第二十八話 叱責
開いた窓から吹く微風に絹のような白銀の髪を艶やかに靡かせながら、マリアは両手を組み、水晶に映し出される戦況を見つめる。
そういった能力のある部下の1人に命じ、アグレアイオスやマサヒデたちがテロリストたちと戦う様子を水晶にリアルタイムで映写させているのだ。
ズィーゲンの護衛団とガストリスの騎士団合計二十数名がそんなマリアを見つめ、彼女に聞こえないように相談し合う。
マリアが病院から退避しようとしないのだ。
カリンがマリアの身代わりになる案を発した時も彼女は自分が現場に赴くと主張し、グズった。
そして今現在、護衛が集まるブラディエルの部屋から動こうとしない。
護衛団の1人が戦況をじっと見つめるマリアに恭しく進言する。
「マリア殿下…… 戦況はよろしくありません。どうか退避を。アグレアイオス閣下もそう仰っていたでしょう?」
マリアは目を閉じて首を横に振ると、頑ななその意志をその碧い瞳に灯した。
「……嫌です! このような状況で私1人が逃げだすことなど出来ません……! ここを出る時は来た時と同じ、カリンもアグレアイオス殿も一緒で無ければ私は動きません」
「マリア殿下……」
護衛団は困惑する。
こうなったらテコでも動かないことをエルフの護衛たちは知っていたので、もしテロリストがここになだれ込んで来た時のことを覚悟した。
マリアはベッドに佇むブラディエルの手をそっと握り強い調子で切り出す。
「ブラディエル様! 護衛の方を何人か付けますからあなたは病院から退避してください。いいですね? 衛兵の皆さん! ブラディエル様をお願いします! 彼に傷を一筋でもつけたら許しませんよ! そして今から私も戦います! ここへ槍をもちなさい!」
このとんでもないお転婆姫は自分もテロリストと戦うと言い出した。
護衛団の間で困惑の色が広まる。
ブラディエルは静かな瞳でマリアを見つめ返した。
「マリア殿下……」
マリアは碧眼にまるでダイヤモンドのような硬い意思を乗せながら、ブラディエルに微笑みそして護衛団にはやく、と急かした。
「貴方がこんな場所で傷付けば、悲しむのはアグレアイオス殿だけではありません。私を気にせず退避なさってください」
ブラディエルはしばらく目を瞑ると軽く息を吐き、そしてマリアの目を再びじっと見つめ返した。
「マリア殿下。貴女は随分と暴君ですな。見損ないました」
それは思いもかけぬ言葉だった。
護衛団の間に一瞬にして動揺と緊張が奔る。
今までとは違う、強いその物言いに流石のマリアも戸惑い、瞳を揺らせながら問い返す。
「……どうされたのです? ブラディエル様……?」
ブラディエルの声は柔らかさを保ったまま、それでも強く淡々とマリアへと響く。
「どうかされたのは貴女です。周りの者の顔をよくご覧なさい。誰もが貴女を危険から遠ざけようと考えております。乱暴な手段をとろうと思えば取れるのにそうしないのは貴女が皆に愛されているからです。貴女の侍従たちが生命をかけて戦っているのは何の為です? そんな事も分からないのですか? 貴女は自分の思うがままに振る舞う我が儘姫に過ぎない。失望しましたよ」
マリアはいつにないブラディエルのその調子に、肩を落とし俯いてしまう。
侍従の1人が慌てて2人の間に入り懇願するように取りなす。
「ブラディエル様…… どうかその辺でご容赦ください」
マリアは顔を上げると今にも泣き出しそうな表情でブラディエルの目を見つめる。
「……だって だってカリンが……このままではマサヒデもゾーラもラッセル殿も…… ホールの戦いでこちらの兵士の方もお1人お亡くなりになられてしまったわ! シェルドン殿も倒れてしまった…… アグレアイオス殿も危ないわ……! テロリストは私の身柄が目的なのでしょう? 私が出て行く事で誰も傷つかないのならそうします!」
ブラディエルはマリアの心からの叫びをじっと聞いていたが、考えるように目を閉じそして開いた。
若干18歳の少女には厳しいかもしれないが言わなくてはならない。
この少女はあと数年もすれば女王として立たなくてはならない。
もう大人になってもらわなくてはならないのだ。
「マリア殿下‼︎ その考えが浅はかで傲慢だというのです‼︎」
ブラディエルの叱責がマリアの耳朶を穿ち、
彼女の肩がビクリと揺れる。
ここ最近では父王にもこれ程叱責された事はない。
護衛団はハラハラしながら成り行きを見守るしかなかった。
「貴方がテロリストの前に出て行き、捕まればそれで済む問題ではないのです。もしそうなればズィーゲンの護衛団もガストリスの騎士たちも必死になって貴女を奪い返そうとするでしょう。それだけではない。貴方の行動が元で戦争が起き、更に多くの人が亡くなるかもしれない。今以上に状況は悪化するのです。冷静になってご判断ください」
マリアは項垂れ、ブラディエルの言葉を噛み締めるようにじっと瞳を閉じた。
数秒後、目を開き涙を流しながらブラディエルに問いかける。
「……ブラディエル殿 私に大切な人たちを見捨てて逃げろと仰るのですか? 貴方の御子息もあそこで戦っておられるのに……」
その問いにブラディエルは間を置かず頷いた。
「その通りです。王族とは全体を生かすために個を捨てる判断を迫られることもあるのです。それに…… 我が息子はあのような不調法者に敗れるほどヤワではありません」
マリアは涙を拭い、そして水晶に映し出される刻々と悪化する戦況を見つめる。
彼女は思った。ブラディエルの言う事は正しい。
……でも
数刻の葛藤の後にマリアは涙を堪えながら、それでも護衛団の方を振り向く。
護衛団はほっとした様子でそんな王女を見つめる。
どうやら退避してくれるらしい。
しかし、静寂を破ったのは他ならぬブラディエルであった。
「……その数刻の葛藤、生涯忘れなさいますな」
ブラディエルはベッドから立ち上がり、杖をついてカツカツと床を鳴らしながら歩き出す。
不意をつかれたようにマリアや護衛たちはブラディエルの様子を見つめた。
「しかし、自ら武器を取ってまで戦おうとする先ほどのお覚悟、感銘を受けましたよ。それでこそ千年近く続く王族の誇り…… お見事です、殿下」
「ブラディエル殿……?」
驚いたように見つめてくるマリアの前まで来ると、ブラディエルは優しく微笑んだ。
「1つだけここでお誓いください。この事件が終わって明日が来れば貴女は冷静な判断が出来る大人になる、と。そうすれば私と共にあそこに同行して差し上げます」
水晶に映る戦場を指差すブラディエルに護衛の数名が素っ頓狂な声を発する。
「な、何を仰るのです⁈ ブラディエル様?」
マリアはブラディエルの瞳を見つめた。
先ほどのマリアの我が儘とは違う、理性と力強さの同居した鉱石のような光がそこには宿っていた。
マリアは恐る恐るといった様子で問い返す。
「……本当に 連れて行って下さるのですね
?」
微笑みながらブラディエルは頷く。
「約束します」
『ええ……?』と護衛団の一部から困惑の声が上がるのを気にせず、マリアは両手を組み瞳を閉じた。
「……私、マリア・ジュペール・ドゥ・シュマ・ガルは子どもである事を辞めます。もっと周りの事を考えて大人であるように努めます……!」
マリアが目を開けるとブラディエルは微笑みながら頷き、力強く歩き始めた。
「いいでしょう。では不調法者どもを蹴散らしにいきましょうか」




