第六十六話 血気に逸る金獅子
国立病院の一室では、眠り続ける少年の手を母親が心配そうに握りしめる。
先ほど手術を終え、病室に戻ってきたばかりの少年の状況を母親は、同じく彼を見守る医師たちに尋ねる。
「先生…… カイルは……」
医師の1人が頷きなから答える。
「ご安心ください。手術は成功しました。カイルくんは強い子です。きっと目を覚ますでしょう」
「ああ……本当でしょうか? カイル……!」
涙を流しながら、母親は、眠り続けるカイルと呼ぶ息子を抱きしめた。
そう、彼は今は亡きブラディエルに最後の薫陶を受けた少年カイルその人であった。
重病に冒された彼は、絶望的な治療を続けていたが、彼を死なせてはならないと、ある女性の一存により、特別な治療を受けたところであった。
やがて、数分程の息苦しい時が過ぎた。
医師たちはカイルの脳波を見て、歓喜の声をあげる。
「先生! カイルくんの脳波が……」
「……む⁉︎ これは……」
カイルはゆっくりとその瞼を開き、辺りをぼうと見回す。
「……うう ま、ママ……?」
「ああ……! カイル! カイル! 良かった!」
母親は涙を流しながら、カイルを抱きしめ慟哭する。
それは奇跡だった。
カイルは戸惑いと麻酔の残る眠い頭で、小さな声で尋ねる。
「ママ……! 先生? 僕治ったの……?」
医師の1人はカイルに笑みを見せながら、力強く肯定した。
「ああ、病巣は完全に取り除いた。しばらくは経過観察するが、心配要らないよ」
カイルは嬉しそうに両腕を上げて喜んだ。
「……やった! もうすぐ外に出られるんだね…… 僕、ずっと友達と遊びたかったんだ!」
「これからは好きなだけいくらでも遊べるよ……! カイル……! よく頑張ったね!」
そう言ってますます強く抱きしめてくる母親をカイルは抱きしめ返す。
「ママ……!」
しばらく喜びを噛み締めた後、母親は医師たちの方へと頭を下げて礼を述べた。
「先生! ありがとうございました! あなた方のお陰で、カイルが……」
「いえ、新術式の手術に伴うお母さんの同意と、何よりカイルくんが頑張ってくれたからですよ。良かったな、カイルくん。私たちも嬉しいよ」
「うん! ありがとう、先生!」
病室からの帰りの廊下で、医師たちは主治医に満面の笑みを浮かべる。
「先生、良かったですね。正直、あの薬がここまでの効能を発揮するとは思いませんでした」
今回の術式は、先日、マリアから手ずから渡された謎の薬を点滴によって投与した後、カイルの腫瘍の摘出手術を行ったものである。
彼女から新開発のものだと、ある程度の説明を受けた医師たちは、藁にも縋る気持ちでカイルの治療に臨んだのだが、予想以上の結果を生み出した。
彼らにして、このような治癒例は聞いたこともなかった。
「……ああ すごい新薬だよ。あの薬が量産されれば、医療は飛躍的に発展するだろう」
「マリア殿下には感謝しかありませんね。是非ズィーゲンから技術提供をお願いしたいものだ」
「しかし、驚いた…… 投与してから数時間で、カイルくんの病巣は、手術で除去出来るほどに縮小していた。マリア殿下の説明通りだったよ。ズィーゲンはとんでもない薬を開発したのだな」
「しかし、あんな薬今まで聞いたこともありません……! 末期の悪性腫瘍すら克服する特効薬など……! 本当にすごい薬ですね!」
「マリア殿下…… 感謝します」
しかし、医師の1人は一抹の不安を覚える。
あの薬が大量生産出来るなら、本当に世界の救世主となるだろう。
しかし、もし少量しか作れないのならば……
その時はリソースの奪い合いになるだろうことは、政治に疎い者でも予想のつくことであった。
医師の1人は、窓の外を見つめながら、先程の奇跡と、親子の尊い幸福の瞬間を思い出す。
あの幸福と奇跡を手に入れる為ならば、人は己の手を汚し、悪魔にでもなるだろう……
ズィーゲンの秘薬が、量産される事を願いながら、医師は窓の外の灯りに密かに祈った。
◇
フランクスは部下たちを前に、満足そうに眉を上げながら、厳かに宣言する。
「よく集まってくれた! 諸君! 今日集まってもらったのは他でもない! 我が金獅子騎士団の初陣が決まったのだ!」
音頭を取るように、部下たちが声を張り上げた。
彼らは皆、学生時代からのフランクスの取り巻きである。
「フランクス閣下! それは光栄です!」
「待ち侘びましたよ! フランクス隊長! 我が団の発足以来、全く任務もなく暇を持て余してましたのでね!」
フランクスは、顔を紅潮させながら、高揚したように皆を見回した。
「クククク……! よし! みんな、やる気だな! 諸君! では作戦内容を伝える!」
そして、演台の前のスクリーンに地図と作戦内容が映し出された。
「とある者の情報提供により、以前より我らが都ドミニエルを悩ませてきた邪教集団グノルシアの潜伏場所が判明した! 奴らの隠れ家はスラム街の奥にある! 奴らの人員や武装の情報はこちらだ!」
「……おお! これは……」
驚きながら、スクリーンを見つめる部下たちを、フランクスは満足そうに腕組みしながら微笑みすら浮かべる。
グノルシア教団の情報はレドモンドより提供されたもので、彼曰く教皇庁が密かに調査し、発見したものであるという。
『教皇庁は腰が重い。聡明な貴方ならば、必ずグノルシアを捕縛することが出来るでしょう』
レドモンドの言葉を思い出しながら、フランクスはほくそ笑んだ。
そして、嬉々として説明を続ける。
「教祖ガギエルを含め、抵抗を続けるグノルシアの奴らは残り約20数名! 武装も全員に行き渡ってはいない! もはや、奴らは死に体である!」
若き兵たちばかりが集った金獅子騎士団は、全員が喜び歓声を上げた。
「奴らを捕らえれば、とんでもない武功ではないですか⁉︎」
「何なら今からでも……」
フランクスはフフンと鼻を鳴らしながら、指揮棒を奮い、落ち着かせるように一拍おいた。
「落ち着け。この情報は我々の独占するところである。他の警察機構や軍部、もちろんあのアグレアイオスも知らない事項だ……!」
「グノルシアを壊滅させるのは我々というわけですね⁉︎」
「その通りだ! 明朝、作戦を開始する! 各自明日に備えたまえ!」
「よし! やるぞ! さすがフランクス隊長だ! いい仕事をなされる!」
「我が金獅子騎士団の初陣だぁぁぁぁ‼︎」
訓練こそしてはいるが、盗賊の1人すら捕らえた事のない彼らは皆が血気に逸り、誰もが危機感を覚えない。
まるで玩具を目の前に吊るされた子どものようであった。
情報だけ聞けば、未熟な兵でもこなせそうな簡単な作戦に思える。
しかし、誰も一筋の危機感すらも覚えない未熟さこそが、彼らの最大の弱点であり、不幸とも言えた。




