第六十八話 グノルシア最後の日
スラム街の小さな教会で、隠遁生活を送る者達がいた。
彼らがグノルシア教団。
元は耄碌した老人を、教祖と奉ることから始まった邪教と呼ばれる集団である。
スラム街の貧民から構成されるこの集団は、指導者である聖女ネスにより危険な思想を刷り込まれ、誰もが政府への攻撃を画策している。
しかし、度重なる無謀な作戦により、その数を20数名にまで減らし、ここ数日はスラム街の小さな教会に隠れ住んでいた。
朝のミサの時間、彼らは教会のシンボルに向かって手を合わせ、祈りを捧げる。
この場のリーダーである司教の男が、信者たちに向かって説法を始めた。
「我々の今までの暮らしを思い返してください。スラムに追いやられ、貧しい生活を強いられている我々に神など居るのでしょうか?」
信者たちは沈痛な面持ちで、ここに至ったそれぞれの人生を思い返す。
「私の父も母も、寒さすらしのげないボロ小屋の中で、病で倒れました……」
「私の弟も貧困の末に、悪事に手を染め、遂にはマフィアの使い走りになってしまいました……」
やがて彼らの嘆きは、怨嗟と怒りに変わる。
「王都の繁華街を見れば、富める貴族などそこらにいるというのに……! 我々にこのような不平等を強いた神を我々は許さない!!!」
司教は教徒たちを見回し、頷くと大きな声で説法を締め括る。
「……この世には悪意と悲しみしかない! このような不完全な世界を創った神こそが邪神であり、我々は新たなる神グノルシアを迎えるための準備をしなければならないのです!」
司教の説法に合わせて、教徒たちは拳を掲げて狂気に満ちた目で声を合わせた。
「「「グノルシア! グノルシア万歳!!!」」」
「破壊と死の果てにこの世に新しい秩序を!!!」
過激なミサが終わると、卓につき、貧しい朝ごはんの時を迎えた。
教徒の一人が教祖の口元に粥を掬った匙を持っていく。
「さあ、教祖さま。温かい粥でございますよ」
「……ブプン タカミダガァ……!」
いつも通り意味不明な言葉を発し、教祖の老人はモゾモゾと粥を食した。
静かな食事の時間はゆっくりと過ぎていく。
朝食が終わると、やがて、教徒の一人は隣に座る司教に己の内にある不安をぶつけた。
「司教さま、我々はいつまでこのような隠遁生活を続けなければならないのでしょうか? 良いことをしているはずなのに……」
司教は首を横に振り、教徒を嗜める。
「嘆くな。この世には慈悲深き神など居ないのです。我々が今苦難を受けるのは当然のこと。苦難の果てに理想郷があるのです」
「しかし、ネス様がここ数日戻りません。……我々は見捨てられたのでしょうか?」
司教は怒ったように眦を上げ、顔を真っ赤にする。
「馬鹿なことを言うな。聖女さまはすぐに戻られる。二度と疑念など口にするな」
「……失礼しました」
その時、不意に外から銃声が聞こえた。
騒つく教徒たちの前に慌てたように、哨戒に立っていた教徒たちが駆け込んでくる。
「司教さま!!!」
「大変です! 司教さま!」
「落ち着け。何事だ?」
慌てる教徒たちを落ち着かせるように、司教は厳かに尋ねるが、額から血を流した教徒の一人が焦った様子で報告する。
「武器を持った騎士どもが、ここに押し寄せてきました! ……グアッ⁉︎」
その時、銃声と共に話していた教徒の頭に銃弾がめり込み、悲鳴と共に倒れ込む。
教徒たちは悲鳴を上げ、一斉に慌て始める。
撃たれた教徒の返り血を浴び、司教でさえも、その場に立ち尽くした。
「撃ってきやがった!」
︎「うわあっ⁉︎ なんなんだ‼︎」
悲嘆する者、武器を手に取る者、グノルシア教徒たちの反応は様々であるが、怒号と激しい足音と共に、教会の扉は破られた。
現れた武装した騎士たちが一斉に横陣を作ると、グノルシア教徒たちを睨み、武器を構える。
震えながら、教徒の一人がボソリと呟く。
「……クソッ! 魔都防衛騎士どもか⁉」
教徒たちのその呟きが聞こえたのか、騎士たちの中でもリーダーらしき男が、不満そうに鼻を鳴らすと兜を取り、大声で言い放った。
「シティフェンサー? 違うな! 私たちは新たな機構を持って秩序を保つ! その名も金獅子騎士団だ‼︎ グノルシア! 我々はお前たちを捕らえにきた!」
堂々と言い募るフランクスは、自身に満ちた笑みで片腕で教徒たちを指さす。
哨戒していた教徒たちは、既にやられたらしい。
教徒たちは歯噛みしながら、騎士たちを睨み返す。
「くっ! ネスさまのいない時に……」
金獅子騎士団と名乗る騎士たちは、よく見れば若い兵の集まりである。
学生くらいの年齢の者も少なくない。
経験不足が見て取れるが、それでも今のグノルシアに彼らを迎え撃つ力はなかった。
フランクスは自身満々に言い放つ。
「さあ! 抵抗をやめて投降しろ! 我々は邪教の存在など許さん! 抵抗すれば容赦なく撃つぞ!」
唖然とする司教に、教徒の幾人かは奮起を促す。
「司教さま! あんな小僧共に投降してやる必要はありません! 戦いましょう!」
「そうです! 我ら殉ずる覚悟は出来ております!」
司教は慌てて、好戦的な彼らを止めようとした。
「ま、待て! 殺されてしまうぞ! やめよ! 余計な抵抗をせず、教祖さまを守り逃げるのだ!」
そんな司教を呆れたように、見限り、彼らは武器を手にした。
「我々は! 貴族などに捕われるくらいなら死を選ぶ!」
「くたばれ! 貴族ども!」
そして、教徒の幾人かは騎士たちに向かって駆け出していった。
「や、やめろぉ!!!」
司教の叫びは彼らの耳に届かない。
フランクスは嘲笑うかのように、顎だけで指示を出す。
「ふん! 愚かな! おい! 容赦なく撃ってしまえ!」
「「はいっ!!」」
金獅子騎士団は一斉に銃を構える。
「うてぇ!!! 撃ってしまえ!」
「邪教徒どもを殺せ!!!」
合図と共に一斉に凄まじい銃声が打ち響く。
向かってきた者も、震えていた者も区別する事なく教会は赤い血に染まった。
その惨状に司教は頭を抱え、膝から崩折れる。
「ああああ……! なんてことだ……!」
教祖ガギエルは物事を認識出来ないのか、未だに平然と机の上のものを頬張っていた。
水晶に映し出されたその惨状を見ながら笑う者がいる。
「……クスクス 滑稽ねえ。結局神を信じて命を投げ出すなんて、教義を信じてなかった方が幸せじゃない‼︎」
ネスは腹を押さえながら、心底可笑しそうに笑っていた。
そんなネスの様子に背筋を凍らせながらも、レドモンドは咳払いしながら尋ねる。
「助けなくて良いのですか? 聖女さま」
ネスは笑いながら、その質問を一蹴する。
「あんなバカどもの為に、私が働くなんてイヤよ♡ ほらほら、バカたちの断末魔を楽しみましょ♡」
「……やれやれ」
レドモンドはため息を吐きながら、水晶を見つめる。
取り囲まれた司教も捕縛され、教祖も兵たちに取り囲まれ、縄を打たれようとしていた。




