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第四十二話 束の間の休暇④

 マリアの護衛隊は騎士たちと協力しながら、2人の護衛を続ける。

 携帯食のクッキーを齧りながら、カリンは傍の騎士に愚痴を零した。


「だいたいあの方は奔放すぎるんですよ。昔から」


 話しかけられた騎士は反応に困り、苦笑しながら首を振りカリンの話を聞く。

 カリンはガリガリ、とクッキーを齧ると双眼鏡を眺めながらますます身振り手振りでトーンを強める。


「私や近侍の思う通りに動いてくれたことなど無いんです。異世界のトウキョウにまでお忍びで行ったんですよ⁉︎ 一国の王女が。信じられます⁉︎ それが私たちの次代の女王なんですよ」


 その言い草に騎士たちの間からは思わず吹き出す者もあったが、慌ててこほんと咳払いで誤魔化す声も聞こえてきた。

 カリンはそう言ってため息を吐きながら遠くを見る目になる。


「……本当、可愛い性格と可愛い顔をしてなかったらとっくに見捨ててますよ」


 その時、空からラッセルが舞い降りてカリンの前に降り立った。

 そして緊張した面持ちで言い淀む。


「あの…… 大変申し上げにくいのですが……」


「どうされました? ラッセルさん?」


 珍しく焦った様子のラッセルに、カリンが水筒の水を飲みながら問いかけると、予想の斜め上の回答が返ってきた。


「総長と…… 殿下をロストしました……」


「……フ、フヘェェェェェェェェ⁉︎」


 カリンは思わず、口に含んだばかりの水を吐き出しむせた。

 その思わぬバッドニュースにエルフの護衛隊はもちろん騎士団も一斉に騒めき始める。


 しかし、ラッセルは言い淀みながらもカリンたちに落ち着くように促す。

 先ほどまで騎士団と護衛隊が完全に包囲しながら歩いていた2人を見失う。

 あり得ないことであった。

 しかし、ラッセルは動揺しながらも悲観しない。

 信じ難いことではあるが、彼の推理によると多分……


「あの、カリン殿。落ち着いてください。本当に申し訳ありませんが…… 我々のこの厳重な警備と監視を抜けられるのはあの人しかいません…… ですので、大丈夫かと……」





 橙色の日が西に消えかける頃、アグレアイオスとマリアは乗り込んだバギーを飛ばし、人気のない郊外へと向かっていた。

 もちろん、予定にない行程である。


 マリアは飛ぶように過ぎゆく景色と心地よい風を感じながらご満悦の表情で、頬を紅潮させそろそろ瞬き始めた星を見つめる。


「すごい……! 風が気持ちいいです!」


 運転席からアグレアイオスは応える。


「お喜び頂けて光栄」


 アグレアイオスは護衛たちを撒くために、通りがかりの者からバギーを即金で買い、監視が緩いルートを選んで逃走した。

 もちろん護衛計画を知り尽くしている、というか責任者であり、並外れた運動神経を持つ彼にしか出来ないことであった。


 しかし、マリアは不思議そうな表情でアグレアイオスを見つめる。


「……総長さん こんなに思い切ったことをする方だったのですね。驚きました。嬉しいし楽しいのですけど…… どうしてです?」


 当然の疑問である。

 あの実直なアグレアイオスがルールを破ってマリアを予定外の郊外へと連れ出したのだ。

 真意がわからない。

 しかし、アグレアイオスは微かに微笑んだだけで前方を見つめながら曖昧に答えるのみである。


「どうしてでしょう。私にもわかりません。貴女に当てられたようです」


「まあ……!」


 マリアはムッと閉口した後に、クスクスと花のように笑う。

 アグレアイオスはふっと笑みを浮かべると暗くなり始めた地平に見え始めた牧場を認めた。


「見えてきましたよ」


「あれが貴方の牧場ですか……」


 牧場に到着すると、住居スペースから中年の男女が現れ、柔和な笑みでアグレアイオスを出迎えた。


「おや、こんな時間に珍しいですね、若様。いや、御当主様。……あらあら、なんとも綺麗なお嬢様を連れてこられましたね」


「こんばんは。久しぶりですね、ヤダイさん。奥様」


 そうして親しげにアグレアイオスと牧場の責任者である夫婦が握手を交わすと、マリアは頭を下げ丁重に挨拶をする。


「初めまして。私は…… メイア・・・と申します。突然お邪魔して申し訳ありません」


 ヤダイの妻は目を細めながらマリアを見つめ嬉しそうに微笑む。


「気品のあって可愛らしいお嬢さんねえ…… さすが若様のお友達ですわ」


「こらこら、失礼だろう、アグレアイオス様とお嬢様に」


 アグレアイオスは鷹揚に微笑み頷く。


「いや、構わないさ。済まないが小一時間ほど馬と牧場の場を借りるぞ」


 ヤダイは微笑みながら首を縦に振った。


「どうぞどうぞ、借りるも何も。あなたの牧場で所有馬ですから」


 小屋から出て夫婦たちから一時別れると、アグレアイオスはマリアに謝罪する。


「彼らとは幼い頃から旧知の間柄なのです。高祖父の頃から代々デモンズゼッドに仕えてくれている気のいい人たちです。どうか無礼のほどはご容赦を…… 貴女の身分を明かす訳には参りませんので」


 マリアは考える。

 夫婦は自分のことを彼の新しい婚約者、または候補だとでも思ったのだろうか。

 目を伏せ、マリアは首を横に振った。


「分かっていますわ。そんなこと何も…… 気にはしておりません」


「ありがとうございます」



 牧場に着くとマリアは馬たちが草を食み、思い思いに闊歩する様子を引き込まれるように見つめる。


「……わあ 可愛くて美しいですよね、お馬さんというものは」


「ええ、私もそう思います」


 そして、馬の一頭に目をつける。

 がっしりとした白い馬体が月明かりに美しく照らされていた。

 周りの馬から畏れられながら、堂々と草を食むその様子はまるでこの牧場の王であった。


「あら、もしかしてこの子は……」


「さすが、御目が高い。そちらはシルバー号です。乗馬大会で数年前に世界一を取った馬ですよ」


 マリアはシルバーに歩み寄るとその鼻を撫でる。


「……すごいわ 感激です。私も少しですけどテレビ中継で見ていました。よしよし、賢い子ね」


「宜しければ御乗りになられますか?」


「よろしいのですか?」


「もちろんです」


「ありがとう! アグレアイオス殿! 早速乗らせていただくわ!」


 マリアはニコリと微笑み、軽々とシルバーへと跨った。


「……御見事 素晴らしいお手前ですね」


 マリアは嬉しそうにシルバーを操り歩く。


「へへ…… あのアグレアイオス様から褒められちゃいました…… わたし、乗馬は得意なのですよ」


「さすが、マリア様です。では私も」


 アグレアイオスは馬の一頭を連れてくるとこれも軽々と跨る。

 それは黒毛の堂々たる体躯の馬だった。


「こちらは期待の若駒バイタス。私の新しい手持ちとなる予定です」


 2人は馬に乗りながら並んで歩く。

 マリアは広い道を指差しながら嬉しそうに微笑んだ。


「そちらも良い子ですね。では少し走りましょうか。いいでしょう?」


「はい、駆け足まででお願いしますね」


「ええ、もちろん弁えておりますわ」


 そして、2人の乗った馬は薄暗くなり始めた夜道を走り出す。

 心地よい風が頬を打ちマリアは辺りの景色を見渡した。


(……ああ、楽しい 風が気持ちいいわ)


 数分馬を走らせると湖畔へと到着し、2人は馬を制止させる。

 月が湖に映り、静寂がどこまでも広がっていた。


 マリアは下馬すると、美しい湖畔を見渡し眩しそうに辺りを見回す。

 月光に照らされた銀髪と碧眼は月夜に鈍く輝き、白雪のような肌はまるで妖精のようだった。


「ありがとう、アグレアイオス殿。こんなに楽しいのは久しぶりよ。私、今日のことはずっと忘れない」


「……何度でも」


 下馬しながら返事しかけたアグレアイオスは言いかけて口を噤む。

 忘れそうになるが、マリアが女王になればそうそう好き勝手に出歩くことも出来なくなるだろう。


 マリアはアグレアイオスを振り返り、真っ直ぐとその目を見つめた。


「ねえ、アグレアイオス。どうしてルールに違反してまで私をこちらに連れてきたの? きっとみんな慌てて私たちを探してるわ。……もちろん私は楽しかったけれど」


 アグレアイオスはマリアのどこまでも美しい碧眼を見つめ返しながら、あえて感情を交えぬ声音で答えた。


「貴女をあの顔のまま帰したくなかった。ただそれだけです」


「……そう、ありがとう」


 そうして、マリアはアグレアイオスに背を向けて辺りの樹々を見渡す。


「私、貴方に口説かれるかと思ってドキドキしちゃった。ううん。今でもそうしてくれないかなあ、なんて思ってたりしてる」


 アグレアイオスはその小さな背中を見つめ困ったように呟く。


「……お戯れを」


「このまま貴方と世界の果てまで旅できたら…… 楽しいでしょうね」


 そして、マリアはそっとアグレアイオスの袖を指で摘んだ。


「ねえ、アグレアイオス。私も…… 貴方と2人きりの時はレオと呼んでいいかしら? 親しい方は貴方をそう呼ぶのでしょう?」


「……ええ貴女がそうされたいのならば」


「気のないお返事ね」


 そして2人は倒木の上に腰を下ろした。

 マリアは袖を掴みながらアグレアイオスを見上げる。


「レオ、じゃあ次は私のことを『マリア』と呼んで。2人きりの時は……」


「殿下……」


 マリアはアグレアイオスの困った顔を見て、俯く。


「……私のことなんか嫌いよね ごめんなさい、アグレアイオス。今日は本当にたのし……」


 間をおかず、アグレアイオスはマリアの要望に応えた。


「マリア。そんな寂しそうな顔をしないでください。私なぞでよければいつでもお支え致します」


「……敬語もイヤ。もっとお友達と話すように接してよ」


 思わずふっと笑みを浮かべ、アグレアイオスはマリアの碧い目を見つめる。


「それは命令か? マリア。貴女は本当に暴君だ」


 マリアは悪戯そうに笑い返す。


「ふふふ…… ブラディエル様にもそう言われたの」


 そしてアグレアイオスの紅玉のような目を見上げた。


「でも命令じゃないわ。嫌なら……」


「嫌なわけがない」


 ため息を吐きながらアグレアイオスは笑い声を響かせた。


「俺は君ほど危なかしく、魅力的な女性を他に知らないよ」


 その返事に嬉しそうにマリアはアグレアイオスの手を取る。

 マリアはアグレアイオスの手を握りながら、月夜に輝く湖畔を見つめ続けた。


「……へへへ しばらくこうしていてね、レオ」


 夜の静寂と月光が2人を包み込んで、まるでいつまでも時間が止まっているかのようだった。




 水晶を見つめながら召喚した巨鳥に乗るゾーラはため息を吐く。


「やれやれ…… 何をやっておるかと思ったら見ちゃおれんわ」


 ゾーラが遠見の魔術によって、2人の無事と現在の様子を漸く確認できたところであった。


 はあ、と再び息を吐きながらゾーラは呟くように夜空に巨鳥を旋回させる。


「10分……いや20分ほど見逃してやるわ。だがそれ以上は許さんからな、アグレアイオス殿」


 2人の様子を伺った時は今すぐ連れ帰ってやろう、としたが最近のマリアの寂しげな表情を思い出しながらゾーラは思いとどまった。

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― 新着の感想 ―
[一言] いろいろ大変な思いをしてきたし、これくらいは…ですね。
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