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第八十四話 悲嘆に暮れる

 魔都防衛騎士たちは、巡回していた仲間たちの無残な死体を発見し、怒りと屈辱に震える。

 いや、それ以上に国賓の供人がひどい怪我を負って倒れていたことにも衝撃を受けた。

 この時点で気絶したウィダからは、まだハナが誘拐された情報を把握出来ていない……



 現場に残っていた水晶には、ゾーラとネスの戦いの跡が残されていた。

 ガストリスの騎士たちは、驚き、急いでアグレアイオスに状況を説明し、まずはマサヒデとカリンにゾーラの戦死を伝える事とした。


 そして、2人からゾーラ戦死の報せを受けたマリアは色を失い、呆然とする。


「……嘘よ ゾーラが死んだなんて」


「マリア殿下……」


 ソファに沈み込み、頭を抱えるマリアを、カリンは心配そうに支える。


 やがて、顔を上げたマリアはガストリスの騎士と自国の衛兵を見つめながら、悲しみに震える声を絞り出した。


「遺体は無いと仰ったわね? 何らかの衝撃でどこかに吹っ飛んでしまっただけかもしれないわ。きっと怪我をしているから、衛兵たち総出でゾーラの探索を命じます。申し訳ないですが、どうかガストリスの皆様にもご協力お願いします」


 ゾーラの死を受け止められないマリアに、カリンは頭を振りながら穏やかな声で答える。


「……どうか話を聞いてください、マリア様」


「どうして、ゾーラが亡くなっただなんて言えるの? そんな事わからないじゃない!」


 癇癪を起こしたように、怒った声を上げるマリアにカリンとマサヒデは嗜めるように説明する。


「殿下、我々は先ほどガストリスの皆さんに案内され、現場に残されていた水晶の記録映像を確認しました。……確かに、我々はゾーラ・ガレットがネスという女と戦い、死亡した事実を目視したのです」


 部屋に戻ってきた2人が今までにないくらいに悲痛な表情をしていた事を思い返し、マリアは頬を紅潮させながら今度こそ本気で怒り始めた。


「……なぜ黙っていたのです!? マサヒデ! カリン! あなた達だけで確認したというのですか!? 私にもそれを見せなさい!」


 2人のやり取りを見守っていたマサヒデは、聞き分けのないマリアに声を荒げる。


「なりませぬ! ゾーラの死に様は壮絶です。貴女の心身に多大な影響を及ぼすと判断しました。このマサヒデ、断固として反対いたします」


 マリアは肩を震わせながら、唇を噛み締め、ますます頬を紅潮させ、カリンの方を向く。


「……このっ! 第一王女として命令します! カリン! その映像をここに持って来なさい!」


 カリンはその剣幕にも首を横に振る。


「私も中将と同意見です。殿下、貴女はゾーラ様の死を背負うべきではないのです。ゾーラ様は貴女が悲しみ塞ぐことを決して望んではおられません」


 マリアは頭を振り、静かな怒りを懸命に抑えながら、声を絞り出す。


「……! なら、私はゾーラの死を認めません! ゾーラをここに連れて来なさい!」


 ますます子どものような癇癪を起こすマリアに、マサヒデとカリンは困ったように顔を見合わせる。


「……マリア殿下」


 マサヒデはため息を吐くと、呆れたような目でマリアを見遣った。


「……分かりました ゾーラ・ガレットを探して参りましょう。見損ないましたよ、殿下。貴女はとんだ暴君だったのですね」


 そして、背を向けドアを乱雑に開けると、さっさとその場を後にする。

 カリンは祖父の背をただ見送るしかなかった。


「……お爺さま」


 荒れたその場をただ見守っているしかなかったアグレアイオスは、マリアの前に進み出ると、頭を深く垂れ、作戦の失敗を改めて謝罪した。

 こうなったのも全て自分の責任……

 アグレアイオスは自分への不甲斐なさと、テロリストたちへの怒りを押し隠しながら深く頭を下げる。

 何より、ズィーゲンの客人たち、そしてマリアに申し訳なかった。


「殿下、申し訳ありません。ゾーラ先代魔術師長の死は私の責任です。如何なる責めも受け止める覚悟です」


 マリアはアグレアイオスの言葉に漸く、我にかえり、己を恥じるが、俯き、誰の目を見ることもなく、呟くように要望した。


「皆さん、しばらく1人にしてください……」


 マリアの要望通り、騎士や護衛をはじめとする殆どの者が室外へと出る中、1人だけ彼女の側に残った者がいる。


「カリン、出ろと言ったでしょう」


 カリンはマリアの側のソファに腰掛けながら、涼しげに答える。


「それは命令ですか? 殿下。その命令には従えませんね」


「……カリン」


 カリンは複雑な表情を浮かべながら、マリアの肩にそっと触れた。


「ここだけの話、私は貴女を偉い人として接したことはないんですよ。すぐに感情に流されるし、部下が傷ついていれば立ち止まってしまう。我が儘な貴女と付き合うにはこれくらい職業倫理が低くないと長続きしなくてね」


 人避けして一人で泣くつもりだったマリアは堪えきれず、涙を流し始めた。


「……ごめんなさい 貴女にもマサヒデにも酷いこと言っちゃった…… 2人とも辛いはずなのに……」


「マリア様……」


 カリンはマリアの肩をさするが、そんな事で泣き止むはずもなく、マリアは両手で顔を覆う。


「……うっう ガストリスの方たちにもみっともないところ見せちゃった……! 私、帰ったら、王籍を返上します……!」


 カリンはマリアを見つめながら、出来る限り、感情を交えない声で問いかけた。


「マリア・ジュペール・ドゥ・シュマ・ガル。本気で仰ってるのですか?」


 啜り泣くマリアは、カリンを見つめ返す。


「いいでしょう。辛いならそうしなさい。そうすれば、次期王位はソニア様に移行するでしょうね。責任を全て妹御に押しつけて、貴女はどうなさいますか?」


 マリアは顔を上げ、目を見開き、カリンを見つめる。


「……! それは! ……それはダメよ!」


 ただでさえ、思いのままならず危険さえある仕事である王位。

 妹であるソニアに全ての責任を押し付け、逃げ出す。

 そんなことは到底受け入れられなかった。


 ハンカチを渡しながら、カリンはマリアの髪を撫でる。


「そうですね。少し休んだら、立ちなさい、マリア」


 マリアは涙を拭いながら、カリンを微笑みと共に睨む。


「カリン、貴女は本当に私のこと嫌いよね」


 カリンはそっとマリアの方を抱きしめた。


「ええ、そうですよ。だから、ずっと一緒にいてあげますからね」







 ◇






 ーー約70年前 ズィーゲン王国内 王都を抜けた裏街道


 暖かい春の日、広い草原に程よい風が吹き抜けていた。

 1人の長身の青年が、だだっ広い平原の木々の木陰に寝転び、手持ち無沙汰に口笛を吹く。


 青年は先日、高等部を卒業したばかりでありるが、兼ねてより親から要望されていた家業である宮廷務めを拒み、祖国であるズィーゲンを出て旅に出ることを考えていた。


 ……今でこそ、王家の傅役として落ち着いているが、この型破りの青年こそが若き日のマサヒデであった


 マサヒデは、親に懇願されて旅立つ前に、とある人物に会うことになっていた。

 しかしそれにしても、1時間ほど待たされている。

 取り出した懐の時計を見つめ、マサヒデは舌打ちした。


「チッ……! おせえなあ。母さんが最後に頼むからって、話は聞いてやるけどよお」


 若き日のマサヒデは、父の意向に逆らい、貴族の位を放り出し、旅をしながら剣一本でその身を立てようと考えていた。

 名門貴族の出身でありながらその蛮勇は当然、両親ともに激しい反対に遭い、父親とは尋常で無い程の喧嘩もした。


 やがて父親は呆れるようにマサヒデと口を利かなくなり、母親は悲しげにため息を吐くばかりであった。


 しかし、旅立つ前の最後の機会と、母親の頼みでここに来るはずの人物と会うことになっていたが、そろそろ無視して旅立とうかな、とマサヒデは考えはじめた。


「まったく…… もういい。行っちまうか」


 マサヒデが起き上がり、荷物である皮袋を確認し始めた頃、背後から女性の柔和な声がした。


「まあ待て。遅れてすまんかったが、生意気そうな小僧だね」


 振り返ると、魔導服を着た黒髪のたなびく女性がマサヒデを見て微笑んでいた。


 鼻筋の通り、目に力のあるその女性は時々宮廷で見かけたこともある。


 マサヒデは不満そうにその女性を睨む。


「……アンタがゾーラさんだな? 遅れてきて緩い態度だな。俺は一刻も早く旅立ちてえんだぜ。なあ、どんだけ偉い先生でも俺は説得される気はねえぞ」


 不満を隠さずに凄んだつもりであるが、女性はクスクスと笑いながらマサヒデに近づきその顔を観察するように見つめてくる。


「鼻っ柱が強いねえ。聞いていた通りだ。ワッヤの息子だね。遅れたことはすまないね。私はゾーラ・ガレット。聞いてるかもしれんが、私も立て込んでいてね。なんなら、アンタの話を聞いて、私も納得できたら旅立つがいいさ」


 若き日のゾーラは王家の長子の家庭教師を務めながら、王立大学で魔術研究をする有名な教授であった。


 そんなゾーラにもマサヒデは動じない。


「ふん。お袋に泣きつかれた、ってところか。アンタも大変だな」


「で、剣一本で旅に出たいと聞いた。アンタ、そんな事してどうするつもりかね?」


 マサヒデは両腕を広げながら、楽しそうに語る。


「ハッ! 決まってるだろ? 大陸を渡り、各地の道場を破り、俺は名剣士として名を馳せる! そして戦で武功を立て、いずれは俺はどこかの国の将軍に就任してやるんだ!」


 ゾーラはまるで少年のような夢を語るマサヒデの目をまじまじと見つめ、呟くように言った。


「ふーん…… 三割ってところだねえ」


「は? 何が三割だ?」


「アンタのその夢が実現出来る確率さ。これでも人を見る目には自信があってね」


 不服そうにマサヒデは眉を顰める。


「何だと? 俺を侮るなよ、おばさん。絶対に実現してみせるに決まってんだろ?」


「まあまあ、そう怒るな。なあ、アンタ、この国で力をつけて将軍になるってのじゃダメなのかい? せっかく名門バンクス家の男子として生まれたのに、その地位を放り出すのはもったいないと思うがね」


 旅立つ前に、何人にも言われたそのセリフにマサヒデはため息を吐く。


「分かってないな、おばさん。こんな戦争のない平和な国じゃ俺の腕の奮いようがないじゃねえか。こないだ剣術大会で優勝してやったが、どいつもこいつも老若男女に至るまでまるで歯応えがねえ。ギラつきがねえんだ。俺はな、本当の殺気、悪意ってヤツと本気で戦ってみてえんだよ」


 ゾーラはマサヒデをじっと見つめながら、世代の差というものを思い返す。

 ゾーラが子どもの頃は、まだ傷痍軍人が街中を歩き、家や建物もそこらに砲弾の痕が残っていたものだった。


 しかし、本当に戦争を知らない世代というものはこういう青年が出てくるものか、と顎に手をやる。


「戦争や闘争なんてそんないいもんじゃないよ。アンタみたいなガキが増えてきたのは平和の証だろうけどね」


「ふん、ありきたりだな。なあ、こんなところにまで足を運んでもらって悪いが、もう俺は行くぜ? 日が暮れるまでには街道を越えて、港に行きたいんだ」


 そう言って肩に袋を担ぎ、背中をみせるマサヒデをゾーラは呼び止める。


「まあ待て。アンタの腕っぷしが強く、志が固いことは分かったよ。だから、その夢を叶えてやろう」


「……なんだと?」


 マサヒデが振り向いたと共に、ゾーラの指がその額へと伸びた。


「一瞬だけだがな」


 ゾーラの指がマサヒデの額に当たると、揺れるような酩酊を覚える。


「うっ……?」




 酩酊の後、目を開けるとマサヒデは悪夢のような怒号の飛び交う平原に立っていた。

 足元には血の海が漂い、夥しいまでの死体が血の煙を放つ。

 大陸を渡り、強敵と戦場を求め、マサヒデは数々の武功を立て、一軍の大将に上り詰めたが、敗戦の殿を任され、今、地獄のような戦場にいた。


(な、なんだ、これは……!)


 マサヒデは肩と胸の痛みに気づく。

 もう既に致命傷を負っているらしい。


 しかし、それでもここまで立てた名を惜しみ、名誉ある死を迎えなければならない。

 逃走など許されないのだ。


 マサヒデは槍を構え、息を切らせながら、雲霞のように迫り来る敵兵たちに突進していく。


 ……そして、激しい痛みともにその悪夢は終わりを告げた



「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ?!?!」


 マサヒデが跳ね起きると、微笑みを浮かべたゾーラの顔が出迎える。


「どうした? いい夢みられただろ?」


「……な、なんなんだ!? 今のは!」


 息を切らせながら、マサヒデは噴き出る汗を拭う。

 ゾーラの見せた夢なのだろう。

 それにしても、現実に迫る程質感のあるもので、マサヒデは思い出しながら肩を震わせる。


 ゾーラは涼しい顔で立ち上がれないマサヒデをじっと見つめた。


「アンタの今ほざいた夢に近い人生を歩んだ男の記憶の断片を、夢として追体験させてやった。どうだ? 楽しかっただろ?」


「……俺は」


「戦場で存分に暴れ、大将首を落とし、沢山の敵を討ち、散々に暴れただろう。そいつの名は石碑に残り、物語としても語り継がれてる。だが、そんなものがなんだ? それは家族や友人と引き換えにしてまで手に入れるべきものか?」


 武勇とは何か。

 理想と現実とは何か。


 マサヒデは目の前に実感として、突きつけられ、項垂れる。


「……まちがってたのか? 俺が……」


 平原を吹きかける風が、音を立てて樹々を揺らせる。


 ゾーラは手を差し伸べ、呆然と佇むマサヒデを引き起こした。


「気づいたなら、全然遅くないさ。おい、アンタ。明日から私の大学に来な。さっきみたいに不意をつかれてるようじゃ全然ダメさ。一から鍛え直してやる」






 ◇





 マサヒデは宮殿の中庭を歩きながら、オレンジの夕陽を見つめる。


「ババア……! お前は昔からムカつくババアだったよ…… 訳知り顔でこのワシをいつまでも子ども扱いしよる……」


 中庭の木の一つを見上げ、そして、一つ蹴りを入れた。


「なあ、ババア……! 逝く前に一言言わんか。勝手にいなくなりよって……」


 そして、拳を固めながら、もう一度木に突きを入れる。

 涼風に揺れる草原が橙色に照らされ、街の灯りが夜に向けてポツポツと灯り始めた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 大きなものを失ってしまったようですね。
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