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第四話 ラウム宮殿

 薄灰色を基調とし、計画的に塀や堀で囲まれたこの大きな屋敷をラウム宮殿といい、ドミニエルの中央に聳え立つ。

 ここはガストリス公国の政策の決定や人事など重要な決定が各地で選出された議員や貴族たちにより執り行われる重要機関であった。


 その宮殿のとある一角、赤い絨毯を敷き詰められた廊下をコツコツと足音が響く。

 廊下の窓から薄く刺しこむ夕陽に照らされた男の顔は無表情であり若干の憂いを湛えていた。

 アグレアイオスは自宅にマリア一行を保護した後、この国のトップ達からすぐさま呼び出しを受けていた。

 ご老公たちの人遣いの荒さには辟易する……

 そんな事を思いながら彼は歩き慣れた廊下を1人重くなりそうな足取りで進む。

 やがて革靴の足音が鳴り止み、男はとある一室の扉をノックする。


「魔都防衛騎士団総長アグレアイオス・アギル・ゼバ・デモンズゼッド、入室の許可を願います」


「入って良い」


「では失礼します」


 嗄れた声で返事が返ってくるとアグレアイオスはゆっくりとその扉を開いた。

 入室し、部屋の中央まで進むと見るからにいい素材で設えられた机と椅子に座る2人のスーツ姿の男が入室した若い男を無表情で見つめていた。

 やがて着座していた男の片割れがその鋭い眼光でじっとアグレアイオスの顔を見つめ口を開く。


「ご苦労様だったな。アグレアイオス君。

 王女を捕らえかけていた盗賊団を一網打尽にしたその足で国賓を自邸にもてなしたそうだな」


 肩まで伸びた長い白髪から捻れた山羊のような角を生やした魔族の初老の男の名は元老院議長メフィラス・ザンジバル。

 三大貴族の名門の頭領であり、この国の実質のナンバー1である。


 もう1人椅子に寄りかかるように深く座った中年の肥満体の男が太々しい笑みを湛えながら入室した男の方を見遣る。


「たった半日で大層な大立ち回りだったね、総長殿。

 いやいや、街の若い女どもが君に黄色い声援を浴びせるわけだよ。まったくあやかりたいものだね」


 やや赤みがかった肥満体のこの男の名は税務出納長すいとうちょうバルザック・ドゴスギア。

 こちらも三大貴族の名門の当主であり、この国の税の全てを取り仕切る実質のナンバー2であった。


 2人の実力者を前にアグレアイオスは恭しく頭を下げる。


「とんでもございません。私はただ与えられた仕事を果たしただけです」


 その答えに白髪のメフィラスは手にした資料を見つめながら嗄れた言葉で不満の言葉を漏らす。

 老人のご機嫌はかなりの雨模様のようであった。


「しかし困った方だ。碌な警護体制も取らずに我が国に来訪されるとは……

 盗賊に襲われたと聞いて本当に肝を冷やしたわ。

 これで何か起こっていたならば国交断絶どころか戦争も起こり得た。

 ……やれやれ、今日あった災厄も私から言わせてもらえれば自業自得だよ

 その辺り、君からも王女にそれとなくいい含めておいてくれたまえよ」


 もう一方の肥満体のバルザックは頬杖を突きながら怠そうにアグレアイオスの方を見る。


「まったく……エルフがこの国に訪れることでさえ滅多にないというのに

 さて、御仁はわかっておられるのか。

 まるで観光気分で来訪されたようではないか。

 第一王女というのはどのような方なのかね、君ぃ?」


 アグレアイオスは2人の言をじっと最後まで聞き終えると訥々と語り始める。


「あのお方は理知と勇気を合わせ持った器の広い御方です。

 今回のことでご自分の軽率さを反省しておられ、今後はこのような軽挙は控えられることでしょう。

 ……それと御二方、我が国の国賓を蔑ろにする発言は控えていただきたい」


 肥満体のバルザックは眉根を寄せ怠そうにアグレアイオスを睨む。


「ここには君と我々の3人しかいない。かまやしないよ」


「それでもです。出納長殿。そう言った心持ちで王女との会見に臨んではいけません。

 侮りというのは隠していても目や表情に出るものです。

 ましてやあのお方は聡明であらせられる。

 貴方の心の淀みなどたちまちのうちに見抜いてしまわれますよ」


 アグレアイオスの生真面目さに辟易したのかバルザックは片手をひらひらとさせて会話を打ち切ることにしたようだった。


「わかった、わかった。君の言う通りだよ、アグレアイオス君。

 第一王女は大事な大事な国賓だ。

 肝に銘じておこう。

 まったく、君のような傑物が我が国に居てくれて心強い限りだ」


 怠そうに答えるバルザックの後を引き取るようにメフィラスは手元に掴んでいた資料を机に置き再びアグレアイオスをその鋭い眼光で見つめた。


「ところでその捕らえた賊たちのことだが何か吐いたのかね? どんな手を使っても構わん。国賓に危害を加えた奴らはもはやテロリストだ」


 メフィラスは今回の王女襲撃に大層憤慨しており、捕らえた賊たちに拷問を使ってでも前後関係を洗い出すべきだと主張した。

 アグレアイオスはありのままの捜査状況を説明する。


「まだ何も。奴らは今現在、隊舎の留置所に勾留しています。

 何しろまだ数時間前に捕らえたばかりですから。以前申し上げたとおり私は取り調べに拷問を使う気はございません」


 メフィラスはその答えに眉根を寄せ不満の色を露わにしながらも諾とする。


「そうか、ならしっかりやりたまえ。数日以内に成果を見せよ」


「はい、承知しました」


 アグレアイオスは胸に手を当て恭しく頭を下げる。


「では引き続き王女のエスコートを頼んだぞ総長殿」


「何人たりとも第一王女に指一本触れさせるな。

 君がいれば心配ないだろうがこれは国家の存亡すらかかっている行事なのだ。

 頼んだよ、総長」


「はい、かしこまりました」


 数年前に原因不明の死の病と呼ばれるパルプフィズ病が大陸を席巻し、死者が10万人を超える頃になって漸くガストリス公国とズィーゲン王国の本格的な和平が実現しようとしていた。

 近年、この大陸で猛威を振るう死の病の克服にはエルフたちの優れた医療技術や医療魔術は欠かせない。

 2人が神経質になるのも無理はない。


 アグレアイオスは深々と元老院の頭領2人に頭を下げるとその会議室を後にした。




 恙無く公国指導者たちとの会談を済ませたアグレアイオスは宮殿を出てオレンジに染まる空を見上げる。

 王女の来訪が決定してからのこの数日、多忙を極めた。

 その上、今日は王女の極秘入国、盗賊団による襲撃計画の情報を掴むと取るものもとりあえず駅に向かい襲われる王女を救出したのだ。

 とにかく今日はこなした仕事が多かった。その武勇を讃えられる彼の表情にも流石に疲労の色が滲む。

 車に乗り込み運転手にオーダーする。


「では済まないが急いで帰宅してくれ。少し仮眠をとる」


 数分の後、自邸に帰宅すると執事やメイドたちが何やら慌てている様子であった。

 これはただ事ではない。


「ただいま戻った。これは一体何事か?」


 顔を青褪めさせたメイドの1人がアグレアイオスの前に進み出て深々と頭を下げる。


「申し訳ありません……!若さま、マリア王女が書き置きを残して街へ」


 メイドの震える手から紙片を受け取ったアグレアイオスは素早くそこに書かれている文字を読む。


『少し2人で街に出てきます。探さないでください』


 アグレアイオスは思わず額に手を遣り天を仰いだ。

 これは予想外の事態であった。


「……まったく!あのじゃじゃ馬姫は……!」

※三大貴族

ガストリス公国の三大貴族をそれぞれデモンズゼッド家、ザンジバル家、ドゴスギア家という。

三家の祖先はかつての魔王の側近であったが、彼らが魔王を裏切り共謀して暗殺したことにより100年前の戦争は終結した。

以来彼らの子孫が公国の重要なポストを担う。

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― 新着の感想 ―
[一言] 本当にじゃじゃ馬姫ですね。 これでは休憩が取れません。
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