第六十七話 星と闇
ここラウム宮殿は、ガストリス公国の政務の中心地であり、本日は重要な議題が提出される予定の日であった。
議会場にはもう既に、ガストリスの議員達が集いマリアの登壇を待ち侘びている頃だ。
控え室で書類と原稿を確かめるマリアにカリンはそっと声を掛ける。
「マリア様、お時間です」
マリアは原稿から目を上げ、頷く。
「分かったわ、カリン。ありがとう」
いつにない緊張感のある空気が控え室の時点で張り詰める。
これから先日の打ち合わせ通り、ガストリスの議会で、聖杯と聖水の存在について発表する予定であった。
ここまで漕ぎつけるのに、ツィーゲンでも父王や縁戚からの猛反対に遭った。
何しろ自国の優位性を手放すばかりではなく、他国の批難に晒される可能性のある議題なのだ。
平坦な道のりではなかったのだ。
……しかし、今日をもって世界は変わる
マリアはそう信じていた。
議会に向かう前に、いつも自分を信じてサポートしてくれるカリンに感謝の気持ちを述べる。
「貴女にはいつも重荷を背負わせるわね。いいえ、今回は貴方だけではなく、マサヒデやゾーラ、他の皆も。更に言えばガストリスの皆さまも巻き込んだ発表になってしまうかもしれない」
「マリア殿下、私は貴女の決断を誇りに思います」
カリンは頷きながら、いつになく緊張の見えるマリアの表情に微笑みかけた。
「あらゆる病を癒す聖水の存在を明らかにし、世界の為に活用するという判断、歴代の王の誰も出来なかったことです……! 初めは諸外国からの批難は免れないでしょうが、きっと民衆はいつかマリア様の御心をわかってくれます」
聖杯の存在を明らかにするという決断には、血のにじむような長い時間の話し合いと交渉がもたれた。
利己を良しとせず、父王や親族との折衝を厭わないマリアの姿勢にカリンは心から敬意を抱いていた。
マリアはカリンの目を見つめ、そんな苦労を何とも思っていないかのように柔らかに微笑む。
「カリン…… 貴女も知っての通り、父上も私も今回の決断は頭を痛めながら出したものです。何度も父上とは喧嘩……もとい協議を重ねて、漸く裁可を得られました。それも、貴女たちのような優秀な側近が居なければとても出来ない決定でした…… 私は貴女に感謝してますよ、カリン」
「マリア殿下……!きっとこの提案は通り、世界から難病は激減します! 貴女はすごい方ですよ、マリア」
マリアは椅子から腰を上げ、深く息を吸うと白いドレスを靡かせる。
「貴女にそんなに褒められると照れるわね、カリン。例えそうなったとしても、それは私1人の成果ではないわ。決してね」
凛としたその佇まいにカリンは自分の中の恐れを恥じるように、笑みを浮かべた。
「頑張りましょう、マリア殿下。本日をもって、きっと世界は良くなります」
◇
煌びやかな衣服や、装飾は派手だが軽い鎧を纏った若い騎士の集団が、とある屋敷で隊列を作り居並んでいた。
金獅子騎士団約80名、初陣の日である。
派手な外套を纏ったフランクスは、余裕の笑みを浮かべながら、部下たちを一際高い壇上から満足そうに見下ろす。
やがて副官がフランクスの前に進み出て膝をつく。
「フランクス閣下! 我ら全員いつでも出撃可能です!」
「よし! いいぞ! よく集まってくれた!
諸君! ではこれより作戦を開始するっ!」
フランクスに大仰に腕を振り上げると、紅潮した顔で初めての采を振るう。
「目標は邪悪なるテロ組織! グノルシア教団の潜伏するスラム街の奥! 奴らの根城に踏み込み、悉く捕縛する! 抵抗する奴は教祖以外は撃ち殺しても構わん! なに、殺しても誰も文句は言わんクズどもさ!」
その言葉に居並んだ騎士たちは、快哉をあげる。
まるで玩具を目の前にしたかのように彼らは爛々と目を輝かせていた。
「やるぞ! 我々金獅子騎士団の初陣を華々しく飾るぞぉぉぉ!!!」
「イカれた邪教集団なぞ、我々の敵ではない! 鼻歌混じりに捻ってやろうぜ!」
フランクスは一際声を張り上げ、用意された馬に跨った。
「よし! では行動開始するっ!」
高い建物の上から、行進する金獅子騎士団の様子を見つめる2つの影があった。
1人はビルの端に腰を落ち着け、足をブラブラさせながら楽しそうにドーナツを頬張る。
もう1人の男は、無表情で騎士団からその女の方へ視線を移す。
「……貴女の指示であの愚かな若造を煽ってやりましたが、思った以上に上手くいきましたな。しかし、よろしいのですか? 聖女さま。グノルシアは貴女の教団でしょう? 殺されてしまいますよ」
そんな男の疑問にネスはフフンと笑いながら、興味なさそうに答える。
「あー、そうだったわね。でももう面倒くさいし、飽きちゃった♡ 最後に役に立ってもらいたいのよね♡」
無邪気な表情で笑いながらそう答えるネスに、レドモンドは寒気を覚えながら、小さくため息をついた。
「……やれやれ、本当に恐ろしいお方だ」
目下には若き騎士団たちが、愚かな行進を続ける。




