第三十八話 ゾーラの仮説
魔都防衛騎士団の基地の執務室の一つでは、騎士たちが繰り返しとある映像を流しじっと観測していた。
監視カメラに残された戦闘の様子からグノルシアの戦力を分析しているのだ。
今日、ここでは騎士団の隊長級を集め、情報と意見を交換する会議が開かれようとしていた。
ただ、今回の会議では第一部隊の隊長であるシェルドンと参謀長であるラッセルは静養のため、欠席している。
やがて時間となり、ウサギの魔物である第7部隊長のウサコと羊の魔物である第10部隊長のメエサンが前に出て司会を始める。
「では、これより隊長級会議を開かせていただきます。……そのまえに 我々は先の交戦で、ブラディエル様を喪ったと同時に同士の1人も喪いました。勇敢に戦った彼らにまずは敬礼と黙祷を」
ウサコの挨拶と共に騎士たちは敬礼ののちに黙祷する。
数分の黙祷ののちにメエサンが厳かに口を開く。
「彼らのおかげで民間人に軽傷者は出たものの死者はなく、またブルーマキシマムの能力によるものと思われるオーラにより、建物への被害もほぼ皆無。偉大なるブラディエル様へは感謝してもしきれませぬ」
壇上のスクリーンには激しい戦闘の様子が映し出され、誰もがブラディエルの犠牲の結果守られた平和に感謝の念を覚えた。
そして、スクリーンが切り替わり、被害状況やテロリストたちの顔写真がウサコの説明に合わせて映し出されていった。
「そして我々の激闘の結果、グノルシア教徒57名を殺害、ペッパー含む8名を拘束することに成功。現在拘置所での尋問を続けているところです」
この時、いっそ殺してしまえ、という声も騎士たちの間から飛び交うが、メエサンの咳払いによって会議は続けられる。
「それに先立って、我々は先の戦いを検討し、分析しなければなりません。残る敵はグノルシアの指導者ネスとそれに従う謎の騎士クロフツ。今日は奴らの分析をしつつ各々の意見を伺いたい」
禍々しいオーラを纏った白銀の騎士とブラディエルの喚び出した錚々たる英雄たちの凄まじい戦闘の様子がスクリーンには映し出されていた。
多くの騎士たちがその映像に見入られるように見つめる中で、ズィーゲンの代表として招聘された2人の老戦士たちがいた。
魔導の権威であるゾーラは傍に座る王女の護衛責任者であるマサヒデの肩を叩く。
「……みたかジジイ」
返事が返らないので横を向くとマサヒデは静かに舟を漕いでいた。
「寝るな!」
思わずマサヒデの頭に杖を振り下ろしゾーラは憤慨する。
マサヒデは小さく悲鳴をあげて頭を押さえた。
「いてえな! ババア! わしゃあ疲れとんじゃ!」
「この場にいる誰だってそうさな! アンタは昔からなんで座学になると寝ちまうかねえ⁉︎ この!」
「いてえて! やめろババア!」
メエサンは咳払いしながら、失礼にならぬように喧嘩を続ける2人を嗜めるように問いかける。
「あの、実際にこの白銀の騎士と対峙したお二方のご見解を伺いたく本日は御足労いただいたわけですが……」
「おお、すまんかったな。では私たちなぞの意見で良ければ述べさせて頂く」
ゾーラとマサヒデは壇上へと上がると騎士たちを見回し、説明を始める。
「ご覧の通り、我々は新興宗教グノルシアの指導者と目されるネスと呼ばれる少女に狙われ、騎士団の参謀長であらせられるラッセル殿のご助力を得て三名で、クロフツと名乗る銀色の騎士と交戦することとなった」
スクリーンにはネスやクロフツがゾーラたちと戦う様子が映し出される。
ネスは得体が知れず、全身甲冑で覆われたクロフツは素顔すら見えない。
ゾーラは眉根を寄せながら2人の戦う映像を見てため息をつき正直な感想を述べる。
「戦ってみた感想としては、今我々がここに生きていることが信じられないほどに恐ろしく強い相手だった。後に残されたブラディエル殿の召喚したヒーローたちとの戦闘データを見てもわかる通り、我々とはかなり手を抜いて戦っておるようだったわ」
長い耳をピクピクさせながらウサコが2人に疑問を投げかける。
「奴らは何者なのです? ……ニュアンスで良いのでお二人のご感想を伺いたいです」
マサヒデがマイクを掴むとあー、と唸り即興で考えをまとめる。
「ワシは老いたりといえど、過去に幾度もズィーゲンや他の大陸の剣術大会で優勝したこともある。そのワシをもってして、ヤツの手抜きであろう剣技に全く歯が立たなかった。中身については…… 今までに対峙したこともない、男とも女ともつかぬ、そんな不思議な感覚がした」
騎士であるマサヒデらしい感覚的な感想であった。
理論だってはいないが、案外こういった感覚的な感想というものも馬鹿には出来ないものがある。
何しろネスとクロフツの情報が足りないのだ。
ふんふん、と騎士たちはその説明に耳を傾けメモを取る。
ゾーラが挙手し、マイクをマサヒデから受け取る。
「私の予断と仮説でよいか?」
ウサコが頷く。
「ええ、是非お願いします」
「まずは映像を早送りしてくれ。戦闘データを見ながらの方がわかりやすいじゃろ」
そうしてウサコは映像を早送りする。
「この辺ですか?」
「ああ、ありがとう。では…… このヒーロー達との交戦の様子をみてもらいたい」
ゾーラが選んだのはブルーマキシマムがクロフツと戦っている場面であった。
「ブルーマキシマムと言ったな。申し訳ないが私自身は詳しくは無いのだが、大慌てでそのコミックのことを調べさせてもらった。彼らはブラディエル殿の最期の魔力によって、顕現した本物のヒーローたちであったな」
「はい、その通りです」
使えるオーラの総量に縛りはあるが、ヒーローたちはほぼ作中そのままのパワーで顕現していたと思われる。
「ヒーローたちの作中の活躍や戦闘データを調べさせてもらった。誰もが空をかけ、地を破りあらゆる凶悪な怪物や悪漢どもを倒してきた一騎当千の強者で間違いないようだ。彼らを複数相手にして互角に戦っていることがあり得ない、といえる。そんな人間が今まで誰にも知られずに生きてきたことが異常だな」
「……クロフツと名乗る甲冑の中身は誰か名のある強者である可能性が?」
メエサンの質問にゾーラは首を横に振る。
「いや、あくまでも私の推論だが」
一つ息をつき、そして前を見る。
それはゾーラ自身でも信じきれてはいない仮説であった。
「堂々と名乗っておるではないか。『クロフツ』と。そしてヤツ自身の剣をクロフツの代名詞ともいえる『ザヴィネヴァーン』と呼んでもおった。加えて私もこのマサヒデも奴らと戦っている間、ちっともあやつらの魔力を感じることが出来なかった。ならば…… 生きている者ではないということじゃ」
マサヒデは驚いたようにスクリーンを指差し、反論する。
ただその頓狂な説に異を唱えるのも無理はない。
「……バカな! おいババア! ワシもガキの頃、絵本で読んだぞい! 英雄王クロフツだと! 5000年前に死んだ英雄ではないか! わしらは幽霊と戦っておったとでもいうのか? ついにボケたか? ババア! ……いでっ‼︎」
ゾーラに顎を殴られマサヒデはその場に屈み込む。
「仮説じゃ、というとろうが! ガストリスの皆様方の前でラフな物言いをするで無いわ! 失礼じゃろう!」
そう、その名を誰も知らぬ者のない『英雄王クロフツ』。
史上最高の英雄と謳われる彼は5000年前に亡くなっているはずであった。
ウサコは恐る恐る聞き返す。
「しかし、ゾーラさま。マサヒデさまの仰る通り、クロフツが本物というには無理があります……」
ゾーラはウサコの方を振り返り頷く。
「ああ、私もあり得んことだと思うよ。ただあのネスもクロフツも魔力をちっとも感じることが出来なかった。私の感覚であれば子どもの微量な魔力でも感じることができるのにな。私としてはヤツらは何らかの禁呪を用いて蘇った悪霊という仮説も立てておる。過去に例が無いこともない」
生物であるならば、子どもでも微弱に流れているエネルギー。
それを国や地方によっては魔力ともチャクラとも気とも呼ぶが、あれほどの戦闘能力をもつネスとクロフツからは一切それが感じ取れなかったという。
騎士たちはその仮説に騒めきながら、顔を見合わせたり、メモを書き留めたりする。
「……そんな」
「どっちにしろ、我々はこの男とも戦わなければならないのか……」
ゾーラは全員を見回し、スクリーンのネスとクロフツを振り返る。
「2人がどういった関係か詳細はわからぬ。だがおそらくリーダーであるネスを殺せばあの恐ろしい騎士を相手にしなくてよいかもしれぬ。まずは捉えた者から情報を引き出すことじゃな」
「はい、特にあのペッパーという男からは引き出すことは多そうですが…… 中々強情な男で」
逃走した死刑囚であり、恐らく率先して破壊活動に加わっていたペッパーからは特に引き出すことは多いが、中々口を割らないという。
ゾーラはため息をつきながら、マサヒデと共に騎士たちに礼を述べる。
「さもありなん、じゃな。姫さまの警護は引き続きよろしく頼みますぞ」
「もちろん、心得ております」
また2人がここに呼ばれた理由は、マリアの公務の開始時期や警備計画のすり合わせをすることにもあった。
ウサコとメエサンは2人に尋ねる。
「公務は…… 3日後から開始で本当によろしいですか?」
マサヒデは眉根を寄せながら、答える。
彼は本当であればマリアを連れて帰りたいと主張していたが、王女の意思は固く、公務を続けるという。
「ああ、これ以上先延ばしにはできない、と姫さまが仰っていた。我々はそのつもりだ」
ウサコとメエサンは身を引き締めるように真っ直ぐと頷く。
「分かりました。これまで以上に気を引き締めていきます」
ネスは郊外の木の根の一つに腰掛けながら傍に立つ銀色の騎士を見上げる。
「クロフツ…… 今日はいい月夜ねえ」
ビュウと冷たい風が一瞬吹くが、クロフツは身じろぎ一つ起こさない。
ネスは月光に照らされる金色の髪をかき上げながら、アシンメトリーの目を細め薄く笑う。
「今回はその秘剣を抜いちゃったのね。それほど楽しめたのなら何よりだわ。次もあなたの願うような強者と戦えるといいわね」
細く白い月が美しく、しかし冷たくドミニエルの街を照らしていた。
※英雄王クロフツ
5,000年前、聖魔世界ジェラザードの8割を征服したといわれる英雄。
彼の事績は秘書官たちが遺した『クロフツ叙事詩』に詳しく載っており、子どもたちには絵本の英雄として親しみ深い存在である。
地球でのアーサー王やアレクサンダー王の立ち位置に近い。




