第七十四話 恐るべき第三部隊
スラム街の南端のある広場では、黒い軍服を着た集団が酒盛りをしている。
先日、ペッパーの爆発魔術を利用したゾーラの活躍により、冬にも関わらず、魔都ドミニエルには花が咲き乱れていた。
魔都防衛騎士団第三部隊は、ある者は肉を焼き、ある者は酒を呑みながら、各々花見酒を楽しんでいる。
……もちろん、哨戒任務を放ったらかしにしたサボりである
「いいぞお! こんな冬に桜を見れるなんてサイコーだぜぇ!!!」
「さあ! もっと呑め! 呑め! 桜が散っちまうぞお!」
「うめーー! この鹿肉うめぇ!」
「第三部隊サイコー!!!」
第三部隊の野暮ったい声が広場に響く。
彼らこそは、魔都防衛騎士団で「最も自由を愛する」遊牧民族の騎馬隊をそのまま接収した、帝国で最も恐れられる部隊でもあった。
しかし、彼らが居るだけで、その辺で犯罪が起こることはない。
第三部隊の前で悪さをする馬鹿はいないからである。
歓喜の声を上げて騒ぐ部下たちを尻目に、1番大きなテーブルに並べられた皿を前に、やたらとデカい男が渋い顔で、鹿肉を頬張る。
「……ったくよお 暇だぜ。ちったあ歯応えのある悪党は居ねえのか? なあ、ハブルよお」
鈍色の長い髪は昨日、副官たちに寝てる間に切って貰ってボサボサのものから少しは整えられたものになった。
右頬にある大きな古傷と鋭い眼光は、対峙した相手を徹底して威圧する。
魔都防衛騎士団第三部隊長リュディガー。
北部の平原の遊牧民族ザザールの覇者である彼は、アグレアイオスの命令に従うことを嫌う。
側近の1人であるハブル・ジンはリュディガーの言葉に相槌を打った。
「リュディガーさま! 貴方の相手になる敵など中々居りませぬ」
腕の酒を啜りながら、リュディガーは思案に暮れる。
彼は常に激しい戦闘を渇望していた。
「ふむ、なんっつたか? こないだの眠てえ会議で見たんだよ。あいつ、銀色の騎士と戦りてえんだがよお、この辺に現れねえかな」
「それは私には如何とも……」
「好敵手が現れねえと、いい加減に鈍っちまうぜ…… 俺は暇だあ……! 物足りねえ! アグレアイオスの野郎にまた喧嘩売ってくるかな」
「……それは その……」
ハブルは何とも答えにくく、口籠ってしまう。
リュディガーが魔都防衛騎士団に入団する条件として、与えられた条件。
それは大手柄を立てる度にアグレアイオスと決闘する権利を得る事である。(リュディガーの戦績5戦5敗)
リュディガーはつまらなそうに、目を細めながら、干し魚を口に運んだ。
「奴が決闘を受けねえなら、あのワニ野郎とタカ野郎でもいい。何ならお前が面白え相手を見繕ってくれよ、ハブル」
「……そ、そのう」
返事に困るハブルを気にする事なく、足音と子どもの声が2人の耳朶を打つ。
2本の小さな角を生やした双子の子どもがリュディガーの前に駆けてきた。
「リューちゃん! リューちゃん! 渋い顔してないで、あっち行ってお肉食べようよお!」
「リューちゃん! リューちゃん! 僕もおさけのんでいいかなあ⁉︎」
メイリーとジャンと呼ばれる双子の姉弟は、この世で唯一、リュディガーをフランク過ぎる呼び方で呼ぶ。
ハブルは顔を真っ赤にしながら、席から立ち上がり、双子を叱りつけた。
「メイリー! ジャン! リュディガー様に何て言い様! いい加減にせんか! 言葉遣いを改めよ! 酒などダメに決まってるだろう!」
しかし、双子はハブルに臆するどころか、舌を出しながら煽るように反論する。
「ぶう! ぶう! ハブルはうるさいなあ! 私より弱いくせにぃ!」
「そう! そう! 僕たちが副長だから、ハブルより偉いんだぞぉ!」
第三部隊の序列は分かりやすく、個人の「強さ」に依るものである。
ハブルは肩をわなわな震わせながら、リュディガーに訴えた。
「くっ……! リュディガー様! 何とか言ってやってください!」
ふう、と息を吐くとリュディガーは双子を鋭い目で見つめた。
「メイリー、ジャン」
そして、出身部族の掟を彼らに教える。
「ザザールの掟でガキは酒はダメだ。まだはええ。成人するまで待ちな」
双子は頬を膨らませながら、鼻を鳴らし不満顔をする。
「……ぶう! リューちゃんらしくないい!」
「分かったよ! 掟なら仕方ない!」
ハブルは可愛くないこの子どもたちに顔を真っ赤にしながら、肩を震わせた。
(このクソガキども……!)
その時、遠くで光の柱が上がったと共に、地震が起こり、机の上の酒が溢れる。
同時に獣の咆哮が辺りに響き渡った。
ハブルは身構えながら、光源の方を見遣る。
「……すごい音と地震ですな それにあの光……」
リュディガーは腕の酒を飲み干すと、光源の方を見て薄く笑った。
「ほう……」
そして、遠くに蠢く何やら怪しい影を認める。
「何だ? 面白そうな事が起きそうだな? おい!」
遠くに見える大きな烏賊らしき怪物を指差しながら、ハブルは顔を真っ赤にする。
「あれは…… 大きな魔物ですな! グノルシアに関係あるかと!」
そして、すぐに状況を推測する。
「あの地点は第二部隊が哨戒してるはずです!」
「そうか……! たしか、ディーンとかいう奴だったか? ダラダラ戦ってんだろ? なら、俺たちも行かなきゃなあ!」
「ですな! すぐに全軍用意を……」
言い終わらないうちに、リュディガーが指笛を鳴らす。
ピィ〜と鳴り響く指笛と共に、牛ほどもある大きな馬が駆けてきて、リュディガーの前で停止した。
凶暴な笑みを浮かべながら、リュディガーは愛馬キングに飛び乗る。
もう彼は意識を戦闘へと切り替えていた。
「お前ら!!! すぐに出撃だ!!! ついて来れる奴だけついてこぉぉぉい!!!」
怒号と共にリュディガーは駆け出す。
部下たちも歓喜の声を上げ、各々の馬に飛び乗り、その背を追った。
「り、リュディガーさまぁぁ⁉︎」
ハブルはまごつきなから、漸く自分の馬を探し当てるが、主君の馬の背に不快な双子の顔を見て頬を紅潮させる。
「ほらほら、ノロマのハブル! 置いてっちゃうよ?」
「べぇー!」
素早くリュディガーの馬の背に飛び乗った双子は、笑いながらハブルを煽った。
ハブルは臍を噛みながら、馬に乗り、駆け出した。
「くそっ! あのクソガキ双子めぇ! ……お、お待ちくだされぇ!」
◇
イタチに乗ったディーンは、デミウルゴスの触手や身体を両手の剣で切り裂いていく。
イタチの種類はキリサキイタチといい、烏賊とすれ違う度に、その尻尾で触手も切り裂いていくが、唸りを上げながらデミウルゴスは勢いを止めない。
イタチでデミウルゴスの周りを回りながら、ディーンはため息をついた。
「うーん、タフだねえ、君は。疲れちゃったよ」
「……ギギ ガボザボェェ!!!」
切られる度にデミウルゴスは奇妙な悲鳴を上げながら、青い血を流すが、何度でも再生する。
目や口からの光線も難なくかわしながら、ディーンは部下たちへの注意も怠らない。
「おおっと。巻き添え喰らわないようにね、君たち」
アンナは戦況を見守りながら、デミウルゴスのしぶとさに内心で焦り始めた。
「あれだけ切り裂いても何度でも再生する……! キリがないですね…… 何らかの手を打たないと」
ディーンもデミウルゴスのタフさに呆れながら、面倒そうに剣を振るう。
「はあ…… いつになったら倒れてくれるのかな?」
負けはしないが、決め手はない……
そういった体勢といえた。
焦れたアンナは結界を乗り越えようとした。
「隊長! 私もそちらへ行きます!」
「ダメ! ダメ! アンナちゃんは結界の外からのサポートに集中! 絶対命令だ!」
いつにない鋭い声でディーンは、真面目な顔で一瞬アンナを振り返った。
アンナは薄く唇を噛みながら、秩序には逆らえず、結界を超えることが出来ない。
「……隊長!」
「みんなもだ! 必ずコイツは僕が……」
その時、風を切る音と共に、飛んできた鉄塊のようなものがデミウルゴスの身体にめり込み、吹っ飛ばす。
「ドギュバガジヂマァァァァァァァ!!!!」
大きな悲鳴を上げながら、デミウルゴスは結界と衝突し、地面へと瓦礫を作りながら倒れる。
ディーンはその気配、その怒号に振り返る事なく、ため息を吐いた。
「あーあ…… めんどくさいのがきちゃったねえ」
アンナはいつの間にか辺りに展開した、騎馬隊を見て彼らに思い当たる。
「この方たちは……⁉︎ 第三部隊……?!」
鬨の声を上げながら、第三部隊はデミウルゴスを囲むように馬上で威圧する。
とりわけ大きな馬に乗った、大きな男が凶悪な笑みを浮かべながら、ディーンの横へと並びかけた。
「よお! 第二部隊! だるそうに戦ってやがんなあ! 俺も混ぜろよぉ!!!」
ディーンは面倒そうに、馬上のリュディガーを振り返った。
「やれやれ…… リュディガーさんかい。手助けどうも」
第三部隊はまるで戰のように、敵を威圧する為の怒号をあげる。
「ここに在られるは! 千度戦をして負けなし! 軍神! 無敗! 人呼んで重鋼リュディガーなり!!!」
「恐れよ! 震えよ! 道を開けぬ者は…… その不遜に怒りの鉄槌を受けよ!!!」
ワーワーと騒ぎ出す第三部隊の大音声に、ディーンは額に手を当てた。
「やれやれ、騒がしいのが来ちゃったねえ…… 一応、居住地域だということは留意してね」
同じくアンナも耳に手を当て顔を顰めた。
「私、第三部隊苦手です……」
リュディガーは馬から飛び降り、デミウルゴスに向かって駆け出した。
眼光が鋭く光る凶悪な笑みのまま、双子に大声で命令を出す。
「メイリー! ジャン!」
双子は互いの手を繋ぎ、腕の間に魔法陣を創ると、金属質の何かがニュッと飛び出てくる。
「はい! リューちゃん!」
「おあつらえのヤツを!」
それはリュディガー用に製作されたとんでもなく大きな重量兵器だった。
2人はその大きな槍を掴むと、リュディガーの駆ける方に向けて投げる。
風を切って凄まじい勢いで射出されたそれは、リュディガーの進行方向とバッチリ被っていた。
「いいぜぇ……! いいタイミングだぁ……!!!」
ニィと笑いながら、リュディガーは更にスピードを上げると思い切り飛び跳ねた。
そして、巨大槍を空中で掴むと、そのまま倒れているデミウルゴスに突進した。
「オラァァァァァァァ!!!」
空を裂くようなリュディガーの突撃は、デミウルゴスの頭の真ん中を貫く。
「デザァァァ⁉︎ ブボギジダァァァァ!!!」
槍を突き立てられたデミウルゴスは青い血を噴水のように吹き出しながら、凄まじい咆哮を上げた。




