第二十九話 父の背中
ペッパーの哄笑に合わせ、欲しがりの悪魔は唸り声を上げてアグレアイオスへと襲いかかる。
「さあ! やれ! やっちまえ‼︎ 欲しがりの悪魔よ! その黒鬼野郎を咬み殺せ‼︎」
「ブァァァァァァァァァ‼︎」
蛇のような巨体が唸り声を上げて高速で黒鬼の騎士へと襲い来るが、驚くべき事に片足のステップのみでアグレアイオスは器用に悪魔の攻撃をかわしていった。
ペッパーは地団駄を踏むように床に蹴りを入れる。
「チッ‼︎ 片足でそんなに動けるのか⁈ 呆れた野郎だぜ……‼︎」
そして、倒れているワニの騎士を揺さぶっているエルフの少女へと目をつけ、怪しい笑みを浮かべた。
「だったら…… これならどうだ⁉︎」
笛をひと吹きすると、先程の棺桶の中から小さな爬虫類らしき悪魔が7、8体這うように現れる。
聖女ネスに失敗作、と言われおまけとして渡された弱小悪魔たちだ。
戦闘力は低めではあるが、消耗した手負いの者を襲わせるくらいは訳ない。
口角を歪めるペッパーを睨みながら、蛇の悪魔に追われるアグレアイオスは歯噛みする。
視線からペッパーの狙いは瞭然である。
「くっ‼︎ まだ悪魔を隠し持っていたか…… 相変わらず卑怯な……‼︎」
「ヒャハハハハハハハハハ‼︎ 俺は俺の嫌いな奴のそういう顔を見るのが好きなんだぜぇぇぇぇぇぇぇ‼︎」
ペッパーが嘲笑いながら笛を吹くと、爬虫類を象った雑魚悪魔たちが呼吸が出来ず倒れ込むシェルドンとそれを看病するカリンへと襲いかかっていった。
「シェルドンさん! シェルドンさん! 起きて下さい! シェルドンさん‼︎」
アグレアイオスには魔力を練り岩の壁を作る余裕はなかった。
「クッ‼︎ 誰かっ‼︎ 」
戦闘を見守っていた配下の騎士たちが慌てて2人に駆け寄ろうとするが、最早距離的に間に合わない──
「破邪の鎖よ‼︎ 悪しき者の邪気を打ち払いなさい‼︎」
少女の凛とした声が大広間に響いたかと思うと、何も無い虚空から光の鎖が現れ蛇の悪魔と雑魚悪魔たちをがんじがらめにした。
「ギュッ⁉︎ ゲゲェェェェェェェェェ‼︎」
窮地を脱したが、アグレアイオスは聞き覚えがありすぎるその声に驚きをもって振り返る。
「まさか……⁉︎ マリア殿下‼︎ なぜ⁉︎ なぜこんなところへ来られたのです‼︎」
ホールの出入り口にはマリアとブラディエルの他、二十数名の申し訳なさそうな顔をした騎士たちが並んでいた。
白いワンピースを靡かせ、マリアは威風堂々と応える。
「お説教は後で聞きます。リスクは…… 承知の上でこちらへ来たのです。それより、私の魔力はもうもちません! 体勢を整え直してください!」
この可憐な容姿のどこからこんな大胆な行動力が湧いてくるのか……
アグレアイオスはこのような状況でも、半ば呆れながら今度は父親であるブラディエルを見つめる。
「父上……? なぜ来たのです⁉︎」
紺色のスーツを着たその中年の男はニッと微笑むと車椅子から立ち上がり、息子の方へと歩み寄る。
「息子よ。助けにきたぞ」
なんとも無謀に思えるその行動に呆れる暇もなく、急いでカリンとシェルドンを抱え上げる護衛たちを尻目にペッパーは哄笑する。
「マリア? マリアだと⁉︎ ……ヒャハハハハハハハハ‼︎ わざわざオイラに捕まりにくるとはバカな王女だぜ‼︎ お前のお友達をぶっ殺してから、連れ去ってやるぜぇ‼︎」
ペッパーが余裕を見せているうちに息子の前に立つと、ブラディエルはじっと爆弾魔の顔を見つめた。
「君はベンパーくんだね。ウゼール・ドラクレフ殿の最後の弟子と聞いている。彼のアトリエにお邪魔した際に私と一度だけ会ったことがあるのだが覚えてはいないかね」
その言葉に笑みを消したペッパーは眉を上げてブラディエルを睨みつける。
「あぁ? なんだぁ、おっさん⁉︎ 俺の師匠の知り合いかぁ? お前なんか知らん。邪魔だからどいてな」
爆弾魔の圧に一向に怯むことなく、ブラディエルは杖をついたまま穏やかな表情で敵を見つめる。
「私はブラディエル・デモンズゼッド。そこのアグレアイオスの父親だ。彼に代わって君を止めに来た」
「父上……⁉︎ いったいなにを……」
立ち上がろうとするアグレアイオスを手で制しながらブラディエルは尚も余裕の笑みを浮かべる。
ペッパーは苛立ちながら両手に紫色の魔力を溜め始めた。
「チッ‼︎ 病人は帰って寝てな‼︎ 師匠のダチか知らんが邪魔するなら手加減してやらねーぞ‼︎」
「多少はドラクレフ殿を慕う気持ちは残っているようだな。幼き日の君は眩いばかりの表情で夢中になって絵を描いていた。……どうしてそうなってしまった? 今の君を見たらドラクレフ殿はさぞ嘆かれることだろうな」
どうやら師の名前を出されてからペッパーは内心で相当苛立っているようだ。
ブラディエルの穏やかさとは対照的に、ペッパーは眉間に皺を寄せながら魔力を溜めていく。
「……黙れ」
「君は芸術家かね? それとも皆の言う通りただの爆弾魔かね? 最後に絵を描いたのはいつだ?……私はね、芸術家とは最期の最期まで筆をとってなんぼだと思っている」
「テメェ……‼︎ 息子よりもムカつく野郎だな……! よし! 親子まとめて吹き飛ばしてやる‼︎」
ため息をついて、ブラディエルは杖を床に置くと懐から愛用のペンを取り出した。
「聞く耳持たず、か。残念だ、ベンパーくん。君ごときにはこれ以上、誰一人、何一つ傷つけることは叶わんよ。芸術家の生き様を君の師に代わって見せてやろう」
「黙れぇぇぇぇぇ‼︎」
もうこれ以上の挑発は危険だと、アグレアイオスは父を庇おうと立とうとするが、動けない。
いつの間にか黄金の魔力のオーラがアグレアイオスを包み込むように守っているようだった。
その瞬間、ペッパーの両手から紫色の爆弾がブラディエルに向けて放たれる。
「父上‼︎」
しかし、ペッパーの爆弾はブラディエルにぶつかる遥か手前で小さな爆発を起こして相殺される。
ペッパーは驚き、舌打ちする。
(何だぁ⁉︎ 光のバリアのようなものがオイラの爆弾を防ぎやがった⁉︎)
アグレアイオスは父ブラディエルの用いている術式に思い当たった。
これは……
「父上‼︎ おやめください‼︎」
しかし、ブラディエルは穏やかな笑みを浮かべ、アグレアイオスを振り返ると首を横に振る。
「すまんな…… レオ。この方法しか思いつかなかった。それ以上に私は最期に絵を描いてみたくなったのだよ」
「父上……」
ペッパーは地団駄を踏みながらまた両手に魔力を溜め始める。
「なんだぁ‼︎ さっきから何を言ってやがる‼︎ クソが‼︎ もう一発いくぜ‼︎」
しかし、ブラディエルはペッパーを正面に見据えるとペンを掲げバリトンの効いた声で言い放った。
「君の負けだよ、ベンパーくん。我が魂をこの一筆に捧ぐ。悪を打ち払え! 描かれた幻想の奇跡たち(カートゥーンヒーローズ)」
その瞬間、ブラディエルの身体が黄金の光に包まれたかと思うと目に見えない速さでペンを持った右腕が動き始める。
ペッパーはその眩さに、目を瞬かせながら驚いたようにくぐもった声を発した。
「……グッ! な、なんだぁ⁉︎」




