第六十話 ペッパーの過去⑰
サブレは身体の部分ごとに切り刻まれ、無様に命乞いしながら、肉片へと化していった。
アクトックや兄弟子たちも同様の刑に処され、残ったヤクザ者たちも阿鼻叫喚の中、テロリストたちに切り刻まれている。
彼らは税金を納められない領民の妻や娘、妹などを質として無理やり連れ出し、実質奴隷として売り飛ばすこともしばしばだった。
賊たちが悪党たちを責める手に力が入るのは無理もない。
ペッパーは椅子に腰掛け、グラスに注がれた高級そうな酒を旨そうに呑みながら、部下たちの暴れぶりを満足そうに見つめていた。
部下の1人が休んでいるペッパーに耳打ちする。
「……ベンパーさん、見つかりましたよ」
ペッパーはゆっくりと振り返り顎をしゃくった。
「そうか。会わせてやれ」
傍には数点の絵画が大事そうに並べられている。
奪われたうちの僅か数点ではあるが、ペッパーは取り戻した師の絵画を見つめる。
その時の目だけは一瞬人間性が戻っていた。
牢に閉じ込められていた領民たちの娘や妻、妹たちが涙を流しながら一斉に、助けに来た父や兄たちの胸に飛び込む。
「お父さん!」
「……パパ!」
「お兄ちゃん……! こんなところに……!」
先ほどまで憎き相手を責めていた時とは真逆の表情で、泣きながら盗賊たちは己の大事な者たちを強く抱きしめた。
「ああ、よかった……! 怪我は無いかい?」
「ごめんなあ……! 怖い目に合わせて……」
「お前を連れ去った悪い奴らは俺と仲間たちがみんなやっつけてやったからな……! これからはずっと一緒だ……!」
家族の再会を見つめるペッパー以下、とっくにサブレたちによって家族を奪われた者たちの表情は動かないが、どこか寂しげだった。
やがて家族と再開出来た者たちは、ペッパーに頭を下げ心からの礼を述べる。
「ベンパーさん、本当にありがとうございました! あなたのおかげで娘を取り戻すことが出来ました……!」
「俺も妹を取り返す事ができた……! アンタがいなければどうなっていたことか……!」
大体10数名ほどの子女を救い出せただろうか。
今夜彼女たちを救えなければ、ヤクザ者たちの毒牙にかかるところだっただろう。
心より感謝する部下たちに、ペッパーは耳をほじりながら、面倒そうに欠伸する。
「ああ、もういいよ、そういうのは。それより……」
そして、家族と再会出来た10名前後ほどの部下たちを指さした。
「お前ら、クビな」
「……えっ⁉︎」
思わぬその言葉に戸惑う部下たちに、ペッパーはため息を吐きながら続ける。
「聞こえなかったか? 俺たちは調子に乗った貴族どもの皆殺しを目指す地獄の殺戮集団だぜ? いらねーんだよ。ハングリー精神を失った奴らは」
「ベンパーさん……?」
「そんなっ⁉︎」
騒つく部下たちを横目に、ペッパーが傍の部下たちに顎をしゃくると、いっぱいに貨幣が詰まった皮袋が人数分、目の前に並べられる。
「退職金は出してやる。サブレや腐れヤクザどもの貯め込んだあぶく銭ならその辺に転がってたからなあ! ヒャハハハハハハ! 二度とその面見せんじゃねーぞ。お前らはもうお尋ね者だ。外国にでも逃げな」
「……ベンパーさん!」
「俺たちは……!」
戸惑いながら縋るような目をする部下たちに、ペッパーは後ろの取り戻したばかりの彼らの家族たちを指差した。
「家族を連れてまだ盗賊を続けるつもりか? あめーんだよ。邪魔だ。いいかこれは決定事項だ。失せな」
そのぶっきらぼうな言葉に部下たちは涙を流しながら、家族の肩を抱きしめ、ペッパーに再び深々と頭を下げた。
「……‼︎」
「……ありがとうございました‼︎ ベンパーさん!」
「フン。とっとといけ」
そうして、夜中のうちに城を抜け出した元部下たちを見送ると、残った部下たちがグラスを傾けるペッパーに信頼の篭った眼差しを向ける。
「流石ですね、リーダー。失うものがない我々は地獄までお供しますよ」
そんな部下たちに、くだらないというようにペッパーは手を払う。
そしてミンチのようになったサブレやヤクザたちの死体を見ながら旨そうにソーセージを頬張った。
「はあ? 勝手に良いように解釈してんじゃねえよ。文字通り邪魔なだけだ。ここからはよお、俺たちは豚どもの死体で道を作るんだぜぇ⁉︎ ヒャハハハハハハ‼︎」
その目には黒い怒りと狂気が燃え盛っていた。
それから数ヶ月、ペッパー一味は魔都ドミニエルの貴族たちやヤクザ者の屋敷やパーティー会場を荒らしまくり、一万を超える命を奪うこととなるのだった……
◇
ペッパー率いる盗賊団は数ヶ月間、散々暴れ回った後、遂には重い腰を上げた国の編成した精鋭の騎士団により、壊滅させられた。
ペッパーを残し、全員が戦闘の末に討ち取られ、処刑され、ドミニエルに深い恐怖の傷痕を残したのだった。
ポトポトと天井から雫が滴り落ち、カビ臭い地下牢には血の匂いが立ち込める。
鎖で繋がれたその男は、アザだらけになりながら眠っているようだった。
ふと、人の気配に気づき顔を上げると、そこには、10代半ばほどの少女が場違いな笑みを湛えて、左右非対称の色の瞳でペッパーを見つめていた。
「はぁい♡ 初めまして。爆弾魔くん? でいいのかな? 私はネスちゃん。聖なる教団の可愛くて清楚な聖女さまよ♡」
ペッパーは面倒そうにネスと名乗る少女を見つめ返しながら、幻覚の類ではないことを確かめて億劫そうに返事する。
「……なんだぁ? てめぇ…… おめえみてえなガキがどうやってこんな所に忍びこみやがった? ふん! 失せやがれ…… ここは子どもの遊び場じゃねえんだ」
顔立ちの整ったその聖女と名乗る少女を、気狂いと断じながら、ペッパーは再び眠るべく目を閉じる。
ネスはますます笑みを強めながら、その場でクルクルとステップを踏んだ。
「あらあら、連れないわねえ。子ども扱いしちゃやーよ。私こう見えても聖女さまなんだから♡ 信じてないのかな?」
騎士団との戦いで片目を失っていたペッパーは、残された片目を伏せながらため息をついた。
「……失せろ 鬱陶しいんだよ、クソガキ」
「まだわかんないかなあ……? 死刑囚の閉じ込められているこんな牢にまで1人でやってきた私が普通の子どもなわけないじゃない♡」
ペッパーはネスのシャツや手元にかかった返り血を認める。
まるで遊び場に散歩に来たかのように無邪気に振る舞うその少女の笑みに一瞬、ペッパーはゾクリと背筋を凍らせた。
「何者だぁ……? てめぇ……」
そして、ネスは聖女のようにニコリと笑いながらペッパーの顔にじっと目を近づけた。
「あんたのその狂気と絶望、気に入ったわ♡ まだまだ破壊したいでしょ? 殺戮したいでしょ? 私の下で働くならもっとも〜〜〜っと! 暴れられるわよ♡」
数瞬の後に、ペッパーは鎖を引きながら、頬の血を拭う。
「……フン!」
ネスは嬉しそうに両手を叩き、その場で踊るように飛び跳ねた。
「じゃあ、契約成立ね! その目も治して新しいのを付け替えてあげる♡ それと……」
そして、クスクス笑いながら、取り出した鍵で牢の扉を開けた。
「新しい名前もあげちゃおうかな♡ そうねえ…… ペッパーくん! あなたは今日からペッパーくんよ♡」
ネスの笑みを見つめながらペッパーはウンザリしたように肩をすくめた。
「ケッ! ダッセェ名前……」




