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第六話 マサヒデ・バンクス

 ──ゼズナ暦806年12月21日付魔都新聞朝刊一面より


『ズィーゲン王国第一王女、我が国に来訪される』

 先日未明、妖精王国ズィーゲンの国賓であらせられる第一王女マリア・ジュペール・ドゥ・シュマ・ガル様がガストリス公国に来訪された。

 両国のかねてよりの宿願である技術提携により死の病パルプフィズ病を共に乗り越えるという構想は以前よりあり、この来訪はその橋頭堡となる。

 王女殿下は先日より我が国の首脳たちと会談を始めており……

 ※右下は王女殿下とメフィラス議長、バルザック出納長との記念撮影 ラウム宮殿三の広間にて






 ………………………………



 マリアがガストリス公国に来訪してから3日目の昼。

 先日から王女はガストリスの主要貴族や政治家たちとのいくつもの会見を分刻みでこなしており、活発な彼女であっても流石に疲労困憊の様子だった。

 ラウム宮殿に用意された一室でマリアは机にうつ伏せになり目を閉じる。


「今日はもう疲れましたわ……」


「お疲れ様です、殿下」


 それを労うカリンの顔にも疲労の色が滲むが主ほどの抑圧に晒されてはいない、と己を奮い立たせる。

 しかし、徐にマリアが顔を上げカリンのルビーのような赤い髪をじっと見つめたかと思うとまたまた突飛なことを言い始めた。


「……ねえ、明日から貴女が髪の色を染めて私の代わりに諸々の会見を済ませてくれないかしら。年格好も似ていることですし、きっとこの国の誰にも分かりませんわ」


「殿下、ご冗談は大概になされませ」


 カリンは作った笑顔を浮かべながらマリアの目をじっと見る。

 目の端と唇が吊り上がっているのは本当に怒っている証拠だわ……と思いながらマリアは再び机に顔を伏せる。


「そんな黒い笑顔で怒らなくても…… 私には1人も味方がいないのね……くすん…… どうしてこんなに多くの公務をこなさなくてはならないのかしら……」


 カリンは机の上の書類の整理をしながら嗜めるように机に伏せ、泣き真似をするマリアを見つめる。


「殿下、貴族たちの間で貴女が会った会わないという差が有れば争いの元になります。ましてや影武者を立てるなど持っての他です。

 いずれ休暇も挟みます故、どうかご容赦を」


 マリアはうつ伏せのまま、諦めたようにため息を吐く。


「皆さま、誰もが私を働かせたがるのね」


 更に追い討ちをかけるようにカリンはマリアが先日来、目を逸らしていた重要案件を告げる。


「殿下、明日貴女の後見役であり私の祖父である中将が到着します。一緒に怒られましょう」


 カリンのその言葉にマリアは小さな悲鳴のような声を上げると更に机の上にへたりと伏せる。


「もういや……」


 カリンの祖父であり、マリアの幼少時からの守役であるズィーゲンの重鎮マサヒデ中将が本来なら彼女と同行する筈だった護衛団を連れて明日ガストリスに入国する。

 マリア達の独断先行に対し、きっとかんかんに怒っているであろう御老体の頑固な顔を思い浮かべてマリアはうんざりとした気持ちになる。

 ……もちろん自業自得ではあるが


 ノックの音にカリンが返事すると部屋の扉が開き一つ頭を下げアグレアイオスが入室する。

 2人の前まで進み、顔を上げたマリアの目を見たアグレアイオスが気遣うような口調で話し始めた。

 マリアのその美しいエメラルドの瞳に今日は少し淀みがあるようだった。


「殿下、お疲れのようですね。予定を変更して少し長めの昼休憩と特別な昼食を用意しております」


 少し乱れた銀髪を整えながらマリアは足元に視線を落とす。


「ここの食事も美味しくて大変満足なのだけど、たまにはジャンクも食べてみたいわ……」


「そう言われると思いまして、本日は我が国の最大のファストフードチェーンマオドナルドのオーナーであり、シェフでもある方にお越し頂いております」


 アグレアイオスがもたらしたその朗報に先ほどまでのぐだりかたが嘘のようにマリアは起き上がり瞳を輝かせ背筋を伸ばす。


「えっ⁉︎ もしかして半バーガーが食べられるの?」


「ええ、今より持って参りますので暫しのお待ちを」


 マリアは椅子から立ち上がり満面の笑みでアグレアイオスを見つめた。


「添加物てんこ盛りのマヨネーズありありの大きいのが食べてみたかったの! 嬉しい! 感謝しますわ! 総長殿!」


「えっ…… ちょっと困りますよ、総長殿」


 王女殿下たるもの栄養バランスを考えた食事を摂らなければならない。

 カリンが難色を示すがアグレアイオスは小さく笑うと受け流すように言葉を紡ぐ。

 今さらこんなに喜んでいる少女から何も取り上げることは出来ないだろう。


「カリン侍従殿、良いではないですか。殿下はジャンクフードを御所望だ。心配しなくとも質には拘っております。ではお食事は後ほど給仕係が持って参りますので、私は一旦これにて」


 カリンは尚も何かを言おうとしていたが、懐の通信機が緊急信号を告げていたのでアグレアイオスは急いで部屋を後にする。



 アグレアイオスは宮殿の廊下の端で待つ黒い隊服の男を認め挨拶はそこそこに本題に入る。


「どうした? 6番隊の隊長。何かあったのだな」


「お取り込み中申し訳ありません。しかし急ぎお伝えしたいことが」


 アグレアイオスは部下に話の先を促す。


「先日捕らえたヂドー盗賊団の一味、やはり何か裏があるらしく、どいつもこいつもなかなか口を割りませんでしたが今朝方、一味のうちの1人が王女襲撃事件について詳しく語りたいと取り引きに応じました。粘り強く一人一人別室で取り調べれば裏切る奴が出てくるものなのですね」


 頑なに非道を嫌うアグレアイオスの捜査方針により、魔都を守る騎士たちの間では取り調べに拷問を用いることは禁止されている。

 その結果、隊では工夫して様々な取り調べ方法が採用された。

 今回用いられた手法は「囚人のジレンマ」だろう。

 アグレアイオスは頷く。


「うむ、よくやった。では取り引きの内容とは」


「それが……少しハードルが高くて…… 奴は議長命令による無罪放免を要求してます。

 弁護士立ち会いによる書類まで用意せよとの事で…… どうしますか?」


 これは情報を吐き出す代わりに王女襲撃の罪を取り消せという司法取引だ。

 アグレアイオスは少し考え部下に尋ねる。


「信憑性はあるのだな?」


 部下の男は暫く考え渋い表情で頷いた。


「恐らく…… 私が責任を持ちます」


「わかった、議長には私から話を通しておこう。事件の全容を掴む方が先決だ。議長も了承してくれるだろう。何しろ王女の極秘の来訪ルートを賊どもに流した者が何処かに居るということだからな。情報が出鱈目であれば取り引きは反故にすればいい」


 アグレアイオスは部下の労を労い互いの仕事場へと戻ることにした。




 部下との話を終えてアグレアイオスが王女たちの居る執務室に戻る途中、小さな悲鳴が聞こえてくる。

 ……マリアの声だ

 アグレアイオスは執務室へと駆け出し勢いよく扉を開ける。


「殿下!」


 アグレアイオスは慌ててマリアの姿を探すが、しかしそこには予想に反する光景が広がっていた。


 恰幅の良い紺色の制服を着た白髪の老人が皿を手にし、マリアが涙目で何やら抗議していたのだった。

 老人の方もその表情を見ると顔を真っ赤にしており、かなり頭にきているようだった。


「じいっ! 返してよ!」


「なりませぬっ! こんなものを食べて健康を害すことはもちろんお太りになられてはなんとされますか!」


「ほっといてよ! それセクハラよ!」


 顔を赤らめ小柄なマリアは長身のマサヒデの持つ皿に手を伸ばすがひょいとかわされる。

 それはまるで孫と老人のじゃれあいのような様相だった。

 まるで一般家庭で繰り広げられるようなその光景を暫く呆然と眺めていたアグレアイオスは資料で見知った老人のその容貌に行き当たる。

 整えられた白髪にV字の立派な髭、紺の制服の上からでもわかる筋肉質のがっちりとした体格。


「これは…… マサヒデ・バンクス中将殿か。お早いご到着で」


 目の前でマリアとじゃれるこの老紳士こそ、エルフの国ツィーゲンの老将マサヒデ・バンクス中将その人に間違いなかった。

 わざわざ名前を日本名に変えたほどの日本好きだとも聞いている。

 ……そして第一王女の口喧しい後見役


 部屋の喧騒をバックグラウンドにカリンは済まなさそうにアグレアイオスに頭を下げる。


「総長殿、お見苦しいところをお見せしております」


 どうやらいち早くガストリスに到着した中将が王女の本日の昼食であるジャンクフードを見咎め取り上げたところのようだった。


「いえ、それは構いませんが」


 マリアがマサヒデの持つハンバーガーの載った皿に向けてぴょんぴょんと跳ね老将がそれをかわす光景を見ながらアグレアイオスは額を押さえた。

※マサヒデ・バンクス中将

ズィーゲン王国陸軍名誉中将。

89歳。未だに矍鑠としており元気。

マリアの幼少時からの守役でありカリンの祖父でもある。

改名するほどの日本マニア。

趣味は将棋と茶道。

好きな武将は織田信長。もちろん名前の由来は信長の守役からである。

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― 新着の感想 ―
[一言] ジャンクフードって魅力的なんですよね。 少しぐらいとも思いますが。
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