第七十一話 嘆きの金獅子
黒い隊服にブロンドの長髪のコントラストが隊の中でもとりわけ目立つ。
通信機を手にしながら、魔都防衛騎士団第二部隊長ディーン・J ・ロジャースは手早く現場に指示を送った。
「了解。周辺の住民の避難を優先してくれ。周囲の被害を最小限に抑えつつ、怪物の動きを追ってくれ。僕もすぐ現場に向かう」
『了解致しました。総力で無辜の民は守ります』
切長の目と整った輪郭に関わらず、無精髭を薄く生やしているのは、本人のやや怠惰な性格によるものか。
通信を終え、ディーンは馬上で思わずため息を吐く。
たった今、怪しい光の柱が上がるのと、獣のような咆哮が確認でき、スラム街の奥の教会で謎の魔獣の出現が確認出来たというのだ。
無線からの総長の指示により、スラム街を哨戒していた第二部隊を率いるディーンはこれから現場に向かうことになった。
「……やれやれ 今日はゆっくりと哨戒の仕事かと思ったらこれだよ」
今この瞬間にも第二部隊の分隊の一つが、異変のあった場所で避難作業を行っていることだろう。
後ろから女性の柔和な声が、ディーンのその発言を聞き咎めるように耳朶を打つ。
「ディーン隊長、もう少しやる気を出してください。重要な場所だから我々第二部隊に宛てがわれたんですよ」
蹄の音と、その冷たい声に振り返ると、第二部隊副長であるアンナ・キャヴァディッシュの刺すような視線があった。
馬上の小柄な女性騎士がディーンをジト目で睨んでくる。
肩口で切り揃えられたプリュネット(濃い栗色)の柔らかそうな髪が微風に揺れた。
ディーンは肩をすくめながら、やれやれといった笑みを浮かべた。
黒い隊服もこの子が着れば無骨さが中和される。
いつも、思う。
この子は睨まなければ可愛いのになあ、と。
更にはこんな命のやり取りをする最前線には似つかわしくないとすら、内心思っている。
「そんな怖い顔しないでくれよ、アンナちゃん」
アンナはますます不機嫌そうにディーンを睨んでくる。
「……ちゃん付けはやめてください」
柔らかく笑いながらディーンは自身の髪を軽く撫でる。
「ごめんごめん。分かってるけどさあ…… こーんな天気のいい日にそんなバケモノを出さなくてもいいじゃない……!」
ますます呆れた顔をしながら、アンナはディーンを嗜めるように言った。
「いや、我々は遊んでる訳じゃないので……それに私に愚痴を言われましても困ります。災厄というのは、時を選んでくれないし、その時の為に私たちが在ります。さあ、早く現場に行って、元凶を止めないと被害が出てしまいますよ」
コキコキ、と肩を鳴らすとディーンは一つ伸びをする。
「……はあ それもそうだねえ」
そして、後ろを振り返り、自分に付き従う第二部隊の騎兵たちに朗らかに言い放つ。
「じゃ、さっさと向かうよ、みんな。周辺の魔獣の巻き添えを防ぐ為の防御結界を用意しとくように」
◇
突然、教祖が巨大な烏賊の怪物へと変貌し、金獅子騎士団もグノルシア教徒たちも恐慌に陥る。
咆哮をあげる怪物を目の前にしながら、誰もが一斉に騒めき始めた。
「き、教祖さま? な、なんだあ⁉︎ 教祖さまがこんな怪物に……!」
「な、なんなんだ……! なんなんだ⁉︎ このバケモノは⁉︎」
「ふ、フランクス様……! これはやばいですよ! に、逃げましょう!」
「て、撤退しましょう! あんなバケモノが出るなんて聞いてないですぅ!!!」
フランクスは戸惑いながらも、弱気な表情で縋り付く部下たちを叱咤する。
「待てぃ! 慌てるな! 我が金獅子騎士団は勇猛果敢! 初陣で撤退するなどあり得ない!!!」
フランクスは内心で震えながらも、大声で無謀な指示を飛ばした。
もはや、虚勢を張っているのは見え見えである。
部下たちはそんなフランクスにますます戸惑う。
「……し、しかし!」
その時、金獅子騎士団の数名が、グノルシアの教徒数名とともに烏賊の触手に捕らえられた。
恐怖と嘆きの声がそこそこで上がる。
「う、うわぁぁぁぁぁ⁉︎」
「お、おやめください! 教祖さま……!」
「クソッ! 怪物めっ!」
騎士たちの幾人かは怪物に向けて発砲するが、弾丸は当たっても一切の傷をつけることもなく、烏賊は触手の中の獲物を口へと運び始めた。
金獅子や教徒たちから大きな悲鳴が上がる。
「お、おい! うわぁ⁉︎ 仲間が食われたぞ⁉︎」
「き、教祖さまぁーーー⁉︎」
「……あァァァァァァァァ⁉︎」
金獅子騎士団からは、恐怖の余り、武器を捨てて逃げ出す者が現れ始めた。
「ほ、本当に食われたぁぁぁぁぁぁ⁉︎ ダメだ! にげなきゃ……!」
「こ、こわい……! も、もうたくさんだァァァァ‼︎」
「あっ⁉︎ 待てっ! 貴様らっ! それでも私の部下か⁉︎」
フランクスは彼らを咎め、止めようとするが、幾人かはさっさと逃げおおせる。
舌打ちしながら、フランクスは捕らえた教徒たちに怒鳴りつけた。
「おい! 貴様ら! お前らの教祖だろう⁉︎ アレを止めろ!」
そうは言っても、教祖に自我が無いのは自明であった。
「……そ、そんな無茶な!」
「ああ…… 教祖さま……!」
烏賊は触手に捕らえた獲物を数名食べると、ゆっくりと金獅子騎士団やグノルシア教徒たちに近づいてくる。
フランクスは何の戦果もあげられなかった場合の叔父の叱責を思い、己の中の何かが切れる音を聞いた。
フランクスは怒りに我を忘れ、腰の剣を抜くと烏賊へと向かっていった。
「このバケモノめっ! フランクス・ドゴスギアが討伐してくれるっ!」
それは無謀な特攻であった。
フランクスの剣が鈍く光り、斬撃が怪物の触手の一つを打った。
しかし、触手はまるでゴムのようにフランクスの斬撃を跳ね返し、傷一つつかない。
フランクスは弾力の衝撃でひっくり返り、尻餅をついた。
「……イテッ! ちくしょう! バケモノめ!」
そして、フランクスが顔を上げた瞬間、烏賊の無機質な目が彼を見つめる。
フランクスは顔を青くして、倒れたまま無様にも剣を振り回した。
「クソッ!!! くるなっ! バケモノ!」
触手がフランクスの剣を掴むと振り落とし、遂には彼の身体を包み込む。
「うああァァァァァァァァ⁉︎」
悲鳴をあげるフランクスに構わず、触手は彼を口の中へ運ぼうとする。
フランクスは泣きながら大きな悲鳴をあげた。
「い、イヤだァァァァァァァァ⁉︎ このフランクスがっ⁉︎ こんなところでっ⁉︎」
烏賊は意味の通らない奇声を上げた。
「……ウ ヤユダマフガムゥゥ!」
フランクスは天を仰ぎ、涙を流しながら赦しを乞う。
「たすけてくれぇェェェェェェ!!!」
その時、女性の凛とした声が確かに聞こえた。
「明星の綺羅星、凶黒に落ちよ」
詠唱が終わったと共に鈍く光る彗星のような矢が烏賊の怪物の身体の真ん中へと突き刺さる。
「ガフンッ⁉︎」
烏賊は青い血を流しながら、フランクスを取り落とした。
フランクスは床に身体を打ち付けられる。
「おうっ⁉︎ いでぇっ⁉︎」
馬上から降りつつ、アンナはボロボロのフランクスをジト目で見つめる。
「……やれやれ 大丈夫ですか?」
ディーンは烏賊を見上げ、周囲から一般市民が退避していることを確認した。
「アンナちゃん、ナイスぅ〜。うんうん、避難誘導は上手くいってるようだ。それにしても、あーあ、本当にデカイ怪物だねえ」
アンナは不満そうに烏賊の様子を見る。
傷口からは青い血を流し、ダメージは一応通っているらしい。
「ちゃんづけは…… もう、後でいいです。それより、そろそろやる気出してください。敵は目の前ですよ」
「はいはい、分かってるって。じゃあ、みんなはヤツを逃がさないように周囲に防御結界張ってね」
「「「はい!!!」」」
ディーンの指示通り、騎士たちは烏賊を逃がさないよう、結界を張り始める。
アンナが虚空に魔法陣を描くと、オオカミの魔獣が複数現れた。
「いけっ! エダオオカミ!」
アンナの掛け声と共にオオカミたちは散開し、烏賊へと一斉に襲いかかり、噛みつき始める。
しかし、烏賊は痛みで起きたのか、奇声を上げるとオオカミを触手で捕まえ、口へと放り込む。
挙動を測る為に出した低級の使役獣であるが、予想以上に簡単に処理された。
「……ディーン隊長 見てください。私の使役獣が……!」
ディーンは肩をすくめながら、シニカルに微笑む。
「おーう…… 食欲旺盛だねえ。こいつは凶暴だあ。アンナちゃんは極力サポートに回ってね」
「……了解しました」
その時、よろめきながら立ち上がったフランクスは、第二部隊の騎士たちに高飛車に要求した。
「おい! 貴様らはシティーフェンサーだろ⁉︎ わ、私と部下を早く助けろぉォォォォ!!!」
続けて、金獅子騎士たちは第二部隊に救助を乞うた。
中には縋り付く者たちまでいた。
「た、助けてェェェェ⁉︎」
「は、はやく我々を助けてェェェェ⁉︎」
ディーンは呆れながらも、彼らを助ける指示を出す。
「やれやれ…… ありがとう、も言えないのかな? まあ、いいや。そこの坊ちゃんたちを避難させてあげて」
そして、避難誘導されるフランクスはまだ、怪物の近くで倒れている仲間を思い出し大声をあげる。
「ま、待ってくれ……! まだ捕まっている仲間が……!」
その時、烏賊が倒れている金獅子騎士数名を掴みあげると、口から出した細い針で彼らを刺し始めた。
刺された彼らはみるみる内に、顔色が紫になり、自我が消えたように意味のわからない言葉を吐く。
「……ザバァ ミニヂドスゥ!」
烏賊が紫になった者達を解放すると、ふらふらとこちらへと歩き始める。
アンナの魔導知識によるとこの現象は……
「喰死獣化現象……! あの細い針からの液体を注射されるとグールになってしまうようですね」
意思なき歩く死者、喰死獣。
彼らは禁呪により、その意思を奪われ、肉を求め歩くだけの怪物と成り果てたのだった。
ディーンは驚愕する金獅子騎士たちを気の毒そうに振り返る。
「あーあ…… 諦めな。戦いってのは遊びじゃないんだよ。理不尽なもんさ」
「……うぁぁ」
「そ、そんな……」
「なんなんだ、あの怪物は……!」
フランクス始め、金獅子騎士たちは余りな状況にある者は啜り泣き、あるものは絶望感にへたり込んだ。
ディーンは息を一つ吐くと、グールや烏賊に向かって無造作に歩き始め、左右の腰から剣を抜刀する。
「はあ…… 嫌だけど仕方ない。僕が戦うから下がっててね、アンナちゃん、みんな」




