第八十三話 狭間から
ウィダとハナは水晶に映された映像により、結界内の戦況を見守っていた。
ゾーラの凄絶な最期を見届け、ハナはウィダの胸で泣き崩れる。
「ゾーラさま……! ゾーラさまが……!」
悲しい気持ちはウィダも同じだったが、泣いてばかりもいられない。
「泣くな! ハナ! ゾーラ様は立派に使命を果たされたのよ……!」
友人を励ますように、ウィダはハナの肩を強く抑え、目を見つめ、気を取り直させる。
「ほら立って。報告に行かないと」
「……うん」
その時、薄暗かった小部屋の灯りが不規則に揺れ、一時的に明滅した。
何らかの違和感に気づいたハナは友人を押し倒すように地面へと転がる。
「!!?? あぶない! ウィダ!」
「!? な、なんだ!?」
転がるように倒れた2人は魔法陣の外へと出ていた。
ハナは暗闇の虚空を見つめながら、怯えた声を絞り出す。
「こ、ここ空間が歪んでる……!? はやくここから出ないと危ないわ……」
異空間を生成した際に、不具合が生じ、人が巻き込まれ、時空の狭間に閉じ込められることもある。
ゾーラが死んだ影響だろうか。
慌てながら、ウィダとハナは後退りする。
「何だって? 何が起きてるんだ!? と、とりあえず出るしかないのか……?」
急いで部屋を出ようとした2人の背後から異音が聞こえる。
ミシミシと何かが割けるような音がしたかと思うと、何もなかったはずの虚空にまるでヒビのようなものが入り始めた。
……いや、これは不具合などではない
2人は驚きながら、立ち止まり後ろを振り返った。
ヒビが渦を巻くようにその範囲を広げると、黒い人影が徐々に現れ始める。
「おい…… まさか……」
モゾモゾと蠢くように女の影が、歪なヒビから這い出るように出てくる。
「あ、ありえないわ……! 閉じられた異空間から出てくるなんて……」
驚く2人を他所に、その影は虚空から地へと降り立った。
全裸のその少女らしき悪魔は、傷一つない身体で、気怠そうに辺りを見回す。
「……うーーん! あーあ! あーあ! ちょっと面倒だったかなあ?」
その何気ない態度が、呆然としていたウィダを怒りと共に目覚めさせた。
「……ネス! きさま……!」
それはゾーラが生命をかけて、何重もの罠を貼り、倒したはずのネスであった。
ウィダは怒りで、ハナは恐怖に身体を震わせながら、ネスを見つめる。
「な、なんで生きてるの……!? ゾーラ様の死の風を受けて……! しかも、どうやって異空間から出てきたの……?!」
あのゾーラの最期の魔術を受けて、生きていることも信じられないが、術者が亡くなり完全に閉じられた異空間から時間をかけずに脱出した事も信じられない。
ネスは屈託ない笑みを浮かべながら答える。
「かーんたんよ! ほら、ネスちゃんって天才だから♡」
ウィダは怒りをぶつけるようにネスへ切りかかった。
「……このっ! バケモノめ! よくもゾーラ様を!」
ネスは笑みを浮かべながら、次々とウィダの斬撃をかわしていく。
「おーーっと! 短気なのは良くないわよ♡」
あまりの理不尽さにウィダは涙さえ浮かべながら、怒りのままに切りつけ続ける。
「ゾーラ様が亡くなって! ……なんで貴様のようなクズが生きている!」
「あらぁ!? ひっどっーーい! そんな事いっちゃうんだ?」
乱れた斬撃をかわし、ネスはウィダの脇腹に蹴りを入れる。
「……ぐっ!」
蹴りを受けたウィダは吹っ飛ぶように壁にぶつかり、そのまま倒れる。
ハナは悲鳴のような声を上げた。
「ウィダ!」
「ハナ……! 逃げて……!」
ウィダはようやく友人を庇うように声を絞りだすが、ネスがその肩を踏みつける。
「ねえ、私ってばおばあちゃんにひどいことを言われてぇ……! ちょっとブルーなのよね! 人を愛したことがないなんて失礼しちゃうわ!」
肋骨が数本折れ、ネスに踏みつけられ、ウィダは身動きが取れない。
まるで自分が相手にされていない、そのネスの態度にウィダは声を荒げる。
「くっ……! 何を言ってる! ふざけるな! ネス! やるならやれ!」
ハナは友人のその無謀な態度に悲鳴を上げた。
「ウィダ! やめて!」
ネスはため息を吐きながら、2人を交互に見遣った。
「もう……! うるさいなあ。それにしても、おばあちゃんのせいでマリアちゃんに会えなかったじゃない! 仕方ないからあなたたちのどちらかをさらっていくわ」
「……なんだと!?」
そして、無機物を見るような目で足元のウィダを見つめた。
「こっちの乱暴そうな子はいらないかなあ?」
「……!」
ハナはなけなしの勇気を振り絞り、大きな声を出した。
「やめてっ!!! ウィダに何もしないで!!!」
ネスは楽しそうにクスクス笑いながら、ハナを見やった。
「あーら? あなた如きが私に何か言える立場かなあ?」
ウィダは息を荒げながら、掠れた声を絞り出すが、おそらくその声は誰にも届かない。
「……ハナ! いいから逃げなさい……!」
ハナはしばらく目を瞑り、そして目を開くと覚悟を決めたようにネスの目を見る。
「わ、私が大人しく捕まりますから、ウィダには何もしないでください……!」
「ハナ! いいんだ! やめろ……!」
ネスは嬉しそうに口角を上げると、楽しそうな笑い声を上げた。
「あらあら! 美しい友情ねえ! 私、感動しちゃった! よーーし! わかった!」
そして、ネスは足元のウィダを蹴り上げる。
「……ぐあっ!」
再び蹴りで吹き飛ばされたウィダは、壁に頭をぶつけて気絶したようだった。
ハナはウィダに駆け寄ろうとするが、ネスをきっと睨みつける。
「ウィダ! やめて! 何をするの!? やめてって言ったじゃない!」
ネスは満足そうに笑いながら、ハナの肩を掴み、その顔をまじまじと見つめた。
「大丈夫よ。死んではいないわ♡ さあ、行きましょうか! ハナちゃん? だっけ?」
「……」
ハナは無言のまま、俯くしかなかった。
数分後、事が終わった後の部屋に騎士たちがなだれ込んでくる。
ネスに殺された仲間たちの遺体が発見され、漸くネスの侵入を把握し、ここまで辿りついたのだった。
「グノルシアはいるか!?」
「ネスらしき者は見当たりません!」
「所々、壁や床に破壊の跡が見られます」
「おい! 誰か倒れているぞ!」
騎士たちは、頭から血を流して倒れているウィダを発見し、エルフの女騎士だと気づく。
「ズィーゲンの騎士殿だ! 怪我をしてるぞ!」
「大丈夫ですか!? 意識がない!」
用意された紅茶を啜りながら、マリアは傍のカリンに尋ねる。
「……ゾーラ遅いわね 何してるのかしら?」
「確かにお姿が一向に見えませんね。どうしたのですかね?」
2人の他愛無い会話を他所に、事態は進行している。
つい先ほどマリアたちの避難する部屋へと戻ったアグレアイオスは、無表情のまま、無線で部下からの連絡を受けていた。
「……そうか 負傷された方は早急に手当しろ。後処理は任せた」
事情を唯一理解しているラッセルの目線に、アグレアイオスは沈痛な表情で首を横に振り、それで彼も察したようだった。
「私から説明する」
アグレアイオスは己の失敗と敗北を噛み締める。
これからマリアに悲報を告げなければならなかった。




