第七十八話 悪魔と魔術師
ネスは渋い顔で愚痴をこぼしながら、地図を持つレドモンドの案内で警備をなるべく避けたルートを行く。
「それにしても、デミちゃんは思ったより役に立たなかったわねえ。もっと騎士を殺して、グールを街に撒いてくれると思ったんだけどなあ。何年もかけて仕込んだのにこんなものかしら」
デミウルゴスの侵攻は、本来であれば、数千人単位の犠牲者が出てもおかしくない規模のものであった。
民間人の犠牲者が0に終わった戦果に、ネスは頬を膨らませ、不満そうである。
レドモンドは気遣うように振り返りながら答える。
「たまたま魔都防衛騎士の隊長格の中でも上澄みに当たったようですな。アグレアイオス殿を宮殿から引き剥がせただけで十分です」
「ま、予定通りといえばそうだけど、つまんないなー」
レドモンドは白銀の騎士の不在に思い当たり、ネスに尋ねる。
「そもそも、クロフツ殿を総長閣下にぶつければ、もっと簡単に第一王女を誘拐出来たのでは? 今日は彼の姿が見えませんが」
そして、巡回していた騎士を無音で背後から殺し、ネスは笑顔を浮かべる。
「ああ、彼は現在エネルギー切れでね、オーバーホール中なの♡ それにそんなのつまらないじゃない? マリアちゃんは私自ら迎えてあげたいわ♡」
クスクスと笑い、そろそろ機嫌を直した様子のネスにレドモンドは軽くお辞儀をする。
「そうですか、それは出過ぎた事を言ってしまいましたね。私などの浅知恵、お聴き流しください」
「いいのよ♡ そうねえ、もう案内はいいわよ。そろそろあなたは別行動した方がいいわ。私と歩いてるとあなたが協力者だってバレるじゃない」
地図によれば、そろそろマリアが居るはずの部屋が近い三叉路に行きあたり、ネスはレドモンドに笑いかける。
「分かりました。残念ですね。私もマリア殿下のご尊顔をお近くで拝したかったです」
「フフ…… ほんと、男の人って美人のお姫様が好きよねえ♡ 後でいくらでもお話出来るから、我慢しなさい」
「それは楽しみですな。では私はこれにて」
レドモンドが離脱し、受け取った地図を眺めながら、ネスはため息をついた。
「ふう…… それにしても面倒ねえ。こっちかしら? さすがに入り組んでるわね」
ネスはどうしても行きあたってしまった場合は、巡回する騎士たちを静かに素早く殺していく。
そして、何人目かの騎士を殺した後、ネスはとある部屋の扉を見上げ、にこりと笑った。
「……あった! ふふふ! ここかしら。さあマリアちゃん♡ あなたの周りもぶっ殺して、私と遊んでもらうわよ♡」
悪魔は微笑みながら、その扉のノブに手をかけ、魔力で破壊すると、笑顔で室内へと侵入する。
上がる砂塵の向こうに白銀の髪をたなびかせた美しい少女が見える。
白銀のドレスを着た少女は、侵入したネスを見つめ返してきた。
ネスはニコリと笑いながらその少女に笑いかける。
「はぁ〜〜い! マリアちゃん♡ お迎えに来たわよ♡」
大きな椅子に座りながら無表情のまま見つめ返してくる白銀のエルフをネスはニヤニヤと笑いながら見つめる。
……そして、ある違和感に気付く
「……あれ? 何か変ね?」
VIP中のVIPであるマリアの周りに護衛が1人も居ないのだ。
事前にユダソンから、警備の薄いルートを聞いていたとはいえ、この部屋にたどり着くまでの道中にも衛兵は妙に少なかった。
そんなネスの思考の隙を突くように、背後から何者かが襲いくる。
「ネス!!! 卑劣な女! ここで死になさい!」
剣による攻撃を素早くかわし、ネスは襲撃者とマリアの影武者らしき女性を交互に見やりながら、冷たい視線を送る。
マリアの影武者は詠唱を始める。
「断黒の遇垓! 白と青の藺を閉じよ!」
詠唱が終わると共にネスの足元に魔法陣が現れて、光り始める。
「あら!?」
そして、ネスは一瞬で何処かへと瞬間移動させられた。
先ほどまで城の一室にいたのに、明らかに周りの様相が変わる。
森らしきものが広がる周囲を見回し、ネスは術式の性質に当たりをつける。
「……ふぅ〜〜ん ここは……」
ネスの背後から、しわがれた老女の声が聞こえてくる。
「ネスよ。やはり来たな。ここは私の創った結界空間じゃよ」
振り返ると、ネスの予想通り黒いローブを纏った魔導士ゾーラがいた。
にこやかな笑みでネスはゾーラに振り返る。
「あらぁ、おばあちゃんじゃない。私の邪魔しに来たの?」
ゾーラは魔導具の一つである鎖をネスの足元に投げ、冷たく睨みつけた。
この鎖で縛られれば、魔力が封じられるという代物であるが……
「フン! 邪魔だと? 殿下の邪魔をしとるのはお前ではないか。おい、ネス。そいつで自分で手足を縛り、投降するなら命は保証してやる。お前の凶暴さはよく知っておるからな」
ネスは笑いながら冷たい目でゾーラを見つめる。
「ふふふ……♡ 面白いこと言うわね♡ おばあちゃん、私がそんなこと聞くと思う?」
「そうか、わかっとったよ。じゃあ……」
ゾーラが杖を構え、その先から魔法陣が浮かび上がり激しい烈風がネスを打った。
ネスの身体が吹っ飛び、巨木へとめり込む。
「ここで死ね、ネス。容赦はせんぞ。イカれた女よ。お前は無闇に人を殺し過ぎる」
無詠唱で高威力の魔術を繰り出せるこの結界の特性に早くも気づき、ネスは笑いながらめり込んだ木から起き上がった。
「……なるほど あなたの結界内というわけね」
長い時間をかけて仕込んだのだろう。
ゾーラには相当なバフがかかっている。
ネスは宙を浮きながら、左右非対称の瞳を爛々と光らせ楽しそうにゾーラを見つめた。
「黒鬼くんが帰ってくるまで、あと200秒、ってとこかしら? 少し遊んであげる♡」
ゾーラは杖を構え直し、ネスを無表情で睨んだ。
「本当に不気味なガキじゃな…… 人外め」




