第四十八話 ペッパーの過去⑤
教会の壇上に載せられた黒い棺には、敷き詰められた花の中で目を閉じたウゼールが眠ったように冷たくなっていた。
ペッパーと共に最後の作品を完成させた翌日の朝、ウゼールはベッドの上で冷たくなり息を引き取っていたのだ。
どうしたらいいか分からず焦るペッパーは家政婦たちに連絡を取り、漸く葬儀の段取りをつけ、駆けつけられるウゼールの友人や親交のあった近所の者だけでしめやかに葬儀を終えたところだった。
ウゼールの屋敷の掃除屋であった老人トッドは懐かしげに、悲しげに傍に立つ家政婦である老婆イネにポツリと呟く。
スラム街に住む彼らにも気を使い、給金も高かったウゼールに彼らも感謝していた。
「我々のような下々にもお優しい方でしたな……」
ペッパーは教会の長椅子に寝転びながら、拗ねたように舌を鳴らす。
「ケッ……! お優しいだぁ? オイラなんか何度殴られたかわかんねえよ!」
トッドは振り返り、ひねくれたこの少年を諭すように言った。
「それもウゼール様の弟子への愛情。君もわかっとるだろう」
フン、と鼻を鳴らしペッパーは長椅子に寝転び続ける。
彼は昨日師が亡くなってからずっとこの調子である。
イネは涙を拭いながら、棺のウゼールを見つめる。
「他の貴族の方と違って、我々の目線にまで降りてきてくれる方でした…… お陰で娘や孫にゆとりある生活を送らせてあげられました……」
トッドもその言葉に頷く。
「芸術や貴族のことはわからんが、惜しい方を亡くしたな……」
その時カツカツ、という足音と共に黒い喪服を着た男が彼らのいる祭壇の間へと現れ慇懃にお辞儀をすると、話を切り出した。
「よろしいですか? 皆さま。この教会から広間の一つを借りられたので、そろそろ話を始めようと思いますが」
彼はウゼールに遺言に基づいた遺産分割について選任された弁護士であった。
ペッパーは面倒そうに長椅子を転がりながら舌を鳴らす。
「なんだよ、オイラはいいから爺さん婆さんに任せるわ。小難しいことはわかんねーよ」
「何を言っとる、ベンパーくん! きっと君への遺言だぞ!」
「そうそう、行きなされ」
2人に促され、ペッパーは渋々といった様子で立ち上がる。
「……はいはいわかったよ」
弁護士はトッドとイネにも話を向ける。
「ああ、ウゼール様のご遺言で念のため、証人としてお二人にも一緒に聞いていてもらえるとありがたいです」
「そうか」
弁護士は辺りを見回しながら、ここにいるべきはずのある人物を探す。
葬儀を終え、既に客人は帰り日も沈みかけている。
しかし、親族であれば、当然ここにいるべきであるが……
「ご遺族の方はまだ来られないのですか? できれば一緒に聞いて頂きたいのだが……」
息子であるサブレは遂にウゼールの葬儀に出てくることは無かった。
しかし、その時、扉が開くと小太りの男が幾人かの者たちを従え、悠々と部屋へと入ってきた。
「あっ、お越しになられたようで」
サブレの薄く笑った顔を睨みながらペッパーは、呆れ、そして怒った。
「ケッ! 葬儀が済んでから来やがったぜ! なんて奴らだよ!」
3人を一瞥だけすると、棺にも近寄らず、弁護士の方を向きサブレは偉そうに挨拶する。
「弁護士先生かね?」
「はい、私はウゼール•ドラクレフ様の遺言を預からせて頂いてます、オカタイと申します。ウゼール様の御子息サブレ様とお弟子様方で間違いないでしょうか?」
「ふん、如何にもだ。ちょうど良かったようだな。父の遺産について話し合いを始めようじゃないか」
その態度と言葉にペッパーは怒りに肩を震わせ、拳を握りしめた。
「……ちょうどいい、だあ? バカやろうが……!」
今にも殴りかかりそうなペッパーの肩をトッドが抑える。
「落ち着け、ベンパーくんよ」
別室に移ると、弁護士は席についた面々を見渡しこほんと一つ咳払いした。
「では、関係者の方々にお集まり頂いたということで、ウゼール•ドラクレフ様のご遺言を発表致します」
そして鞄から封筒を取り出すと、手紙を取り出して、壇上の大きなスクリーンに映し出すと、内容の説明を始めた。
「まずは御子息サブレ様へは家督と、ドラクレフ領の正式な継承が認められています。それとウゼール様の遺産1億2000万ギルの相続。御本人のサインと御朱印も御座います。ご確認ください」
腕を組みながら聞いていたサブレは、不服そうに鼻を鳴らす。
「……フン」
「続いて、お弟子様方にも形見分けとして数点の絵画が譲渡されます」
弟子たちの間からも不服の声が漏れ聞こえる。
「……チッ! それだけか……」
「では続けます。ウゼール様の代表作『進撃の女神』はルプワールド美術館へと寄贈。『サルバトレオ』はオークションにかけられ、売り上げは孤児院へと寄付されます。『ベルリフ島』は国営の美術館へと寄贈……」
次々とウゼールの代表作は、彼の意思通りに美術館に寄贈され、或いは孤児院や友人に寄贈されていった。
彼らしい、最も公平に世のためになる形見分けとも言えるものだった。
そして、トッドとイネにも退職金と称し、彼らにとって相当の金額が贈与されることになった。
最後の段となり、弁護士オカタイはペッパーの方をチラと見て、厳かに通る声で宣言した。
「そして、最後に。今以外のウゼール様の作品の所有権、それとアトリエはこちらのベンパー様に継承されることになります」
「ちょっと待て‼︎」
立ち上がり、即刻物言いをつけたのはサブレであった。
顔を真っ赤にしながらサブレはペッパーを指差し、激昂する。
「さらっと言ったが、残りの作品全てをそこの小僧にだと⁉︎ 二十数点はあるでないか⁉︎ ふざけるな‼︎ 承服しかねる‼︎」
ペッパーはその男の強欲さと薄情にいっそ呆れ、むしろ何も言うことがない。
弁護士は感情を交えることなく、サブレを見つめると落ち着いた物言いで口を開いた。
「ですが、ここにあるのがウゼール•ドラクレフ様の御意志であり、ご遺言です。不服があるなら裁判所へ申し立てを。私は仕事をしているだけですので」
「……くっ‼︎」
まだまだ不満があり気なサブレに構うことなく、弁護士は取り出した手紙を面々に手渡していく。
「そして、こちらがウゼール様のお手紙です。それぞれお受け取りください」
ウゼールの生前に認められたその手紙は、それぞれに用意されたものだった。
ペッパーは大事そうに封を開ける。
手紙の概要は以下の通りだった。
『我が弟子ベンパーへ
遺言のこと、さぞ戸惑っておることだろう。意味もよくわからぬと思う。だが、そこにおる弁護士は金だけで動く男ではない。信用できる者であるからして、よく相談して物事を決めるように。
私は常日頃から、富める者だけが良い教育を受け、己の特技を伸ばし好きな道を歩める現状に疑問を抱いていた。
スラム街には才能があっても、誰にも振り返られぬお前のような子どもはまだまだ居るというのにな。
生まれの差によって、その才能が埋もれたり、ぞんざいに扱われるようなことがあってはならぬ。
きっとお前の存在は芸術界に衝撃を与えるだろう。
持たざる者の希望となってやれ。
我が弟子ベンパーよ。期待しておるぞ』
葬儀中は戸惑いの中、悲しむ間もなかったペッパーは、手紙を読みながら大粒の涙をはらはらと流した。
「師匠……!」
一方、これからのことを案じる叱咤激励の内容の手紙を受け取ったサブレは不満ありありで、乱雑に自分の手紙を傍の召使いに手渡した。
「フン! くだらないな! 不愉快だ! 我々は帰らせてもらう!」
ペッパーは顔を拭うと激昂しながらサブレを怒鳴りつけた。
「テメエ! それでもあいつの息子かよ!」
サブレはフン、と鼻を鳴らし、冷たい目でペッパーを見つめると一笑に伏した。
「赤の他人の貴様に言われたくないね。……このままでは済まさない! では失礼する!」
そして、弟子たちや供の者を連れて、教会をさっさと後にした。
追いかけて殴りかかりそうなペッパーを抑えながら、トッドは息をついた。
「落ち着け、ベンパーくん。ウゼール様の意志を受け継いだのはお前じゃ。あんな奴ら気にしなくてもいい。これから頑張るんじゃぞ」




