第四十話 束の間の休暇②
生クリームとフルーツをたっぷり使用した大きなパフェを嬉しそうに頬張る姿はとても一国の王女には見えない。
マリアは誰に憚ることなくパフェをスプーンで大盛りにして次々と口へと運ぶ。
「う〜〜〜ん! おいしい‼︎ 我が国にはないフルーツをふんだんに使ってますね。ソニアにも食べさせてあげたいわ……!」
頬を押さえながら、心の底から目を輝かせるマリアに、笑いそうになるのを堪えアグレアイオスは神妙に応える。
「お気に召して頂けたなら幸いです」
パフェを食べ終わり、紅茶を啜るとマリアは正面に座るアグレアイオスの目を見つめる。
「次は…… 劇場に連れて行ってくれるのよね? とても人気の観光名所の一つだとか」
大変だった事前準備の事などおくびにも出さずアグレアイオスは答える。
「はい、この都のエンブレオ歌劇場にはよその国や大陸からも多くの観光客が足を運んでいきます。今日は花形俳優が多く出演しますよ」
「楽しみですわ」
煉瓦作りの洒脱で大きな洋館はガストリスの誇るエンブレオ歌劇場である。
満員の観客の中で比較的余裕のあるVIP席に座ると、マリアはパンフレットを広げ思わず息をつく。
「……すごい やはり私に合わせて俳優さんたちを呼んでくれたのですか? そうだとしたら申し訳ないです」
「たまたま、劇場の方が気を利かせただけですよ。殿下は何もお気にせず劇をお楽しみください」
アグレアイオスは警備の事前の段取りを練る際に、劇場の長や劇団の長達が是非王女に御目通りとご挨拶を、とせがまれて何とか丁重に断ったことを思い出し、内心で苦笑する。
マリアはというとそんな大変だった事前準備など知ることなく片手に持った砂糖菓子を齧り、熱い紅茶を飲みはじめた。
やがて公演開始の時刻となり、ブザーが鳴り響く。
『……紳士淑女の皆様、大変長らくお待たせいたしました。これより演劇『ロンデ&ジュリア』を開始します』
壇上を見つめているとアナウンスとともに場内の照明が消え壇上の幕がゆっくりと開いていく。
厳かなクラシックを背景に、星の降るような塔の上から煌びやかな衣装の男女が見つめ合う場面から演劇が始まった。
『ああ……ジュリア! どうして君はそちらの領地に生まれたんだ……』
『ロンデ様…… わたしに翼があれば今すぐそちらに参りたいです……』
ホワイト家とブラック家という戦争と抗争を続ける両家にそれぞれ生まれたロンデとジュリアは、惹かれあい、やがて時代の荒波に引き裂かれる。
王道の悲恋の物語である。
マリアは徐々に劇にのめり込みながらハンカチを握りしめる。
俳優たちの演技も素晴らしかった。
ロンデとジュリアは両家の監視の目を掻い潜り、何度も逢瀬を重ねる。
『ロンデ様! 私に会いに来てくださったのね!』
『ジュリア! 僕は君に会えるのならこの身が朽ちることなど惜しくはない!』
『……うれしいわ ロンデ様』
やがてロンデはジュリアとの逢瀬が露見し、父親に糾弾される。
『愚か者め! ホワイト家の娘などにたぶらかされおって! 当分謹慎しておれ!』
激昂する父親に平伏しながらロンデはジュリアへの愛と平和への願いをこめて懇願する。
『父上! どうか! どうかジュリアとの婚姻をお認めください! もう無駄な血を流すのはやめましょう! 両家の調停は我々が取り持ちます!』
『ええい! それでもブラック家の男か! おい! ロンデを連れて行け!』
『父上!』
ロンデは衛兵たちに連行され、とある一室へと軟禁されることとなる。
紆余曲折を経て、ロンデの危機を察知したジュリアとその従者の助力により2人はようやく再会し、抱きしめ合う。
『ロンデさま!』
『ああ! ジュリア! こうなったらブラック家もホワイト家も関係ない! 誰も僕たちのことを知らないところへ…… 逃げよう!』
『わかりましたわ! ロンデ様!』
悲壮なまでの覚悟を胸に2人は逃避行の旅を始める。
『さあ、ジュリア。ここから僕たちは自由になるんだ……』
『どこまでもついていきますわ! ロンデ様!』
しかし、貴族育ちの2人には数々の苦難が訪れる。
両家の追っ手に加えて、盗賊に襲撃されることもあった。
そして何より用意した路銀はじきに尽きる。
『もう食べるパンがない……』
『そこで干してあるキノコをとってきましたわ……』
束の間の寝床と決めたボロ小屋の中に横たわり、ロンデは咳をしながら僅かな食料を手にしたジュリアを見て涙を流す。
『ああ…… 済まない…… 君にこんな真似をさせるなんて……』
ロンデの身体は追っ手や盗賊との闘争の傷に加え、疲労により限界が近づいていた。
『くそっ! 追っ手が!』
『ロンデさま!』
そして遂に追っ手が2人を包囲する。
追っ手たちは辺りに火をつけ、激しく矢を打ちかけてきた。
ロンデは燃え盛る小屋の中で己の胸に突き立った矢を見つめながら倒れる。
『……もうだめだ ジュリア…… 済まない……』
ジュリアは倒れたロンデに泣きながら追い縋った。
『ロンデ様…… 私をおいて行かないで……』
しかし、ジュリアの願いも虚しくロンデはやがて力尽きてしまう。
ジュリアは泣きながら、悲しげなクラシックメロディを背景にナイフを己の喉元へと近づける。
『ロンデ様! ああ! あなた1人でいかせない! 私も共に参りますわ……』
そして、壇上の明かりは落とされ静寂と観客の微かな咽び泣きとともに演劇は終わりを迎えた。
マリアは己のハンカチをぐっしょりと濡らしながら咽び泣いていた。
「ううっ……! ぐすっ……!」
アグレアイオスは童女のように泣く王女にそっとハンカチを手渡す。
「新しいハンカチです、殿下」
目を真っ赤に腫らしたマリアはアグレアイオスの手からハンカチをすっと受け取る。
「……ありがとう ……ぐすっ!」




