獅子騎士団の構成員である貴族の子弟が複数亡くなってしまった。

 到底見過ごせる事態ではない。


 フランクスは声を震わせながら、弁明を続ける。



「で、出来ると思ったのです……! 事前の情報なら、グノルシアの残党はごく僅かで、その装備も貧弱…… 十分に勝算のある戦いでした! ですが、あんなバケモノが出てくるなんて……!!!」


「黙れ!!! 何を言っても見苦しい言い訳にしか聞こえんわ!」


 フランクスの劣等感からきた今回の愚行は、ネスの王城への侵入を許し、多くの犠牲を生んだ末に、ゾーラの死の原因となり、エルフ側の人質まで取られてしまった。

 とても子どもの癇癪で済ませることは出来ない。


 フランクスは涙を流しながら、頭を床に擦り付けバルザックに許しを乞うた。


「お、叔父上ぇぇぇ……! ど、どうかお慈悲を! 今回のことは私も反省しております! お怒りのほどはわかりますが、どうか寛大な御処分を!」


 しかもこの愚かな甥は、まだ哀れを誘えば許される余地があると思っているらしい。

 バルザックは顔をますます真っ赤にさせながら、肩を怒りで震わせる。


「きさま……! 多くの部下であり、友を死なせてしまった責任を感じておらぬのか……! 」


「……ち、ちがうのです! 私はレドモンドという男に誑かされて……! あいつがグノルシア残党がいるというから正義を執行すべく……!」


「だまれぇぇぇぇぇ!!!」


 バルザックは甥の肩を掴み、引き起こすと、怒りのままに床へと投げ飛ばした。


「ヒィィィィィィ!?!?」


 フランクスは腰を打ちつけ、床を転がる。

 涙で滲んだ視界の端に憤怒の度をますます強めた叔父の顔が辛うじて映った。


「何もかも他人のせいか!? 情けない! 実に情けないぞ! フランクス! 貴様はもう少し出来る男だと思っていたぞ!」


「お、叔父上ェェェェ……!」


 フランクスは床に額を擦り付け、泣き始めるが、構わずバルザックは甥に今回の事に対する罰を言い渡した。


「フランクス! この時をもって、謹慎を申しつける! 当分自宅から出るな! 議員資格も剥奪する!」


 フランクスは驚いたように顔を上げ、ふらふらと立ち上がると裏返った声を出す。


「そ、そんな!? や、やりすぎです! 叔父上!? 私はドゴスギア家のために頑張ったのです! これからも偉大なる我が家の看板を背負って立つ覚悟です! 叔父上ぇぇぇ!?」


 バルザックはますます情けなくなり、傍らの執事たちに顎で命令する。


「おい、フランクスを連れて行け」


 黒服の執事たちはフランクスの両脇を抱えると、容赦なく部屋から引っ張り出し始める。

 フランクスは泣きながら、叔父への慈悲を乞うがその声も届くものかどうか……


「お慈悲を! どうかお慈悲を! 叔父上ェェェェ!!!」


 まるで子どもが駄々を捏ねる様子の甥を見ながら、バルザックは頭を振り、情けなさで顔を覆う。


「見苦しいぞ! 自室で反省しておれ! 自分で立って歩くこともできんのか? この愚か者め!」


 フランクスが部屋から連れ出され、泣き声が聞こえなくなり、バルザックは椅子に腰掛けると肩を落とし、大きなため息をついた。


「……ああ まったく情けない」






 ◇





 とある小さな教会のピアノが月の光に照らされ、変わった髪色の少女がその前に立つと、鼻歌と共に美しいメロディーが奏でられる。

 やがて、そのささやかな演奏が終わると長椅子に座り、聴いていたらしい男が小さく拍手した。


「ご機嫌ですね、聖女さま」


 ネスは笑みと共に男を振り返る。


「あらぁ、わかる? マリアちゃんは攫えなかったけど、そこそこ可愛い子を連れてこれたから、私はまあまあご機嫌よ♡」


 レドモンドは頷き、長机から立ち上がると教会の窓を見つめる。


「それは何より。私は殿下のご尊顔を拝めなくて残念ですけどね」


「ふふふ……♡ あなたはスケベ丸出しねえ。そういう所は嫌いじゃないけど♡」


 散々暴れた末に、マリアの護衛の1人ハナを攫ってこれたのだ。

 手こずっていた騎士団の警備にヒビを入れてやったのも、ネスとしては面白かった。


 レドモンドはある部屋に監禁しているハナを、どう使うのか尋ねてみた。


「あんな小娘を攫ってどうされるおつもりで? 殿下側に何らかの要望を突きつけるのですか?」


 ますます顔を綻ばせネスは答える。


「そうよ! さすがねえ。マリアちゃんはお花畑だから、せっかくの聖杯を平和利用しようだなんて考えてるみたいなのよ。そんなことされちゃつまんないから、邪魔するわ♡」


「そうですか。聖杯…… 貴女が仰るのなら存在するのでしょうな」


 神話でしか聞いたことの無かった聖杯というものの存在が信じられなかったが、レドモンドはネスの言葉に納得し頷いた。


「そりゃそうよ。聖杯は御伽噺じゃないの。マリアちゃんは分かってないわ! あれはもっと面白い使い方があるのよ! あなたにも手伝ってもらいますからね。仲良くなったフランクスくん、だったかしら? あの子、名門貴族の子だったわよね。貴方に説得できる?」


 先日、親しく飲み明かしたフランクスの名を出され、造作もないとばかりにレドモンドは両肩をすくめる。


「ああ。あいつですか。プライドばかりが高く、その癖本当は自信がない名門のお坊ちゃん。1番操りやすいタイプですよ。お任せください」


「頼もしいわね。同じ名門貴族の子弟同士分かり合えるものがあるのかしら?」


 一瞬、レドモンドの表情が凍りつき、会話が不自然に途切れた。

 数秒のちに苦笑と共にレドモンドは、ネスを見遣る。


「……貴女といえど、あのような愚物と同等に扱われると気分は良くないですね ま、私なども大したものじゃございませんが」


 常に物事に対して冷笑的なこの男にしては、珍しい反応にネスはクスクスと笑いながらその肩を叩く。


「あらあら、こっわーーい♡ 怒らせちゃったかな? 気を取り直して、やっちゃってよ。必要な作業なの」


 こほんと咳払いすると、襟を正し、レドモンドは恭しく傅いた。


「承知致しました。仰せのままに」







 ◇





 レドモンド・ヴェザンツの物心ついた頃の心象風景は、母がピアノを弾いている姿だった。

 父の顔は知らない。

 住んでいた大きな屋敷には、目立たないが良い身なりをした男たちが訪ねてくることもあり、母と数分話しては帰っていくこともあった。


 そういった特殊な環境の貴族の家に育った彼は、成績優秀で、幼等部、少等部と良い学校に進学した。

 母も自分の成績を見ては喜び、その度に頭を撫でてくれた。


「レドモンド、あなたは賢い。あなたのお父様はとても偉くて尊いお仕事をされている方なの。よく勉強し、あなたが立派な大人になれば、きっとお父様は会いに来てくださるわ」


 他の子と比べてみると父がいないということは、多少揶揄いや物笑いのタネとなったが、同級生に揶揄われる度に処置・・を施した。


「おい、レドモンド! お前の父親はどこにいるんだよ? 母親はあいじんだってオレの母さんが言ってたぞ?」


「お前の母さんはふしだら・・・・だってウチのママが言ってたぜ? なあ! 貴族なのに父親がわからないって変だぜ!? お前!」


 こぞって醜い顔をした貴族の子どもたちが、レドモンドを揶揄いにきたことがあったが、彼はニコリと笑って近づき1人の襟首を掴んだ。


「そうか。じゃあ、お前のふしだらなママに言っとくんだな。クラスメートに汚ない口を叩いたら、返り討ちにあったってな」


 次の瞬間、その太ったクラスメートは身体を床に叩きつけられ、嫌な音と共に腕があらぬ方に曲がった。


「…….ギャァァァァァァ!?!?」


「や、やめろォォォォ!?!? な、何をするんだ! やり過ぎだぁぁぁ!?」


 残るクラスメートも泣き叫んでいたが、同様の目に遭わせた。

 身体能力も優れていた彼にとっては造作もないことだった。


 事後、担任に呼び出されたレドモンドは殊勝な顔をしてその話を聞く。


「レドモンドくん……」


「ええ、やり過ぎたとは思ってますよ。先生。反省してます」


 ため息をつきながら、担任は話を切り上げる。


「……なら良いのです。これからはお友達と仲良くするように」


 自分に理があれば、この程度なら痛めつけても咎めは受けない。

 実際に腕を折ってやった同級生の方が退学処分となった。

 レドモンドは確信した。

 やはりまだ見ぬ自分の父親はただの貴族ではないのだろう、と。



 大勢の拍手に称えられ、レドモンドは母と共に賞状を掲げる。


『今大会グランプリに輝いたのは! レドモンド・ヴェザンツくんです!』


 ある大会のピアノ部門でレドモンドは優勝を果たした。

 彼からすれば、これも造作もないことだった。

 母は心から喜び、また彼を心から抱きしめる。


「ああ、レドモンド! いいわ! これならお父様もきっと喜んであなたを迎えにきて下さるわ!」


 レドモンドも微笑んで答える。


「ええ、まだまだ僕はこんなもんじゃないですよ、母上」



 やがて、時は移ろい、レドモンドは高等部を卒業し、成人する。

 もちろん、母校は歴代でも屈指の成績で卒業してやった。

 彼にとっては造作もない。


 その日、彼は母子共に父親の屋敷に呼ばれることとなった。

 迎えの馬車に揺られながら、道中、母は何度も同じような事を繰り返す。


「レドモンド……! あなたは賢いから心配していないけど、粗相のないようにね……! ようやくあなたのお父様と会えるのです……」


 レドモンドはニコリと笑いながら、返事する。


「分かっていますよ、母上。私も楽しみです」




 馬車に数時間揺られ、降りた先には想像以上に大きな屋敷が待ち構えていた。

 母は見るからにびくつきながら、レドモンドは泰然としながら、従者の案内に従って屋敷の廊下を進んでいった。


「ではこちらでお待ちを」


 応接室らしき部屋に通され、待っていると、数分後、ノックと共に現れた男がいた。


「おお、待たせたな。えーと……」


 母は目を見開き、男をじっと見つめていた。

 男は従者に耳打ちされると、頷き、こちらに近づき微笑んだ。


「イサベル、そしてレドモンドか。ああ! 今まで会いにいけなくて済まなかったな!」


 レドモンドはその男を見た瞬間、これが父親だ、と確信した。

 顔立ちはもちろん、仕草や話し方、雰囲気に至るまで、彼の父であることは明らかであったからだ。


 ……そして

 その男は、この国の主要正教であるアビス十字教会の教皇ダマカス3世であった。


 母イサベルは涙を流し、声を震わせながら、椅子から立ち上がる。


「ああ……! ダマカス様……! お会いしとうございました!」


 ふらふらと近づいてきたイサベルを、ダマカスは微笑みながら軽く抱きしめる。


「苦労をかけたな。イサベル。済まなかった。これからは王都で、もっと大きな邸宅を与えよう」


 そして、ダマカスはレドモンドを振り返り、まじまじと見つめた。


「それと、レドモンド。ここに初めて会えたことを神に感謝する。我が息子よ。これまで顔を見せられず済まなかったな」


 レドモンドはニコリと微笑み、父親に慇懃に礼をする。


「いえ。何も不自由はありませんでした。私もお会いできて嬉しいです、父上」


 それから、十数分親子の会話は続いた。

 無難で、ダマカスによる欺瞞が飛び交い、母が一方的に語りかける場面も多く。

 それはレドモンドの経験する限り、最も不毛な時間であると言えた。


 従者らしき者の耳打ちによって、親子の団欒は不意に打ち切られることとなる。

 ダマカスは立ち上がると、相変わらずの柔らかな笑みを作り、母子に笑いかける。


「……ではそろそろお開きとしようか。また来るがいい。イサベル、レドモンド。達者でな」


 母は目を見開き、最後に必死でダマカスに訴えかける。


「あの……! ダマカス様! 我が家にはいつお出でになられるのでしょうか!?」


 ダマカスはただ頷くと一言だけ返し、2人をチラと見やっただけだった。


「ふむ、そのうちな。おい、お送りせよ」


「ダマカス様……!」


 母は従者に促され、悲しげにその場を後にした。


 帰りの馬車の中で、沈んだ様子の母にレドモンドは語りかける。


「母上。会えてよかったですね」


「……良かった? よかったですって!?」


 母は目を見開き、今まで見せたことのない表情でレドモンドを見つめた。


「母上……!?」


 イサベルはレドモンドの肩を掴むと、激しく揺さぶりはじめる。


「ダマカス様は……! お前がもっと優秀で、賢ければ! もっともっと賢ければ! あの女と別れて! 私と再婚してくれたのに!!!」


 そして、イサベルは泣きながら、何発かレドモンドの頬を叩き、それから疲れたように顔を伏せ、馬車の席に座り込んだ。


「……母上」


 レドモンドは無表情のまま、哀れな母を見つめるしかなかった。

 ついぞ、その日以来、レドモンドは母の笑顔を見たことがない。


 それから三年の後、イサベルは病の為に亡くなった。






 ◇





 薄い月明かりの元、帰り道でレドモンドはふと過去を思い返した。

 愚かな母は教皇である父に誑かされ、自分を身籠った後に密かに彼の支援を受けながら、レドモンドを育てたのだろう。

 息子を優れた人間に育てれば、必ず父が自分を選び再婚するだろうことを期待して……


「本当に愚かなことだ」


 レドモンドは口角を歪めながら誰ともなく呟く。

 そして、更に愚かである父の顔を思い返した。

 正妻との間に子がいないダマカスは、実質レドモンドを嫡子として扱い、教皇庁内の政務の一部を任せることもある。

 しかし、目を見ればわかるが、親としての情は一切ない。

 彼はレドモンドを政治の便利な駒としか見ていないのだ。


 宗派の象徴として、多くの民衆から尊敬され、称えられる教皇が俗物であり、くだらない男だという事実はレドモンドだけが誰よりも理解していた。


「……母上は愚かだっだが、貴方はもっと愚かだ、父上。そのうち、現実を見せてあげますよ、教皇猊下」


 レドモンドは己の内の悪魔を沸々と煮えたぎらせなから、月夜に薄く笑った。

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[一言] 不遇が新しい闇落ちを招きますね。
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