第八十五話 卑怯な逃亡者
ネスの襲撃により、魔都防衛騎士団の被害は死者21名、重軽傷者3名にも上り、この事態を受け、アグレアイオスは宮殿の一室にラッセルとシェルドンを集め、静かな怒りを押し隠していた。
ラッセルは状況を整理するように、纏めて説明すると、スライドに映された犠牲者たちの写真を見つめる。
「ネスの襲撃により、予想以上の犠牲が出てしまいました…… 殊にゾーラ様を喪ったことは痛恨の極みです……! ズィーゲンとの国交に悪い影響が出なければよいのですが」
なんといっても、ゾーラは歴代のズィーゲン王の家庭教師を務めた彼の国の重鎮である。
彼女の死は国交の上でも多大なダメージを残すことになりかねない。
何より、付き合いはごく短かったが、個人的にも好ましい人物であった。
机の下で拳を握りしめ、アグレアイオスはスライドの犠牲者たちを見つめる。
「本当に残念だ…… ガストリスの者にも分け隔てなく接してくれる、話のし易い方であった…… 殿下の嘆きは当然だ。今回のことは全て私の責任である。この失敗は必ずネスを征伐することによって僅かでも挽回したいと思う」
両手を組み、沈痛な面持ちでシェルドンは先般の軽装な発言を恥じた。
「フランクスたちの哀れさに絆されて、総長が現場に向かうことを提案したのはオラだ…… レオ様! お一人で背負わないでくれ!」
ラッセルもシェルドンの勢いを押し留めるように努めて冷静な口調で、今回の失策について後悔を述べる。
「私もシェルドンと同じです。しかも、ゾーラ様が二重に罠を仕掛けておられることに甘えて、万一にも不覚をとることはないだろうと相手を低く見積もっていました。結果、ズィーゲンの方々には多大なご迷惑を蒙ってしまった。私の責任でもあります」
2人の発言を引き取るように、アグレアイオスは頷く。
そしてラッセルにスライドの映像を切り替えるように指示する。
「……とにかくゾーラ様を失ったことは個人的にも痛恨である。しかし、嘆いてばかりもいられぬ。今回、魔術師長の案により、炙り出せた裏切り者がいた……」
スライドには無表情にこちらを見つめる男の顔が映し出された。
シェルドンは拳を握り締めながら、男の顔を睨み、怒りを吐き出すように小さく叫ぶ。
「ユダソン……! どんな顔して仲間ヅラしてやがった!!!」
隊長ごとに配布した宮殿の地図のルートの違いによって、裏切り者がユダソンということが炙り出せた。
ネスが通ったであろうルートごとに倒れていた騎士たちの遺体が裏切り者を示していたことは皮肉ではあった。
ラッセルは臨時に設けられた宮殿内の病室に収容されたユダソンの状態について説明する。
「ユダソンは頭部に負傷を負い、気を失っておりますが、姑息な工作のつもりでしょう。目を覚まし次第、ネスに加担した容疑者として尋問を始めましょう」
「ああ、そうしよう。そして……行方不明になったズィーゲンの従者どのを探索せねばならん」
ズィーゲン国の従者の数が1人足りない、という新たな報告も上がってきた。
こうなると王女殿下の精神面がますます心配であるし、早急に対応しなければならない。
シェルドンはすぐに思い当たり、意見を述べる。
「まさか…… ネスに攫われたのか?」
「現場にいたであろうウィダ殿の容体が安定するまでは分からんが、そう考えるのが自然だろうな」
シェルドンは頬を紅潮させ、思わず立ち上がる。
「おのれ、ネスめ! 女を攫うとは! 何だってこんな嫌がらせをするだ?」
ラッセルはシェルドンを見上げ、その肘を掴み座らせようとする。
「落ち着け、シェルドン。ネスは相当狡猾で、平気で残虐な手をつかう。私はヤツの手で踊らされるのは沢山だ。冷静になれ」
そして、シェルドンが落ち着いたと見ると、アグレアイオスは2人を見つめ、切り替わったスライドに映ったネスの顔写真を睨む。
「我々はヤツの正体すらも未だ分からん。 私がこの騎士団を束ねて、2年。これまでにない最悪のテロリストかもしれない。だが、どんな相手だろうが、手加減などしてくれぬ。対応していくしかないのだ。気を引き締めていくぞ。これ以上の失敗は許されない。ズィーゲンの方達にも申し訳ないし、ガストリスの信用にも関わる。何でもいいからネスの情報を集めるのだ」
2人からは力強い同意の返事が返ってきた。
◇
ユダソンは頭痛と共に目覚める。
「……う? ううっ! ここは….…」
見回すと病室らしい。
白いシーツを跳ね上げ、窓の外を見つめるとすっかり空は暗くなっていた。
白衣を着た衛生兵らしき男が、ユダソンの起床に気づいたらしく、近づいてくる。
「ユダソン隊長。気がつかれましたか。よかった。すぐに医者を呼びますから、そのままごゆっくり」
そうして、ユダソンは気絶する前の事を思い出し、青ざめる。
自分の裏切りによって、部下に多大な犠牲が出てしまったはずだ。
「……そうか 私は気絶して…… おい、私の部下たちはどうなった!? ネスにやられて倒れていただろう!」
「門兵を務めていた12名はいずれも亡くなりました。その他、ネスが侵入したことによって多大な被害が出てますよ」
ユダソンは頭を抱え、俯く。
「そんな……! ああ、なんて事だ!」
母親と恋人を人質に取られていたとはいえ、自分がネスに情報を流していたせいで誠実な部下たちが死んでしまった。
自己嫌悪に陥りながらも、ユダソンは気を取り直し、ベッドから出ようとする。
ネスと連絡を取り、母と恋人の無事を確認しなければならない。
「こうしてはおられん! おい、君! 私の持ち物はどこだね?」
衛生兵は立ち上がろうとするユダソンを手で押し留める。
「預かっておりますよ。おっと、立たないでください。安静にしろ、との医者からの指示です」
頑なに動くな、と言う衛生兵の態度にユダソンはここで初めて違和感を覚える。
よく見ると、彼の目には敵意と疑心が混じっており、警戒しているようであった。
「……おい 何だ君、どういうことだ?」
「動くんじゃない!」
ユダソンが立ち上がると、衛生兵が怒鳴りつけてくる。
それで全てを察したユダソンは、窓に駆け寄り、そこから飛び降りた。
衛生兵は慌てて窓の外を見下ろし、夜の闇に駆ける人影を認める。
急いで無線を手に取った。
「クソッ! こちら2階診療室! ユダソンが逃げた! 至急、門を閉め、応援を願いたい! 繰り返す……」
ユダソンは痛みを堪えながら、闇を懸命に駆ける。
「……うう つ、つかまってたまるか……! プリメ! 母さん! 無事でいてくれ……! 俺が必ず助ける……!」




