第三十五話 描かれた幻想の奇跡たち⑥
赤い光の柱が街の真ん中を走った後は土埃が巻き上がり、無惨に破壊された街並みが煙る。
たった一撃で都の一角が瓦礫へと変貌した。
白銀の騎士が剣を片手に構え、黒煙渦巻く破壊の嵐の中に佇んでいた。
『……やはり最果ての丘の絶望には耐えられぬか』
それは諦観の籠った恐ろしく澄んだ声音であった。
辺りを見回し、クロフツは魔力を放出し終え、白銀の刀身へと戻った剣を鞘へと収めようとする。
「水晶の宝瓶」
その瞬間、守護霊の掛け声とともに時が止まる――
落ちる葉や風の音さえもピタリと静止し、王太郎と守護霊だけが黒煙から現れた。
止まった時の中で背後から迫る水晶の宝瓶と王太郎がクロフツの後頭部に向けて拳の弾丸を放つ。
『ゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラアッ‼︎』
しかし、その拳はクロフツに命中する寸前でかわされる。
白銀の騎士は止まった時の中で前転し水晶の宝瓶の攻撃をかわしたのだ。
……そして時は動き出す
「……かわしたか! バケモノめ……」
王太郎はいっそ呆れを滲ませながら立ち上がるクロフツを見つめる。
心なしか兜の下で感情が動いているらしいクロフツは考える。
最果ての丘の絶望をどうやってかわした、もしくは防いだのか……?
(この男ではない……)
王太郎の短い時間停止では今の一撃に対応出来なかっただろう、と判断しクロフツはもう1人の男の方を探し、瓦礫の上に立つマントの男を見つける。
ブルーマキシマムが凄まじいまでの銀色に迸る魔力のオーラを放ちそこに佇んでいた。
――ブルーマキシマム・シルバーエイジ
マキシマムの全開を超えた最終フォームである。
渾身のバリアを張って、漸く神造兵器たる最果ての丘の絶望を防いだのだ。
……それでも全ての衝撃を防ぎきれず街の半壊を阻止することは出来なかった
王太郎は覚悟を決めながら、マキシマムと並び構える。
「マキシマム……! いけるか⁈」
「……どうかな」
最終フォームたるブルーマキシマムをしてクロフツを倒す自信が湧かなかった。
もはや、クロフツの戦闘能力は人智を超えている……
白銀の騎士は剣を無造作に構え、浸るような歓喜を滲ませた静かな声で2人を見つめた。
『素晴らしいぞ……! はるか未来の世界の戦士たちよ! お前たちは私が長らく味わってこなかった強敵である‼︎ さあ! 存分に戦ろうぞ‼︎』
一瞬、マキシマムの顔に迷いが窺えたが、しかし、怒りの感情を飲み込んだのかマントを翻すと両の掌を広げ、白銀のオーラを街中に降り注いだ。
破壊された街は、マキシマムのオーラを浴びるとヒーローたちが邪悪なる者たちと戦う以前の状態へと戻った。
同時にマキシマムのシルバーエイジ形態が解ける。
残存エネルギーは最早枯渇状態であり、継戦は不能であった。
マキシマムはクロフツの方を振り返る。
「戦闘狂の騎士よ。決着を付けたいのは山々だがもう時間だ」
王太郎は舌打ちしながら守護霊を引っ込め、拳を下ろす。
「……チッ 時間か……」
この場でクロフツを倒し切りたいのは山々であった。
しかし、感情を抑え、マキシマムはクロフツを静かに睨む。
「ブラディエル殿の体力がもう…… クロフツとやらよ。お前の主人にも伝えておけ。貴様らを倒す者は必ず現れる……! ここでお前達を仕留められなかったのは残念だ」
そして光の筋となり、ヒーローたちは国立病院の方へと飛んでいった。
クロフツはしばらく光の向かう先を見つめると、諦めたように剣を鞘へと収めた。
ネスは血を流し倒れるヒーローたちと血に塗れた槍を見つめため息を吐く。
「脆いわね…… つまんなーーい……!」
人智を超えた力を持つヒーローたちでさえ、瞬殺したネスはやがて鼻歌を歌いながら向こうの戦場を見つめる。
禍々しい赤き光の柱が上がり、轟音と共に街が相当破壊されたのが見て取れる。
「……あーあ。使っちゃったわね。もう! 使っちゃダメって言ったのに……! それだけの相手だったってことかしらね」
そしてネスの意識が完全にあちらに向いた時だった。
「木遁!樹々怪々!」
地から先ほどより太く大きな樹々が伸び、ネスの腹を貫いた。
口から血を流しながらネスはニッと笑う。
「あら? 生きてたの? すごーーい! どんな手品を使ったのかしら?」
印を結んだカグヤマが黒装束を翻し、ハンマーを握ったトールが木に登りネスを睨みつけていた。
カグヤマの影分身の術により、ネスの攻撃をすんでのところでかわしたのだった。
だが、最早ヒーローたちに継戦能力は無かった。
「カグヤマの旦那…… 残念だがもうエネルギー切れのようだぜ」
「うむ…… 仕方あるまい」
ネスは己れの腹に刺さった木から笑いながら抜け出すと虚空から取り出した剣を構える。
「どうしたの? まだ戦りましょうよ? ねえ?」
カグヤマは黒装束の下から鋭い眼光を送り、ネスを睨んだ。
「覚えておけ、ネスとやらよ。神はお前のような邪悪を決して見逃したりはしない。いずれ滅される時は来るであろう」
トールは中指を立ててネスに背を向けた。
「フン! 次に会ったら今度こそボコボコにしてやんぜ、嬢ちゃん」
そして、ヒーローたちは光の筋となり、病院の方へと飛んでいった。
ネスは武器をしまうと如何にもつまらなそうに顔を顰める。
「あーあ。行っちゃった。何よ、負けた癖に偉そうに」
そして、黒煙の上がる青空を見上げ、虚無の表情で呟いた。
「神、か。くっだらないわね」
一方、病院ではヒーローたちがテロリストたちを完全に制圧していた。
爆弾魔ペッパーはアイアンプレジデントに打ちのめされ、痙攣しながら床へと倒れ伏し、欲しがりの悪魔はドムによって完全消滅させられていた。
雑魚悪魔たちは全てアルフレドに切り刻まれ、ドルボムは超人バルムにバラバラにされ、地面へと肉片が散らばる。
……しかし
青い顔色でブラディエルは床に膝を突き、息を荒げている。
彼の生命は今、燃え尽きようとしていた。
「父上! もういい! 術式を解いて下さい!」
光の輪の拘束が緩くなり、アグレアイオスは父へと駆け寄る。
悪魔が死んだことでアグレアイオスの足の摩擦係数も元に戻ったようだ。
「ブラディエルさま! 顔色が…… ねえ! 誰か! なんとか…… 何とかしてよ‼︎」
マリアは泣きながらブラディエルの肩を支え、医療者たちへ必死に懇願する。
しかし、穏やかな笑顔でブラディエルは2人を見つめ返した。
「……いや、もういいのだ 自分の身体は自分が一番よくわかっている」




