閑話 クロフツ叙事詩I 『黎明』
── 5000年前 (ゴドフリー大陸より海を二つ隔てた)ベシェエル大陸にて
どこまでも広がる朝焼けの緑の草原には白い煙と血の匂いが燻る。
原生林が残るそこここの木の影からは肉食獣や猛禽類がおこぼれに与ろうとじっと遠くの辺りを伺っていた。
どれだけ自然が雄大で美しかろうと人の浅ましい営みは変わらず、まもなく酸鼻を極めるような戦争が始まろうとしている……
バサバサと風にたなびく旗や火薬の匂いが、開戦が近いことを告げる。
突如アルアハン地方に押し寄せた隣大陸の軍事大国マケドヌヤ帝国の大軍は、まずは沿岸の村を簒奪し、勢いに乗ってこの地域の侵略を目指していた。
アルアハンはただその侵略を手をこまねいて見ていただけではない。
何とか傭兵やマケドヌヤに恨みを持つ者たちを寄せ集め、ここオノヌヤ平原で決戦に挑もうとしていた。
しかし、精鋭揃いのマケドヌヤ軍30,000に対してアルアハンは寄せ集めの兵6,000。
到底この戦いでアルアハンに勝ち目はない、と言われていた。
やがて朝日が昇り、鏑矢の音と共に両軍が激突する。
「よし! 矢を撃ちかけよ!」
「とつげきぃ!」
「殺せ! アルアハンの奴らは皆殺しだぁぁぁ!!」
「侵略者どもを追い返せ! 生きて奴らの祖国に返すな!」
激しい怒号と共に火薬の炸裂音、次に矢が嵐のように飛び交う音に続き、騎馬が地鳴りのように駆ける。
遂に開戦し、戦場に地獄のような血風が吹き荒れた。
開戦当初、両軍の激しい攻防により戦局は一進一退を繰り返していたが、二時間ほどすればやがてマケドヌヤの地力がアルアハンを押し始める。
やはり侵略に特化した専門兵の力には、即興の軍隊では対応しきれなかったのだ。
アルアハンの陣奥では大将の1人が芳しくない報告を伝令兵より受けていた。
「騎士団長ーー! マケドヌヤの反撃により、左翼陣崩壊! 農兵の逃走が続出しております!」
「後方より伝令! 兵糧を盗んで逃げる兵が相次いでおります!」
泥まみれになりながら次々とやってくる伝令兵の報告に、アルアハンの大将は眉を顰め己の髭を強く握る。
「むぅ……! おのれぇ! 不忠者どもめぇ!」
このままではアルアハンの敗北は必至。
大将が撤退を考え始めたその時だった。
戦場に似つかわしくない無邪気な笑い声が重々しいその空気を切り裂く。
「そりゃあ、無茶ってもんだろ。寄せ集めの兵になに期待してんだ? おっさんよお」
大将が訝しげに声の方を振り返ると、背に大きな剣を背負い黒鉄の鎧を纏った少年兵が太々しく笑っていた。
兜を徐に外したその少年の金色の美しい髪は絹のようにたなびき、顔の造形もまるで神の描いた絵画のように美しい。
身長も低く、一見、その少年兵を美少女と見間違えた兵士すら居た。
このような地獄のような状況にあってもその少年の周りだけ、どこか空気が違うようで、大将は戦場であることを一瞬忘れて思わず息を呑む。
どこぞの貴族の子弟が紛れ込んだのだろうか。
……否
服装とその乱暴な言葉使いから少年をどこかの平民の子どもと看做した。
側近たちは苛立ちながら服装だけは貧相なその少年兵を怒鳴りつける。
「なんだぁ? ガキぃ! 大将に不遜な口をききよるか!」
大将は側近を嗜めながら少年兵に目をやった。
この時代の貧農には多いことだが、食い扶持にあぶれて親元から逃げ出した子どもの一人であろう、と大将は推察する。
「よい。おい小僧、こんなところで遊んでないで前線にゆくか、逃げるか早く決めるがいい」
こんなところで死なせるには忍びない、という大将の計らいであった。
この男の判断は一定の法律や道徳というものが未だ存在しない当世としては、かなり人道的といえた。
……しかし、指揮官の判断としては弱いともいえる
少年兵はその言葉を聞いて蒼天を見上げるように高笑いを上げる。
「気に入ったぜ、おっさん。俺としちゃあこんな小さい国どうなってもいいんだがな……」
そう言って、唖然とする側近の1人をまるでそうするのが当然かというように馬から蹴落とす。
「この白い馬、目をつけてたんだよな。俺にくれ。いいだろ?」
いきなり無茶を言い始める少年兵に大将も側近も戸惑い、あるいは苛立ちを覚える者もいたがその少年の不思議な雰囲気に誰も何故か強く出られない。
白馬を軽々と操り、前へと向かおうとする少年に大将と側近たちは慌てて声を荒げ呼びかける。
「おい! 小僧! 何をするつもりじゃ⁉︎」
「さがれ! あぶねーぞ!」
少年は振り返り太々しい笑みを浮かべ事もなげに言う。
「大将首とってきたら、金貨100枚。あとメシたらふく食わせろ。いいな?」
「はあ? なにを言っておるか! 寝ぼけてるのか! 小僧!」
「おい! 小僧!」
「死ぬ気か⁈ バカガキめ! くそっ!」
少年兵は再び兜を被ると、大将たちを今度は振り返ることなくまるで一陣の風のようにその場を後にする。
馬を取られた騎士は歯噛みしながら地面を蹴り上げた。
「くそっ! わしの馬とっていきやがった! あのガキぃぃぃ!」
マケドヌヤ軍の陣奥に設けられた陣幕の更に奥では煌びやかな服や外套を纏った艶々とした金髪の男がワインを飲みながら、つまらなそうに傍の側近に問いかける。
「そろそろ終わりそうか? つまらん戦だったな」
この場の主であり、指揮官である煌びやかな男はマケドヌヤ皇帝イオニス。
強大な国力に任せて侵略戦争に明け暮れている傲慢な暴君であった。
側近は平伏しながらもイオニス王に報告する。
「敵左翼に続いて右翼も崩壊。中央もジリジリと削れており、もはや勝負ありです」
イオニス王は余裕の笑みを浮かべながら自慢の髭を撫でる。
「そうか。今日中に敵国の都に進軍するぞ。奴らは所詮異教徒よ。市民からの略奪を許可する」
「ははっ! 兵士たちへの励みになりましょう」
状況はマケドヌヤにとって圧倒的に優勢だった。
戦の間、本陣は一度も動いていないほどに。
しかしその時、マケドヌヤの陣奥に騒めきのような悲鳴と怒号が響いてくる。
「……むう? 何やら騒がしいのう?」
やがて鋼がかち合う音と怒号が飛びかう。
伝令兵が慌ててイオニス王の陣幕に飛び込んできた。
「陛下! 申し上げます! 何者かが単騎で本陣に特攻をかけてきています! 後方へ退却を!」
イオニス王は驚愕の表情を見せた後、顔を紅潮させ椅子から立ち上がる。
「なにぃぃぃ⁈ たった一騎に振り回されとるのか⁉︎ 我が親衛隊は何をしておるかあ⁉︎」
怒鳴りつけられた伝令兵は震えながら青い顔で恐る恐る奏上した。
「……し、信じられませんが次々と一騎の武者に薙ぎ倒されております!」
イオニスは手元の杖をへし折り、伝令兵にさらに怒号を飛ばす。
「さっさと首を刎ねてもってこい! この光の王イオニスがたった一騎の兵如きに怯えて退避などできるかぁっ‼︎」
「は、はいっ‼︎」
この時は、この混乱の収束も時間の問題、とイオニスも側近もそう考えていた。
数分前まで完全に優勢にたっていたマケドヌヤ軍の陣奥は混乱に陥っていた。
疾風のように戦陣を駆け抜けてきた騎馬武者一騎相手に、一般兵士や将校を問わず彼の前に立つ者は次々と薙ぎ倒されているのだ。
階級の高い将兵の1人は所々に散らばる味方の屍を見ながら肩を震わせ、罵声混じりに下士官たちに怒号を飛ばす。
「な、なんだぁっ⁈ なぜ先ほどまで圧倒していた我が軍が押し込まれている! あの死屍累々の山はなんだあっ⁉︎」
「わ、わかりませぬ…… ただ、そこの先ほど死んだ兵は『死神をみた』と……」
一騎の騎士により楽観ムードが一瞬にして混乱と恐慌に陥っていた。
怒りながら将校は槍で地面を突く。
「えええい! 何か若い兵がたった一騎で暴れ回っているらしい! とっとと捕まえて殺してしまえっ! それでこの戦は終わりだ‼︎」
「ははっ! ……えっ⁉︎」
その時、将校の頭に飛んできた槍が突き刺さり一瞬で絶命した。
兵士たちが振り返るとそこには黒金の甲冑を纏った白馬の騎士が大きな剣を手にしていた。
「よお……! 死神がきたぜぇ……?」
その澄んだような声から想像できないような乱暴な言葉使いと威圧感は末端の兵士たちを完全に怯えさせた。
そして、見るなり確信する。
こいつが今暴れ回り我が軍を恐慌に陥らせている『死神』である、と。
忠誠心の低い兵士たちから逃げ出していく。
「ひぃ⁉︎ ……ひぃぎぃーー‼︎」
「くっ! またんか! 逃げるなっ! うぐっ!」
それはまるで死の流星のようであった……
疾風のように白馬の馬上から流星のような斬撃が飛び交い、すれ違いざまに次々とマケドヌヤ軍の兵士たちの首を刎ね、或いは手足を裂いていく。
そして奪った武器を敵兵たちに投げつけていくのだった。
少年騎士は更に勢いに乗って向かってくる者たちを大剣で斬り伏せる。
信じられないことに馬で全速力で駆け抜けながら大きな剣を振るうのだ。
凛とした声が恐慌に陥るマケドヌヤ軍の悲鳴と合わさり高く響く。
「ははははははっ! どうした⁉︎ マケドヌヤの腰抜けども! 弱いヤツからしか首級はあげられないか?」
まるで無人の野を行くが如く、若き騎士は向かってくる者を葦のように薙ぎ倒し、次々と親衛隊の精鋭を繰り出してくるマケドヌヤの陣奥を進んでいく。
そんな様子を近場の丘から面白そうに伺う3名の少年騎士たちがいた。
「……おい 信じられねえな。みたか?」
太々しい顔つきの赤髪の少年兵が連れの2人の兵士を見遣る。
同様の髪色で似たような顔つきをした少年は頷き答える。
「ああ、馬鹿みたいな光景だな兄者」
先ほどまで少年たちはこの大負けの戦場からさっさと撤退しようと考えていたが、そんな考えは白馬の騎士を見るなり雲散霧消した。
「……」
美しい顔立ちをした艶やかな黒髪の少年騎士は無言で兜を被り黒馬に跨る。
赤髪の少年騎士は友人と思しきその男に笑いながら尋ね鹿毛の馬に飛び乗った。
「お? いくか? リーグスノー。俺もいくぜ」
「兄者! 当然私も参ります!」
そうして3名の少年騎士たちは敵の陣奥で戦神のように暴れ回る男を熱っぽく見遣り、同時に駆け出す。
「はははははは! 今日は厄日だと思ってたが、神は俺たちにとんでもない贈り物を与えてくれたようだなあ!」
やがて少年騎士たちはその白馬の騎士に追いつき、馬上から声を張り上げる。
「おい! アンタァ! 楽しそうだなぁ! 俺たちも混ぜてくれよ!」
兜を被ったまま、敵を斬り伏せ、一瞬3名の方を振り返ると面倒そうに白馬の騎士は答える。
「ふん。仕方ないな。報奨金は山分けだぜ」
4名となった騎士たちはマケドヌヤの親衛隊を蹴散らし、ますます勢いを増して王のいる奥へ奥へと進撃していく。
恐慌に陥ったマケドヌヤ兵士たちは遂には泣き言と悲鳴をあげ始めた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ⁉︎ なんなんだ⁉︎ なんなんだ‼︎ こいつらぁ⁉︎」
「おい! この先は王の陣幕だぞ‼︎ 止めろ! 誰かアイツらをとめろぉぉぉぉ!」
赤髪の少年は長槍を振り回しながら次々と敵を倒していく。
「ははははははははは‼︎ 根性なしのマケドヌヤめ‼︎」
「オラオラオラオラ‼︎ どけどけぇ!」
「……」
赤髪の弟らしき騎士も兄と似たようなゴリ押し戦法。
無口な黒髪の騎士は流麗な槍捌きを見せながら敵を薙ぎ倒していく。
先頭をゆく白馬の騎士は全力で駆けながら思わず感嘆する。
「おう! お前らもやるじゃあねえか!」
マケドヌヤの陣奥では親衛隊の1人が血を流しながらイオニス王に進言していた。
「王よ! 今度こそお逃げください‼︎ 敵はすぐそこに……!」
青筋を立てながらイオニスは手元の槍をへし折った。
たった数名の騎馬兵に敗退に追いやられる。
精強無比を誇るマケドヌヤにあってはならないことだった。
「……なんじゃあ‼︎ いったいなにが! 何が起こっとるんじゃぁぁぁぁ⁉︎」
次の瞬間、目の前の側近に飛んできた槍が突き刺さり陣幕が斬られた。
イオニスは驚愕し、地面に尻餅をつく。
そして乱入してきた4名の騎士たちがイオニスを指差し、まるで遊んでいるかのような笑顔を浮かべる。
「お? 王様みっけーー‼︎」
親衛隊たちはたった4名の少年たちに恐怖しながら必死で王の周りに囲みを作り、逃げるための馬を用意する。
「うわあああああああああああ⁉︎ 」
「死神がくるぅぅぅぅぅ⁉︎」
親衛隊はファランクスを作り、防戦しながらなんとか王が逃げる時間を作る。
青ざめながらイオニスは馬に乗ると全力で部下を見捨てて駆け出した。
白馬の騎士は笑みを浮かべながら逃げるイオニスを剣で示す。
「イオニス王だぞ‼︎ こっからは追いかけっこだ! 討ったやつが1番のご馳走な‼︎」
4名の斬撃はマケドヌヤ兵の盾を破壊し、反撃を全て薙ぎ払う。
少年騎士たちはマケドヌヤ親衛隊を紙屑のように薙いでいった。
イオニス王は恐怖と屈辱に涙を流しながら荒野を駆ける。
それは今まで受けたことのない屈辱的な敗北だった。
「クソッ……! クソッ‼︎ なぜじゃ⁉︎ 我が方は優勢だったはず‼︎ なぜこんなことに……」
「それはな、おっさん。俺がこっちについたからだよ」
イオニスは驚愕のあまり、舌を噛みそうになる。
凛としたその声にイオニスは悲鳴を上げながら馬上で振り返った。
「ヒィィィィィィィィィィ⁉︎」
白馬の少年騎士がいつの間にかもう剣が届く距離まで迫っていたのだ。
と、次の瞬間馬がひっくり返りイオニスの景色が反転する。
「……うぁぁぁぁぁぁぁぁ⁉︎」
少年騎士の斬撃がイオニスの馬を殺したのだった。
落馬したイオニスは呻きながら、地を這う。
その鼻先に剣が突きつけられ、イオニスはひぃ、と悲鳴を上げる。
白馬の少年騎士はただ微笑んでいた。
「ま、待て‼︎ ワシはイオニス王じゃ‼︎ 其方を高待遇でマケドヌヤに召抱えてやる‼︎ どうじゃ⁉︎」
命乞いですらない、その愚かな提案に少年騎士は興味を無くしたようにイオニスを一瞥すると、大剣を振りかぶった。
「……あーあ」
「ま、まってくれえええええ⁉︎」
まるで戦場で遊んでいるような無邪気なこの少年は保身だとか、欺瞞などを最も嫌っていた。
「せっかくの楽しい遊びに水さすなよ、おっさん」
流星のような剣閃が目にも止まらぬ速さで王の首目掛けて飛翔する。
「ひぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼︎」
イオニスの首がゴロリ、とその場に転がり、戦の終わりを告げた。
「イオニス、討ちとったりーー‼︎」
凛としたその声が響き、マケドヌヤに敗北と絶望をもたらす。
「……あ、ああ」
「王が…… 王がやられたぞぉぉぉぉ⁉︎」
「撤退‼︎ てったいだぁぁぁぁぁ‼︎」
次々と逃げ出すマケドヌヤ兵に構う事なく、赤髪の少年騎士を始めとする3名の騎士が白馬の騎士に追いつく。
「あーあ。速えな。追いかけっこもあんたの勝ち。騎乗技術もとんでもねえな、アンタ。俺はガーランド。こっちは俺の親友のリーグスノー。こっちは俺の弟ギリアム。あんたの名は?」
白馬の騎士は兜を外して眩いばかりの笑顔で、今出来たばかりの友人たちに堂々と名乗る。
絹のような美しい金髪がそよ風に揺れた。
「俺はクロフツ。俺はいずれ俺の国をつくるぞ。お前らも来るか?」
これが英雄王クロフツが歴史書に出現した最初の記録である。
戦場で惹かれるように出会った円卓の騎士、始まりの4名。
彼ら4名が始めた物語は、また彼らの手によって終わりを迎えることとなる……
※この話、多分誰が誰だか分かりにくいので、補足します
白馬の騎士 クロフツ この時16歳
赤髪の騎士 ガーランド 巨体脳筋 17歳 貧農の出身
ガーランドの弟 ギリアム 兄に似てる 兄以上に脳筋 15歳
黒髪の騎士 リーグスノー 美形騎士 16歳




