第五十八話 ペッパーの過去⑮
城の大きな広間には華やかなお香の煙が立ち込め、集まった男達が息を呑むように立てかけられた絵画を見つめる。
「なるほど、本物と遜色ありませんなあ……」
サブレは男達の反応に満足そうに口を歪める。
「ええ、皆さまがたには精巧な贋作の方も是非お売り頂ければと」
男達の1人は顎をさすりながら、ウゼールの贋作の出来に満足したように頷いた。
「うむ、今やウゼール様の本物の絵画は表には出回っていませんからなあ。しかし、さすがはお弟子たちだ。本物によく似ている」
今夜、国内や海外のマフィアを城に集めて、サブレはオークションのついでにウゼールの弟子たちによる贋作の販売も目論んでいた。
これで父の絵画を使って無限に儲けることができる。
椅子に座りその様子を見ていたウゼールの弟子達3名もマフィアの反応をみて、ほくそ笑んでいた。
間もなく、客達に料理や酒が運ばれてくると宴もたけなわとなる。
食事の後はウゼールの絵画のオークションが開かれるのだ。
それぞれのファミリーを代表してやってきたマフィアたちは上機嫌で酒を飲む。
「ふう! こんなにいい酒も呑めてウゼール閣下の名画も頂けるなら最高のパーティーになりそうだよ!」
「いやいや、残念ながら今晩ウゼール殿の絵を競り落とすのは我々ですよ! 土産にウチからワインでも奢りますよ。ヒヒ……」
不穏になりそうなヤクザ者の間に入り、サブレは取りなす。
「まあまあ、今夜はわざわざこれほどの方達にお越し頂けたのです。どなたにもお土産はございますので、どうか穏便に」
心の内では舌打ちをしながら、サブレは給仕に酒のお代わりを命じる。
(チッ……! ヤクザどもが……! 貴族である私に気を遣わせやがって!)
そんな様子を見ながら、奥の椅子に座った太った男がふぉっふぉっ、と笑う。
「まあまあ、サブレさん。イライラしないで」
サブレはその初老のでっぷり太ったスーツの男を振り返り愛想笑いを浮かべた。
「アクトック先生…… 本日は闇社会でもかほどの大物たちをお招き頂きありがとうございます。父の絵も高値で売られることを喜んでいることでしょう」
アクトック弁護士は皿の料理をますますお代わりしながら、アルコールに酔い、顔を真っ赤にしている。
「クク…… なあに、やはり絵画にとって高く売られる事こそが幸せでしょうからな。芸術を愛する者として当然のことをしとるわけですよ」
アクトックの仲介により、サブレはこの数年マフィアとの交流をますます強めていた。
心の内ではアクトックのことを小馬鹿にしてはいるが。
(ふん! 暗黒街にまで幅を利かせる強欲な悪徳弁護士が)
そして、鼻を鳴らして給仕に命令する。
「おい、そろそろメインディッシュをお出ししろ」
「はい」
その時、部屋の照明が薄暗くなり、弦楽器の音が鳴り響いた。
「……ん? なんだ?」
サブレや客達が鳴る音楽と声に注視すると、複数名の男たちが奥の宴台に立っていた。
そして、マイクを握った男が楽しげにアナウンスを始める。
『レディーースアンドジェントルメン‼︎ 今宵は最悪の土地ドラクレフ領まではるばるお越しくださりありがとうございやす! 錚々たるヤクザで紳士な皆様がたには我が愚君からスペシャルなプレゼントがございますので、たっぷりと! ご堪能くださいや‼︎』
エンターテイメント風に朗々と述べるその司会の男に客達は訝しげな目を向け、サブレは眉を顰めた。
「……なんだぁ⁉︎ チッ! アイツは誰だ⁉︎ おい! 誰が愚君だぁ⁉︎ くそっ! こんな余興を計画した覚えがあったか?」
横の秘書に話を振ると、首を傾げている。
「おかしいですねえ……?」
サブレや客達の困惑に構うことなく、司会は粛々と何やら行事を進めていく。
『さて、今宵皆さまにご堪能いただきたい我がバカ殿からのスペシャルサンクスはこちらでござい!』
そう言って司会は扉の方を指さす。
もはやこの場の空気は謎の闖入者に握られていた。
扉が開くと給仕の男達が、白い布で料理を覆ったらしい台車を次々と運び入れてくる。
唖然とする男達のテーブルの横に台車が運び入れられると、一斉にその布がめくり上げられた。
「……⁉︎」
「うっ……! うわぁぁぁぁぁ⁉︎」
「なっ! ……なんだあっ⁉︎ これはあっ‼︎」
度肝を抜かれた客達は悲鳴を上げ、その場は阿鼻叫喚の有様へと化する。
台車の上にはブラックピッグを始めとする衛兵たちの無残な死体が乗っていたのだった。
客の1人がサブレに食ってかかった。
マフィア相手とはいえ、出し物にしては余りにも趣味が悪すぎる。
「おい! サブレどのっ! これはいったいどういうことだ⁉︎」
「……な、なんなんだ⁉︎ なにが起きてやがる⁉︎」
客達の幾人かは、不穏な空気を察して部屋から逃げ出そうとするが、扉の辺りには銃を構えた男たちが立ち塞がった。
遂に会場は悲鳴と怒号の阿鼻叫喚の地獄へと変貌する。
司会の男は高笑いしながら、男達を嘲笑う。
『おおっと! 動くなよ! ヒャハハハハハハ‼︎ たっぷりと楽しんで頂けたようだな‼︎ だが、祭りはここからだぜ‼︎』
そう言って司会が指を鳴らすと、ブラックピッグの死体が爆発した。
血だけでなく、肉や骨が周りにいた客たちに突き刺さる。
「ギャァァァァァァ⁉︎」
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」
「目が‼︎ めがぁぁぁぁ⁉︎」
驚いたサブレは地に腰をつくが、気を取り直し傍らの秘書に命令する。
「くそっ‼︎ 奴は誰だ⁉︎ おい! アイツを早く捕まえろ‼︎」
しかし、闖入してきた男の1人が銃を構え、秘書の頭を吹き飛ばした。
サブレは驚き、再び尻餅をつく。
「……ヒィッ⁉︎」
そして男達は給仕の服を投げ捨て、サブレやマフィアたちに銃口を向けた。
「そうはいきませんねえ、クソ豚野郎。アンタには貸しがあるんだ。今夜たっぷりと返してもらうぜ」
「すっかりと油断しきってたみたいだなあ。弱かったぜ、アンタの傭兵たちは」
サブレたちはテロリストたちに完全に包囲される。
マフィアの中でも荒々しい者は、テロリストたちに立ち向かっていくが、そんな者たちも容赦なく撃ち殺されていく。
仲間が殺される様を見て怯えながら、客達はテロリストたちに怯え切った目を向ける。
「……ヒィッ⁉︎ なん、なんなんだ! お前らは⁉︎」
壇上から降りたペッパーは地に尻をついたサブレを見下ろし、冷たい目で見つめた。
「サブレぇぇぇぇ! オイラの顔に見覚えはあるだろう⁈」
声の方を見上げたサブレは男の顔を見つめながら、数秒固まる。
そして何かに思い当たったように顔を真っ赤にして吠えた。
「……⁈ ううっ! お前は……」
ペッパーは歪んだ笑みを浮かべ、両腕を上げると部屋の隅まで行き渡るような声で高笑いを放った。
「さあ、楽しいパーティーの始まりだぜぇぇぇぇぇ‼︎ ヒャハハハハハハ‼︎」




