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第六十三話 元老院会議

 ラウム宮殿の奥の一室では、何やら不穏な気配が渦巻いていた。

 この広間には、ガストリスでも高位の貴族しか立ち寄れず、ごく稀にしか会議が開催されることはない。


 ワトスン家、メディナ家、メイヨール家etc……


 侯爵の位を与えられた名家の主たち十数名が居並び、一際高い壇上に上がった、この国のツートップであるメフィラス議長とバルザック出納長を見つめている。


 元老院会議と呼ばれる非公開の会議が、侯爵たちの要望により始まろうとしていた。


 やや肥満体のバルザックが身体を揺らし、こほんと一つ空咳すると、面々を見渡す。


「どうされました? 皆様方。このような朝方に招集とは珍しいですな」


 その言葉にある者は言い出しにくそうに顔を顰め、またある者は顔を紅潮させる。


 また、バルザックの隣に座るメフィラス議長は、山羊のような白く長い髭をひと撫ですると面々を見渡し、厳かな声を発した。


「今日は大事な日だということはわかっておられるはず。手短にお願いしたいものですな」


 侯爵たちのうちの、特に歳を食った1人がしわがれた声でそれに応える。


「お忙しいであろう国家を代表するお二人をお呼びだてして申し訳ありませんな。しかし、事は緊急を要するのです」


 また、ある者はそれを口火とばかりに追随した。


「我が国の安全保障に関わる事なのです。メフィラス議長。バルザック出納長。どうかここに元老院会議の開催を許可し、話を聞いていただきたい」


 バルザックは小さくため息をつき、先を促す。


「……安全保障に関わる議題とは?」


「我が国に現在ご来訪なさっておられるマリア殿下の警備です。我々は現在の警備計画に不安を抱いております」


「何?」


 メフィラスとバルザックは思わず眉根を寄せる。

 一気に部屋の空気が冷え固まるのを感じた者たちは息を呑むが、負けじと議題を続ける。


「先日、グノルシアなどという邪教集団に襲撃を許し、我が国の要人であるブラディエル殿を失ったではないですか。警備の責任者はアグレアイオス。言わずと知れた当の犠牲者であるブラディエル殿の実子です」


「……何が言いたい」


 侯爵たちはますます表情を固くするツートップを見返し、意を決して今回の議題の意図をはっきりと述べた。


「はっきり言いましょう。我々はアグレアイオスの能力に疑問を持っています。解任して新たな責任者を任命なされては?」


「貴族だけではない下賤からも兵を募る魔都防衛騎士団の体制も見直すべきです。だいたい、自分の父親も守れぬ男など……」


 メフィラスの冷たい一喝が、アグレアイオスを誹る者たちの言葉を一斉にぴたりと止めた。


「おい、口を閉じろ」


 侯爵たちの背に冷たいものが流れる。

 メフィラスの表情は絶対零度の怒りのものへと変わっていた。


 侯爵たちは、特権を許さず不正や汚職を次々と摘発する魔都防衛騎士団と、アグレアイオスに大きな不満を抱えていた。

 この機会に降ろしてしまえとばかりに、開いた会議であることは明らかであった。


 その浅ましさに怒りを覚えながら、メフィラスは面々を睨みつける。


「それ以上のアグレアイオス君への侮辱は許さぬ。現場の苛烈さも知らぬ己らが何を偉そうな口をきくか? 笑わせるな」


 しかし、侯爵たちもここまで言われて負けじと言い返す。


「なんですと……⁈」


「なんたる暴言! 今の発言は議長と言えど見過ごせませぬぞ!」


「ほう、許せぬか? ではどうするというのだ?」


 会議が喧々轟々としてきた中、バルザックが無理に笑顔を作り、間に割って入った。


「まあまあ、落ち着いてください、議長。皆様方! 争っている時間はございません。このような事態であるからして、皆様方の不信感が募るのは理解いたします。重々承知しておりますが、なぜこのタイミングでアグレアイオス君の解任などという案件を持ちかけたのかお尋ねしたい」


 侯爵の1人は気を取り直し、襟元を手直しすると、にこやかに答える。


「理由は不信感以外にも彼の発案によります。来たまえ。特別に参加を許可する」


 そう言うと、扉からある男の返事がした。


「失礼致します」


 バルザックは入ってきた者を見て驚く。


「フランクス……!」


 そう言って入室してきたのはアグレアイオスの級友であり、バルザックの弟の息子でもあるフランクス・ドゴスギアであった。

 整った容貌のその若者は、自慢の金色の長髪を撫でながら、余裕の表情で叔父バルザックを見つめ返した。


「やあ、叔父上。すまないな。驚かせて。ですが、お聞きの通り、レオでは非情になりきれず、王女殿下の警護は務まらないよ。我々金獅子騎士団に任せてくれれば、一両日中にグノルシアの奴らを一網打尽にしてみせる」


 侯爵たちは驚いたバルザックをニヤニヤと見つめながら、続けた。


「どうかね? フランクス君ならばアグレアイオス君に劣らず存分の働きをみせてくれると思うが」


「何より、ドゴスギア家の次期当主であり、貴方の甥だ、バルザック殿。不足はありますまい」


 しかし、気を取り直したバルザックは一つ咳払いすると、呆れたように面々を振り返る。


「皆様方、勘違いしておられるようですが……」


 そして、自信満々の表情の甥を見ながら続けた。


(こいつは、はいそうですか、と我々が了承するとでも思ったか?)


 内心でバルザックはとても情けない思いをしていた。


「甥は口が上手い。うまいこと言い含められたのでしょうが、フランクスではアグレアイオス君の代わりはとても務まりませぬ」


 予期していなかった言葉が飛び出し、フランクスは驚いて叔父を振り返る。


「叔父上……! 何を……」


 そして、メフィラスは静かな怒りを多分に含んだ物言いで面々を睨みながら、後を引き取る。


「何より貴様らは浅ましすぎるわ。大方、貴族の特権にも忖度を許さぬアグレアイオス君への不満から、わざわざこんなつまらぬ議題を持ち出したのであろう? 却下だ! 文句があるなら、貴様らの家の子弟で魔都防衛騎士団の総長を務め、都の平和を維持できる者をここに出してこい!」


「くっ……!」


 再び、轟々としそうな会議をさっさと締めるべく、バルザックは両掌をうって面々を見渡した。


「皆様方、落ち着いて。では今日のところはよろしいですかな。解散ということで」




 元老院の重鎮たちが去った後、残されたフランクスは叔父に叱責を受けていた。


「フランクス、お前が元老院を招集したのか! 何のつもりだ?」


 しかし、聞いているのかいないのか、フランクスは不満ありありの表情で、バルザックを見返す。


「何故です⁉︎ 叔父上! 私がマリア殿下の警備責任を果たせば、ドゴスギア家の権威は磐石に!」


 本当に自分に務まると思っているらしい甥に呆れながら、バルザックは言い聞かせるようにその目を見つめた。


「何を言っておる、フランクス。アグレアイオス殿は最高の騎士であり、これ以上ない警察組織の優秀な指揮官だ。お前には金獅子騎士団を与えておるだろう。お前はお前の出来ることをやれ」


 甥がどうしても作りたいというから、作ってやった彼が選抜した金獅子騎士団。

 その実態は、バルザックに言わせれば、彼の交友関係を中心とした甘ったれたお坊ちゃん集団に過ぎない。


 しかし、両腕を広げて尚もフランクスは抗議の意思を止めない。


「叔父上! 私は……! アグレアイオスの下ですか⁉︎ 」


「おい、フランクス。お前とアグレアイオス君は友達ではなかったのか?」


「ええ、もちろん、友人ですよ。ですが、彼が私の下に付くのは当たり前! なんといってもアイツはあの恐ろしい裏切り者の子孫なんだ! 戦後、孤立しかけていたヴァレドに手を差し伸べたのは我がドゴスギア家! 奴の家は私に恩がある! 彼の婚約者を奪ってやったのも何が悪いって話だ!」


 話を聞いているうちに、ますます甥への心象を悪くしたバルザックは、その言葉に己の中の何かが切れた気がした。

 そして、メフィラスを振り返る。


「……少しお目汚し失礼しますよ、議長」


 メフィラスは無表情でただ頷いた。


「構わん」


 ツカツカと歩み寄ってくる叔父に、フランクスは不思議そうな表情を向ける。


「叔父上?」


 そして、その間抜けな顔にバルザックの拳が突き刺さった。


「……グアッ⁉︎」


 床に倒れ伏すフランクスに、バルザックの怒号が飛ぶ。


「貴様! アグレアイオス君の婚約者は、掠め取ったのか⁉︎ お互い納得づくで話がついていたと思ったぞ! このたわけが!」


 そして、更にその腹に跨り、平手打ちを喰らわした。


「いたいです! 叔父上!」


 甥の懇願に耳を貸す事なく、ますますバルザックの折檻は続く。


「弟の子だからと言って甘やかしてきたのが仇となったようだな。甥可愛さに私も目を曇らせていたようだ。性根を腐らせよって。この甘ったれた小僧が!」


 バチリ、バチリ、と頬を打つ音が静かな広間に響く。


「いてっ! イデッ⁉︎ やめてください! 叔父上! ……ウアアッ⁉︎」


「このバカが! 上手く友人関係を作っているかと思えば、そういう腹だったのか! 祖先がどうしたとか、なんの根拠もない傲慢な思想に取り憑かれおって! 貴様などアグレアイオス君の足元にも及ばぬわ!」


「……うう!」


 息を荒げたバルザックは、漸く折檻をやめ、泣き出す甥を立たせる。


「よいか。これを機に性根を入れ替えよ。さもなければどうなるかわかっておるな?」


 そして、無言のまま頷いたフランクスはフラフラとおぼつかない足取りで退室していった。


 バルザックは頭を振りながら、メフィラスに詫びる。


「お恥ずかしいことで。見苦しいものをお見せして申し訳ない」


 静かな表情で、白髪の山羊のような老人はこの日初めて笑いながら答えた。


「いや、構わんよ。若人というのは、自分を特別だと思いがちで間違うものだ。彼がよい方向に成長してくれればいいがな」

※バルザックには男子がいないため、数年前から弟の息子フランクスをドゴスギア家の次期後継として、面倒を見てきました

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― 新着の感想 ―
[一言] 若者は間違えます。 そこで修正出来るかが分岐点。
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