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第三十六話 巨星墜つ

 遠くなる意識の中でブラディエルは少年時代のことを思い出す……


 これは後に少年時代のブラディエルが当時の執事長から聞いた話である。

 彼の父、ヴァレドは戦争を終わらせた英雄であり、同時に王殺しの謀反人として影では蔑む者たちも少なくは無かった。

 自然な流れとして、デモンズゼッド家に嫁を迎え入れるのも難儀した。

 婚姻の検討をする段になると相手方の婦人が恐ろしがって、結局見合いもお流れになる事も多かったという。


 そうして戦後数十年を経て、ヴァレドは子爵家の六女を漸く嫁として迎えることが出来たという。

 彼女とヴァレドとの間に生まれた子がブラディエルである。


 ブラディエルの印象としては、父ヴァレドはあまり感情を表に表さない男であった。

 厳しく息子を叱る事もなく、武門の家であるにも関わらず、武術の厳しい鍛錬をブラディエルに課すこともなかった。

 むしろブラディエルの教育に熱心だったのは母であった。

 ブラディエルはあまり武術の授業は好きでは無かったが、その他の科目の成績は良好だった。

 そして、教師の目を盗んでは授業を抜け出し日がな1日スケッチブックに絵を描いている事も少なくなかった。



 ある日、少年ブラディエルはデモンズゼッドの、いや父ヴァレドの苦悩に満ちた半生について当時の執事長から教養として聴く。

 時折見せる父の寂しそうな背中、そしてどこか母に遠慮しているような態度……

 自分に過保護なまでに勉学や武術を習得させようとする教育熱心な母……

 当時小等部の学生であったブラディエルはよく、ぼうとしながらノートに落書きしていたものだが、そんな彼をさえ恐ろしがって近づいてくる者は少ない。

 我が家の歴史を聞くと全てに於いて合点がいった。


 少年ブラディエルは執事長の肩で泣き、憤り、悲嘆に暮れた。

 何故、戦争を止めた偉大なる父が、デモンズゼッドが恐れられ、冷遇されなければならないのか。

 その日以来、ブラディエルは必要以上に剣や槍を手に鍛錬することをやめ、代わりにペンを手に取った。

 若きブラディエルは高名な画家のアトリエを訪ね歩き、根負けするまでその技術を学び、吸収していった。

 剣を捨て、ペンを取る事でデモンズゼッドの家名を回復する。

 武を用いない事で父を冷遇した貴族社会を見返す事がブラディエルのモチベーションとなった。

 名門の貴族であるにも関わらず、早々と政治ポストの要職に着くことを拒否宣言したブラディエルを馬鹿にする者は少なくなく、彼の母親も嘆いてはいたが、父ヴァレドは彼の心を理解し、密かに喜んでいたようだ。


 やがて成人するとその卓越した筆捌きでブラディエルは今も残る数々の名画を描き、若くして名画家と呼ばれることになる。

 しかし、その一方で既存の技術や技法に物足りなさを感じていた。

 そして、数年前異世界からやってきた漫画コミックという文化と出逢い、ブラディエルは電撃が走るような衝撃を覚えた。

 大漫画家ブラディエル・デモンズゼッドの誕生である。

 ブラディエルの漫画は世界中で愛され、映画化された際は封切りに合わせ、一地方の紛争を停戦させたことさえあった。

 ブラディエルはただ絵を描きたい一心のみでジェラザードの文化史だけでなく、歴史さえ変えたのだ。





 ◇






 アグレアイオスとマリアに肩を支えられ、床に眠るブラディエルの顔色は青白く、息は荒い。

 体温はもはや生者のものではなく、脈もか細い。

 戦いにひと段落ついたと見た医療者たちはブラディエルに駆け寄る。


「ブラディエルさま! ……ああ、なんてことだ!」


「ご病気を患っておられたはずだ! 早く集中治療室へ!」


 ブラディエルは短い走馬灯から目覚めると、気を張るように脂汗を流しながら、笑顔を作りそれらの申し出を全て手で遮る。


「医療者の方々よ、今使った術式によって私の寿命は既に尽きています。これは私が自分で決定したこと。くれぐれも誰かの責任を問う事のなきように……!」


 ブラディエルが力を振り絞り、出来るだけ強い口調でそう言い切ると、医療者たちは誰も何も言えず立ちすくむばかりであった。

 ブラディエルの不調の原因は魔術にも詳しい医師たちには分かっていた。

 文献にも載る名門貴族に伝わる顕現魔法は絵にのめり込むうちにブラディエルが偶然習得したものであった。

 ブラディエルがヒーローたちを顕現させるために代償としたものは己の魂――

 魂を依代とした魔法を使った者は、死後転生する事も出来ずその場で輪廻を終える。

 これは生涯を絵画と漫画に捧げ、家名回復の為に全力を尽くしたブラディエルらしい最期ともいえる……


 飛翔してきた光の束がブラディエルの側に集まり、その煌めきを薄くしていく。

 光の束はブラディエルに謝るような声を発した。


『我が友、ブラディエルよ。悪は倒しきれなかった……! 本当に申し訳ない』


 ブラディエルは穏やかな笑みを浮かべ、ヒーローたちに礼を述べる。


「良いのだ、我が友よ。君たちのお陰で多くの命が救われた。ありがとう、偉大なる英雄たちよ」


『ブラディエル…… 少しだけ時間がある。家族や大切な方たちと話し合うといい』


「ああ、ではな」


 友との別れの挨拶を終えると光の束は消えていった。


 ブラディエルの肩の一方を支えるマリアは涙を流し、聖水の存在に思い当たる。

 ……いや、当然ブラディエルは拒否するだろう


「……ブラディエルさま! 私、まだ貴方と会ったばかりなのに…… 私がここに来たせいで貴方をこんな目に……‼︎」


 ブラディエルは涙に濡れるマリアの目を見ながら静かに微笑む。


「それは違います。マリア殿下。決して貴女の責任ではない。ここで私が斃れるのは必然だったのかもしれません。ご自身はもちろん、誰を責めることもなきように」


「ブラディエルさま……」


「こんなに可憐な淑女を最後に叱ってしまって申し訳ない。貴女は間違っていない。貴女は王族である前に誰よりも強く優しい素敵な淑女です。きっと貴女ならエルフと魔族の架け橋となれるはずです」


「……いいえ、貴方の言っていたことは間違ってない 私は未熟です…… お言葉は心に留めておきますから……」


 もう一方の肩を支えるアグレアイオスは悔悟が滲み出る表情で父に詫びる。

 病に冒されたブラディエルがそう遠くない日に旅立つことは分かっていた。

 ……だがそれが今日だとは思ってもみなかった


「父上、私が不甲斐ない為にこのような目に遭わせてしまい、申し訳ありません」


 ブラディエルは優しく微笑み、穏やかな声で応える。


「……そのように堅苦しい言葉で父に謝らなくていい。悔いるな。父の死にお前が責任を感じることはない。父親が息子を守るなど当たり前ではないか。お前はこれまで警察機構の長として多くの生命を救ってきた。私は誇らしいぞ、レオ」


「父上……」


 アグレアイオスの瞳が寂しげに揺れる。


「お前は昔から弱音を吐かない子だった。だが、いつでもお前の背を支えてくれる友がいることを忘れるな。……そしてたまにはユーモアも思い出せ」


「……分かりました、父上」


 ブラディエルは息を大きく吐きながら、マリアとアグレアイオスを交互に見つめる。


「ブラディエルさま……」


「マリア殿下、出来れば息子とは良き友人となってやってください。貴国とこの国の平和は貴女にかかっています。レオ、我が最愛の息子よ。……私は何も心配してはおらん。お前は立派に育ってくれた。済まないが母さんの元へ先にいくよ」


 マリアは涙を堪え力強く頷き、アグレアイオスは笑顔で父を送ろうとする。


「分かりました。……必ず 必ずそうします……!」


「父上、これまでありがとうございました……! 貴方に恥じぬよう、これからも励みます」


 もう息をする音も聞こえず、心音も微か……

 ブラディエルの蒼白になった顔は穏やかであった。


(頼もしいぞ…… 我が息子よ…… お前なら大丈夫だ…… マリア殿下…… 貴女ならいい女王となれる…… 頼みましたぞ……)


 ブラディエルは己の両肩を支える2人を見て確信していた。

 最愛の息子とこの心根の強く優しい姫が手を取り合えば、きっと両国に永い平和が訪れるだろう。


 この世の全てとこれまでの自分の人生に感謝し、ブラディエルは穏やかな笑みで目を閉じる。


「……ありがとう 皆、さようなら」


 それは神からのブラディエルへの最後の贈り物だったのだろうか。

 ブラディエルは死の間際に幻影をみた。


「……レベッカ お前にも苦労をかけたな…… 私を迎えに来てくれたのか……? ……ありがとう」


 暗闇から降りてきた光の中で数年前に亡くなった彼の妻が微笑みながらブラディエルに手を伸ばしていた。

 ブラディエルはその手を取り、満ち足りた笑顔を見せて旅立っていった。




 ブラディエル・デモンズゼッド享年49。

 ガストリス公国はこの日、世界中に熱狂的なファンを持つ偉大なる巨匠を失った。

 剣を捨てペンで己の人生を切り開いた男の最期は、最愛の息子と誰よりも信頼した少女に見守られる静かなものであった。

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[一言] 見事な生き様でした。
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