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第五十二話 ペッパーの過去⑨

 ペッパーとトッドは美術館を周り、ウゼールの絵が無くなっていることを確認すると、職員たちからサブレの強引な回収の様子などを聞いた。


 ペッパーは壁を叩き怒りに肩を震わせる。


「くそっ! 美術館から本当に師匠の絵が消えてやがる! あのクソ野郎!」


 トッドは腕を組み、考え込みながらペッパーを嗜める。


「落ち着け、ベンパーくん。オカタイ先生が亡くなった今、ウゼール様が方々に遺品を寄贈するという意思を示した確かな文書は失われてしまった。しかし、我々はウゼール様の絵を取り戻さなくてはならぬ……」


「俺はあの野郎がムカつくからだが、アンタはなんでそんなに熱心なんだ?」


 不思議に思うペッパーの疑問にトッドは美術館の絵を眺めながら答える。


「あのサブレを見たじゃろう。あの男は芸術を解するような者ではない。ましてや、人の気持ちを慮ることなどできない人間じゃ。そんな奴の手元に貴重な価値ある絵画が渡ればどうなると思う?」


「……まあ、売っぱらわれるだろうな」


 頷きトッドは眉を顰める。


「もちろん、そうじゃ。しかも奴の場合、それだけではない。マフィアとの交際の噂も絶えん男だ。もし、暗黒街にウゼール様の絵が渡ってしまえば、二度と大衆の目に触れなくなってしまう……! それだけは! それだけは避けねばならん……!」


 サブレは父親の作品を金品としか見做していない。

 高値を付けた者であるなら、マフィアであろうとウゼールの作品を売り飛ばすことだろう。

 ペッパーはその話を聞き、胸の奥に黒い怒りを燃やす。


「……なるほど あの野郎を殺してでも取り返さないとな」


「これ、物騒なことをいうな、ベンパーくん。それでは奴らと同じ思考じゃ。サブレとは裁判で争うんじゃよ。スラム街に移り住む前のウゼール様の交友関係は広くあらせられた。良い友人を回ってコツコツと証人と証言を積み立てるんじゃ。きっとサブレにはやましいところや瑕疵があるはずじゃ」


 美術館を後にしながらペッパーはこれからの途方もない作業や裁判について考えるが、トッドが一緒ならば難解な裁判であろうと戦えるだろうと腹を括る。


「ふん、わかったよ、じいさん。貴族なんか嫌いだが…… 師匠の絵のためだ。オイラも頑張るぜ」


「ああ、お前が頼りじゃ。……そうすればきっと、お前さんの評判も回復するよ」




 それから数日、ペッパーとトッドは弁護士事務所や、ウゼールの友人を訪ねて歩き回った。

 貴族の家からは、煩わしいと追い払われることも多かったが、少人数ながらも、証人となってくれるという者もちらほらと現れ始めた。

 問題は弁護士だ。

 相手が名門貴族と大手事務所だけあって、なかなか仕事を受けてくれる者がいない。


 ある日、息子夫婦の家で朝食を取った後、トッドは支度の最中に息子に呼び止められる。


「父さん、無理はしないでくれよ。訴える相手は相当な悪評の貴族だって聞いたけど大丈夫なのか?」


 息子はサブレの悪評を聞いて、トッドの心配をしているようだった。

 そんな息子を嬉しく、また頼もしく思いながらトッドは微笑む。


「ああ、心配してくれてありがとうよ。だがな、やらなくてはならんことなんじゃ。ウゼール様の絵画と、最後の弟子は後世にまで残さねばならん……」


 少し腹の膨らんだ息子の嫁が気遣わしげにトッドにコートをかける。


「お義父さん、気をつけてくださいね」


 優しい息子夫婦に、ますますトッドは裁判に勝たなくてはならない、と意思を強くする。

 強い者が思いのままに正しいことを捻じ曲げるような未来があってはならない。

 帽子を被り、トッドは息子夫婦に手を振る。


「こんな老ぼれ1人、脅威にも思っておらんさ。相手は傲慢な貴族なのだからな」



 今日は朝からペッパーと待ち合わせの約束がある。

 また、裁判で戦うための弁護士事務所を捜し回らなくてはならない。


 朝も早く、そこは人気の少ない街道であった。

 そうして道を歩いていると、困った様子の女性がトッドに声をかけてきた。


「あのう、すみません。……道に迷ってしまいまして 市役所はここからどう行けばいいのでしょうか?」


 困った様子の女性の持つ地図を見ながらトッドは親切に答える。


「ああ、見せてみなさい。ここからだね……」


 トッドが地図と道を照らし合わせながら、女性に道順を案内しているその時だった。

 不意にトッドの胸に鋭い衝撃が走った。


「グッ……⁉︎」


 力が抜けるようにその場に倒れたトッドは自分の胸を押さえる。

 べっとりと真っ赤な血が手につき、胸からどろどろと血液が溢れ出した。


 背後から野太い男の声が聞こえてくるので、犯人と見做したトッドは必死になってもたつく足を絡ませながら逃げた。

 とはいえ、手負であり、当然大したスピードではない。


 トッドの逃げる背を見つめながら豚の殺し屋であるブラックピッグは、血に塗れたナイフを布で拭い、不敵に笑った。


「おいおい、あっけねえなあ。じいさん。貴族様と喧嘩してんだろ? 用心しないお前が悪いんだぜえ」


 先ほどまでトッドに道を聞いていた女は、逃げるトッドを指差し焦ったように眉を顰める。


「ねえ、ちょっと。まだ生きてるわよ、あの人。もし生き残ったら私まで捕まるじゃない!」


 女は隙を作るためのブラックピッグの仕込みであった。

 ブラックピッグは余裕の表情で高笑いする。


「はっはっは! まあ待てよ。心配すんな。わざととどめ刺してねえんだよ。俺の殺しの腕は絶妙だぜえ。そうそう、お前にはまだやってもらうことがあるからよ!」


 先程の刺突でトッドに致命傷ではあるが、少しだけ動けるだけの深傷を負わせた。

 ブラックピッグはこれまで数々の者をその手にかけており、暗殺の腕は中々のものであった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 辛うじて止められる人が殺されてしまって。
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