第三十四話 描かれた幻想の奇跡たち⑤
ブルーマキシマムは青色のオーラを纏い、目にも止まらぬ速さでクロフツの間合いへと飛ぶ。
クロフツの脱力した構えからの閃光のような縦切りをかわし、ブルーマキシマムは上段蹴りを繰り出すが、頭を振って避けられる。
そしてクロフツの横薙ぎをかわすとともにマキシマムの右ストレートもかわされ……
互いに攻撃をかわしてはカウンターを繰り出す攻防が続く。
クロフツの振りもマキシマムの拳足の速度や威力も先ほどまでとは段違いである。
お互いが勝負を決める一撃を出し合っているのだ。
まるで閃光のように飛び交う2人は互角に見えるが、マキシマムには味方がいる――
マキシマムがより一層深く懐に踏み込み、右拳の突きを放った瞬間だった。
「水晶の宝瓶」
王太郎と守護霊水晶の宝瓶以外の時が止まり、マキシマムの拳とクロフツの刃が互いにヒットする寸前の状態で固まったように動かない。
クロフツの刃はマキシマムの頸部に当たる寸前であった。
水晶の宝瓶はクロフツの斬撃のみをマキシマムに当たらないよう軌道を逸らし、そして時間が来る。
王太郎は冷や汗を拭い息を吐く。
「……やれやれ、もはや人智を超えた攻防だぜ。マキシマム、アンタへの致命傷を防ぐだけで精一杯だ」
時が動き出し、クロフツの斬撃だけが不自然に軌道を逸れ、マキシマムの右拳がクロフツの顔面へと当たる。
……ピシッ
クロフツの兜は全力のマキシマムのパンチで漸く微かにヒビが入ったようだ。
時が動いた直後であろうと容赦なく攻防は続く。
クロフツは2、3歩下がり飛び込んでくるマキシマムに対し、今度は脱力した姿勢から斬撃を放った……
危険を感じたマキシマムは動きを止めて後転し、緊急回避する。
膝をついた時には額と脇腹に一筋の傷がつき、微かに血が流れていた。
人離れした頑健な身体と運動神経を持つ異星人であるマキシマムを持ってしても、今の一撃は見切れない斬撃であった。
王太郎は膝をつくマキシマムの横に立つ。
「……マキシマム!」
「大丈夫だ、王太郎。少し予想より速かっただけだ」
クロフツは剣を構え直し、そして自然体の構えへと移行する。
身に纏う雰囲気が変貌し、2人はまるで空間が歪んだような錯覚を覚えた。
甲冑の底から響くような声が聞こえる。
『いいぞ、素晴らしい。私の本気の斬撃を見切るとはな。なら、もう一つ面白いものを見せてやる』
王太郎は数十メートル南で上がる光の柱を目の端で確認する。
正にトールが雷神帝の槌を炸裂させた瞬間であった。
……つまりヒーローたちのエネルギーリソースはもう残り少ない
「マキシマム…… 向こうの戦場も煮詰まってるようだ。だが、もう残りエネルギーを考えずあんたの全力を叩き込むしかねえ」
「……わかっている だが奴に隙がないんだ」
クロフツが歩く度にカチャカチャと響く足音は破滅を告げる。
クロフツが剣を正眼に掲げた。
『簡単にくたばってくれるなよ? 強き戦士たちよ』
かつてない攻撃がくる予感に2人は距離を取り身構える。
「くるぞっ‼︎」
その時、クロフツの周囲に複数の赤黒い光の輪が現れ、渦巻くように音を立てる。
白銀の騎士は呟くように指で剣の峰をなぞった。
『これはこの穢れた世界を浄化する戦いである……』
赤き光輪は悪しき亡霊たちのなれ果てであり、クロフツは彼らに誓いを立てることによって、その剣の真名を解放し、真の力を引き出すことが出来る。
クロフツの剣に赤き光輪が集い、禍々しいオーラを発する。
大上段に構えられたクロフツの姿勢から遂にその剣の真名と隠された力が解放される――
『受けてみよ‼︎ 最果ての丘の絶望‼︎』
それはこの世界では誰も知らない者はない剣の名前であった。
振り下ろされた刃から真一文字に赤黒き魔力のオーラが迸り、一瞬で辺りを覆い尽くし轟音が響いた――
凄まじい轟音と稲光のような光柱が上がった後は濛々と土埃が立ち込める。
辺りは騎士団の素早い避難誘導のお陰で人は居ない。
しかし、建物の幾つかは雷神帝の槌により跡形も無く焼け落ちてしまった。
……しかし、目下の注目はネスの存否である。
プスプスと黒煙を上げる大穴を見つめ、カグヤマとトールはじっと佇む。
雷神帝の槌によってぽっかりと空いた穴は深く、中までは見えず、物音一つ聴こえてこない。
雷神帝の槌とは神の兵器の中でも最強の威力を持つ神造武器である。
大地を穿つ神の怒りたる雷撃をぶつける、古の巨人さえ一撃で屠った必殺兵器とも言える。
……もし、これでネスが斃れていなければ
トールは不吉な予感を頭から振り払いながら、穴の奥の生存反応を探る。
「手間をかけさせてくれるぜ…… いったいあの女は何者だったんだ?」
「今となっては分からん。しかし、あのネスとかいう小娘の遺体もしくは排除を確認したら帰投するぞ」
「はっ! 雷神帝の槌を喰らったんだぜ? 死体さえ上がるかよ」
淡々と話すカグヤマの言葉に相槌を打ちながらトールは穴の奥をさらに覗き込む。
やはり何も見えないし感知も出来ない。
背後からカグヤマが辺りを見回すと共に検分している様子が伝わる。
「トールよ。もちろん理屈で言えば生きているはずがない。だが、感じているんだろう? 不吉な予感を」
「……ふん」
その時、風切り音が聞こえカグヤマは注意を促す。
「穴から離れろ‼︎ トール‼︎」
「……チッ‼︎」
何かがトールの頬を擦り、飛んで行った。
トールとカグヤマは飛び退り、穴から離れる。
穴の底から何かが浮かび上がり、やがて地へと着地した。
……それは、流石のカグヤマとトールも我が目を疑う光景だった。
「あーあ。服が吹き飛んじゃった。どうしてくれんのよ、ねえ? 淑女に対して本当にひどい人たちね」
聖女ネスが布一つ纏わぬ裸体となって平然と2人を睨んでいたのだ。
赤みが混じったブロンドの髪をかき上げる余裕すら見せている。
信じられないことに身体には傷一つないようだ。
唖然としたトールは激昂したように雷神帝の槌を握りしめる。
「……服が吹き飛んだ、だと⁈ ふざけんなよ? 雷神帝の槌を喰らわせたんだぞ⁉︎」
トールは武器の不具合さえ疑うが、しかし紛れもなく現実のようで、ネスは恥じらう様子すら見せずアシンメトリーの瞳を歪めて笑った。
「ねえ、それともお兄さんたちは私の裸が見たかったのかしら? スケベなお兄さんたちねえ」
まるでそこら辺にいる十代の少女のような悪戯な笑みを浮かべている事がかえって恐ろしい。
カグヤマは黒装束を翻し、印を結び始める。
「落ち着け、トール。答えは一つしかないだろう。雷神帝の槌を喰らって無事ということはアレはもはや人外である事確定だ。その前提で戦うぞ」
「チッ‼︎ しゃーねーな!!」
カグヤマとトールがネスの左右から回り込むように攻撃態勢に入る。
ネスは身体を隠すことなく2人を見つめて不敵な笑みを浮かべた。
「あら、服を着る時間すらくれないのかしら? エッチねえ。でも」
呼吸を合わせ、カグヤマとトールは同時にネスの懐へと飛び込む。
「何度でも喰らわせてやるぜ、バケモノめ‼︎」
「水遁水龍牙!」
トールのハンマーとカグヤマの作った水龍の形の弾がネスへと迫る。
その時、虚空から現れた槍がネスの手元に渡る。
「もう、お兄さんたちのターンは終わりよ♡」
ネスはハンマーを見ずにかわし、水龍を槍で突き崩すと閃光のような速度でカグヤマの懐へと入った。
「グッ‼︎」
「カグヤマ‼︎」
腹を槍で貫かれ、カグヤマは地面へと突っ伏す。
ネスは槍をクルクルと回すとトールを振り返りそして美しい笑みで笑う。
「お友達の心配してる場合かしら? それとも私に見惚れちゃったかな♡」
そしてネスの投げた槍がトールの腹へと突き刺さった。
「ぐあっ‼︎」




