第五十一話 ペッパーの過去⑧
その日の朝、アトリエの壁に描かれたイタズラ描きにペッパーは唖然とする。
「おい…… なんだあ」
そこには、『スラム街の盗っ人野郎』『守銭奴』『人殺し』などと言った悪意のある中傷が描き並べられていた。
ペッパーは舌を鳴らしながら、落書きを消すための白ペンキやモップの用意をする。
「チッ! タチの悪いイタズラしやがって!」
その時、背後から聞き知った老人の声が聞こえてきた。
「ベンパーくん!」
振り返ると心配そうな表情のトッドが立っていた。
ペッパーは何気ない様子で肩をすくめながら笑顔を作る。
「おお、爺さんか。なんだ、来てくれたのか? ちょっと待ってな」
「手伝うよ……」
そう言ってトッドはモップを掴んだ。
ひと通り落書きを消した後で2人はアトリエ内の椅子に腰を落ち着け、茶を呑み一息吐いた。
そして、トッドはペッパーに向き合い、言いにくそうに口を開く。
「ベンパーくん、一昨日オカタイ弁護士が亡くなられたのは知っておったか?」
ペッパーは驚いて目を見開いた。
「……まじかよ 初耳だぜ」
「少しはニュースもチェックしたほうがいい…… いや、今はそれよりオカタイ先生のことじゃ。自宅に帰ったところを何者かに襲われ、鈍器で頭を殴られた後、喉を掻き切られておったそうじゃ」
ペッパーはテーブルを叩いて立ち上がった。
「ひでえことしやがる……! 一体誰がそんな事を」
トッドは首を横に振りながら答える。
「犯人はまだわかっておらんそうじゃ。先生は仕事柄、機密を扱うことも多く、ましてや貴族や平民関係なく弁護活動をしておったそうじゃから、悪徳貴族からは少なくない恨みを買っておったそうじゃ…… 本当に残念な事じゃな」
当然のように、ペッパーはある男の嫌な笑みと表情に思い当たった。
「……まじかよ まさかサブレの仕業なのか?」
サブレはウゼールの遺産分割に対し、オカタイにしつこく不服を申し立てていたようだ。
どれだけ金銭を積んでも裏切らないオカタイに業を煮やしたサブレが、刺客を雇い殺害した……
ありそうな話だった。
トッドは考え込みながら、腕を組む。
「わからん。だがサブレは相当な悪評の貴族じゃ。いろんな悪とつるんどるらしい。ヤツがやっていたとしてもおかしくはないな」
「……汚ねえ野郎だぜ」
「今日ここに来たのはその話に関してじゃ。オカタイ先生が亡くなられてから、サブレがウゼール様の遺言に反して、美術館や孤児院寄贈の絵画を勝手に回収し始めたそうじゃ」
「なんだと⁉︎」
その情報はペッパーにとって何より許せない話であった。
顔を真っ赤にしながら、ペッパーは地面を蹴り上げる。
その時、アトリエの扉が不意に開かれ複数の男たちが入ってくる。
「やあ、お邪魔するよ」
そこには趣味の悪いスーツを着たサブレが不敵な笑みでこちらを見つめていた。
ペッパーは怒りで肩を震わせ、サブレを怒鳴りつける。
「てめえ! 何しにきやがった‼︎」
サブレと弟子たちは馬鹿にするように余裕の笑みを浮かべていた。
「クククク……! 早速噛み付いてくるか、ドブネズミ風情が。ふん! こんな臭いところに来たくはなかったが、不当に奪われた私の絵を回収しなければならないのでね」
「なに⁉︎ てめえ! まさか師匠の絵を取りに来たのか⁉︎ 汚ねえ奴め! おい! お前がとった絵も返せよ!」
迫ってくるペッパーに顔を顰めながら、サブレは怒鳴り返した。
「取った、だって? ふん! 心外だな! 父を誑かして私の絵を取ったのは貴様だろう! このスラムの盗っ人風情が!」
「なんだとぉ……!」
そして、サブレが顎をしゃくると、控えていた豚の傭兵であるブラックピッグがペッパーを殴りつけた。
「ぐあっ!!」
頬を殴られると、ペッパーはあっさりぶっ飛ばされ、床へと転がる。
「ベンパーくん!」
慌ててペッパーを介抱するトッドを尻目に、サブレは連れてきた配下に指示を出す。
「おい! おまえら! 絵を持ってけ!」
「この! やめろ!」
痛みを堪え、飛びかかろうとしたペッパーを押さえトッドは宥めるようにサブレの目を見る。
「サブレさんよ、これがアンタのやり方かね? ウゼール様に恥ずかしいとは思わんか?」
しかし、トッドの真っ直ぐな視線をかわしながら、サブレは絵を回収する部下たちを見て止める様子も見せない。
「フン! 下賤が一丁前の口を聞くなよ。私が自分の物を取り返して何が悪い。そうそう、このボロい屋敷とアトリエはくれてやるよ。じゃあな、私の周りをうろつくなよ、ネズミども」
そして、目的の絵の回収が終わるとサブレたちはさっさと引き上げていった。
ペッパーは怒りと悔しさに身体を震わせ、床に伏せる。
「ちくしょう……!」
その肩を揺さぶりながら、トッドは気付かわしげにペッパーを見つめた。
「ベンパーくん……」




