第六十一話 それぞれの休日
一行のデモンズゼッド邸での休暇は本日までである。
ラッセルが書類を手に廊下を歩いていると、物憂げな様子で大広間の長椅子に腰掛けているシェルドンがいた。
いつにないその様子にラッセルは足を止めてシェルドンに声をかける。
「どうした、シェルドン。元気がないな」
振り返ったシェルドンの表情は心ここにあらず、といった様子で若干むくれているようだった。
「……あー 別に…… オラはただ身体がデケエだけの役立たずだあ…… オメエに心配される価値もねえだよ……」
ラッセルは心でため息をつきながら、友人の気持ちを慮る。
彼は先日の隠密機動性の必要な警備計画から、「体格の大きさ」が理由で外されたことに不満を持っているのだろうと推察した。
「そう言うな、シェルドン。拗ねるなよ。仕方ないだろう? 任務には適正というものがある。総長の差配に文句があるのか?」
長椅子に腰掛けたまま、大きな手足を伸ばし、身振り手振りでシェルドンは不満を訴えるが、出てきたのはラッセルの予想とは少し違う答えだった。
「そういうわけじゃねえけどよお……! 総長に文句なんかねえだあ! でもよお、オメエばっかりカリンさんと仲良くするのずりいだあ!」
呆れながら、ラッセルは肩をすくめる。
正直、何も羨ましがられる要素などない。
「何をいう。吹き出した茶をぶっかけられただけだぞ」
その答えに被せ気味にシェルドンは立ち上がって、天井に向けて叫んだ。
「代わってほしいわ!」
(何言ってんだこいつ……)
思わず、呆れを表情に滲ませながら、ラッセルは頭を振ると、気を取り直し、カリンの凛としたその容貌と、この友人の性格に思い当たる。
ワニの魔族である彼はその厳つい見た目に反して、見目麗しい可憐な女性が好みだ。
学生時代から何度も告白しては撃沈する彼を慰めるのは、いつも彼の役目だった。
早くも、また振られた時のフォローのシュミレーションを頭の中で計算する。
「正直面倒」と思いながらもラッセルはこの面食いの友人に、渋々ながら真っ当なアドバイスを送る。
「シェルドン。カリン殿が気になるなら、今のうちに話をしておけ。あと数日で帰国されるのだ。……ほどほどにな」
その言葉にシェルドンは目を輝かせながら、ベンチから立ち上がり飛び跳ねる。
「よっしゃ! わかっただ! 親友! この抜け駆け野郎とか思って悪かっただな! オラ、プレゼントでも見繕ってくるだ!」
そうして、さっさと駆けていく友を、ラッセルはやや呆れながら見送った。
「そんなこと思ってたのか? ……おい あまり張り切り過ぎるなよ」
主人であるアグレアイオスの書斎の前に立つと、ラッセルは扉を叩き、中に向かって声を掛ける。
「ラッセル、御用の書類を持って参りました。入室許可願います」
「許す」
低い声が返ると、ラッセルはノブを回して入室した。
「失礼します。明日の警備計画の詳細を紙データとしてまとめてきました」
書き物をしていたアグレアイオスは、顔を上げると手ずからラッセルの書類を受け取った。
「御苦労。明日に備えてしばらく休め」
「了解しました」
ラッセルはここに来るまでに、問いたかったことがあったのだが、机に向かうアグレアイオスを見ていると言葉が出てこない。
そうして暫く逡巡していると、アグレアイオスが再び顔を上げラッセルの目を見つめてきた。
「どうした、何か言いたそうだな」
迷ったが、意を決して、ラッセルは思っていたことを口にした。
「総長、どうして先日は計画を外れた行動を取られたのです? 貴方らしくない行動でした」
先日、アグレアイオスは警備計画を外れ、警備対象であるマリアを牧場へと連れ出した。
理屈で言えば、この国で彼の隣ほど安全な場所はない。
しかし、本来の彼らしくない行動であったので、ラッセルは気になっていた。
アグレアイオスは書き物の手を止めて、ラッセルの目を見て謝罪する。
「本当に済まなかった。これからは無いようにする」
「……いえ、私は咎めているわけではなく」
「そうか、心配してくれているのだな、ラッセル」
暫く考えた後に、アグレアイオスは口を開く。
「心の衝動に従ったのだ。そうとしか言えない。済まないな、上手く言語化出来ない。だが、大丈夫だ。間違った行動だった。多少感傷的になっていたのかもしれぬ」
実父の突然の死、未だ潜む強敵、明日に迫る警備計画。
ここ数日の事情は、アグレアイオスの精神に何らかの影響を与えていたとしてもおかしくはない。
ラッセルは己の中に折り合いをつけながら、主人に対し慇懃に頭を下げた。
「分かりました。不躾な質問、大変申し訳ありませんでした。しかし、何か葛藤を抱えているのであれば、いつでも重荷を私やシェルドンに分け与えてください」
アグレアイオスは穏やかな表情で頷く。
「いや、心配してくれたのだろう。ありがとう。私は良い友を持った」
◇
シェルドンは夕陽の差す庭を小走りに駆け、摘んだばかりの花束を手に、目当ての麗人を探していた。
その凛とした後ろ姿を見つけると、シェルドンは息を弾ませて追いつく。
「カリンさん!」
振り向いたカリンは驚いたようにシェルドンとその手元の花を見遣る。
その麗人は白いコートに赤い髪のコントラストに、夕陽の橙の陰がかかり、シェルドンはますます彼女が美しいと思った。
カリンは切長の目を見開き、シェルドンの顔を見る。
「……えっ、シェルドンさん? どうされたのです、そんなに慌てて」
「オラ、アンタにプレゼントがあって…… とても似合うと思うだ!」
シェルドンは意を決して、手元の赤い薔薇の花束をカリンに差し出した。
カリンは驚いた後に、思わず微笑みながらシェルドンの手から花束を受け取る。
「……綺麗なバラ」
緊張を押し隠しながら、シェルドンはふう、と一息吐くと、また懐から綺麗なラッピングをされた小箱を取り出した。
「それと…… クッキーも用意してきただ。い、今から一緒にお茶でも飲んでくれねえか⁉︎」
カリンは少し面食らっていたようだが、微笑みながらその提案に頷く。
「ありがとうございます…… とても嬉しいです。ではお言葉に甘えて」
テーブルに着くと、カリンが紅茶を淹れてくれる。
シェルドンは人知れず頬を赤くしながら、カリンの横顔をチラチラと見遣っていたが、彼女がこちらを振り向くとその目を逸らした。
「シェルドンさん、きちんとお礼も言えてなかったですね。先日の病院では、悪魔から守っていただきありがとうございました。その上、危険な目にまで遭わせてしまって…… さぞ苦しかったでしょう」
申し訳なさそうに改めてお詫びと共に頭を下げるカリンに、シェルドンは椅子から立ち上がりながら両腕を振る。
「いやいやいや、あんなもんオラにとっちゃ、屁でもねえだ! オラは何度だってカリンさんを助けるだ!」
その慌てた様子のシェルドンに笑いながらカリンは微笑みかける。
「……まあ、でも本来の任務の事は忘れないで下さいね」
頭を掻きながらシェルドンは照れた表情で大きく頷いた。
「あ、ああ、そうだな! もちろんだ!」




